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【完結】名も無き魔女の、誰も不幸にさせない代行復讐〜断罪令嬢の取り替え契約物語〜  作者: いづかあい
第7章 終わりから紡がれた世界

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119 答え


「ええ?!明日にはもういっちゃうの?!」

「あー…晩餐会も近いし、それが終わったらこの国を発つつもりではありますけれど」

「ならそれまでここにいればいいじゃない?!」

「ええと‥‥」


同じ頃、ロイセント家では…和やかな夕食会が開かれていた。

公爵夫妻の『御礼』と称された食事会だが、料理の数があまりにも多く、本音を言うと病み上がりのアリセレスとヒルデにとっては、一種の苦行だったのは言うまでもない。


(今までの人生で初めてだ…ここまで胃に押し込めたのは…)


とはいえ、にこにこと笑顔で料理を進めるエスメラルダを邪険にできず、見えない圧に敵うはずもなく。

黙々と二人は食事を続けた。


「本当、不思議。…なんだか、あなたとは、ずっと前から知り合いだったような…そんな気分になるわ、ヒルデさん」

「…そうですか?」

「その子だって」


隣では、アンジェがぴったりとくっついて離れない。


「そこまでなつくなんて、なんだか不思議ね」

「はは、似ているのかな、アリセレスと」


まさか、気が付いているわけではないだろうな?

そんな思いで見つめると、アンジェラは前歯の抜けた歯を見せて、ニカっと笑った。そして小さく手招きする。


「お姉ちゃんたち、二つになったんでしょ?」

「?!」

「え」


ヒルデはぎょっとしてアンジェラを見、続けて逆隣にいたアリセレスも見た。


「ええと…」

「だいじょうぶ、ないしょ、ね!」


思わず顔を見合わせた。


「すごいわ!アンジェ」

「…将来大物になるなあ」


感心して呟くと、じっとこちらを見ていたエスメラルダと目があった。


「…ありがとう」

「え?」

「なんだか、どうしても、あなたにお礼を言わなくちゃいけない気がして」

「……」

「きっと、あなたがいたから、今の私たちはここにいるのね」


その言葉を聞いた瞬間、思わず涙が出そうになる。


(私がやって来たことは…間違っていなかったんだな)


全ては、エスメラルダを助けることから始まった。

そして、リカルド、ノーザン・クロスの邸の皆。そして、リヴィエルトに出会い、ベルメリオに出会い、キルケに出会い…そして、白い魔法使いと『再会』した。

ヒルデに戻ってからというもの、どこかずれていたパズルのピースが一つ一つはまっていくような…不思議な運命と縁とが真っすぐ、太い糸のようにつながり、行く先を照らしている。


「それが…世界、か」

「え?」

「いいえ。…私も、貴女に逢えてよかった。公爵夫人」


万感の思い、とはこういうことを言うんだろうな。


「アンジェは?」

「うん、アンジェも、アリセレスも…みんなと出逢えて、嬉しい」

「うん!」


すると、見ればエスメラルダはなぜかボロボロと涙を流している。


「え?!あ、あの…」

「なんでも、ないわ…もう!いつでも我が家に遊びに来るのよ!ね?!」


がしっと抱きつくエスメラルダに便乗して、隣にいたアリセレスもアンジェも同様にくっついてきた。


「こ、こら二人とも」

「そーよそーよ!…二度と会わない、とか絶対に言わないでよ?!ヒルデ!!」

「あ…はは」


どこかくすぐったいような、でも離れがたいような。

胸の奥に光がともされた不思議な感覚。


(これも愛、という奴か)


そんな娘たちの様子を見て、リカルドもまた、なぜかもらい泣きをしていた。


「…君も、一緒に行くんだろ、ヴェガ君」

「え?」


思いがけない言葉に、ヴェガは少し面食らう。


「わかっているよ。…君と彼女は『つながっている』、そんな風に感じる」

「…公爵閣下」

「いいんだ。…アリセレスのことは、我々に任せなさい」

「あの、申し訳ありません、俺…」


かつて、公爵から持ち出された『取引』がヴェガの脳裏に浮かぶ。


(約束、したのに…俺は)


しかし、リカルドはゆっくりと首を左右に振る。


「不思議だと思わないかい?」

「え?」

「ヒルデさんとは、恐らく初めて会ったとというのに、どこか懐かしいような…とても親しみを感じてしまったんだ。妻の様子を見ても分かる通り、今では家族全員彼女にくびったけ、だ」

「……そう、ですね」

「君もだろう?」

「…はい」


それから、持っていたグラスの酒をグイっと飲み干す。少し目が赤いようだ。


「…アリセレスが返ってきたというのに、ずっと二人が一緒にいればいいのに、などと考えてしまう。彼女がいなくなるのが寂しいよ」

「公爵閣下」

「…君も、我が一族の一員だからな。どうせなら、ヒルデさんを口説き落として、ロイセント家に帰ってくるように!それまで、君は永久停職だからな?!」

「ま、またそんな冗談を…」

「冗談ではない!!いいか、女性を口説くにはだな…」


…そうして、ロイセント家の夜は更けていった。


**


全員が寝静まったのを確認して、ヒルデはやっと一人になることができた。


「…はあ、やれやれ。起きて早々の初日がこれじゃあ…身が持たんな」


今は、エスメラルダが用意した部屋着のドレスに着替えている。借り受けたストールを纏い、バルコニーに出る。ピン、と張りつめた冷たい空気が、頭をすっきりさせるようだ。

冴え冴えと空に昇る月を睨み、白い息を吐く。


(色々…あったな)


今のヒルデにとって、自分は生かされているという概念の方が強い。

多くの事象が重なり、一度は死んだはずがこうして再びこの地にやってきて、両足でしっかりと歩き出している。まさに、天から賜った二度目の人生、と呼ぶにふさわしいだろう。

ふと、何かの気配を感じ振り返ると…ふわり、と黒い外套がはためいた。


「…こんな時間に散歩とは、少々不用心が過ぎませんか、陛下」

「………」


やって来たのは、リヴィエルト。

彼は何も言わず、既に泣きそうな顔をしている。


「なぜここに?」

「アリセレスが目を覚ました、と聞いた」

「なら、彼女に逢いに行けばいい」

「…いいや、私が探していたのは、今の彼女じゃない」

「では、誰を?」

「……わからない、いや。本当はわかっている。あなただって、そうじゃないのか?」


すっと伸ばされた手をかわし、ヒルデは一歩下がる。

そのまま膝をつくと、リヴィエルトはヒルデの顔を見上げる。


「私を誰か知っているのか?」

「あなたこそ」

「あなたは、この国の国王陛下、リヴィエルトだろう?知らない人はいない」

「…そういうことじゃない!」


二人の間に、風が吹く。


「…あの日も、私はこうしてあなたを見上げていた」

「……」

「降りしきる雪の中、私が見た白い世界に、あなただけが色を持っていた」

「……エル」

「それが…僕の全てだった」


(漂白された白い世界に、ただ一人、死に場所を求めてさまよっていた)

忘れていた記憶のひとかけは、二人が初めて出会った場所の情景を想起させる。


「あなたを見た時から、想えば想うほど、胸が苦しい。…どうすればいい」


縋るように伸ばした腕が、ヒルデのドレスの裾を掴む。


「…すまない」

「!…ヒルデ」

「エル、お前が私を愛し、その心を全て捧げてやり直してくれたから。今、私はこうしてここにいる。とても、感謝しているよ」


ヒルデの中に、どうしても、取り戻せない記憶の欠片が一つあった。

それが、自身が亡びるきっかけとなったエルと過ごした日々のことだった。もしそれが、自分が望んだことだとしたら。


(私は、エルを”愛して”いたのだろうか?それとも…)


「どうしたら、お前に報いることができるんだろう。…今のお前の想いに、答えることができないのに」

「……」


そのままぐっと抱きつくと、頬に涙が伝う。


「きっと、お前の想いを縛り付けたのは、この私なんだ。私が迷ったばかりに…お前を苦しめた」

「そんな…ことは、ない!僕は、あなたを…」

「違う!エル、お前が私に求めた愛を、私は利用したんだ。…自分がソレがどういったものなのか、知るために」


それがたとえ、命を削る結果になろうとも。

長く生きた魔女は、自らと引き換えに、知り得なかった最後の『答え』を追求した。


「…エル、お前が一番愛を渇望していたのに、それを…」

「…ヒルデ…」


欠けた歯車同士が偶然にもかみ合った瞬間、その関係性が完ぺきで、まるで夢のような形を生成した。肝心の、中心がないまま。


「…その、答えが聞けて良かった」

「エル」

「貴方を愛していたのは、紛れもない事実だ。でも、そのおかげで…きっと僕は生きていられた」


リヴィエルトはそっと身体を離すと、ヒルデの手を取り、口づける。


「今の僕なら、あなたをとらえて閉じ込めることもできるし…あなたの心を無理やり支配することもできるかもしれない。けれど…しないよ」

「……」

「あなたは、自由だ。…何にもとらわれず、自由でいてほしい」

「リヴィエルト…」

「それが、あなたに贈る、僕の愛だ」

「…私は、前に進んでもいいのか?」

「ああ。」


ふ、とリヴィエルトが離れると、ヒルデは立ち上がる。

少し距離を置いてほほ笑みあうと、互いに背を向けた。


「…あなたの想いは僕の過去に残っているから」

「ありがとう…」


さよなら、という言葉を残して去ってゆくリヴィエルトの気配を感じ、再びヒルデは地面に座り込む。


(…これで、良かったんだろうか。私の答えは…あいつにとって、最善ではないかもしれない。でも)


どこか乾いた声が聞こえる。


「あいつに、わらわに関して、希望を持たせてはいけない。過行く者に、過去の希望など無意味。それが、魔女として弟子に贈る、最期の教えだ」


そう言ったのは、誰だろう。


(偉大なる名も無き魔女よ。…名を再び得た私は、違う先に進んでもいいかい?)


その問いに、答えるものはもういない。


粘着で病みかけの元カレとは、どうやって決着をつけるのが正解なんでしょう…

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