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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
9/17

08 前途多難

――新暦195年 7月 14日(木)

  『プレザント』・バスターミナル

  10:30



 長距離移動のための荷物をまとめ、ステイシー家や町民に見送られてディアンを出発して約40分。ウィンとリリィは隣り街の『プレザント』に到着していた。

 ここプレザントは著名な医学者が在籍する国営医術学校を有し、首都へと続く高速道路である『中央ライン』、『北東ライン』、『西海岸ライン』の3つのラインの起点であり終着点ともなっている街だ。

 カダリア南東部に存在する工場や鉱山の産出物を各地へと輸送する要衝となっており、毎日数えきれないほど多くの人々が出入りしている。開発と発展が国全体から見れば遅れている南東部の中でも最も安定して成長を遂げているのも魅力の1つ。だが、それによって周囲の小さな町から多くの人が移り住み、過疎化の原因の一つとして機能しているのが問題となっている。

 現在は街の拡大とかねてから検討されていた鉄道の再建に力を注いでおり、街の外延部では工事が行われている。ウィンたちがいるバスターミナルからでも、大規模な工事が行われているのを確認できた。

 そんなバスターミナルにおいて、困り果てたリリィとそれを隣で励ますウィンがいた。



「友達からちらりと聞いてたりはしてたけど、まさか一週間先まで予約が埋まってるなんて……」


「まあまあ。時間はまだあるし、ゆっくり考えよう」



 首都までの交通手段として高速バスを乗り継いでいこうと考えていたのだが、その全ての予約が既に埋まっていたのだ。

 転移術の使用が禁止とされ、空路が使えない現在では車両での移動が一番と考えていたが出鼻を挫かれる形になってしまった。



「昨日クラン姉に連れてきてもらったときに確認しておけばよかった……」


「一旦ディアンに戻るってのも選択肢としてはアリだと思うけど……。あれだけ盛大に送り出された後だと戻りづらいよな」


「ううー」



 苦笑いするウィンの脳内に浮かび上がったのは今生の別れと勘違いしそうになるほど盛大なディアンでの送り出し。忙しかったり、辛かったりするはずなのにも関わらず総出で見送ってくれたそれを簡単に忘れることなどできるはずもなかった。

 徒歩という選択肢にはない。あまりにも時間がかかりすぎるし、その道中でウィンとリリィの予算が尽きてしまう。燃料代や貸出料のこともあるので、個人で車両等の移動手段を借りることも難しい。

 電光掲示板に表示される満席の表示を見て、リリィがその場でうなだれた。大きな耳も残念そうに垂れさがっている。可愛らしく思えてしまうが、彼女のためとウィンは気を引き締めた。

 この先どうするかと思慮を巡らせはするが、プレザントのことをよく知らないウィンには当てがない。頼れるとしたら隣で項垂れるリリィなのだが、良い案が出るとは思えなかった。

 そのまま立ち尽くしている訳にもいかず、待機所の椅子に2人は腰かける。しばらくの間座っていると、リリィが何か思いついたようでその場に立ち上がった。



「よし、学長のところに行ってみよう」


「学長? リリィが通ってるところの?」


「うん。ここからそれほど遠くないから学校に――」


「昨日大口を叩いた割に直ぐに私に頼ろうとするとは、困りものだな」



 決心したリリィに突然話しかけてきた老人。その顔を見て、リリィが驚きのあまりその場で硬直していた。

 何が何だかわからずにウィンが戸惑っていると、老人は重みのある声をその威厳に満ちた口からゆっくりと放つ。



「君が……、話に聞いていた彼か。今はウィンと名乗っているそうだね」


「あ、はい。えっと、あなたは……」


「そうか。初めて、だったか」



 厳格な雰囲気の白髪の老人は、年齢を感じさせない綺麗な茶色の眼を真っ直ぐに向けてきた。

 無言の圧力に気圧されたウィンは思わず唾をのむ。その様子を確認しつつ、老人は静かに口を開いた。



「『アルバート・ウォーレン』。そこで固まってる少女が通う学校の学長だ」



 まさかの学長その人。突然すぎるその登場に、ウィンも言葉が出ずにその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 硬直する2人とその目の前で立っている老人という不思議な絵面に、待機所にいる人々の視線が集まる。そんな中で、アルバートは小さくため息をついた。



「リリィは成績に関しては文句の言いようがないほど立派だ。だが、詰めが甘いという欠点がある。もしやと思い来てみれば、このありさまか」


「……面目ないです」



 その指摘に反論することができず、リリィは申し訳なさそうに頭を下げる。ウィンも頭を下げようとしたところ、アルバートに止められた。

 茶色の瞳が再び真っ直ぐウィンに向けられる。それを反らしてはいけないと思い、ウィンも真っ直ぐとその瞳を見つめる。

 まるでこちらを見定めているようにも感じるその瞳。何もかもを見抜いているかのような鋭い視線によって、ウィンの鼓動が徐々に速度を上げていく。

 いつまで続くのだろうか。緊張でどうにかなってしまいそうだとウィンが思ったところで、アルバートがその様子を見て鼻で笑った。



「青いな。これごときでその様子では先が思いやられる」


「そう……っすか」



 どう反応していいか困った結果、何ともいえない微妙な返答をしてしまった。それを見ていた周囲の人の一部が笑っていた。

 恥ずかしくなったウィンが赤面したところで、アルバートは横にいるリリィに小さなメモ用紙を手渡した。そこに書かれていた内容を確認したリリィは驚きの声を上げた。



「学長! これって……」


「書いてある通りだ。そこにいる男なら君らを首都へ乗せて行ってくれるだろう」


「……本当にありがとうございます。ウィンも、ほら」


「ありがとうございます」



 深々と2人はアルバートに頭を下げた。それに対し、再び小さくため息をつく。



「礼はもういい。夏休み明けの中間テストには必ず間に合うように。……それとウィン君、付いてきなさい」


「は、はい」



 いきなりの名指しされて驚きつつも、待機所から出ていくアルバートの後ろを追い掛けた。リリィも付いて来ようとしたが、アルバートがそれを止めた。

 多くの列が形成され、大型バスが出入りし続ける賑やかなロータリー。たくさんの人が行き交う中を進んでいき、少し開けた場所にたどり着いた。

 待機所からわずかに見えるそこでアルバートは振り向むくと、ウィンの肩に手を置く。力は強くなくとも熱意がその手からは感じ取ることができた。


 

「いいか、彼女を悲しませるようなことはするな。必ずだ」


「だ、大丈夫です! 絶対にそんなことは――」



 先ほどまでは見せることのなかった圧倒的な威圧感。震えながらもウィンは答えたが、アルバートはそれを途中で遮り、続けた。



「君は大丈夫だ、任せられる。だが私が心配しているのはお前のことだ、レイン」


「……レイン?」



 記憶を失う前のウィンの名をアルバートは口にした。その声と瞳からは、怒りが感じられる。



「お前が目覚めた時、私の大切な教え子に危害を加えたらただではすまさんぞ」



 迫力のあるアルバートの忠告に、ウィンは何もできず、ただ静かに聞いていることしかできなかった。

 肩に置かれた手の力もどんどん強くなってくる。何がそこまでアルバートに危険視させているのか。レインはいったいどんな人物だったのか。

 緊迫した空気が流れた。お互いの視線が交わる中、その男は突然現れた。



「アルバート様。今の彼はウィン・ステイシーです。ここで熱くなっても彼に届いているかはわからないのが現状です」


「「!?」」



 2人の真横に現れたのは調査員ウィルソン。口以外全く動かない不気味なほどの無表情が現れたことに、その場にいた2人は驚きで目を見開いて固まってしまった。

 その様子を気にすることないようで、ウィルソンは冷たい視線で2人を見続ける。



「今日付でウィン様の首都までのお伴、もとい監視役として私が付いていくことが上から命じられました。よろしくお願いします」


「……え? 付いてくるんですか? ウィルソンさんが?」


「何か不満でも?」


「いえ、特には……」



 先ほどよりも冷たい視線を向けられ、ウィンは一歩引きさがった。

 昨日別れたばかりなのにも関わらず、まさかこんなにも早く再開しなおかつ首都まで一緒にいることになるとは。頼りにはなるかもしれないが、どうもその雰囲気に慣れることができないウィンがいた。

 話の間に入られたことでアルバートもこれ以上話を続けようとは思わなかったらしく、小さく息を漏らしながらその手を肩から離す。



「……では、私は学校に戻るとしよう。調査員君、彼と私の教え子を頼む」


「了解です。アルバート様も道中お気をつけて」


「ん」



 そうして、アルバートは静かに学校へ向けて帰っていった。その後ろ姿からはまだ不満が残っているように見えた。

 レイン・クウォーツゲル。その名と防衛兵団シールダーズに所属していたことしか知らない以前の自分。分かっていないことが多すぎる。

 無理だとは思ったが、隣にいる無表情の調査員に質問を投げかけてみる。



「ウィルソンさん、俺っていったいどんなことをしていたんだ?」


「以前のあなたは第25遊撃特務実行部隊の隊長務めていたお方です。今の時点であなたに開示できる情報はこれだけです」


「……え?」



 予想外の返答に、ウィンは驚いてしまった。その様子を予想していたようで、ウィルソンは心なしか笑ったように見えた。そう見えただけだが。



「あなたに関する情報は政府のある方の指示により、あなたの状態に合わせて徐々に開示してよいとのことです。現時点でそれ以外は教えることはできません」


「そうなんですか。嬉しいような、そうでもないような……」



 昨日会ったクランと同じ部隊の名称。それの25番目なのだろうが、そうなるとなるとある程度上位にいるような存在だったのか。様々な予想でウィンの頭の中が埋め尽くされる。

 その場でウィンが思い悩んでいると、待機所から2人の姿を見たリリィが人の波をかき分けながらやってきた。ウィンと同様に驚いた様子でウィルソンに話しかける。



「ウィルソンさん? どうしてここに?」


「一日ぶりです。説明しますと――」



 ウィルソンが指示を受けてこれから付いていくことを手早く説明すると、リリィは驚くと同時に残念そうな顔をしながらウィンを一瞥した。

 その様子を見ていろいろと察したのか、ウィルソンは相も変わらず無表情のままリリィに耳打ちする。



「大丈夫です。邪魔する気はないですから。さすがに私でも空気は読めますので」


「そ、そうですか」



 そういう方面に関して察することができるのを意外に思い、リリィは苦笑いした。正直に言えばついてきてほしくないという思いをリリィは仕方ないと割り切って押し込める。

 多くの人が入り乱れるロータリーにいつまで立往生しているわけにもいかず、3人はとりあえずロータリーから離れることに決めた。

 荷物を持ってロータリーから離れれば離れるほど周囲の人の数は減っていく。それでも行きかう人の数はディアンと比べれば段違いで多かった。

 これ以上悩んでいてもしょうがない。昼食を食べて気分を一新しよう。そう考えてウィンはふと空を見上げた。



「……ん?」



 気まぐれに上げたその視線の先に、『何か』が浮いていた。

 それなりの大きさの球状の物体が空に固定されているように浮き、それは中心から目には見えない異様な何かを放出し続けている。

 新暦が始まって以降、魔物化し凶暴化した動物である『魔物』が増加し続けており、町と町を繋ぐ街道や街そのものに巨大な結界が展開されてそういったものの襲撃を遮っている。

 となればあれは新型なのだろうか。少なくともリリィに教えてもらった発生器の中には、あんなところに配置して発動する結界は聞いたことがなかった。

 レストランや食堂が立ち並ぶ商店街に向かう道中で、ウィンは上空の物体を指さしながらウィルソンに話しかけてみる。



「ウィルソンさん。最近はあんな感じの発生器で結界を張ってるんですか?」


「はい? 一体何を言っているんですか?」


「いや、だからあそこに浮かんでるやつですよ。あれから何かよくわからないのがもわ~っと出続けてるんで、新しい発生器だと思ったんですけど、違うんですか?」


「何? どうしたの?」



 気になったリリィが会話に加わり、ウィンが指さす方向を見る。しかし、2人は目を凝らすもののその対象が見えていないようだった。



「なんにもないよウィン。本当にあるの? 見間違いとかじゃない?」


「マジか。あれ俺にしか見えてない感じか。疲れてんのかな……」



 ウィンは目を閉じて目元を軽くマッサージしてみる。だが、再び目を開けたその先にはやはり空中に何かが浮かんでいる。

 昨日の騒動の疲れがまだ消えていないのか。そうウィンが考える横で、ウィルソンがぶつぶつと小さく何かをつぶやいていた。



「私たちには見えない……。でも彼は……。となれば仮設は正しい……?」



 真剣なその面持から話しかけづらく、ウィンとリリィは顔を見合わせた。



「もしかして俺指摘しちゃいけないこと言ったっぽい?」


「わかんない。でも、話しかけることができる雰囲気じゃないよね」


「だな」



 2人はそんな感じでひそひそ話を続けていると、結論に至ったウィルソンがウィンに問いかけてきた。



「ウィン様、本当に何か見えているんですね?」


「ああ。見えてる」


「ちょうどあの方角には役所があります。予測が正しければそこの直上にそれがあると考えられます。では、いきましょうか」



 そういってウィルソンは足早に歩き始めてしまった。それを慌てて追いかけつつも、リリィが呼びかける。



「い、行くってどこにいくんですか?」


「役所の屋上です。私が許可を取りに行くので2人は心配しないでください」



 訳も分からない2人は、とにかく先行するウィルソンに付いていくしかなかった。

 昼食を食べるのはもしかしたら諦めた方がいいかもしれない。そう考えたウィンとリリィは腹の音がならないように願いながら、プレザントの街の中を進んでいった。

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