108 目覚めた魔女
バサバサと音を立て、鳥が飛んでいく。
「…う」
その音を鬱陶しく聞きながら、ヴェガはゆっくりと目を開ける。
真っ先に映ったのは、どこまでも続く青い空と、白い雲。そして、自分がいる場所をぐるりと囲むような背の高い木々。
生ぬるい風が吹き、緑色の葉をまき散らしながら、ゆらゆらと揺れる光景だった。
「…雪がない。どこだ、ここ?」
身体に異常はなく、寒くもなければ暑いわけでもない。季節で例えるなら【春】に近い気候だろう。
自分が座っている場所にも小さな白い花があちらこちらに咲き誇り、燦燦と落ちる太陽光を受けきらりと光った。
「魔法使い?…ドロレス?」
直前の自分の状況は、多分魔法使いが杖を振りかざして…それから。
考えてもしょうがないので、ひとまず立ち上がると…だだ広い空間の丁度真ん中に白い棺が置いてあるのを見つけた。そして、その傍らには朽ちた一本の杖が突き刺さり、棺に覆いかぶさるような体型のままの骸骨があった。
「棺…それに、骸骨?」
翼のような赤い文様が刻まれた長方形の白い棺の蓋は、少しだけずれている。
興味本位でそれに触ると、突如赤い文様が光だす。
「?なに…っ」
同時にバキン、と音を立ててふたが外れた。同時にカラカラと乾いた音を立てて骸骨は砕け散った。恐るおそる中を覗くと…そこには、一人の女性が眠っていた。
長い髪の毛は、例えるならアリスが輝く太陽のような黄金であれば、こちらは闇夜に浮かぶ月のように細く糸のような金色の髪だった。肌は白く、着ている白いローブは綺麗なままで、年月を感じさせない。
その割には、彼女に添えられていたであろう草や花ばなは朽ちて、原形をとどめていなかった。
「…?」
しばらく見つめていると、胸のあたりに組んでいた手がピクリと動く。
驚いて後ずさると、同時に深紅の瞳がカッと見開き、ヴェガをじっと見つめた。
「な…?!死人じゃないのか?」
「………ここ は」
ゆっくりと起き上がるり、女性はくるりとあたりを見渡す。
「……?」
何となく、硬直したまま二人は見つめあう。
(少し…アリスに、似てるような)
「誰…?」
「いや、きみこそ」
「目が覚めましたか?」
「!」
背後から聞こえたのは、魔法使いの声。
パッと振り返ると、…なぜか眩しそうにこちらを見ている。
「…あなたの名前は?」
「……私の、名前」
女性は棺の中でしばし考えこんだ後、思い出したように呟く。
「私の名前は…アリセレス」
「え?」
「そうだ…私は、あの時処刑人に首を落とされて!それで…彼 が」
パッと首元を触り、何度も確かめる。
「首…つながってる。しんで、ない?」
「ちょっと待て…アリセレスって。アリセレスは」
信じられないと言った様子のヴェガの手を、小さな手が重なる。
「お兄ちゃん…あの人は」
「ドロレス?」
「お姉ちゃんと一緒にいたもう一人のお姉ちゃん」
「……???」
ぼーっと何かを考え込むアリセレスと名乗る女性。そして、明らかに混乱した様子のヴェガを見て、セイフェスはため息をついた。
そして、指を一度鳴らすと、そこに大きなテーブルセットとティー・ポット。そして小さなクッキーが並べられた。
「おじさんすごい!」
「一度、のんびりしましょうか。アリセレス、立てますか?」
そっと手を差し出すと、その手をはねのけゆっくりと立ちあがり、セイフェスをにらみつける。
「どういうこと?」
「…お気が強い方だ」
「状況を説明して頂戴。…私はアリセレス・エル・ロイセント。間違ってなければ、あの雪の日で死んでいたはずよ」
「リヴィエルトに殺されて?」
その名前を聞き、ぎゅっと唇をかみしめる。
「……そうよ」
「そのあとの事は、覚えていますか?」
「その後?!その後なんて…」
ふと、脳裏にある言葉が蘇る。
『殺すことや、憎むことでなされる復讐ばかりではないだろう?…もっと色々な復讐があるさ』
「…復讐、をしよう って思った。だけど…魔女が」
自然と涙がこぼれる。そして、改めて自分の髪の色が違うことに気が付く。
「気が付きましたか?」
何処か狼狽した様子で、ティーカップに映る自分の姿を見て、言葉を失う。
「これは…私じゃなくて、魔女の姿?」
「…お姉ちゃんは、自分でけいやくをやめたんだよ」
「契約…そうよ!だって、もう…色んなものを、魔女がくれたから」
「魔女って…まさか」
ヴェガはその様子を見ながら、集めた情報を自分の中で整理する。
「できなかったこと、やりたかったこと、友人、家族。うたた寝をしながら、まるで夢を見ているかのように魔女を通して、私はそれを体験していた。…十分だった!!だから」
「どういうことだ?」
冷たい声に、背筋が凍る。
「あんたが言う魔女が彼女なら、彼女はどうなるんだ?…説明してくれ」
「あなたは…」
「もうずっと目覚めない…眠ったまま。あんたが目が覚めたことに関係あるんじゃないのか?!」
「そんな!…どうして」
喰ってかかりそうなヴェガを杖で制して、セイフェスは再びため息をつく。
「一から説明します。…確かなのは、この女性はアリセレス本人であり、今眠っているアリセレスは、魔女だということ」
「魔女…」
「ヴェガ。君だってうすうす感じていたのでは?彼女は何か違う、と」
「……」
(年齢にそぐわない立ち振る舞いや、しゃべり方。それに、卓越した魔法の知識と、膨大な知恵の数々…やたらと歴史に詳しいのも、亡者や悪魔についても随分熟知しているようだった)
「アリスが、魔女…」
そう考えれば、あらゆることが納得する。
そして、こちらをじっと見つめる赤い瞳の女性。
「じゃあ、その人が…本物のアリセレス?」
「…この身体は、違うけど」
「入れ替わっていた、そういうことか?」
「あなたを騙すとか、色んな人を騙していたとか、そういうつもりじゃないの!!私の、勝手な願いの為に…魔女はっ…」
「そんなことはどうでもいい。…俺にとって、重要なのはあんたたちの言う【魔女】の方だ。あんたが誰であろうと、何を願おうと知ったことではない。」
「……わかって、いるわ」
「…それで。魔法使い、あんたがここに俺を連れて来たということは、彼女が目覚めるために必要なものがここにあるって、そういうことなんだろう?」
「理解が早くて助かる。…そうだね、まず何から話すべきか」
ちらりと丸テーブルに座った椅子の面々を順番に見詰め、セイフェスはため息をついた。
(一人は食って掛かりそうだし、一人は明らかに一方を警戒している。そして‥‥)
ドロレスは、目の前にあるクッキーを頬張っていた。
のんびりとした様子に、ヴェガは一度深呼吸をして再びテーブルに座り込んだ。
「とりあえず…ここはどこだ?ここにきてどれくらいの時間がたっている?」
「そうですね、ここが何処かというと…私が造った特殊な時間の切れ端です」
「…時間は切ったり張り付けたりできる物なの?」アリセレスが問うと、セイフェスは肩をすくめる。
「まあ、常人には理解できないような倫理の世界です。時間という概念がないので、どのくらいか、という問いには満足する答えを導き出せませんね」
あっけらかんというセイフェスに、一般人間代表の二人は言葉を失った。
「‥‥わかった、もういい。質問を変えよう。魔女が目覚めるためには何をすればいいんだ?」
「結論から言うと、彼女が目を覚ますためには、そこの魔女、アリセレスが彼女の元にゆき、再び契約を結びなおせばいい」
「契約?」
「今の状態は、君の知るアリセレスの魂は宙に浮いていて、不安定な状態だ。なぜかというと、収まるべき身体に別の人間の魂が宿っているから…」
その言葉に、ヴェガはつい目の前のアリセレスをにらみつけてしまう。
「…っわ、私のせいだというのは、認めるわ」
「契約と言っていたな。…それは?」
「それを離す前に。…未来の世界についての話をしようか」
「未来の世界…?」
「覚えているかい?…以前起きた、ブロック・ヘッド事件」
「ああ…レスカーラで起きた猟奇殺人事件だろう。」
セイフェスは一度お茶を一口飲むと、大きく頷いた。
「彼が捕まる前に、各新聞社に投函した妙な予言書…今では「ウッド・マンの手記」と呼ばれている。それの中身を見たことは?」
「…一応、眼は通したけど。あんなもの、狂人の妄想だろう?」
「それがそうでもない。…あれは、かつて一度起きた事のある世界の歴史だ」
「…は?」
「平行世界、というものがある。多くの命が選んだ選択肢によって分岐される未来…それはその果てに全てが瓦解した世界、そのもの」
「瓦解した、もう一つの世界…」
手記の内容を思い出そうとするが、良く思い出せない。
ただ、ある一文が記憶に残っているのは覚えている。…それが、公爵令嬢の失脚、公開処刑の一文だった。
「あれは‥‥全て、これから本当に起こりえる事、そういうことか?」
「そう。その歴史では、黄金暦247年…一人の公爵令嬢が失脚し、公開処刑が行われていると書かれているが…それが、この彼女だ」
「……私は、リヴィエルトとメロウに騙されたのよ」
「リヴィエルト…?」
「寒い、寒い雪の日…今でも思い出すとぞっとする。私はその時一度死んで…魔女に助けてもらったの」
「‥‥あんたも」
そうなのか、と口の中で呟く。
「それが契約、とやらか?」
アリセレスは力なく頷く。
「魔女の役割は、迷える魂を天に導くこと…彼女も同様に命を落としたその瞬間、彼女と魂がつながったのだろう。失われるはずの二つの魂は融け合い、一人の人間の姿に収まった」
「でも…私が勝手に契約を反故にしたから…!」
「なぜ?」
「…魔女は、私の願いをかなえたら、そのまま消えてしまうつもりだった…」
「!…まあ、『彼女らしい』な」
「でも、嫌だった。魔女を通してみた世界で…私は十分だったから。魔女に消えてほしくなかった…!だから…」
『気にするな、と言ったのに』
突然、ドロレスが口を開く。
「…ドロレス」
『あまり長くは時間をかけるな。…ドロレスの身体が疲れる』
ドロレスは一度座りなおし、腕組をした。
『久しいな、セイフェス・クロム。…全く、言いたいことだけ言って逃げやがって。この期に及んでまだ濁すというのか』
「その声…アリス、か?」
『すまないな、ケン。もっと早く、話せばよかったのに。こんなことになってしまって…』
「……俺はいいよ」
「…魔女、ごめんなさい、私が」
『いいと、言ってるのに。それで、セイフェス。…詳しく話してもらおうか。この世界と、もう一つの世界について』
「…わかりました。では、話すとしましょう。…ある世界の結末について」




