103 ニカレアとリヴィエルト
「…?誰だ?」
イーストセクト二番街にある、一等地のセンターエリア。
商業や貿易の要となっているこの場所には、この国では珍しい5階建てのレンガ作りのビルが建っている。言うまでもなく、ハーシュレイ家が統括するグループのビルであり、その周辺には無数の商業施設や会社などが立ち並ぶ。
その地区全体がハーシュレイ家所有となり、その最奥には彼らの住むシティ・ハウスがある。
夜も更けた頃、突然高貴なる来訪者が現れた。
「火急の用事がある。…ニカレア・ハーシュレイ令嬢に会いたい」
「え?!!し、少々お待ちくださいませ!!!」
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「い、今、何て?」
「私がアリスの代役を務めさせていただきます」
愛娘の大きな独り言を、伯爵は聞き逃すことなど、到底できなかった。
「し…正気か?」
「お父様、間違えないでくださる?」
ニカレアは、きっと父をにらみつけると、両手を腰に手を当てて憤慨した。
「私、こう見えてリヴィエルト様に対して憧れとかときめきとか、そういうもの、まっっったく!!!抱いておりませんわ!」
「う、うん…」
「でもね、このままじゃ、リヴィエルト様のせいで、アリスまで芋づる式に非難されてしまうの!!そんなの耐えられない!!!」
「いや、あの。二、ニカ?」
「それにあのタレ目蛇令嬢サリアをこのまま野放しにするなんて絶対に許せない…成敗するわ!!」
「成敗は…してはダメだぞニカレア?!と、言うか…メドソン令嬢がそうとは」
「そんなもの見たらわかりますわ!でもそれを確かめるためにも、わたくし…今回の晩餐会、出席させていただきます!!」
「頼もしい限りだな」
突如聞こえた涼しげな声に、ハーシュレイ伯爵は息をのんだ。
「?!ま、まさか…へ、陛下」
「…まあ、お早いご到着ですこと」
「……」
ニカレアは背筋を伸ばし、王家に対する礼を尽くす。…不本意と言った表情で。
「私はどうやら、あなたに随分嫌われているようだ」
「あら、誤解なさらず。わたくしは陛下を嫌っているのではありません。…気に喰わないだけです」
ツン、とそっぽを向く仕草を見て、ハラハラする伯爵をよそに、リヴィエルトは苦笑した。
「手紙を読んだ。…二通とも」
「それなら話はお早いですわね。これは同盟、アリスを守るための同胞として…わたくし、ニカレア・ハーシュレイは陛下に尽力する次第にございます」
「わかっている」
「…アリスに何が起きているのです?」
「わからない…私も彼女に直接会いに行けたわけではない。ここ数日風邪で寝込んでいたたらしいが、そのまま眠ったまま目が覚めない状態がもう二日も続いているらしい」
「……本当に?」
じっと不審な目でリヴィエルトを見る。
「少なくとも、陛下は何が原因で、起きた事象なのか…全体像ではなくとも、おおよその理由はご自身で把握していらっしゃるのではないのですか?」
「…なぜ?」
「以前、忠告したはずですわ。悪意を持つ連中にお気を付け下さい、と。…あなたの周りには、何時爆発してもおかしくないような問題がたくさんあるでしょう?」
「……」
「アルミーダ様、クライス、メドソン、ゴルトマンだって。…アリスを陥れようとする悪意はたくさんいます」
「あなたは聡いな、令嬢」
「陛下に褒められてもうれしくありません。晩餐会の始まる前の大事な時に、数ある火種の矛先がアリスに向かっていたことくらい、予想はできますわ。ゴルトマン令嬢の件だって、その前哨に過ぎないのでは?」
「ニカ…その言いようはあまりに…」
「お黙り下さいな、お父様。私はアリスを想う同盟の同志として、この方とお話ししておりますの」
そう言われてしまえば、伯爵は何も言えない。…そのまま貝となることを誓うが、リヴィエルトが目配せをしたため、そのまま退席した。
「…ニカレア、あなたの言う通り。ゴルトマン令嬢の一件から、一つ分かっていることがある」
「どうぞ、お話しください」
「…【蜘蛛】」
「蜘蛛?」
「蜘蛛を使った恐らく呪術的な何か…それが、エルにかけられていたらしい」
親し気に名を呼ぶリヴィエルトに、ニカレアの片方の眉がピクリと動く。
(ふん、だ。エルですって)
「…犯人は、サリア・メドソンでしょう」
「なぜ?」
「…ローランとの晩餐会で、アリスが欠席して一番喜ぶのは、メドソンですもの。ゴルトマンはああなった以上、わたくしやクライスがしゃしゃり出なければ必然的に、メドソンが陛下のパートナーとしていかざるを得ない状況になりますわ。…陛下のお気持ちはどうあれ、多くの官は体面を保つためにそれを支持するでしょうし、そうなれば風向きが王妃様の息のかかった官人達にとって有利な状況になる。逆に陛下の評判は下落するでしょうね」
苦々しい表情をするリヴィエルトを見て、ニカレアは少しだけ留飲が下がる気持ちだった。
「…サリア・メドソンが晩餐会に出席したとして得られる利益は、どれほどのものでしょう?この国の社交界という狭い内側の世界しか知らない人間が、自尊心を満足させるためにこの国の代表である陛下のパートナーとして登場して、10以上ある国々を束ねる連合国の総帥を相手に何ができるというのかしら…火を見るより明らかですわ」
「…よくわかった。どうやら、あなたは信用できるみたいだ」
「信用…?心外ですわ。私はアリスが目覚めるまで代行して復讐するだけです」
「それで十分。…ただ、サリアがどういった方法でエルに呪いをかけたのか、実行役がつかめない。…ゴルトマン令嬢と同じように」
「呪い…」
ぽつりと呟いたニカレアは、ふと、あることを思い出した。
「…ここ最近、巷ではおかしな人間が増えているの、ご存じ?」
ニカレアの言葉に、リヴィエルトは眉を顰める。
「おかしな…人間?」
「無気力 とても言うのかしら?一日中眠たそうで、顔色も悪く仕事中も上の空で…ただただぼうっと例の歌を繰り返し聞いては、夢中になって仕事を放棄する社員が増えている。ハーシュレイ商会では少し問題になっておりますの」
「…それは、私の方にも何件か報告を聞いているが。それと、エルの呪いに何か関係が?」
その問いには即答せず、言葉を濁した。
「関係というか…熱意がなく、顔色も悪くて仕事も上の空の症状。わたくし、これと似た症状の人を見たことがあります。」
「…ニカレア、君はそれをどこで?」
「オラクル・ファミリア…例の【青の邸】の事件に巻き込まれた、私の専属メイドだった子です」
「オラクル・ファミリア」
――ドロレスの事件。
世間では【オラクル・ファミリア事件】と言われている。渦中のドロレスの存在は表ざたにはされていないが、その詳細はリヴィエルトの元にも報告書がまとめられている。
(そう言えば…この事件も、担当していたのは彼だったな)
オレンジ頭のくせっけの男ヘルソン・ブラズターは、緊張した面持ちで報告書を読み上げた。
「事件の概要としては、【魔女】を語る詐欺師の女が、資金を集める為にいたいけな少女の持つ能力と、【魔法学塾】なるセミナーを使って客に洗脳したとされている。…っていうのが、報道用に付けられた内容です」
「報道用…というと?」
「この事件、名簿を見る限り標的にされたのは20代から30代前半の者達だったようで、その大半が女性だったとされています。実際、洗脳されたとされる彼らの消息がつかめずにいたんですが…先日、北の郊外にある村で、その一人の目撃報告がありました」
「郊外にある村?」
「そこは魔女信仰…みたいな、独特の宗教が信仰されている場所で、オラクル・ファミリアで世俗を棄てた者達が集まる場所だったようです。それが…この」
ヘルソンが見せたのは、円形のベルベット・ブルーの硝子に赤い薔薇の装飾が施されたバラ窓のある教会の絵だった。
「彼らがホームと呼んでいる場所…【ルー・アズール】というそうなのですが」
「…彼らは何を目的として集まる宗教なんだ?」
宗教というのは、教祖と呼ばれるリーダーがおり、その人物が持つ理念と教えに共感した者達が集う一種の集団と言える。
「唯一無二で完璧で調和のある世界、を目指しているとかなんとか…」
「唯一無二で完璧…ね」
(母…アルミーダの口癖だな)
聞き覚えのある言葉に、報告を聞いたリヴィエルトは妙な符号を感じ、違和感を覚えた。
「なんにしても、この場所にいる人間はみんな異様なくらい盲目で…オラクル・ファミリア自体、信者を集めるための入り口の一つ、と考えるべきかと思います。まあ、首謀者の女は発狂して獄死したそうですし、託宣を下ろしていた少女というのも、騙されていただけと考える方が自然でしょう。…どうも、闇が深そうですね」
(それを聞いたばかりだったな)
「それが関係すると思う根拠は?」
「…そうですわね。アリスが眠りつづけているとのと関係があるかはわかりませんが、あの歌を聞いた時、なんとも言えないこう、ゾッとする不快感を感じました。…アリスも、彼の従者もそうでした」
「!」
(あいつも…?)
隣に立つ従者を想像し、握っていた二通の手紙を持つ手に力がこもる。
「だから…もしかして何かしらの影響があるのでは、と思ってしまいます。歌を歌っているのは、王妃様の直属の新設騎士団のエリートでしょう?王妃様と言えば、陛下と対立中…いわゆる爆発の火種になる悪意の連中の総元締めですもの」
「あなたが言いたいことはわかる。何かを実行するには、支持をする人間…裏で立ちまわって糸を引く人物が必要だ。あの人は表立って行動するような人ではない。だからこそ…」
その続きを、二人は口には出さない。
「つながっている、ということですのね」
「ああ…確証は、恐らく得るのは無理だろうが」
「あら、でもサリア・メドソンを陛下が誘惑してこちら側に引き込めばよろしいじゃありませんか」
あまりにも当然のように言い放つニカレアに、一瞬唖然となる。
「ゆ、誘惑」
「まあ!その美貌は何のためにありますの?飾りですの?!王族たる者、使える能力を最大限活かさずどうされるというのかしら!」
更に畳みかけてくる言葉に、軽いめまいを感じた。
「ご安心なさいませ。サリアが陛下にぞっこんなのは、周知の事実。ちょっと優しくして、私のパートナーに!とか言って甘い言葉を囁けば、もうイチコロですわ!」
(確かにそれも一案として思っていたが、他人の口から聞くとなんとも非人道的だな)
「いや、確かに。あなたの言う通り、必要なのは実行役の特定…今のサリアなら、その糸口をつかめるかもしれない」
「…お好きになさって構いませんけれど。一線を越えるような真似だけはなさらないで。そうなったら…」
心底見下しますわ。…言葉にはせず、ニカレアは笑って見せる。
「一女性としての意見ですわ。…お忘れなきよう」
「ああ、約束しよう」
こうして、アリセレスを慕う会の同盟は成立したのだった。




