113 面倒な恋
その頃…遠く離れたどこの時間にも属さないとある場所では…白き魔法使い、セイフェスの話を全員で共有していた。
「リヴィエルトに原因が?」
(これは、想定外だった)
魔女はドロレスの小さな手をぎゅっと握りしめる。
「仮説ではありますが…時間を逆行し、この漂白の世界でのイレギュラーを、漂白をした本人が起こした場合。漂白前と同じ状況が魂に訪れる…そうなると、彼は知らないうちに、元の魔力保有に戻るために魔女から吸い取っていくでしょう」
「…少なくなった水を、元の共有先から勝手にくみあげていくようなものか?ならどうすれば…」
何とか話に集中しようとするもの、どうしようもなく痛む頭痛が思考の邪魔をする。
(だめだ、これ以上は、ドロレスが持たない)
『すまん、時間だ…』
「!魔女…」
落ちそうになったドロレスの身体を横からかっさらい、ケンは息を吐いた。
「お疲れ、ドロレス」
見れば、魔女の魂が抜けたドロレスには、頬に赤みもさし、すやすやと安らかな寝息を立てて眠りについている。
「頑張りましたね」
セイフェスはそう言ってほほ笑むと、簡易的なベッドを魔法で取り出し、そこに寝かせた。
「ねえ、魔法使い。…質問があるのだけど」
「なんでしょう」
「私は今、元の魔女の身体にいるのでしょう?なぜ、この魔女の身体は無事なままここにあったの?」
「それは…」
セイフェスが答えるより早く、なぜかケンが答えた。
「…ここのリヴィエルトは、魔女を深く愛していたんだろう。罪悪感とか、愛情とか色んなものがごちゃ混ぜになって、遺体を放置できなかったんじゃないか?それに…」
棺の横にパラパラと落ちる白い粉をすくいあげ、風に舞いあげる。
「どんな姿になっても、最期までその愛を貫いたんだろう」
何となく、今のリヴィエルトの執着を思い出す。
「姿が変わっても追い続けて、彼の人を想い続ける‥‥見上げた根性だ」
「あなたもそうではないですか?ベルメリオ君」
「さあ?…まあ、想うのは自由だろう。想いを断ち切るのも自由だし、一生抱えてくのも自由だ」
「断ち切るのも…自由」
アリセレスは、ケンを通してリヴィエルトを想った。
「…あなた達は本当に似ているのね」
「それは、…正直、あまりうれしくない。一緒にしないでくれ」
「ふふ、それは失礼…でも」
痛みは感じない。だが、胸の奥の方で、言葉にできない何かを感じた。
「…彼は、この魔女を本当に好きだったのね」
「好きというか…刷り込み現象とか、そういう類のように思いますが。単純に、絶望の淵で差し出された手が暖かくて…その手に縋り、勝手に神格化レベルまで引き上げたんでしょ」
セイフェスの言葉に、アリセレスは否定も肯定もせずに笑った。
「‥‥莫迦な人ね。それで、魔法使い」
「はい?」
「これから私がすべきことを教えて」
「……」
「さっき、あなたは…この魔女とアリセレスが再度契約を結ぶ直す必要がある、とそう言ったわね」
「魂をかけた契約は、基本的に一人の人間につき、一度きりしかできません。しかし、今の魔女の身体の魂の主はあなたです。…つまり、あなたが主となって契りをかわせば、二人の魂は再びその身体に収まることでしょう」
「わかったわ…魔法、私が…嘘みたい…!やるわ…やって見せるわ!!!」
予想以上に目をキラキラと輝かせるアリセレスを見て、セイフェスは苦笑いを浮かべた。
(…ああ、元々名も無き魔女のファン?でしたっけ…)
「俺は、一度戻ろうと思う」
「!ベルメリオ君」
「あんたが俺をここに連れて来た目的は、事情を理解させる為だろう?…もう十分。俺は、あっちのアリセレスの身体の方が心配だ」
「心配?」
「…アリセレス・ロイセントは、意外と敵が多いんだ。さっきの話じゃ、今の彼女にはリヴィエルトすら脅威になりかねない。あいつも暴走して、眠ったまま王宮に引き取るとか言い出しかねない」
「…どうするつもりですか?」
セイフェスの問いに、ケンはにやりと笑って見せた。
「いっそのこと、攫ってみようかな?」
「それなら、私も同行するわ」
「…えぇ?」
「だって、結局私は向こうの身体と対面しないといけないわけですもの。…なら、早い方がいいじゃない。それに…」
アリセレスが手をかざすと、朽ちていた杖は輝きを取り戻し、その手に収まった。
「今なら、あの馬鹿王子を一発ぶん殴れるってものじゃない!!」
その言葉に、二人の男性は絶句した。
「あ…一応、国王だから…不敬罪とか、気をつけて」
「今は本人がいないもの。関係ないわ」
「……問題は起こさないでくれよ」
「ベルメリオでしたっけ?あなたこそ、足を引っ張らないでください」
「…はいはい」
そんな二人の微笑ましい(?)やり取りを聞きながら、セイフェスはため息をつく。
「…一つだけ。今の魔女は魂だけの存在…要は、害無き住人の亡霊と同じような状況。呪術的な物や、魔術的なものに影響を受けやすい。更に、リヴィエルトに近づけば…その力は吸収され、消滅しかねないです」
「やっぱりな…」
「まあ、陛下ってば、永久的な片思いね。…お気の毒様」
白々しい言葉に、ケンは眉を顰める。
「随分冷たいな」
「いい気味、という風にとらえて下さって結構ですわ。想いを断ち切るのも、自由なのでしょう?」
「違いない」
「…あなた達兄弟は、本当。よく似てるわ。面倒な恋をするところまでそっくり」
「お嬢様には言われたくないが…、まあそれこそ、想いを一生抱えていくのも、自由というやつだ」
「ああそう。どうぞ、ご勝手に。…さあ、行きますわ」
ぐっと大きく杖を掲げると、そこに大きな魔方陣が描かれる。
「ちょ、いきなり大丈夫なのか?!」
「ご安心を。名も無き魔女は…最強ですもの!」
「だからどこに座標を…!!」
一瞬のうちに、光の粒となって消えた二人を見送ると、眠っていたドロレスがゆっくりと目を開いた。
「ドロレス」
「…おじさん」
「気分は?」
「うん、平気…お兄ちゃんたちは?」
「魔女のところに戻りました」
その言葉を聞いて、ほっとしたような表情を浮かべると、ゆっくり大きな伸びをした。
「ようし。…じゃあ、おじさん、教えてくれる?」
「ああ」
「誰も不幸にならない幸福の魔法!」
**
「あうう!!うわああん!」
「はっ?!」
それは突然起きた。時刻は夜の二時を回ったところ。
眠っていた双子の妹、セレーネは、突如火が付いたように泣き出してしまったのである。つられてエリオンも泣き出し…同様に、アンジェラもまた困り顔のセレムに抱えられ、わんわん泣きわめいている。
「お、お母様ぁ…」
「ど、どうしたのみんな?!」
「おねーたまのとこに行く!いーくううーーー!!」
「え?あ、アリス?アリスに何かあったのか?!」
寝ぼけた様子のリカルドもあわてて飛び上がり、とことこ歩いていくアンジェラの身体を抱き上げた。
「と―様いけぇ!」
「わ、わかった!」
ばたばたと階段を上ってくる音に、アリセレスの部屋にいたリヴィエルトは思わず顔を隠す。
「!…なんで」
くるりと背を向けた瞬間、リヴィエルトの目の前にパッと大きな光の玉が飛び出す。そして…
「うっ わ!」
「きゃあ!!」
「?!」
2人の人間が何もないところから降って来た。
「ここは…アリスの部屋?!時間は…真夜中??」
「ちょっと!!どいてくださる!?」
「どくって…乗っかってるのはそっちで!」
「…ベル、メリオ?」
茫然とした声が頭上から聞こえ、二人は慌てて仰ぎ見る。
「?!…っい いきなりご本人登場かよ…!」
「……っリヴィ エルト」
「君は いや、あなたは」
リヴィエルトの中で、ざわざわとあの明晰夢の記憶の面影が浮かび上がる。
それはアリセレスも同様で、色々な思いがぐるぐると浮かんでは消え、めまいがしそうだった。しかし、それを何とか耐え抜き、一度大きく深呼吸をする。
「すぅう――…はぁあ!…よし!!いきますわ …ぁよ!!」
「え?!う」
「えぇい!!」
そして大きく振りかぶって…思い切りリヴィエルトの端正な顔面にグーパンチを繰り出した。豪快な音が鳴り、その様子を目の当たりしたケンは、思わず片手で顔を覆った。
「あぁ…全く」
「…よし!スッキリしましたわ!」
「き、きみは」
突如、見慣れない女性が空から降ってき、思い切り顔面を殴られたリヴィエルトは茫然とする。と、同時に、部屋の扉が開かれた。
「い、今の音は?!」
「おねーたま!!」
そして、三人はそれぞれ困惑、動揺、茫然の表情のまま、ぎょっとなる。
「?!」
「!!」
「!」
まるで雪崩のようにやって来たロイセント家一行を前にして、リヴィエルトもアリセレスも、ケンも皆固まった。‥‥彼らの状況は、実は同じ穴のムジナ…というか、関係性を抜きにしても、今の状況がまずいことには変わりはない。
「…マズイ、これじゃただの不法侵入者だ…お前もな!」
「こ。これは…一体、でも は?!」
「い、一度逃げるわ!!えい!」
アリセレスは、おろおろする男共二人の腕を掴んで移動魔法陣を発動させる。その途中、いっそリヴィエルトはそのまま放置したほうが平和的ではないかとも考えたが、何となくあの部屋に魔女の気配が漂っていた気がしたので、やめた。
(魔女…よかった、無事ね)
**
「アリス…?!あ、窓が」
ひゅう、と風が舞い起こり、開いた窓とカーテンがひらひらと揺れる。
「勝手に…開いたのか?」
「……いない」
ぽつりとアンジェラがそう言うと、リカルドが首を傾げた。
「もしかして、アンジェはこれを教えてくれたのか?」
「ううん、でも」
きょろきょろと視線を巡らし、アンジェラは何もない壁の隅をじっと見つめた。
そして、とことこと歩いてゆき、その場所に持っていた鳥のぬいぐるみをおいた。
「あげる」
…はたから見れば、いたいけな少女が、何もない壁に向かって話しかけている姿はとても強烈に見える。しかし
「…そう言えば、アリスも昔からそうだったな…そこに、誰かいるのかい?」
「うん」
「そうか…」
アンジェラは小さく手を振り、くるりと背を向けた。
「ばいばい、またね」
その小さな手をふわりと触り、魔女は軽く微笑んだ。
『ありがとう、アンジェ』
何とか力を失わずに済んだ魔女は、そのまま座り込んだ。
そして、先ほどの衝撃的な光景を思い出し、涙が出そうな程嬉しいと感じた。
(ああ、アリセレス。言ったろ?…諦めなければ、正しい道を進んでいけば…不可能と思ったことも、いつか必ずかなうと)
今、ようやく魔女はアリセレスとの約束を一つ、果たせたような気がした。




