109 ウッド・マンの手記
その夢は、続いていた。
その世界で、自分は愛する人を自らの手で葬った。その代わりに、膨大な知識と計り知れない力を得た。
けれども、ただ朽ちていくその姿を見ていられず、綺麗なまま身体を棺の中に納めた。多くの知識を得た自分には、彼女の身体を腐らせぬように施すのは簡単だった。
…もうこの時点で既に気が触れていたのだろうと思う。
生気のない身体の傍で眠り、語りかけては強大な魔法を興すための陣を自らの血で書き込んでいく。白き魔法使いも同様で、切り離した時間の部屋に自分と彼女を閉じ込めた。
幾つもの夜を超え、星が巡り、その時はやって来た。
「いいな?今から、私が起こすのは、時間を歪ませ逆行させる魔法だ。そしてお前は」
「逆行した時間の情報を書き換え、全てを漂白する魔法」
エルは魔女が使っていた杖をかざし、セイフェスは自身の杖をかざした。
2人の魔法使いが命と引き換えに起こす奇跡を、神が咎めることはなかった。多くの罪を赦し、彼らが新たに刻む未来に期待をかけた。
それは奇跡となり、全ての魂たちは元の無垢な姿に戻り、新しい世界へ送ったのだった。
そして、今。
「……」
リヴィエルトはゆっくりと目を開く。
(夢…というのか、これは)
旧いあるはずのない記憶。だが、それは確かに起きた事で、その続きはまだ終わっていない。
「過ぎた執着…彼女に僕が惹かれるのは」
サリア・メドソンの姿が目に焼き付いて離れなかった…そしてニカレアの言葉も。
リヴィエルトは、自分に愛を訴えるサリアの姿に自身の姿を重ねたのだ。思い焦がれ、愛を乞わずにはいられない…その執着に。
「…あなただけいれば、それでいいのに」
そこまで思い詰める理由を、まだ測りかねていた。
**
『ウッド・マンの手記』
それは、連続殺人事件が起きたレスカーラで、その犯人の男が捕まる直前各新聞社に送ったある手紙の内容をまとめたものとされている。
未来を予言しているかのような内容は多くの人間に不安を与えるきっかけとなった文書であるが、その真偽を確かめる術は存在しない。
「ある世界…?」
「その世界では、とうの昔にレスカーラという王国は滅びておりました。きっかけは…『ウッド・マンの手記』の通りの出来事が起きたからです。ですが…最後の王である彼は生き残ってしまった」
「最後の王って…まさか、リヴィエルトか?」
「はい。…ベルメリオ・ケン・アルキオ。あなたがいれば、もしかしたらまた、違う未来があったかもしれませんが」
「俺のこと‥‥知っていたのか」
「燃え盛る炎の館で、一目見た時から」
「……俺は、既に死んでいたか」
セイフェスが頷く。それを見ながら、ヴェガ…もとい、ベルメリオ・ケン・アルキオは何となく腑に落ちたような、そんな気分を抱いた。
(やっぱりな…そんな気はしていた)
常に身近にある【死】への覚悟、そして取り巻く環境も、もし彼女に出会っていなければ、生きるのを諦めていたことだろう。
「で、そこのアリセレスがリヴィエルトとメロウに騙されて、そうなったということか」
「ええ、そうよ…迎えた終わりの先で、私は魔女と出逢い、そして助けてもらったわ」
『…私は自分の仕事を全うしたまで。‥‥それで?私を殺したあの男は、やはり、本当にあのリヴィエルト、ということに?』
「その通りです。…彼は生き延び、当時私がまだ研究中だった『不死の魔法』を盗んだ魔女により、強烈な不死の呪いを受けてしまった」
衝撃的な言葉に、魔女もアリセレスも黙り込む。
「!」
『…だから、あいつは』
ボロボロだったのか、と呟く。
「…魔女は、もともと、あいつと知り合いだったのか?」
ケンが尋ねると、魔女は静かに首を振る。
『実は、よく覚えていない。…その原因も、そこの眼鏡が知っているのでは?』
「思い出さない方が幸せ、ということもあるでしょう」
『…いうつもりはないのか』
「あなたが、彼に惹かれて殺された、という事実を知っていれば、その先の話を聞くにあたり支障はございません」
「ふうん」
どこか釈然としないケンとは対照的に、何を聞かれてもきっとこいつは答えないだろうし、何度問うても答えなど期待しても無駄だろう。そう解釈した魔女は、それ以上聞くのを辞めた。
(私の魔女としての死があったから、アリセレスの魂と出逢った。それ以上でもそれ以下でもない)
『わかった…続けてくれ』
「その場所で、メロウは…どうなったの」
アリセレスが、小さな声で尋ねると、セイフェスは笑顔で応えた。
「最終的には売国奴だと、民衆にボコられて壮絶な最期を迎えたみたいですよ」
「……そう」
『悪しきものは滅びる。そういう話だから、安心するといい、アリセレス』
「間接的に…あの場所で私を追い詰めた二人は、私や魔女が手を下さなくても…そうなる運命だったのね」
「そんなに、そっちのリヴィエルトはひどかったのか?」
ケンが何の気もなしにそう言うと、アリセレスは明らかに嫌そうな表情でため息をついた。
「最っ低で、傲慢で!!社会のゴミ!!!!よっ!」
「……あ あっそ」
それ以上は何も聞けず、ただぼんやりと考えた。
(もしかして、俺は…あちらで、あいつに)
殺されたのかもしれない。
言葉には出さない、確信にも似たこの感覚は間違っていないだろうと思う。
幾度となく、理不尽な死に付きまとわれていた。それは、代々血が成す呪いなのか、レスカーラの王家は常に継承者が二人いて、常に争っている。
「アリス…いや、魔女よ。あなたは知っていたのか?俺が辿るはずだった運命を」
『……確信はなかった。でも、変わるかもしれない未来があったんだ。乗らない手はないだろ』
「それだけ?」
『当然』
「ならいい…改めて、礼を言うよ、魔女」
『礼?…何でまた」
「君がいてくれたおかげで、俺はここにこうしているから。…続きをどうぞ、魔法使い。時間はあまりないんだろ」
見れば、ドロレスの顔色はあまり良くない。
「要約すると…リヴィエルトは、魔女からとった魔力を研鑽し、研究に研究を重ねた結果、私と共に時間逆行と漂白の魔法術を発動させたのです」
「じかん、ぎゃっこう…!」
物語の中でしか見たことのない話に、アリセレスは思わずときめいてしまうが、対してケンは顔を顰めた。
「漂白…ねえ」
『…それは禁呪だろう。無事では済まない…』
言いながら、はた、と黙り込んだ。
『だから、不死の呪いを受けた者が…適任だったと、そういうことか』
「…彼は、その煩わしい命を誰かの為に犠牲にしたかった。それが、償いであり、罰だと。そう思っていたようですね」
「…勝手なやつ。それで、成功したのが…」
「そういうことです」
ふと、ケンは先ほどアリセレスが眠っていた棺に覆いかぶさるようにしてあった骸骨を思い出す。
(…本懐は、遂げたということか?誌的な正義とはよく言ったものだ)
そして、神妙な表情をするアリセレスとドロレスを交互に見て、ため息をつく。
「ある意味、羨ましいよ…だが、その手記通りなら、俺は既に大昔に死んでいるはずだろう?それに先帝だって、崩御した時期が全く異なっている。なら、その手記はただの記録であって…これから起こりえるとは限らないだろう」
「一理ありますが…どうも、そうとは限らないのです。私の魔法は、時間を戻すことはできますが、起きてしまった出来事を上書きすることはできません。たとえ、彼の漂白魔法で事象が消えたとしても、一つのイレギュラーで源流の亀裂はいつでも生じる可能性があります」
「イレギュラー?」
『ブロック・ヘッドのように、何かのきっかけで、そちらの世界とリンクしてしまうような例外…そういうことか?』
「メロウも…そうでしょう?魔女の中にいる時に見たメロウはずっと私を探していた。つまり、記憶が連結しているということだわ」
「…もし、その先の未来が【ウッド・マンの手記】に記載されたものに徐々に近づいていき、本当に予言書の通りになったとして…その先はどうなる?」
その場にいる全員に『滅亡』という言葉が脳裏をよぎる。
「その前に…『不死の魔法』。私が造った術式では、対象に不死の命を与えると同時に別の人間の命を使わなければなりません。つまりあちらの世界の王妃様は自身の命を等価にし、誰かにリヴィエルトへの施術を依頼したことになります」
「誰か…とは」
『完璧で、調和のある世界…』
「!」
聞き覚えのあるフレーズに、アリセレスとケンが魔女を見た。
「その言葉…王妃様が良く使っていた。どうして魔女、あなたがそれを?」
『昔、この言葉が好きな魔女がいた。そいつは【杖の魔女】と呼ばれ、凄腕の魔女の一人だ。最もリヴィエルトの近くにいる王妃様が同じ言葉を口にするのは…偶然じゃないだろう』
魔女の言葉に、セイフェスは一度眼鏡をかけなおす仕草をした。
「過去、王妃様は杖の魔女に頼んで呪いをかけてもらい、杖の魔女はまんまと王妃アルミーダという存在に成り代わった。…そう考えるのが妥当でしょう。自分が好きな世界を造り上げたいのなら…その場所で最高の権力を手にするのが手っ取り早いですから」
「つまり、アルミーダ・ダイアン・パルティスという人間はもうとっくに死んでいて…そんな危ない思想の魔女が、何でかここにいる…そういうことか?」
ケンがそう言うと、魔女は首をかしげる。
『完璧で調和ある世界…とはどういうものだろう?』
「不和もない、争いもない、誰もが他者を尊び、協力し合う世界…そんな風に想像するけれど」
「そんな世界はあり得ないな」
「随分、とげがある言い方ですのね」
完全否定されたアリセレスは、何となくケンをにらみつけてしまう。
「不和もなく、争いもない…そんなのは、不可能。全員が最初っから平等な世界なんて、人間としての尊厳を完全に否定されて生きているようなものじゃないか」
「あなたって、もしかして性悪説…とか?」
「人間は生まれながらにして善人ではない…というなら、俺はそれを推すね」
なんだか不穏な気配を察した魔女は、二人を嗜めるべく咳払いをした。
『それで、肝心なことを忘れているぞ。セイフェス』
「あなたの呪いについて…ですね。お答えしましょう、私の見解では、その原因はリヴィエルトにあると思いますよ」




