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【完結】名も無き魔女の、誰も不幸にさせない代行復讐〜断罪令嬢の取り替え契約物語〜  作者: いづかあい
第7章 終わりから紡がれた世界

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120 青い警告


からからから…


「ただいま、戻ったわ」


クライス家の玄関の扉を開くと、うつろな表情のメイド達が出迎えた。


「おかえりなさいませ、おじょうさま」

「……ええ」


からからから…糸車の音がずっと、邸に響いている。


「……糸車、お母様ね」


どこかぎこちなく微笑む侍女たちを横目に、メロウは長い廊下を歩いていく。クライス家自慢のステンドグラスの窓は、明かりのない邸に不気味な調和の光を取り込み、異様な雰囲気を醸し出している。


(ああ…息が詰まりそう)


「帰ったの?メロウ」

「!」


突如背後からかけられた声に驚いてメロウは振り向く。

やって来たのは、母親のアルチーナ。ベルベッドブルーのドレスに、髪を一括りにまとめている。が、手には青い糸が紡がれた糸車を持っており、とても大事そうに薄布でくるまれていた。


「今日も、ずっと糸を巻いていたの?」

「ええ。綺麗でしょう?」


そう言って見せてくれた糸車は、まるで油を塗ったようにギラギラと輝き、淡い光を放っている。それはどこか、生命力を感じさせるような輝きで、物言わぬ姿で何かを訴えているようだった。


「…それ」

「ふふ。新しい任務はどう?…楽しんでる?」

「楽しくは、ない けれど」

「もう少しで、晩餐会当日ね。…その時任命式もあるのでしょう?楽しみにしているわ!」

「…お父様は?」


華やかな笑顔がぴたり、と止まった。


「ああ…」


まるで人形のように固まった笑顔のまま、アルチーナが背後を振り返る。と、同時に、うめき声のような物が邸中に響き渡る。


「あら…また始まったわ。例の発作かしら」

「…ねえ、お医者様はなんて?来てもらっているんでしょう?」

「そうねえ。でも、ただ眠れないだけでしょう?…きっと仕事のストレスが溜まっているんでしょうね」


どこか他人事のような言葉を笑顔ではく母親の姿を見て、メロウは思わず目をそらす。


(直そうともしないくせに…)


「見てくる。…それくらいいいでしょ?」

「……あら?情がわいてしまったかしら」

「情って…」

「うふふ…彼は私達の大事な養い人ですもの。大事にしてあげてね?」

「……ねえ、お母様」

「なあに?」

「その糸、どこに持っていくの?」

「これ?…ふふ、秘密」

「そう」


(ルジェーロ・クライス。…私は、あの人は嫌いじゃない)


この世界に再び舞い戻った時、メロウは6歳の時だった。

失った時間を取り戻せるかもしれない。そう思った矢先、母アルチーナはとんでもないことを言い出した。


「二回目の人生はどう?メロウ」

「え?」


いつもと変わらないほほ笑み。

前世でも変わらないその姿を見て、ほっとするよりも先に、おぞましい何かを見ているような気分になった。


「なんで…」

「私には知らないことはないの。あなたが前の人生でどうやって命を失ったのか、何をしたか。…ぜぇんぶ、知っているのよ?」

「お母さまが…わ、私を」

「それはちがうわね。…けれど、これはいい機会かもしれないわ」

「いい機会…って」

「今度の()()()は、もう決めているの。前の人ほど権力はないけれど、十分でしょう」


そう言って、本当にその次の日には、ルジェーロ・クライスとの結婚を取り付けてきたのだ。

ルジェーロは、普通の男性だった。

清潔感があって、若くて前途が光で溢れている。そんな存在だった。

初めて会った時も、戸惑いながらも抱き上げてくれた手は大きく暖かく感じたものだ。

そんな養父が、体調を崩し始めたのは、ここ数年の話。その陰にはアルチーナが暗躍していることをメロウは知っていた。


「お父様…お加減は、いかがですか?」

「!…メロウ、久しぶり、だな」

「はい、…その、少しお痩せになられましたか?」

「…眠れないんだ。眠ったら、また悪夢を見る」

「……」


暗い寝室で、灯りは一つだけ。

うっすらと光に映し出されるルジェーロの姿は、頬はげっそりと削げ落ち、目は落ちくぼんで大きく飛び出ているようにさえ見える。

伸び放題のひげに、かつては眩しかった表情は暗く、今は陰鬱で目だけがせわしなくぎょろぎょろ動いている。

なぜそうなったのか?…それは、極度の不眠症だった。

初めは仲睦まじく演じていたアルチーナとルジェーロだったが、それは徐々に変化していく。

ある時から、ルジェーロはアルチーナに不信感を抱くようになったのだ。関係を斬られるのを恐れたのか、それからアルチーナはある行動に出る。それが、悪夢を見せ、理性を奪っていくことだったのだ。


(そもそも魔女は人を愛さない。アルチーナはいつも純愛を演じる子持ちの情夫を演じて、寄生先を見つけては、そこに私を連れていく…)


そうして、メロウは生かされてきた。


「それよりも、その制服…正規の騎士団か?」

「!あ…はい、お父様」

「そうか。似合うじゃないか」

「……はい」


そう言って頭を撫でられる。


「ああ、すまないな…お前ももう大人だというのに」

「……そんな、こと、ありません」


(どこまで、この人は愚かなの?…私をまだ、娘だと、そう思っているの?)


メロウは、言葉巧みに人を操る才能に長けていた。

その場面、その場所に置いて、相手に親し気に近づき、甘言を言い、彼らの人生を壊していくことが快感にすら思っていた時もあった。前の生では母に言われるがまま、その力をいかんなく発揮し、遂には姉から婚約者を奪うまでに至ったのだ。

だが、それは最悪な結末で生涯を終えた。一度死を経験し、別の視点でアルチーナの行動を見、戦慄する。


(私はアルチーナが…あの、魔女が恐ろしい)


今、このクライス家の邸は、アルチーナの所有物になり果てている。

使用人は皆、どこか壊れ、まるで糸が絡まった操り人形のように心を失った。毎日毎日どこからか仕入れてくる青い糸はひとたびまかれると、邸全体を青い糸が張り巡らされどこかへ伸びていく。

だからこそ、メロウはこの家から逃れる方法を模索しているのだ。


「今世まで…操り人形にされるのは、絶対にごめんだわ」


からからから…糸を巻きながら、アルチーナは頭上に浮かび上がった青い糸を見る。


「あらあら…どこかで誰かが、おいたをしているみたいね」


ピン、と伸びた糸は、とある繁華街にあるレストランに伸びていった。


「で?」

「うん…ぐすん」


結局、ニカレアは再びレストランに赴き、今度はキルケの話を聞いてやることになってしまった。


「ごめん、おれ、情緒不安定…」

「とっととその情緒、直してらっしゃいなさいな!」

「だって、アリスにも会えないし、ドリーはいなくなっちまうし、セイフェスはいなくなるし…」

「…アリス?そうか、あなたはまだ、知らないのね…」

「え?」

「アリスは今、動けない状態よ」

「何で…!」


明らかに動揺するキルケをきっとにらみ、ニカレアは告げる。


「眠ったまま、目が覚めない…そんな状態だと聞いているわ」

「そんな…」


力なくうなだれるキルケを見て、ニカレアは目をそらしてしまう。


(‥‥アリスの容体は外部には一切公表していない…だから、キルケが知る術がないのは本当だけど)


気の毒に思ったのもつかの間。…キルケは意外と元気だった。


「そうか…だから、セイフェスとドリーは…」

「ちょっと」

「ん?」

「…随分お元気そうじゃない」

「ああ、多分アリスは、セイフェスとかが何とかしてくれると思うから、大丈夫」

「……だから、それで、そのセイフェスさんて何者なの?」

「俺の養父。…すげえ魔法使いなんだ」


これは、その養父とやらに対する信頼なのか?

予想を裏切るキルケの様子に、さっさと済ませよう。そう感じたニカレアは再びため息をついた。


「…それで、さっきは何を悩んでらしたの」

「ああ。…あのさ、終末廃人症候群、て知ってるか?」

「!」


その名前を聞いたわけではないが、ニカレアはそれと似た症状を持った人間を複数人知っている。

キルケは声を潜めると、続けた。


「…わが社の社員にも、そういう者達はいるけれど」

「それ、多分原因は俺の妹にあるっぽいんだ…」

「…どういうこと?」

「依存の魔法を増幅しているって、メロウが」


意外な人物から、不快な名前を聞いたニカレアは思わず不快な表情を見せる。


「メロウって、メロウ・クライスですの?」

「あれ?知ってるの?!」

「…勿論ですわ。あの女のおかげで私は一時期死にそうな目に遭ったんですもの!…まあ、それがあったからぁ、アリスという完璧な推しに出会えたわけですけれど」

「うわあ。世間、て…意外に狭いよなあ」


そんな言葉を言うキルケを睨みつけて、ニカレアは席を立ちあがる。


「ちょっとあなた!あの女と仲良しとか、冗談じゃありません…わたくしの敵ですわ!近づかないでくださる?!」

「おいおい、落ち着いてよ、ニカレア。…別に、仲いいわけじゃないって。どちらかというと…メロウもメロウで、思うところがあってあの団体に所属しているっぽいし」

「…団体って、変な言い方をするんですのね?」

「騎士というより…なんか、妙なカルト教団ぽいんだよな…オレとメロウ以外の連中て、異様な程仲良くてさ…運命共同体みたいな、そんな感じで、正直ついていけない。それに…」

「それに?」

「ヴァネッサは…多分、何も知らないで、純粋にみんなが喜んでいる、と心から思って歌っている…そう思うんだ」


(あら?思ったよりも、冷静に状況を見ているのね)


このキルケという青年は、意外に周りをよく見ている。心の内側に芯のようなものがピシッと立っていて、それがぶれない。

…そこは、ニカレアは実は評価しているのだ。


「…そんな妙な組織に入らずとも、身分位わたくしがいくらでも手を貸して差し上げましたのに」

「知ってるよ…ただ、オレは自分の力で何かしたかったんだ。アリスは事情があってハンターの仕事も休んでいたし…それも気になってたし。オレの周りの人間て、俺以外はみんな普通じゃない『何か』を持っているんだよな」

「それは?」

「ドリーは天才だし、養父は言わずもがな。アリスはずば抜けてるし、ヴェガだって…ニカレアだって、頭もいいし、生粋の商売人だもんな」

「‥‥まあ、誉め言葉として受け取っておきますわ」


まんざらでもない表情のニカレアを見て、キルケは苦笑する。


「そこで…妹がいましたってんならさ。会いに行くじゃん。辛い目に遭ってないか、ちゃんと生きてるかって確認したいもん」

「ヴァネッサさんは、どうでしたの?」

「…元気だった。オレに逢って泣いてくれた。会いたかったって」

「……」


(なんか…妙ですわ)


「それは、偶然、なの?」

「え?」

「全て偶然と言えばそうかもしれませんけれど…なんだか、妙なところで妙な点が結び合うというのは、とても気味が悪いですわ」


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