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【完結】名も無き魔女の、誰も不幸にさせない代行復讐〜断罪令嬢の取り替え契約物語〜  作者: いづかあい
第7章 終わりから紡がれた世界

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107 誘う手


――なぜ、こんなことに。炎で焼かれた体が熱い…!!


蜘蛛は張り巡らされた青い糸を辿り、暗闇を辿り影の中を移動していく。

半分は捨てた。それでもなお、炎のナイフで切り落とされた傷はじりじりと痛み、徐々に朽ちていく。


(何とかしなければ、どこかで力を補わなければ!!!)


ふと、どこかなじみのある力の気配を感じ、蜘蛛はまるで引き付けられるようにそちらに向かった。


「見つけた…見つけた!!!」




がらんとした部屋を見渡し、キルケはため息をついた。


「帰ってきてない…何処に行ったんだ?」


数日前から、セイフェスとドロレスが姿を消した。

書置きがあるわけでも、誰かが押し入ったわけでもなく、部屋の中は自分が買い物に出かけたあの日の夜のまま、何も変わっていなかった。


(何かあったんじゃなければいいけど…)


「…うーん、探すって言っても」


何処に行ったのか見当もつかない状況ではらちが明かない。

あれこれ悩んで、再び長椅子に座り込んだ。


「このまま帰ってこない…なんて」


言葉に出さずにいたのは、それが現実になりそうだったから。それ以上は口に出せず、天井を仰ぐ。


(アリスも…逢いたいな。元気かな)


いくら幼馴染といえど、相手は公爵家の令嬢。富裕層かもしれないが、しょせんは一般市民であるキルケには接点がまるでない。

以前はハント・サルーンに行けば彼女に逢えたものの、今はほとんど顔を出さくなってしまった。

マスターに聞いても、「しばらく忙しいみたいだ」としか教えてくれず、キルケは彼女からの連絡を待つしかできないのだ。


「あ―――、くっそ!うじうじ考えてももしょうがねえ!」


ぶんぶんと頭を振ると、ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。


(まさか…?)


「…ったく、しょうがないな!」


僅かな期待を胸に、ゆっくりとドアを開ける。すると、そこにいたのは、白いコートに黒いワンピースを着た、銀の髪の女性だった。


「こんにちは…」

「あ、ええと、誰 だっけ」


思っていた来訪者と違い、キルケは虚を突かれた。


「フィアネス・ノーヴェル…同じ階に住んでいるの、知っているでしょ」


銀色の髪のフィアネスは、ふい、と顔を背けながら少し大きめのバスケットを突き出した。


「…?なにこれ」

「この間のお礼…鍵、開けてくれたでしょ」

「ああ、そう言えば…兄ちゃん帰って来たのか?」

「今日も仕事。…私は非番」

「ふうん…これ何?」


キルケは受け取ったバスケットにかけられた布を取ると、甘い香りが漂う。…クッキーだった。


「お菓子?…手作り?」

「…文句ある?」

「いや、形がいびつだなあって」

「な!バカにしないでよ!」

「あ、いやごめん。…ええと、普通にうまそうだし、良かったら一緒に食べない?」

「えっ…」

「ん?今俺んち誰もいないしさ」

「…ふうん」


じっとアイスブルーの瞳がキルケを見る。


「?なに」

「あんたって、誰に対しても、()()なの?」

「??そう、とは??」

「…まあ、いいわ。じゃあ一緒に食べてあげる」


言いながら、フィアネスはどこか嬉しそうに目を伏せた。


(変なねーちゃん…)


フィアネスを部屋に招き入れると、途端にキルケは自分がいかに大胆なことをしているか、思い出した。


(って、俺何やってんだ…女の子と二人きりだぞ?)


一瞬動揺もしたが、別に相手は自分が好意を寄せているわけでもないし、そこまで気にすることではないような気がした。


「まあ、いいか」

「何?」

「あ、うん。ええと、何飲む?お茶でいい?」

「なんでもいい」

「わかった」

「…今日は一人なの?」

「ん?」

「いっつも、小さい女の子、いたでしょ」

「あー…ちょっと出かけてていない。…あち!」


ガタン、と勢い余って熱湯の入ったやかんの中身が飛び出した。


「大丈夫?」

「いって…へ、平気」


見れば、右手の甲にやけどをしてしまったようだ。

すると、フィアネスはおもむろにその手を取り、ぎゅっと握った。


「?何…」

「じっとして」


すると、白い光がフィアネスの手から発せられ、ずきずきと痛んでいた手の痛みが引いていく。


「え?!何これ、すげー」

「じっとしてって言ってるでしょ」

「回復魔法ってやつ?すごいな!君、魔法が使えるんだ」

「べ、別に、大したことじゃ」


ふと、キルケの胸にセイフェスとドロレスが熱心に魔法について勉強している姿を思い出した。その度にギュッと胸が苦しくなるような気がした。


「…おれも魔法、使えたらよかったのになー…」

「どうして?」

「あ、いや。俺の同居人が魔法使えるからさ…そしたら」

「なあに?」

「…置いていかれなかったのかな、なんて」


言葉に出して、はっとなる。


「あ!!ごめん、今のナシ!聞かなかったことに」

「…寂しいの?」

「え?」


フィアネスはぐっと距離を縮め、キルケの傍らに立った。


「慰めてあげようか?…君ならいいよ」

「慰めるって」


するりと腕がキルケの首に回る、じっと覗き込むように見つめるアイスブルーの瞳が揺らめくと、一瞬赤い光が奥に光る。ゆっくり顔が近づくと、途端にキルケは我に返った。

両手を使ってフィアネスの方を掴み、そのまま引きはがす。


「…何よ!」

「!ちょ、ちょちょ!こ―いうのは良くないって!!もっと自分の身体を大事にしないと!!!」


真っ赤になってうろたえるキルケを見て、フィアネスは思わず吹き出す。


「自分の身体って…あんた、面白いね」

「面白いっていうか!…その、そーいうつもりじゃなくて」

「真っ赤になって…かわいい」

「か、からかってるのかよ…ったく」


そんなやり取りをしていると、ふと、キルケは何か違和感のような、妙な気配を感じてあたりを見渡した。


(…なんだ?妙な感じがする)


「見つけた」


背後から、突然しゃがれた老婆の声が聞こえた。


「え…?」


ゾッとして振り返ると、そこには落ち窪んだ緑色の瞳に、ぼさぼさの灰色の髪の老婆の姿があった。


(ちょっと待て…ここ、俺んちだよな…?)


突然の出来事に、身体が動かない。

しかし、百戦錬磨とはいかないにしても、ハンターの端くれであるキルケは、今目の前に起きている異常さを認識することはできた。


「誰だよ、お前…害ある隣人か?」


老婆は左側の身体が何かにえぐられたように喪失している。よく見ればすすけたような焦げのような匂いもする。

キルケの声に応えず老婆は足を引きずりながらもニタニタしつつ、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「うふふ。かわいい可愛い、私の子…ようく、この場所に戻ってきてくれたねぇ…」

「は…?子…って?」


咄嗟にフィアネスをかばおうとするが、当のフィアネスはその老婆を冷ややかに見つめていただけだった。


「あんた、魔女キルケ?」

「?フィアネス…知ってるのか?」

「知ってるっていうか…」

「ふふ、そう。私はキルケ…」

「キルケって」


老婆はそう言うと、みるみる身体が変化し、キルケと同じ灰色の髪と緑色の瞳の若い女性に姿を変えた。


「よおく、ご覧?この髪、この瞳、お前と同じ色だろう?」

「は?!…な」


確かに、目の前にいるこの存在は、自分と同じ「キルケ」という名前を名乗り、不気味なくらい同じ髪と同じ瞳の色をしている。


「日記を送ったろう?ずっと、ずうっと探していたよ」


ふと、机の奥にしまい込んだ不気味な日記帳を思い出す。


「何で知って…っていうか」


突如起きた出来事に頭が付いていけず、ただただキルケは困惑する。それでも、このキルケと名乗る存在は甘ったるい声でささやき、胡散臭い母性をひけらかしてはじりじりと距離を詰めてくる。


「サぁ、おいで、坊やぁ…!抱きしめてあげるよぉおお」


しかし、当初若い女性だった顔は何度もひしゃげて歪み、崩れていく。


「ふざけるなよ!お前なんて…知るもんか!」


たまらずキルケがそう叫ぶと、張り付いた笑みを浮かべていた表情は歪み、怒り狂った老婆の姿に戻った。


「ええい!!さっさと力を寄越せ!!!何のためにお前を()()()()とおも」

「…変化の魔女?笑わせる」


フィアネスはキルケを後方に下がらせると、懐から短いスローイングナイフを取り出し、そのまま老婆目掛けて投げる。


「ぎゃあああ!!!」

「銀製のナイフ…効くでしょ?あんた達って、悪魔みたいなもんだし」

「フィアネス…お前、ハンター…なのか?」


キルケがそう言うと、一瞬フィアネスはむっとしたような表情で見た。


「私たちは王妃様から認められた正式な騎士よ」

「……騎士?」


再びナイフを構えるが、キルケはそれを止める。


「ちょっと待って、…こいつの話を聞きたい」

「……悪魔は嘘をつく。知ってるでしょ?」

「でも、…こいつは」

「魔女キルケには、二人の子供がいるそうね」


フィアネスが告げた思いもよらない言葉に、キルケは驚いた。


「…なに?」

「この世界には6人の魔女が確認されているわ。…この変化の魔女キルケは、その一人」

「キルケ…って」

「魔女たちは自分の子供に自分と同じ名前を付ける。…それが目印」

「……子供に、目印。同じ名前、()()()()


変化の魔女とやらは、みっともなくのたうち回り、血走った眼でキルケを見、襲い掛かる。


「お前の力を寄越せえぇええ!!!」

「往生際の悪い!!」


茫然と立ち尽くすキルケをどつき、フィアネスは魔女の心臓めがけてナイフを思いきり突き刺す。すると、そこからボロボロと身体が崩れ去り、耳をつんざくような叫び声をあげながら黒い塵と化した。


「…あんたの生まれは北方にある辺境の村、スルス。木こりと魔女の間に生まれた、神の子供たちの一人なの」

「神って…」

「その村の孤児院には、複数の子供がいたけれど…ある日一人だけ、眼鏡をかけた魔法使いが連れ去った…孤児院の主であるアルミーダ様は、その少年をずーっと探していたの」


ビシッと指が差されても、キルケは何も反応できない。


「キルケって名前でピンときた」

「本当に、アレが、俺の?」

「ありえない婚姻…魔女と人との間に生まれた革新的人類!私たちは弱き人類を導くためにこの地に遣わされた、神の遣いなの!!」


(眼鏡をかけた魔法使い…もしかして)


ふと、再会したときセイフェスが語っていたことを思い出す。


『力を持て余した魔女たちが犯す禁忌は、不可能と言われている『人間の子供を孕むこと』にある。…害ある者達と手を組んだり、契約したりすれば不可能なことではない。私は、そんな風に作られた子供たちを見つけて保護したいと思っている…それが、私の目的…いや、そういう『役割』なんだ』


塵となった魔女の姿は、ハンターが対峙した害ある連中の死にざまとよく似ている。


(禁忌を犯して…その末路がこれか)


「‥‥大丈夫?あ、そうだ。あなたの妹も私達のところにいるわよ」

「?!!」

「…逢いたい?」

「そりゃ、勿論!!生きてるなら…!」

「なら、私達のところに来るでしょ?」


フィアネスはにっこりと笑って手を差し伸べる。


(この手を、取ったら‥‥)


何かが終わりそうな、何かが始まりそうな…そんな気がする。

それはいいことなのか、それとも。


「ねえ、どうするの?」

「……」


(セイフェスが言っていた。…魔女が子を孕むことは禁忌だと。だとしたら、こいつらがしていることは、果たして本当にこの世界にとっていいことなのか?)


「私たちのところに来れば、騎士になれる。…身分が手に入るのよ」

「!…騎士」


ふと、アリセレスの顔が思い浮かぶ。


(…騎士になれば、身分がもらえて…アリスに、近づける?)


そう思った瞬間、キルケの中で迷いは消えた。




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