118 ある昼下がりのこと
その日、ニカレアはご機嫌で侍女のテレサと、異国からやって来た少年と共に午後のお茶を嗜んでいた。
「!…これは、美味しいです!なんという食べ物ですか?!」
ルキオ少年は、目をキラキラと輝かせながら、スコーンを頬張る。
「それはスコーンというの。ええと、小麦粉と…なんだっけ、を混ぜて造った、わが国特有の茶菓子なのよ!」
「スコーン!すごいです。サクサクですね!!」
「うんうん、ジャムをつけるのも良し、クリームをつけるのも良し!!食べ方も自由なのよ?」
などと、楽しく観光案内をしている時、遠くから風に乗ってヴァネッサの歌声が聞こえてきたのだ。
周りを見れば、何人かは手を止めてその歌を聞き入ってる。
「…何処にいても聞こえてくるのね、あの音楽」
ため息交じりにそう言うと、向かいに座るルキオもまた、ぼうっとしていた。
「ルキオさん」
「……」
「ルキオさん!!」
ニカレアの声にはっと我に返った様子で、顔を上げる。
「あ…すみません。なんだか、この歌に集中してしまって…」
その言葉に、眉を顰める。
「…あまりお勧めしませんわ。あの歌、どこかおかしいもの」
「おかしい…ですか?」
「ええ。私の尊敬する魔法使いが言っていた。精神感応系の魔法がかかっているから、あまり聞き入らない方がいいって」
「精神感応…つまり、人の心を掌握するような、そういう…モノ、ということでしょうか?」
ふと、『魔法』の概念が、こちらと向こうでは違うことに気が付く。
こちらではごく当たり前のことが、物質的な思考を重視するあちらでは魔法の認識が若干異なっている、と聞いたことがある。
(ローラン諸侯連合の中央部では、魔女の伝承はあるらしいけれど…)
こちらでは当然だと思っている魔法の化学技術は向こうでは未知の学問であり、同時に、向こうの機械的な技術はこちらでは全く未開の分野の一つである。特に魔法などに関しては、『迷信』と言われるようにネガティヴなものとして受け止められがちである。
「そう。…なるほど、そうやって言語化すると、いかに危険な魔法なのかということがよくわかる」
「…?つまり…??」
「人心把握…それはつまり、人を意のままに操る、ということも言えなくはない…正常な精神力をかき乱すってことですもの」
「ああ!なるほど…見方を変えれば、と そういうことですね。そういう理論的な思考は、ローランでは前向きに受け止められます」
「それ、とても興味深いですわね!」
ニカレアがにっこりとほほ笑むと、つられてルキオも笑った。
「それにしても…この国では本当に魔法技術が発達してますね。この…」
そう言って、目の前にある淡い光を放つランプを指さす。
「中にある鉱石が、魔鉱石というものですよね」
魔鉱石の使い方はさまざまである。その一つ、最もポピュラーなものがこの「ランプ」である。筒状の強化ガラスの内側には、六角形にカットされた手のひらサイズの石が光を放っている。
「そうですわ。…街にある街灯にも使用されているし、魔法技術は近年の魔法使いたちの努力と研究が生かされ、どんどん実用化されてきている。今では、魔法鉱石を他の鉱石と溶解することで建築技術に応用する研究も進められていますわね」
「…それが、もしもローラン諸侯連合と山を越えて三つの国を結ぶ線路に使われるとしたら…どうなると思いますか?」
「線路?…ローランでは、諸侯連法を東西南北に大陸を繋ぐ蒸気機関車が既に開発されていると聞いていますわね。それを、こちらの国と結ぶ…それは壮大な話ですわね」
「ですが、この魔鉱石の技術力があれば、不可能ではありませんよね?」
(…ただの空想ごとかと思ったのだけれど)
目の前のこのルキオ少年はいたって真剣である。
その様子に、思わずニカレアの口元はほころぶ。
「真剣な方の質問は、真剣に答えるのがスジ、というものですわね」
「…え?」
「いいえ。独り言ですわ。そうですわね…可能か、不可能か、というのであれば、不可能ではないでしょう。けれど‥‥」
「けれど?」
「この国において、魔鉱石の発掘量というのは、国で定められた「限度」があります」
近年、先だってのオカルト・ブームで魔法技術や魔法の研究分野の人気に火が付いた。
廃れてかけていた魔法の研究を主とする第四機関は、華麗な復活を遂げ、リヴィエルトが国政をする際そちらの予算を数倍に増加させた途端、目まぐるしい魔法技術の進化が促されたのだ。
それが、ここ二、三年の話。
魔鉱石の歴史は割と浅い。主要産業の一つである鉄鉱石の採掘中、偶然発見されたのがこの『魔鉱石』である。当時は鉄鋼石が採掘されたときに出る『クズ石』と呼ばれていた。
20年ほど前では、魔法はあまり重視されておらず、このクズ石も宝石程煌びやかではないもの、淡い光を放っていることからアミュレットやお守りの飾り石として安値で流通していたのである。
しかし、その価値を見出し、エネルギーとして初めて使用したのが、当時はまだ子爵の位だったメドソン家である。以来、研究に研鑽を重ね、一大産業になるまで押し上げ、公爵の地位まで上り詰めた。
「一昔前までは、一獲千金を狙った輩が山に赴き、命がけで魔鉱石を発掘する魔鉱石の一発屋みたいなものが横行していました。…そのせいもあってか、近年では魔鉱石は国が許し、条件を満たした者だけが採掘できる権利を得るようになってしまいましたの」
「つまりは…一部の者と王家の方々にしか、使用権が認められていないということでしょうか」
「…そうなりますわね。そんな大掛かりなビジネスならば、魔鉱石を使用する量も加味して考えると…莫大な資産が動くことになるでしょう、けれど…商売にするには独占を禁止とする法律があります。結果は、技術的にはできても、現実的にはぼ不可能と言えるでしょう」
「………なるほど」
(ルキオさんは…不思議な方ですわね?)
年齢不相応というべきか。
物腰は勿論、どこか落ち着き払った雰囲気の中にも、妙な子供っぽさは残るものの…時々鋭い意見を言うし、レスカーラで随意一の商業の要となるハーシュレイ家のニカレアの話も、きちんと理解しているように見える。
(はっ…そう言えば!わたくし、この方の年齢を聞いておりませんわ?!…見かけは少年、でも実は頭脳は大人のような、ただの童顔という可能性も?!)
そう、全て『彼は少年』だ、という思い込みが前提としてある。
ここは勝手に子ども扱いしていたことを謝罪すべきかどうするべきか、思案していると…ふいにルキオ少年が笑った。
「ふふ。面白い方ですね!ニカレアさん。ずっと百面相しています!」
「!!!」
(なんてこと!…恥ずかしいっ)
「こほん。あら?」
ふと、気が付くと、日はとっぷりと沈み、さっきまでうるさく感じていた歌姫の歌も止んでいる。ニカレアは時計を見てあっと声をあげた。
「まあ!すっかり話し込んでしまいましたわ…もっと案内するべきところがあるというのに…」
「いいえ、ニカレアさん。とても楽しい時間でした!」
「そう言っていただけるといいのだけど…」
お茶のお代わりもすっかりとなくなっており、随分と長い時間引き止めてしまったことを悔いる。しかし、ルキオ少年はそんなことを気にする風もなく、尋ねた。
「その…ニカレアさんは、晩餐会に出席されるんですよね」
「ええ。私には、大事な任務がありますもの」
ふふん、と胸を張ると、その様子を見てルキオが楽しそうに笑った。
「同じく、です。僕も大切な役目があります。では…その時、またお会いしませんか?」
「勿論ですわ!…会場についたら、もう一度お目にかかりましょう」
「はい!」
するといつの間にか、ニカレアの周りには複数の男性がやって来て、二人を取り囲んだ。
ぎょっとして振り返ると、黒い外套を纏った一人の男性が一歩前に出て、軽く会釈した。
「…?」
「あ、驚かせてしまいまして、すみません。彼らは、僕を迎えに来ただけですから」
「ル、ルキオさんを?」
「はい!…あ、この方を驚かせてはいけないよ」
「かしこまりました」
慣れた様子でローランの言葉で彼らにいくつか指示を出すと、ルキオは一度ニカレアの方を向いてにっこり笑った。
「それでは、またお会いしましょう、ハーシュレイさん」
「…え、ええ」
去ってゆく団体を見送りながら、ニカレアは考える。
(??どこか、ただものじゃないような。…まあ、今回の初交流の一団に加わっている時点で…普通ではないけれど)
「お嬢様、我々もそろそろ…」
「あ、そうね…ん?」
そして…向こうからとぼとぼと歩いている、白い制服のキルケと遭遇したのだ。
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「その白い制服…今噂の新しい王妃様直属の騎士様、ということでいいのかしら?」
「…そうだけど」
「先ほど、配られていたビラの歌姫さんと同じ紋章ですのね」
「え…?あ」
咄嗟に、キルケは自分の胸元に輝く白色のエンブレムを隠した。
「……妹が、そこにいるから」
「ふうん…その割には、なんだか、随分情けない顔をしてらっしゃるじゃありませんの」
「な、情けない??」
「そうよ。以前あったときは…もっと、こう、まともな表情だったけれど」
ニカレアの言葉を受け、キルケの表情はしおしおと情けなくなっていく。
「…なあ、ニカレア。俺、間違ってたのかな」
「ちょっと?愚痴を聞いてあげるほど、わたくしは暇ではないんですけれど?!」
「だって、おかしいじゃん!妹は何も知らないで、ただ楽しく歌を歌っているのに…それを聞いた連中がどんどんおかしくなって…しかもそれは偶然なんかじゃない、ちゃんと理由があって、全部、造られた理由だなんて…っ!!」
「何を…って、え?」
初めは、何を言っているかよく理解できなかったが…徐々に理解が追い付いていく。
「歌って…例の、歌姫ってあなたの妹さんだったんですの?!!」
ニカレアの素っ頓狂な声が、閑静な住宅街に響き渡った。




