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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
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06 覚悟の確認

 満足したクランはリリィの耳から手を放す。その膝の上で、容赦のないモフモフがまた始まらないかとリリィは怯えきっているのだった。

 相当のストレスを抱えているようだったが、リリィという癒しを得て楽になったのかクランは肌艶がよくなったように思える。そんな様子を見て、少々ウィンは羨ましく感じてしまっていた。

 その後、僅かに残っていたコーヒーをすべて飲み干したクランはリリィを抱きかかえて立ち上がった。



「あんたに関して話したいところだけどまともに話ができないし、ここは一旦お開きにしましょうか」


「わかりました。……ところでリリィをどうするんですか?」



 どうしたらいいのか分からず震えているリリィを指さしてウィンが問いかけた。

 それに対し、クランは満面の笑みを浮かべながら答える。



「ちょっとこの子借りるわ。大丈夫よ、変なことはしないから」


「法に触れない程度でお願いします。防衛兵団シールダーズの評判に関わりますので」


「分かってるわよお邪魔虫さん。遅くなっても夕方にはまたここに戻ってくるから。それじゃーねー」



 ウィルソンからの指摘を適当に流し、クランはリリィを抱きかかえたまま風のようにその場から去ってしまう。有無を言わせぬ勢いにウィンはただ見送ることしかできなかった。






     ◆◆◆






 診療所の前では、傷者がいなくなり不必要になった非常用のテントの解体作業が行われていた。

 ノームは自立稼働する土人形を形成して各作業を手伝い、イフリートは不必要となった包帯等や回収されたミミズの怪物の遺骸の焼却を行っている。ウンディーネは氷結させた水球のすぐ横に立ち、内部に閉じ込めた元団員に不審な動きがないか警戒を続けていた。

 中心に立って町民に指示を出しているのはランドとリンドウ。その2人を側で手伝うクリムに、クランは近づいていった。



「お疲れさま。ちょっとこの子借りるけど、いいかしら」


「リリィをですか? ええ、まあ、大丈夫だと……、思います」



 娘が美女に抱きかかえられているという不思議な光景を目の当たりにして、クリムはうまく言葉が出ずに変な返事をしてしまった。

 多少の困惑の色が窺える父に眼差しでリリィは救難信号を送ったが、父は娘の想いに応えることは出来なかった。町にとっての恩人であり、四強であるクランの申し出は断りづらかったからだ。



「それじゃ、ちょっとだけ借りるわね。悪いようにはしないから安心して」



 微笑んだクランはリリィを抱きかかえたまま動き出してしまう。彼女の腕の中にいるリリィは、見る人が心配になりそうな遠い目をしながら時が経つのを待つことにするのだった。

 作業現場から離れ、少しずつ人影もまばらになっていく。緊急時のために静まり返っている公園へとたどり着いたクランは安全のために周囲を見渡した。その様子をリリィは腕の中で不安げに見守る。

 一体これから何が始まるのだろう。不安に近い感情でリリィの心が満たされ始めていたところで、クランがリリィに呼びかけた。



「それじゃ、ここでいいか。よいしょっと」



 そういってクランは右足を僅かに上げ、地面を踏む。するとその足元に一瞬魔法陣が展開し、そこから溢れ出した青い粒子が2人の周囲を取り囲んだ。


 

「はい、浮くよー」


「え? ってうわわわっ!?」



 そうクランが言った後、2人の体はゆっくりと宙に浮かび上がっていった。ゆっくりと上昇していき、町から少しずつ距離を離していく。浮かぶ2人がたどり着いたのは、東の方角にある山の上だった。

 取り囲んでいた粒子は次第に透明になっていき、外の景色が見渡せるようになった。リリィの目に飛び込んできたのは、普段の山登りでは見ることのできない新しいディアンの全体像だ。

 驚きののちにきょとんとしていたリリィをクランが解放した。足場は無いのだが、まるで何かに優しく押し上げられているような感覚で空中に浮いている。



「これでゆっくりあなたと話ができるわね、リリィ。この中でなら外からは見えてないし、あたしたちの声も外には聞こえてないわ。女性にとって重要なプライベート保護は完璧よ」


「すごいです……。『浮遊術』と『結界術式』の組み合わせのようなものですか?」


「まあ、そんなところ。さてと、まず何から聞こうかしら」



 下顎に指をあて、質問を考えるクラン。見た目は大人っぽいが、まだ乙女な部分が見え隠れしている。

 不思議な人だけど、本当に四強の1人なのだとリリィはここにおいて実感していた。医術学校で似た術式を学んでいるのだが、そこの講師たちよりも圧倒的に完成度が高いのが感覚だけでもわかったからだ。

 そんなクランと話をできることを嬉しく思えたが、先ほどまでのモフモフ攻撃を忘れることができないため若干警戒態勢を整えて質問を待つことにした。



「あ、単純な疑問なんだけど、身長いくつ?」


「158です」


「それ耳で盛ってるよね?」


「うっ……」



 リリィにとってあまり聞かれたくなかった質問が飛んできてしまった。身長が伸び悩んでいるのであまり答えたくない問だった。

 しかし、目の前で目を輝かせながら返答を待つクランを裏切るわけにはいかず、諦めてリリィは正直に答えた。


 

「……142です」


「小っちゃい……! 可愛い……! ああ、こんな妹があたしは欲しかった……!」



 そういって感慨深そうにクランはその場でガッツポーズをした。よほどリリィのことが気に入っているらしい。

 自分の身長を改めて確認してリリィは少し気を落とした。毎日牛乳は飲んでいるが、10歳超えたころから伸びがほぼ止まってしまっているのだ。

 いつかは伸びるはずと両親は慰めてくれるが、希望はないように思えてならない。もちろん、身長に比例して胸も小さいままである。同級生と比べてもリリィの小ささは際立っているのが悲しい現実である。

 自らの現状を今一度再確認してそれなりのダメージを受けてしまったリリィ。気落ちする姿を見てクランは慌てて手を合わせて謝罪を始めた。

 


「ごめんごめん。次はちゃんとした質問にするからさ」


「大丈夫……、です。き、希望はまだ捨てたわけではないので……!」



 リリィはやるせない気持ちを何とか抑え込み、強がることで気を持ち直す。そんな頑張る姿がまた可愛いと思ってしまうクランだった。

 とりあえず好みドストライクのリリィを理由もなく愛でていたいという欲望を優先することはいけない。と短い咳ばらいをすることでクランは強めに自制した。

 落ち着きを取り戻したところで、今度はおふざけなしの問いをクランはリリィに投げかけた。



「リリィはレイン、いや、ウィンのことどうして好きになったの?」


「ええっ。な、なんでそんなことを?」


「そりゃーあたしがウィンの前に現れたとき、リリィが勇気づけるようにすぐにそばに来たから、そういう関係なのかなーって」


「そう……、ですか」



 まだ会って間もないクランに思い人に関して聞かれて、リリィはたじろいだ。

 こういったことを話すのは同級生でも恥ずかしいが、素直に答えたほうがいい。そう判断したリリィは脳内を整理しつつ、少し照れながらも話し始めた。



「ウィンに出会うまで、私は所謂『普通』と言える日常を送ってました。隣街の医術学校をでて免許を取得したら、この町で医者を引き継ごうと考えてました。でも、彼が私を助けてくれて、彼と出会ったことで何かが変わった気がしたんです」


「……うんうん」



 静かに相槌を打ちながら、クランはその話を聞いていた。

 その様子は、先ほどまでキラキラと目を輝かせていたものと違い、落ち着いた雰囲気を醸し出す美しい女性だった。

 ずっとこうしていればかっこいいのに。そう考えながらもリリィは続ける。



「今まででは感じることのできなかったワクワクやドキドキを、ウィンと一緒にいれば経験することができると思いました。それに、私自身が単純にウィンと一緒にいたいと考えてるのに気づいたんです」


「助けられて一目ぼれしちゃったかな?」


「いえ、確かにそのことは感謝しています。本格的に気になり始めたのは、この町で一緒に過ごし始めてからです」


「ははーん。色々教えてあげるうちにどんどん距離が縮まっていったわけだ」


「……その通りです。それと、大切なことが1つあって……」


「大切なこと?」


「ここに来てから、出会う人の誰に対しても分け隔てなく明るくウィンは接してました。本当に、誰に対しても。そこで気づいたんです。ウィンは、『誰からも嫌われたくない』ってこと」


「……それは本人がそう言ってたの?」


「いえ、言ってません。でも、そうとしか思えなかったんです。勘違いかもしれませんが、そんな一面を知って、私なりに支えてあげたいって考えたんです。……すみません。身勝手な思いですよね。あはは……」


「ううん。あたしはいいと思う。相手を密かに思いやる気持ちは綺麗で素敵なものよ」


「……ありがとうございます、クランさん」



 気づけば一緒にいたいと考えていた。支えてあげたいと思うようになっていた。身勝手かもしれないがリリィはウィンのことが好きになっていた。

 自分からは言い出すことはできなかったが、この前の夕食のとき話を聞いてウィンが自分を受け入れてくれたことがとても嬉しかった。

 心の中で思い浮かべたウィンがこちらに対して笑顔を向けている。それだけでも恥ずかしくなってきたリリィは、大きな耳を垂らしたり上げたりを繰り返していた。



「なるほどね……。青春、って感じかな……。あいつも、何処かでこう願ってたってことなのかも……」



 リリィの持つ愛が明確であり、輝かしくも初々しいものだと理解したクランは静かにつぶやく。その表情はどこか寂しげにも感じられた。

 しばしの沈黙の後、クランはゆっくりと口を開けた。



「忠告みたいになっちゃうけど、いいかな?」


「はい。大丈夫です」



 先ほどまでとは全く違う重みのあるクランの声。思わずリリィは唾をのんだ。



「あいつとこれから先も一緒にいるとなると、今回みたいな厄介ごとに何度も何度も巻き込まれるかもしれない。それに、もしウィンが記憶を取り戻してリリィの知らない彼の本当の姿を見ても、一緒にいたいっていう覚悟はある?」



 真っ直ぐに向けられるクランの視線。それに逃げることなく、リリィもクランの目を見て話す。



「本当の姿がどれだけ違っていても、私はウィンが好きです。一緒にいたいし、一緒にいるために精いっぱい努力するつもりです。覚悟は、あります」



 リリィが絞り出したその言葉を聞くと、クランはさらに問いかけた。



「もしリリィのことを避けるようになったら?」


「振り向いてもらえるように頑張ります」


「もし彼が非道に走るようなまねをしたら?」


「全身全霊で説得して、一緒にこれかれらを模索します」


「もし大きい争いに巻き込まれたら?」


「一緒に戦います。足手まといにならないよう、努力……します!」



 続けざまに放たれた質問に対し、リリィは即答していく。いつもの柔和な様子とは全く違う気迫のあるリリィがそこにはいた。

 力強いやり取りの後、2人の間で沈黙が流れる。その間、強い思いの込められた視線は交わったままだった。

 お互いに一歩も引かぬ状況が続く。緊張で心臓が張り裂けそうになっているリリィだったが、何とか耐え凌ぐ。ここで引けば、ウィンが遠ざかってしまうような気がしたからだ。

 揺るぐことのない強い思いのやり取りの先に切り出したのは、クランだった。



「思った通り。強いわね、リリィ」


「私が、ですか?」


「ええ。ウィンが羨ましいわ。こんなに思ってくれる子がそばにいて」



 その顔にはもう先ほどまでの重みは感じなかった。納得がいったという満足げな顔だ。

 よくわからなかったが、何とか満足させることができたのを理解し、リリィはほっと胸をなでおろした。

 その様子を見て、クランは笑顔でリリィの耳に手をやった。その手は先ほどのモフモフとは全く違う、温かみのある触り方だった。くすぐったくはなかったが、まるで大切な存在を愛でるようなそれに少しリリィは照れてしまう。

 何故ここまで自分のことを考えてくれるのか、リリィにはわからなかったが、クランはそれに答えるように語りかけた。



「私は、目標に向かって突き進んだり、努力を重ね続ける人が大好きなの。あなたも間違いなくそこの中にいるわ」


「そんな……、私はただ……」


「謙遜することはないわ。誇りなさい自分を。そして今の気持ちを、思いを忘れないようにね。それはあなたをもっと高みへと導いてくれるはずだから」



 まるで母のように言い聞かせるクラン。それを聞いていてリリィも心の底から安心していた。こんな姉がいてくれればよかったな。そうリリィは考えるようになっていた。

 耳から手を放すと、クランの手のひらが一瞬光り輝く。格納方陣の光だ。その手のひらには青い小さな宝石が1つ取り付けられている銀色のブレスレットがあった。



「はい、これあげる」


「いいんですか?」


「うん。つけてみて」


「はい」



 そのブレスレットをクランはリリィに手渡した。不思議と温かみのあるそれを、リリィは右腕に通す。



「ちなみにお揃い」


「あ、そっちは赤なんですね」



 クランの左腕には宝石が赤いものを使用されているブレスレットをしていた。



「まだ試作段階なんだけどね。これさえあれば、本当に必要だと願ったときに対になる物をてにしている人の居場所がすぐにわかる優れモノなのよ」


「このブレスレットにそんな力が……」


「だからね……」



 そういうと、クランはリリィの目と鼻の先まで顔を近づけた。

 いきなりのことで少し驚くリリィ。そんな彼女にクランは笑顔で言った。



「もし本当にどうしようもない状況に立たされたら、あたしを呼びなさい。この世界のどこにいても、すぐにリリィのところに駆けつけるわ」


「本当ですか? でも、ちょっと申し訳ないような……」


「何言ってんの。リリィはウィンを支えたい。守りたい。あたしはそのための力になってあげる『だけ』の話よ。私がここまでに鍛え上げたこの力は『守るための力』。防衛兵団シールダーズが最も重要とする力。それを活かせるには最高の理由なの。だから躊躇う必要なんてない。思いっきり呼びなさい、あたしのことを」


「……分かりました。ありがとうございます」



 こんなにも頼りになる存在がすぐ近くにいてくれる。こんなに嬉しいことはない。

 東の山の上にて誰にも声を聞かれることのない2人だけの空間で、リリィとクランは満足そうに笑っていた。





     ◆◆◆






「では、私はそろそろ帰ることにします。美味しいコーヒーご馳走様でした。と、リリィさんに伝えておいてください」


「はい。分かりました」



 手早く身支度を整え、ウィルソンは椅子から立ち上がった。ようやく親近感がわいてきたところでの別れに、ウィンは少し残念に思いながらも見送ることにした。

 長距離転移術の準備に取り掛かる中、ウィルソンはウィンに静かに言った。



「覚悟をしておいてください、ウィン様。これからあなたは行く先々で予想外の事態に巻き込まれるかもしれません」



 相も変わらず表情は変わらないが、それは警告や忠告ではなくウィンに対する助言であるように感じられた。

 それに対しウィンは腕を組み、自信ありげに答える。



「大丈夫。もしその時になったら死ぬ気で切り抜けてみせますよ。今回みたいに」


「……信頼性に欠けますね」


「……反論できないっす」



 ミミズの怪物と元団員の怪物は奇跡的に何とかなったが、今度ばかりはそうもいかないかもしれない。

 今回の戦いで使用した武器も、どこから取り出しているのか未だに分からない。身体強化術もどうすれば意識的に使えるか分からない。かなり運に身を任せている現状に、自分で思い返して少し不安になった。

 その様子を見て、ウィルソンはその無表情を一切変えずに言った。



「自信を持ち、物事に臨んでください。少なくともあなたには、ある程度の問題ならば難なく突破できるほどの能力があるはずですから」


「……マジっすか」


「マジです」



 思わぬ激励の言葉にウィンは素直に驚いてしまった。まさかこんなことを言われるとは。

 その後、ウィルソンは敬礼するとリビングから転移し、どこかへと消え去ってしまう。不思議と最後に見た表情はどこかやりきったようにも見えた。全く変化はないように見えても、微妙な差異があるようだ。ほとんど変わっていないが。

 誰もいなくなったリビング。ウィンはテーブルの上に残された4つのコーヒーカップを流しへと持っていく。



「頑張らないとな……。ま、今は片付けを手伝おう」



 自分自身に奮起するように言い聞かせたウィンは、自らができることを実行するために動き出す。行き先はもちろん、まだまだ慌ただしい診療所の外だ。

 もう十分休むことは出来た。ならばもうすべきことは決まっている。リビングを出ていったその姿には、やる気が満ちているのだった。

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