105 ニカレアVSサリア
しん、と場が静まり返る。
うなだれたサリアは、座り込んだままこの場を乗り切る方法を考えていた。
(このままでは…全てがダメになってしまう。私は直接手を下したわけではない…ならば、どこかに切り抜ける方法があるはずだわ。ならば!)
「…確かに私は、その薬とやらを使った事実は変わりません…」
「あら、お認めになるの?」
一度は床に膝をついたサリアであるが、気力を振り絞って立ち上がった。
「ですが!わたくしがあなたのおっしゃる媚薬とやらを購入しようとした…その証拠はありますの?」
「…証拠?」
「そうよ。だって、そもそもそれを持ち出してきたのは、わざわざ変装してまでやって来たあなたご自身でしょう?!私は騙されて、たまたまそれを受け取ってしまった、それだけですもの」
「なんですって?」
ニカレアは思わず言葉を失う。
(すっとぼけるつもり?!このメギツネ‥‥!)
「…そうだわ、どうしてあなたがそれを持ってるのかしら?!アナタこそどこでそれを入手したというの?目的があるはずよ…私に渡す時だって、わざわざ東方の媚薬だ、とそう仰っていたもの!…ああ、もしかして」
サリアはくすりと笑うと、ニカレアを指さした。
「あなたも誰かに使ってみたかった…とか?」
「は?」
「そんなものに頼らなければならないくらい、ご自身に魅力がないと思ってらっしゃるのねっ?」
「‥‥!!!」
危うくニカレアはカッと頭に血が上りそうになった。一度、深呼吸をして先日の出来事を思い出す。
「お父様!」
「!…ニカ、話は終わったのか?」
「ええ。窮屈な思いをさせてしまって、申し訳ありませんわ、お父様」
「い、いや…」
ここはハーシュレイ伯爵…ギーベルト・ロウ・ハーシュレイ伯爵の執務室である。
愛娘と国王陛下のよからぬ密会から追い出された伯爵は、自身の執務室ではなく、書斎に戻り残業をしていた。
「それで?話はまとまったのか?」
「はい。…わたくし、愛するアリスの為に陛下をお手伝いすることに決めました」
「そうか…うん、で?」
「つきましては…このレスカーラに置いて、我が商会が王家よりお預かりしている使命の情報を少々、引き出させてはいただけないかと思いまして」
その言葉に伯爵は思わずずっこけそうになった。
「お、お預かりしている、使命…」
「はい」
ニカレアはわざとらしくあたりを見渡し、口元に手を当ててこっそり伝えた。
「国内に流れる貿易、密輸、ハーシュレイ家の権限が及ぶ流通の中で最も矛盾しているあの機関のお力をお借りしたいのですわ」
「……あの機関」
「はい」
実を言うと、レスカーラ随一の紹介であるハーシュレイ商会は、王家よりある任務を任されている。一日何万もの品物が他国より運ばれ、同じくらいのものが国外に出ている。食料品から装飾品、木材や鉱物、及び布類から植物に至るまで、他国との流通や取引を監視するという役割がある。
勿論これは、公にもされており有名な話ではあるが…一つだけ、世間には知られていない一面がある。
「ヒドゥン・セル‥‥裏取引を取り仕切るほうのお力ですわ」
「…ニカレア」
「陛下の了承もいただいておりますの。国内では使用禁止の薬物や、魔法道具、鉱物などを扱う場所。…悪徳業者を取り締まるべき王家が裏で扱う、毒を盛って毒を制する機関。あそこで最近、取引した貴族を調べたいのです」
【ヒドゥン・セル】。
それは、表立っては国内持ち込むことが禁止されている物資を、あえて合法によって輸入輸出を許可している王家の公認の機関のことを言う。
その分検閲料や、運賃などの経費負担は通常よりも大きくなるが、その窓口もハーシュレイから派生した商会が担っている。この理由としては、「国内外の物資交流をより活発化させる」狙いがあり、仕入れた品は申請と手続きが必要にはなるものの、分類別と段階別に分けられた後、持ち込み許可の証明を得ることができる。
つまり、金額に糸目をつけなければどんなものでも国内に持ち込むことが可能となる。実はこれを利用することによって、どの貴族が何処にどんなものを仕入れているのかはおおよそハーシュレイ家で把握しているのである。その情報を開示できるのは、王家の人間のみであり、誰かがよからぬことに使うのであれば、それを未然に防ぐことも可能となる。
「それも陛下のご指示が?」
「ええ。…ゴルトマン令嬢の件、それにアリスの件と、二人が何か起きた時、一番得をする人物がいるのは、周知の事実でしょう」
「ああ…しかし、証拠になるものを遺しているとは思えないが」
「ええ、何かあれば良し、何もなければ私が作ればいいんですもの」
「しょ、証拠を?!」
「勿論です!」
さらりと言うニカレアをつい二度見してしまう。
(た、たくましくなったな。娘よ…)
「絶対にあの女が絡んでいるに決まっていますわ…!こそこそ逃げ回るくらいなら、向こうから白状させるくらい窮地に追い込めばいいんだもの!!」
「だが、それがもし間違ってい…」
「ありえません!私の第6感がささやいておりますの!ビンビンと!!」
「……」
伯爵としては、怪しげで不確かな直観を信じたくはない。しかし、娘があまりにも確信を持っているので、その可能性を信じてみよう、と決断し…ニカレアに【ヒドゥン・セル】の情報閲覧を許可したのだった。
(結局、媚薬をサリアが購入した証拠はなかった。でも、…そうよね。相手のペースに乗せられては、アリスに怒られてしまうわ)
「…でも、それを受け取ったのは、あなた自身ですわ、サリア・メドソン」
「…!」
「私がこの薬を用意し、なぜこのような変装をしてまであなたにこれをお渡ししたのか…それは全てリヴィエルト様ご自身の指示ですもの」
「?!」
「!!」
突如、自分に話が降られリヴィエルトは一瞬驚いた。そして、色々な人間の視線がこちらに向けられる。…ニカレアの期待に満ちた視線だけ特殊ではあるが。
(なるほど…)
「そうだね。…サリア。私は貴方に一つの疑念を抱いている」
「ぎ、疑念」
「ゴルトマン令嬢は、なぜ亡くなったのか?…アリセレスが、同じような時期に、突然昏睡状態に陥ったのも、偶然なのか」
「も、もともと体調が悪かったと」
「誰に聞いた?」
「…そ、それは」
「この時期だ。彼女の件は、本当に一部の人間しか知りえない情報…それを、なぜ数日軟禁状態にいた貴方が知っているのか。そう言えばその時も興味深いことを言っていたな。ゴルトマン令嬢は事故と言われているのに、ただ一人だけ貴方は彼女の死因を【自殺】と断言していた」
どくん、と鼓動が跳ねる。
サリアは、がくがくと震える足を励まし、平静に務めた。
「め、メイド達の噂ですわ。」
「メイド達…?それは、彼女たちのことか?」
くるりとリヴィエルトが振り向くと、おずおずと先ほどサリアが部屋から追い出したメイド達が姿を現した。
「お、お嬢様は、ゴルトマン令嬢の話を聞いた時、笑っていらっしゃいました…」
「私たちは、…お嬢様にお声がけすることも、お嬢様の前で雑談することも許されておりません…!」
「あ、あんた達…!!」
「ならば、誰からその情報を聞いたのだろうか?」
「て、手紙がありましたの!誰かが私を嵌めるために…」
「誰が?」
「え?」
更にリヴィエルトが何か言おうとしたが、ニカレアはそれを止めた。
「…もうお認めになっては?アリスが倒れて、ゴルトマンが倒れて…今この時点で、貴方を嵌めて得する人間など一人もいませんわ」
「ち、違う」
「それと…もう一つ。今回の晩餐会の陛下の随伴…私がお努めさせていただきます」
「‥‥は?」
ガラガラと足元が崩れていくように、サリアは再び膝をつく。
「な、なぜ」
「アリスに頼まれているからです。…代役を、と」
色々なことが駆け巡る。
サリア自身が、自分で何をして、何を感じたのか。だが、最も強烈な感情は『嫉妬』だった。
「ありえないわ!!!!なんであんたが?!」
そう叫ぶと、ニカレアの首元に腕を伸ばした。
「う…」
「じゃああんたがここでいなくなればいいのよね?!そうすれば!私はリヴィエルト様のパートナーになれるって、そういうことでしょう?!!」
「サリア・メドソン!!」
更に力をこめると、サリアは渾身の力で叫ぶ。
「さあ蜘蛛よ!!!この女を消して!!早く…」
「もうやめろ!!」
リヴィエルトは咄嗟に動くと、同時に首を絞めつけられていたニカレアは腰に装備していた銃を取り出し、サリア目掛けて引き金を引いた。
パァン!と轟音が響くと同時に、サリアは床に尻餅をついた。
「きゃああっ…!!」
「はあ、はあっ…正当防衛ですわ…!」
「ニカレア…!」
駆け寄るリヴィエルトの手をはねのけると、ニカレアは再び銃を構え、肩から血を流したサリアに向き直る。
「クモ…って、仰いましたわね…!」
ニカレアが視線で促すと、リヴィエルトはロイセント家の紋章が付いた封筒を見せ、中から半分切り取られた蜘蛛らしきものの死骸を見せる。
それを見たサリアは大きく目を見開いた。
「そ…れは」
「知っているようだな。…これは、アリスが私とニカレアに託した手紙の中に入っていた。この蜘蛛に襲われ撃退したらしい」
「………ああ」
「これでもう」
「あなたのせいですわ、リヴィエルト様…」
「サリア」
「あなたの妻になれるかも、と。そう思ったとき、心が躍りました…あなたの御心が誰に向いているのか、知らないわけではありません。でも、少しの可能性を信じたかった…ちょっとでも、ほんのわずかでも!いつか、報われることあるかもしれない…そう思いました。なのに!!!」
ボロボロと涙がこぼれる。
「あなたに近づく者はみんな消えればいい…そう願った。私だけ見てくれればいいのに、貴方を誰よりも深く愛しているのはこの私なのに!!!!!」
「……」
「でも、もういいわ」
しかし、サリアの口元は笑っていた。
「アリセレスなんて、死ねばいい…二度と目が覚めないまま!!そうすれば貴方の積年の想いも報われない…そして、一生孤独に生きていけばいいんだわ!!!」
「…っ」
激昂するサリアだったが、突然ぴたりと冷たい何かが額を突いた。
のろのろと顔を上げた視線の先には、冷ややかな笑みを浮かべるニカレアが、銃口を向けていた。
「なら、貴方もどうぞ、とっとと退場なさいませ」
「やめろ!ニカ…」
そして、カチリ、と小さな音がした。
直後、サリアは気を失ったように倒れてしまう。
「気を失っただけでしょう。…さっき弾丸は使ってしまったので、もうありません」
「ニカレア…」
「元々、何かあった時の護身用として、アリスが貸してくれた銃ですもの。弾丸は一発しか込めておりませんでしたわ」
「そうか‥‥連れていけ。重要な参考人だケガの治療もするように」
「は!」
衛兵に指示を出した後、リヴィエルトは横たわるサリアを見た。
「過ぎた執着は、自身の身も亡ぼすようですわね」
銃を腰にしまい、ニカレアはリヴィエルトの横を通り過ぎる。
「陛下も、思い当たるところがあるのではないかしら?以前ご忠告いたしましたわ。…陛下の選択は本当に正しいのか、と」
「言っていたな」
「…彼女達に取り返しのつかない傷をつけたのは、貴方です」
くるりと踵を向け、去っていくニカレアを見て、リヴィエルトは短く息を吐く。
「過ぎた執着…か」




