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【完結】名も無き魔女の、誰も不幸にさせない代行復讐〜断罪令嬢の取り替え契約物語〜  作者: いづかあい
第7章 終わりから紡がれた世界

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114 名も無き魔女


「いった!」

「うわ?!」

「ふ―…よかった、見つからずに済んだわ」


天を仰いでアリセレスがそう言うと、下にあったクッションが不満を述べた。


「何で…俺の上にくるんだ!お嬢様!」

「あらごめんなさい。…だって、丁度いいところにあったから」

「いいわけあるか!」


ごそごそと這い上がり、ケンは何とか起き上がるとため息をつく。


「さて…」


くるりと振り返ると、相変わらずぼうっとした表情のリヴィエルトが床に座り込んでいる。


「それで?お前はあんな時間に、あんな場所で何をしてたんだ?…二回目だよな」

「ベルメリオ…お前こそ」

「…言ったろ?俺は一介の護衛。そちらは一国の主である国王陛下。立場が違うじゃないか」


ちらりと、リヴィエルトを見る。

頬は先ほどの一発で赤くなっているようだが、雰囲気が以前見たときとは遥かに、目つきが鋭く違って見える。

その眼光はケンという人間ではなく、自分を邪魔する者として認識しているかのように。


「なぜ、お前が許されて、僕がそうならない?」


(……病的で、まるで鞘を失った剣だな)


「……それを、お前が俺に聞くのかよ」

「何?」

「もし、万が一。お前が王道から外れたり、誤まった道に進もうとしたら…次は、俺がお前を殺しに来る」

「!!」


すっとケンを取り巻く空気が一変する。

その言葉を聞いて、リヴィエルトは目を見開いた。


「今の言葉、覚えているよな?」

「‥‥ベルメリオ」

「お前は今、私情と執着に呑まれて正常な判断を失っている。わかるか?…予言してやる、今、彼女の命と、国の危機を天秤にかけたら、お前は間違いなく、国を亡ぼす道を選ぶだろう」


その言葉を完全に否定することはできなく、言葉に窮する。


「‥‥‥」

「それくらい、冷静さを失ってるように見える」

「…リヴィエルト・クオン・パルティス」


凛とした声に、びくりと肩が震える。同時に、喉元にひやりとした何かが突き当たった。

アリセレスは、持っていた杖の先を、リヴィエルトの喉元に突き出したのだ。


「今、万が一私の手もとがくるって、魔法を使えば、あなたはここで死ぬ」

「!」

「一国の王たる人間が、不用心すぎるじゃない?」


月を背にほほ笑むその姿に、言葉を失う。


「…あなたは、何者だ?」

「あなたが私を知らなくても、私は貴方を知っているから、答える必要はないわ」

「あんな風に人を殴っておいて?」

「それだけのことをあなたはしているということよ!」


そう言い放つと、思い切り杖の先を喉元に当てる。ひゅっと声にならない声を発し、リヴィエルトは後ずさった。


「うっ…」


その様子を面倒くさそうに見つめていたケンだったが、このままではらちが明かないので二人の間に入った。


「全く…行くぞ、お嬢様」

「!」


くるりと背を向けるケンを見て、アリセレスは不満そうに息を吐く。


「まあ…仕方のないことね」

「ま、待って…きみは」


追いすがる声を振り払い、アリセレスはケンの後を追う。


「国を率いる王様が、未婚の女性の寝室に許可なく忍び込むなんて…前代未聞の醜聞ですこと。ここは退く方があなたの為ではなくて?」

「…っ」


すると、リヴィエルトは自ら陣をかき、その場から消え去った。


「…あいつ、逃げましたわね」

「メンタルズタボロなのもわかるけど、なあ。」

「なりふり構わず、と言った様子ですのね。…相当追い詰められているみたい」

「今のあいつは、前の世界の記憶とやらも思い出してる状態なんだろう?まともな精神でいるのは、難しいよな…」


もし、自分が国を率いる存在でいて、滅びの直前突如死ねない魔法をかけられ、さ迷った挙句愛する人を自らの手で葬り去らなければならない人生を急に思い出したら…おかしくならない筈はないだろう。


(あいつからアリセレスを引き離そうと思ったけど、これじゃ)


「…お嬢様。今、直接魔女にあって…すぐに入れ替えの契約の魔法とやらは使えるのか?」

「そこは…わからない。セイフェスはこの身体が覚えている、と言っていたけれど」

「回りくどいことは抜きしにして…明日、直接会いに行くのはどうだ?」

「確かに…うまくいけば」


その続きは中々言葉に出せなかった。


(うまく…行くのかしら。うまくいったとして、その後は)


「ううん。…きっと大丈夫」

「そうか」

「…ねえ、あなたは、彼を恨まないの?だって…」

「ああ…そうだな。そんなに、消し去りたかったのか、俺を とは思うけど」


アリセレスの言う通り、あちらで契約をした時の標的が自分だとしたら。


「別に、今更どうとも思わないさ。あいつは、どうか知らないけど」


今のあいつがもし、その時の記憶さえ鮮明に覚えているとしたら…どんな気持ちだろう。

すると、アリセレスはふ、と短く笑った。


「どうせ、自責の念やら何やらでがんじがらめでしょう。当然の報い…というのは少し可哀想だけど」

「…お嬢様は、リヴィエルトと付き合いが長いのか?」

「ええ、子供の頃から。品行方正、優等生…でもそれは、影で血のにじむような努力をしていたからだということ…それも知っている。でも」

「でも?」

「彼は、無駄に優しくて、心はあまり強くなかった」


思わず、ケンは目を見張る。


「…そんな風に、見てた人もいたんだな」

「優しいから…弱き存在のフリした化け物にかどわかされるのよ」

「それは手厳しい。それが例の…義妹か?」

「そうよ。メロウ…こちらでは、ことが起きる前に魔女がお母さまとお父様を助けてくれたから」

「魔女が?…そう言えば、俺が出会った頃から比べると、公爵は随分人が変わったようだ」


思い出してみると、当初、アリセレスと公爵の仲は冷え切っていたように見えた。


「自分で起こした事象の全ては、自分に返るわ。いいことも、悪いことも…」

「事象の全て…自らが招いたことだと?」

「安らぎを他者に与えたら、同じものが返る。でも…彼は、してはいけないことをしたんだもの、相応の苦しみを味わうべきだわ」

「なら…魔女は、大丈夫だな」

「ええ、勿論!…それより」


そう、神妙な会話をしていても、二人には、目前に迫った大きな問題がある。


「…ひとまず、寒いわ」

「同感だ…宿を探すとするか。安宿でも、文句言うなよ」

「……ば、場所による」


そして、その後、宿をめぐって散々不毛な争いが繰り広げられ…結果、予算よりも大幅にグレードの高い宿に泊まることとなったのだ。

そして次の日…二人は再び、ロイセント家を今度から正面から訪問していた。


「!ヴェガ君…どこ行ってたの?!」

「すみません、レナさん。勅命を受けて、お嬢様を元に戻す方法を探しておりました」

「まさか…もしかして」

「はい、こちらが…辺境の方で有名な魔法使いの―――」

「初めまして、ジェンド、と申します」

「す、すぐにお嬢様のところに…!」


バタバタと案内するレナに続いて、魔法使いに扮したアリセレスは邸に入り込む。


(…なんだか、不思議な気分。一応、里帰りということになるのかしら…)


少しだけためらうそぶりを見せるアリセレスの背中を、ケンが押した。


「大丈夫か?」

「…大丈夫。」


言葉で「元に戻す」というのは簡単ではあるが、実際、うまくいくかどうかなど、誰にも分らない。

アリセレスは緊張しながら、一歩ずつ前に進んで歩いていく。


(もし…うまくいかなかったら)


そんな思いが頭をよぎるが、何度も思い直し、悪い想像を振り払った。


「いいえ…大丈夫」


前を行くレナが、アリセレスにとって懐かしく感じる扉を数回叩く。


「奥様」

「レナ?」

「ヴェガさんが…もしかしたら直せるかもしれない方を…!」

「!わかったわ」


開かれたドアから飛び出したエスメラルダを見て、アリセレスは言葉を失う。

寝台に寝ている傍には、父をはじめ、小さい弟妹達が心配そうに見守っていたのだ。


「直せるの?!」

「!あ…ええっと」


(お母さま…)


いくら、魔女の身体にいようと、実際にこの目で触れてみる世界はあまりにも眩しくて、目まぐるしくて…何度も胸が詰まりそうな想いだった。


「あ…その、私は…その為に来たんです」


(それを与えてくれた魔女に…私ができる、最大の恩返し)


部屋に入った瞬間、今にも消えそうな魔女の力の気配を感じた。


「!…時間が、あまりない」


覚悟を決めて、魔女の杖を手に握ると…寝台に横たわる、真っ青な表情のアリセレスの身体と対面する。

その姿を見て公爵をはじめ、エスメラルダの焦燥の理由が分かった。


「本当に…死んでいるみたいだ」

「ヴェガ君…」


公爵がケンに声をかける。


「大丈夫です…きっと。彼女は…伝説の名も無き魔女ですから」

「え…?それって」


突如、ぱっと辺りは白い光に包まれる。

その場にいた全員、眼を閉じた。


(さあ…目覚めて。名も無き魔女‥‥!)


アリセレスはありったけの想いを込めて、杖に意識を集中させる。

自分の中から、まるで大きな光の洪水があふれてくるようで、思わず瞳をギュッと閉じた。


「すごい…力…!」


ガタガタと震える腕をしっかりと抑え、魔女の身体に眠る魔法の知識を総動員していく。細くて色とりどりの細かい粒子が一つの束になって、まるで一本の糸を紡いでいくように。

形成された無数の細い糸は、互いを求めあい、複雑に絡み合って大きな円と複雑で美しい模様を描いていく。

少しでも集中を解いてしまうと、全ての糸がぱらぱらと解いてしまいそうだった。


『意識は海、思考はそこを漂う小さな粒』


直ぐそばで、暖かい声が聞こえた。

(魔女…?)


『粒は光となって、海を漂い、奥へ奥へと沈んでいく』

「海…」

『自分の力でどうにかするんじゃない、善ある見えない住人達に力を貸してもらうから…【()】は必要ない。【我】は剣であり、力。それを手放して』

「や、やってみる…!」


何かを手放すイメージをすると同時に、全身の力がふっと抜けた。


「我が名は…アリセレス・エル・ロイセント」

『我に名はない。しかし、魂に刻まれた真なる名は…ヒルデ・ウィッカ』

「この魂は、あなたのもの。あなたが危機の時、私は必ずあなたの元へ駆けつけます」

『…我が魂も、お前のもの。お前が危機の時、私は必ずそなたの元へ、駆けつけよう…それが、誓約』

「魂は、心は共に」

『魂も、心も共に』


2人の言葉が重なると同時に、パキン、と何かが割れる音が聞こえた。…持っていた、名も無き魔女の杖は、砕け散ってしまった。


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