121 不穏
「それは、偶然、なの?」
ニカレアの問いに対し、キルケは眉間にぐっと皺を寄せる。
「今思えば…作られてたかもしれない」
「え?」
「……オレの母親は、魔女だったんだってさ」
「魔女?…あの、ミリオンセラーの本に書いてある、あの魔女?」
最近巷で噂の「魔女と賢者」という本は、ニカレアも一通り目を通した。魔女と言えば、レスカーラでは『名も無き魔女』の物語が有名だ。
彼女が一体どこからきて、なぜ人々を救って旅をしているのか。それは、多くの少年少女の心をつかみ、たくさんの物語を生み出した。
そんな、空想の世界の存在が、こんな近くにいるなんて。
「…魔女から生まれた子供は、皆不幸だ。それは、望まれていないから…人間同士のいわゆる『愛』によって生まれたわけではない。知的好奇心を満たすためにだけ存在している、魔女が行きつく罪の結晶と言える」
そんな一文が、ニカレアの脳裏をよぎる。
「でも、…あの本が全部本当だとは」
「本当だよ、…少なくとも。セイフェスはそう言ってた」
「セイフェスって…筆者のセイフェス・クロム?」
「そう。俺の養父」
「!!!!」
魔法使いの養父という事実は、魔女の子供だという信ぴょう性を高める。
「…先ほど、アリスの症状はセイフェスが直せる、とか言ってましたけど…」
「ドロレスは…セイフェスに魔法を教わっていた。で、アリスとも仲がいい。なら、二人が今不在なのは、それをどうにかするためにどこかにいるってことだと思う」
「キルケさん…」
「…実は、俺の母親だって宣言する化け物とも遭遇した。その時たまたま居合わせたのが、白騎士の人間だったんだけど、そいつも自分の母親は魔女だってそう言ってた。…他の白騎士の連中も」
ぼろぼろと信じがたい話がキルケの口から語られていく。
一つ一つを拾い集めていくと、自身が体験したドリーの事件から考えても、妙な符号がいくつもある。
「ねえ…おかしい、と思いません?」
「え?」
「あなたの話が本当なら、メロウ・クライスの母親もそうだということになるでしょう?」
「ああ…でも、本人がそう言ってるだけかもしれないし」
言いかけて、ニカレアの表情が変わっているのに気が付いた。
「本当かもしれない。私は…陛下の王妃候補だった時、メロウから渡された香り袋に、魔物を呼び寄せる陣が縫い付けられたものがありましたわ。…それを造ったのは、自分の母親だとそう言っていた」
「あ…もしかして、ナイトメアの時の奴か?…もしかしてあのカンナビスって」
「そう。…そのサシェをくれたのが、メロウ・クライスです」
「……そうだったのか」
「彼女は…貴族たちの間でも評判がよくはありません。私が王妃候補を退いた後でも、たびたび問題を起こしていたようだし。でも同じくらい…クライス家の噂をとんと聞きませんの」
ニカレアの言葉に、思わず首をかしげる。
「…別に、人んちの噂なんてそう話題に上らないもんじゃないか?」
「甘いですわ。社交界なんて質のいい噂話を持ってこそ、ナンボの世界なんですのよ?」
「なんぼ…」
「聞いた話では、クライス伯爵が何か気病を患っている、とは聞いています。けれど…」
「それって…まるでアリスと似たような状況じゃないか。まさか」
「それはわかりませんわ。ですが…キルケさん、あなたの言うとおりでしたら、今度結成された騎士団の人間は皆魔女を親に持つ子供たち、ということになるのでしょう?それを発足させたのが王妃様っていうのがまた…」
眉間に深い皺をよせ、ため息をつく。
だが、それ以上にキルケの表情からさっと血の気が引いた。
「王妃様って…そう言えば、どういう人なんだ?」
「え?」
「民衆の間であるのは、いい噂ばかりだろ?平民出身の医療魔法の天使、とか。なんかそういう黒い噂ってのは、アルミーダ王妃にはないじゃないか」
「そんなの、当然でしょう」
「と、当然なの?!」
「ええ。民衆の上に立つ王族の過去に、ゴシップなんてあれば、みんなの心は離れていく…ある程度の捏造も、塗り替えも、必要な処置よ。」
「き、貴族てこえぇ…」
「当たり前でしょう。特に今のレスカーラ王家には、過去から現在に至るまで血塗られた歴史があります。まあ、今のリヴィエルト陛下のように、一人の令嬢のご執心なんてのも本当はとんでもない話だけれど…まあ、あの方はブレないから」
それに、リヴィエルトのアリスへの想いは、ニカレアからすれば「崇拝」と同じレベルと感じる。こじらせすぎて執着に変わるのは、なんだか人間らしいとも思うけれど。
「つまり…王妃様って実は結構真っ黒な人間、とか?」
「王妃候補時代から見ていて、少なくとも私はそう感じますわ。だからこそ、そんな方に従う私設騎士団なんて…到底信頼できるものではありませんもの」
「‥‥なら、もしかして。王妃様は何か目的があって、魔女の子供たちを集めてる。そういうことになるのか」
それは、キルケ自身にも向けられた仕組まれた事象なのかもしれない。
「もしくは。王妃様が、魔女だったりして」
「…え?」
「でも…それは少し飛躍しすぎな気もする、けれど…いいえ。これ以上はやめましょう」
「ニカレア?」
「どこで誰が聞いているか、わかりませんもの」
突如ニカレアは立ち上がると、ぐるりとあたりを見渡した。そして、突如自身のスカートの足元をめくりあげる。
「…うえ?!なに!」
そこから取り出したのは…薔薇の刻印がされた、銀の銃だった。
「それってアリスの」
「ええ」
慣れた手つきで銀の弾丸を抜くと、そのままキルケに手渡した。
「銀の弾丸…」
「護身用です。…害ある者たちは、銀色の物を嫌うのでしょう?」
「ニカレア…おれ、銃持ってないけど」
「それはアリス特製銀の弾丸ですもの。銃なんてなくったって、お守りにはなるでしょう?」
「…そうだな、うん」
「さて、わたくしは忙しいの。…元気出しなさいな」
「ありがと、ニカ」
つい、笑みがこぼれて滑り落ちた言葉を聞き、ニカレアはぎろりとにらみつけた。
「貴方に愛称呼ばわりされる筋合いはございません!」
「ありゃ、ごめん…でも、ありがとう!オレなりに、やってみる」
「その意気ですわ」
ニカレアを見送ったキルケは、ため息をつく。と、同時に妙な視線を感じた。
「?!」
パッと後ろを振り返るが、このレストランは人も多く、視線の先を特定できなかった。
(ニカレアが言ってたのは、これのことか?)
ふと、視界の先に青い光のような物が見えた気がした。そこにめがけて銀のナイフをすっと引くと、妙な視線の気配は消え失せた。
「…なんだったんだ?」
キルケは気づかなかった、足元に一本の糸がはらりと落ちて、消えたことを。
**
次の日のこと。
「お兄ちゃん!おはようございます」
「ヴァネッサ、おはよう」
毎朝、出勤と同時にヴァネッサはキルケ目掛けて走ってきて抱き着くのが日課になっていた。
「お兄ちゃんも、寄宿舎に住めばいいのに…そしたら、何時も会えるでしょう?」
「うーん。ごめんな、オレにはオレの家があるから」
キルケの言葉に、ぷくっと頬を膨らませる。
「むう。今度、ヴァネッサも招待してね?」
「勿論。それより…今日も、コンサート?」
「うん!今日はいつもより人が多いかもってジークが言っていた。嬉しいな。色んな人に私の歌を聞いてもらえるんだもの!」
「……うん。ん?」
何と答えていいかわからず視線をさ迷うと、メロウが暗い表情で立っていた。
「おはよう、メロウ」
「!…おはようございま」
キルケを見るなり、メロウは血相を変えてキルケの肩を掴んだ。
「ちょっと!」
「え?な なに」
そして、キルケの肩にある何かをパッと払う仕草を見せる。
「これ…何処で」
「何?…あ、青い、糸」
「……知らないうちに、ついていたの?」
「え?うん…」
そう言って、渡された青いとを見るなり、キルケは妙な嫌悪感のような物を抱き、それを放り投げた。
「…なんだ、これ?」
「…決して、いい物じゃないわ。今度見つけたら、何とかして剥がす方があなたの為よ」
「……?」
(なんだかんだで…メロウって、面倒見がいいというか、なんというか)
アドバイスとも忠告とも取れる言葉に、意外と人がいいのかもしれない?そんなことを思う。
「お兄ちゃん?」
「あ、うん。そう言えばヴァネッサ、今日はいつものウサギさんヘアじゃないんだ?」
いつも綿あめのように二つ結んである髪は、今日に限っては緩くまとまり、三つ編みになっている。
「!えへへ、王妃様にやってもらったの!」
「王妃様…?」
「うん!それにほら!見てこれ、綺麗でしょ?」
そう言って頭を下げて見せる。
ラベンダー色の宝石が付いた、ヘアピンがきらりと光った。
「貰ったの?」
「うん!」
「…今度さ、オレも買ってあげるよ」
「ほんと?!」
「うん、そうだな…休みの日でも、一緒に買い物でも行きたいな?」
「行きたい行きたい!!!あのね、明日が終われば、少しヒマになるから…お休みが盛られると思うの。そしたら、一緒にいこ?」
「いいよ!約束」
「うん!約束だよ!お兄ちゃん!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるヴァネッサをほほえましく見ていると、今度はジークフリドがやって来た。
「やあ、キルケ君」
「!ジークフリド…」
「今日は、ヴァネッサに付き添わなくてもいいよ」
思いがけない言葉に、キルケは一瞬固まる。
「…では、何を?」
「うん。今日は王妃様が君と話したいって仰ってるんだ」
どくん、と鼓動が跳ねる。…よくない予感がする。
「そう言えば…まだ、碌に話したこともなかった」
「ああ。いいなあ、王妃様が直々にお茶をブレンドしてくれるそうだよ?羨ましいな」
「…うん。では、俺はこれからどこに?」
「ここで待っていたら、迎えが来るよ」
「…わかった」
「それじゃ、確かに伝えたよ?」
爽やかに去っていくジークフリドを見ていると、ぎゅっとヴァネッサがキルケの手を握った。
「ヴァネッサ?」
「…あの、お兄ちゃん」
「ん?」
そうしてそっと背伸びすると、耳元でささやく。
「…気を付けて」
「え?」
思いがけない不穏な声に、キルケは自分の耳を疑った。
「キルケ・クロム」
「!」
そうして、やって来たのは…キルケと身長が似たような位だが、体格が一回り程大きいスキンヘッドの男だった。
「あんたは?」
「自分は、レイオンという…王妃様が呼んでいる」




