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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
8/17

07 夕刻の田舎にて

 診療所を出たウィンを待っていたのは案の定町民の心配の声。気遣ってくれる温かな思いに対してウィンは礼を述べつつも、やれることがないかと各所で声をかけ続けた。

 ウィンの熱意に負けた町民はこれから誰かに任せようとしていた備品倉庫の最終チェックの仕事を任せてくれた。手間だとしてもやりがいのあるそれをウィンは迷うことなく承諾し、手渡されたチェック表を手に現場へと向かっていった。

 たどり着いた倉庫は三分の一ほどが既に埋まっていた。並べられた備品の数々を確認していれば、役目を終えた備品が絶え間なく担ぎ込まれてくる。その一つ一つを見逃すことなく、丁寧にチェック表へと記入していく。

 確認してチェック。確認してチェック。確認してチェック。眠気が襲い掛かってきそうな単純作業。それでもウィンは嫌な顔一つせず、それどころか笑顔で作業にあたっていた。

 備品を倉庫に持ってきた人もウィンの明るい笑顔を見れば同じように笑顔になって戻っていく。その明るさに惹かれてやってきた子供たちにも一切手を抜かずに相手をする姿はさながら田舎町の頼れるお兄さん。といった感じだ。



「よし、チェック完了。予想よりだいぶ早く終わったな」



 何だかんだで時は過ぎ去っていき、気づけばもう夕刻。外は夕焼け色に染まりつつある。ウィンの手の中にあるチェック表は全ての項目が埋まっていた。

 改めて倉庫内を見渡して抜けがないかを再チェックする。全てがそろっていることを再確認したウィンは額に滲んでいた汗を拭った。かなりの量が持ち出されたはずだったが、これほど早く終わったのも四大の、というかノームのおかげだった。

 片付けの終盤で疲れ始めた町民を案じ、ノームは10人分動いていた土人形をさらに3倍の数に増やして手伝ってくれたらしい。かなりスムーズに備品が片付けられていく様子に皆が驚きつつも感謝していたことをやってきた人達から教えてもらった。

 クランには本当に助けてもらいっぱなしであることをしみじみと感じながら、ウィンは倉庫から出て鍵を閉める。最後の戸締り確認者の欄に自らの名を記入し終えたところで、背後から声をかけられた。



「ウィン、お疲れさま」


「お、リリィ。それにクランさんも」


「お疲れ、ウィン。あたしの四大役に立ったでしょ?」


「はい。町の皆が助かったって言ってましたよ」


「それはなによりだわ」


「ウィン、これ」


「ありがとう、リリィ」



 振り向いた先にいたのは意気揚々とした様子のリリィとクラン。微笑むリリィが水筒に入れて持ってきてくれた麦茶を飲み、クランに手伝ってくれた礼を言う。

 ふとウィンは気になった。何故か2人の距離が縮まっているいる気がしたのだ。物理的だけではなく、醸し出される雰囲気的に。

 リビングであんなに好き勝手されていたのに、一体何が2人の距離を縮めたのか。気になったウィンは水筒の残量を確認しながら問いかけてみた。



「もしかして、仲良くなった?」


「うん。クランねえはとってもいい人だよ」



 ウィンが投げかけた疑問にリリィは笑顔で答えたのだが、その中で1か所気になるところがあった。



「クラン……、ねえ?」


「っふっふっふ。そうよウィン。あたしはリリィの頼れるお姉ちゃんになったのよ」


「は、はあ」


 

 それに答えたのはクランだった。自信満々&超嬉しいといった様子で腕を組み、満面の笑みを浮かべている。

 2人で外出した後、何をしていたのかはわからないが何をどうすればここまで仲良くなるものなのか。脅されているのかと思いリリィを観察するがそういったことは感じられない。

 その疑いの目に気づいたのか、リリィは不満げに言った。



「言っておくけど、脅されたりなんかしてないよ」


「ばれたか……」



 図星を指されてウィンは動揺した。そんな様子を見ていたクランがリリィへと近づき、背後からその大きな狐の耳をモフモフし始める。


 

「ああ……、姉と呼んでくれるだけでなく、その気になればいつでもこんなことできるなんて、幸せだわ……」


「く、クラン姉、くすぐったいよ」



 触れられるたびに小さく体を震わせるリリィだったが、そこに嫌がるといった気は全く感じられなかった。

 何がともあれ強要されていないのを確認できてウィンは安心した。それに、四強と称される存在とこれほど近い距離にいられるのは後後のことを考えても、相当いいことなのではないだろうか。

 そんなことを考えていれば目の前のモフモフも終了した。ウィンが再び麦茶を一口飲んだところで、リリィが真っ直ぐとウィンを見据える。



「ウィン。首都までの道中、私も付いていくからね」


「やっぱりそうきたか。でも医術学校はどうするんだ? 夏休みにはまだ早いだろう?」


「それについては大丈夫。さっきクラン姉に隣町に連れてってもらって、学長に話はつけてきたから」


「マジか。行動早いな……」



 危険な道中になるかもしれないので、学校のことを理由にリリィにはこの町に留まってもらうことを考えていた。しかしながらその思惑がうまくいくことはないようだ。。

 それでもリリィには傷ついては欲しくないために悩むウィン。その苦悩を見抜いたクランが鋭く指摘してきた。



「連れてってもらえない方がリリィにとっては一番酷なことよ。大切な人とは一緒にいたいと思うリリィの気持ちは強いし、治癒術も使えるから足手まといにはならないわ」


「そうだよウィン。隣町に行ったときにクラン姉に学校では教えてもらえないコツも教えてもらったし、力になれると思うの。だから――」


「……わかった。一緒に行こう、リリィ」



 退く気のないリリィに折れ、ウィンは願い出を受諾した。ここまで付いていきたいと願うリリィをもう止めるのは無理に思えたし、心のどこかでは喜んでいる自分がいた。

 その返答を聞いたリリィは耳を嬉しそうに動かす。感情が伝わりやすいのは分かっていても、リリィ自身もそれを止めることはできない。



「ありがとうウィン。私……、頑張るから!」



 安堵と喜びの笑顔。可愛いのは間違いないが、それとは違う言葉に表すことのできない変化がその笑顔からは感じられた。クランと出会ったことでリリィに良い変化があったようだ。

 目の前で成長するリリィに対して最近で変わったといえば、どこにあるか分からない格納方陣から武器を取り出せることと、それらを使っても脱臼しなくなった肩くらいだ。

 そんなことを考えていると、リリィはこちらのやり取りを見て感慨にふけっているクランの方を向いた。



「ありがとうございました、じゃなくて、ありがとうクラン姉。色々と助けてくれて」


「いやいや、頑張ったのはリリィ本人だよ。でもお礼をしてくれるっていうなら……」



 するとクランは少し腰を落とし、リリィに対して大きく両手を広げた。



「この胸に飛び込んで、ぎゅ~っとしてくれると嬉しいなー、なんて」


「そ、それなら、ちょっと恥ずかしいけど……」



 リリィは恥じらいつつも、まだ身長差があるクランにぴょんと飛んで首の後ろへと手を回した。クランもその背中に手を回して支える。

 仲が良くなったとはいえ、食後のあれをみた後ではウィンにとってこれも過剰なスキンシップに見えた。

 しかし、そのウィンの想像とは違い、2人は優しく抱擁を交わしていた。まるで、仲がいい本当の姉妹のように。



「頑張んなさいよ。応援してるから」


「うん。ありがとう。クラン姉」



 2人の耳元での囁きはウィンに聞こえることはなかった。

 その後離れた2人。そしてクランは笑顔で2人に言った。



「それじゃ、あたしは首都に行くわ。町の人にはお別れ済みだから大丈夫。夜にはアナリスに戻りたいからねー」


「そっか。じゃあね、クラン姉」


「本当にありがとうございました。また、いつかに」


「うん。またねー」



 そういってクランは倉庫から出ていくと、一瞬目が開けられないほどの強い風が吹いた。次に目を開けたとき、そこにはもうクランの姿はなかった。

 突然現れて窮地を救い、風と共に去っていく。自由奔放な行動の数々に衝撃はあったが、とてもいい人だったとウィンは感じていた。

 静かになった備品庫前を後にしたウィンとリリィは、チェック表を直ぐ近くの町役場へと届け、ともに診療所へと向かう。日が弱まり始めた町は日中よりも涼しく感じられた。

 今回の事故で傷を負うことにはなったが、いつまでも立ち止まるわけにはいかない。そう町民が団結して乗り切ろうとする様子をウィンは道中で確認した。

 彼らのように前を向いていこう。そうすれば、ウィンは自分がこれから進む道も明るくなったように感じられた。

 診療所に到着すると、その前では団員の2人とクリムが話をしている。ミアはすでに中のリビングにいることを感じ取ったリリィは、帰宅の挨拶をクリムと手短に済ませると診療所に入っていった。


 

「お疲れさん、ウィン。それじゃ、俺たちはこれで失礼しますかね。クリムさん、今日は本当に助かりました」


「いえ、こちらこそ。兵団には感謝しかありません、クランさんにも礼を伝えていただければ幸いです」


「もちろんです。それでは」


 

 こちらを察してくれたんか、ランドとリンドウは駐在所へと戻っていった。離れていく彼らへウィンは手を振って送り出す。

 誰もいなくなったことを確認したウィンはクリムに向き直る。もしかしたら反対されるかもしれないと想定し、何としてでも説得できるような言い分を脳内でまとめ上げる。

 頑張れよ俺。そう自らに気合を入れると、ウィンは口を開いた。



「お疲れ様ですクリムさん。ところでお話が――」


「首都への出頭にリリィが付いていくのだろう? 先ほどあの2人から話は聞いた。大体察しがついていたよ」


「……そうでしたか」



 さすがは父。娘がとるであろう行動に関してはある程度予想ができたようだ。

 出鼻をくじかれて次はどう切り出そうかとウィンが考えているときに、先にクリムが語りだす。



「娘を頼む。あの子はよく強がったりして見栄を張ることが多いからな。そばで支えてやってくれ。というか今回は君を支える側にいくんだがな……」


「はい。心得てます、任せてください。絶対に傷つけさせませんから」


「その言葉、信じているぞ。さあ、リビングへ行こうか。疲れた身への食事は格別だろうな」



 そうして2人は談笑しながら、ゆっくりと歩を進めていった。

 心配何てする必要はなかった。それだけクリムが自分を信頼していることに深く感謝をしながら、ウィンはステイシー家に足を踏み入れた。

 大変なことがあった診療所だったが、それを払しょくするような元気な出迎えの声が2階の方から聞こえてくる。それに応え、ウィンとクリムは良い香りが漂ってくるリビングへと向かうのだった。






      ◆◆◆






「いやー。まーさかあいつが生きてたとは思わなかったっす。すぐにでも報告しに行きたいんすけど……」


「そんなこと、許すと思う?」



 暗がり広がる森の中、高速の風が作り上げる枷によって首と四肢を拘束され、空中に固定された少年がつぶやいたことに対し、クランが鋭い眼を向けた。

 その気になればいつでも細切れにできる。たとえ少年であっても、躊躇する気はクランにはなかった。



「あたしが到着してからすぐに転移してきたでしょう。怪しいと思ってずっと『シルフ』にマークさせていたわ。町から転移しようものなら拘束するように指示出しといて正解だったみたいね」


「いやー、ばればれでしたか」


「なめてもらっちゃ困るわ。これでも一応四強なんて呼ばれてるんだから」



 この少年はここに転移してきた後、ずっとウィンのことを遠目から監視していたのだ。気配と魔力を極力消していたが、クランには全く意味がなかった。


 

「シルフ、お疲れさま。長い間暇だったでしょう」



 それなりの体長で整った顔。好青年ともいえる見た目のシルフは静かに答えた。



「使役されてる身なんだから、当然のことをしたまでだよ。それよりどうする。この少年の処遇を」



 シルフの問いかけにクランは小さく咳ばらいをすると、ウンディーネに氷結させた元団員を少年に見せた。

 いつまでも動き続ける元団員の息の根を止めた。変わり果てたその姿はクランは見ていて苦痛だったし、彼自身も自らの死を望んでいたはずだ。

 変わり果てたその団員の姿を見て、少年の顔がわずかに変化したのをクランは見逃さなかった。追い立てるように、少年を問いただす。



「あんた、もしかしてこれに何か関係してたり、知ってたりする?」


「ああ。教授の研究の副産物っすね。ちなみに町でミミズの化け物って言われてるのもそうっす。それがどうかしたんです?」



 全く悪びれる様子もなく少年は口を開いた。それに少しクランも驚く。

 たとえ知っていたとしても基本的には黙秘するか否定するかの二択だ。



「随分素直なのね。こっちとしては助かるけど」


「何も言わずに死ぬより、洗いざらい白状して少しでも長く生きることを信条としてるんっす」



 まだ聞いてもいないのに、少年は町に現れた怪物に関しても関与を認める。反省の欠片も見せないその姿に苛立ったクラン。怒りで僅かに歪んだその口元を隠すように扇子を開いた。

 重要人物であり、いい情報源になるであろう少年をクランは首都へと連行することにした。シルフに拘束を継続してもらうように頼み、長距離転移の準備を進める。

 逃がしてもらえないと確信した少年は、臭くて嫌だったけど何だかんだで尊敬していた教授の顔を思い浮かべた。



「教授ーすんませんー。聞かれたら全部話すけど許してください―」



 そうして怪しい少年は団員と同様に四大に警戒されつつ、怒気纏うクランによって首都へと連行されていくのだった。

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