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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
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05 可愛いは癒し

――新暦195年 7月 13日(水)

  辺境の町『ディアン』・診療所2階リビング

  15:00



 クランの大規模治癒術によって傷病人の問題は解決。残る施設の損害等の各所における把握は、ランドとリンドウが中心となって進めてくれることとなった。

 大切な家族が傷つき、これ以降の人生において支障をきたすほどのトラウマを抱えて精神的に潰されそうになる者がいれば、それを支えるために他の町民がすぐさま動き出した。

 密接な繋がりが構成されているこの小さな田舎町はある意味1つの大家族ともいえる。そこにある温かさを目にしたウィンは、今回の事件をこの町は一丸となって乗り切れるような確信があった。

 そうした中、半日の間で最も疲労が溜まったであろうウィンには町民の過半数から休むようにとお願いされた。ウィン自身は大丈夫だと言っても彼らは引き下がらない。それは彼がリリィを救い、さらには事件の主犯である怪物を討ち取ったことに感謝しているからこそだった。

 温かくも熱烈な思いを渋々了承したウィンは、色々と話したいことがあるというクランと一緒に昼食をとることにした。不必要な情報漏洩を避ける目的でウィルソンも一緒に食べることとなったが、クランにつられてウィンとリリィが苦い表情をしたのはいうまでもない。

 言葉少ない遅めの昼食が終わり、ウィンとリリィ、そしてクランにウィルソンの4人は診療所2階の奥にあるリビングで休憩をとっていた。



「やるわねリリィ……。その可愛さだけでなく料理もできるなんて……」


「ありがとうございます、クランさん。でも、その……」


「んー? どうしたのそんな照れちゃってー?」


「……私は膝の上に乗っていなきゃダメなんですか?」



 椅子に腰かけるクランは膝の上にリリィを乗せている。そして隙あらばその目の前にあるフワフワとした狐の耳を思うがままに触っていた。それがくすぐったいのか触られるたびにリリィは体を小さく反応させている。その若干潤んだ瞳はウィンに対して助けを求めているようにも見えた。

 美女と美少女の触れ合いだけであれば微笑ましい。だが、その真横の椅子で全く表情を変えることなく静かに佇むウィルソンのせいで何とも言えない雰囲気がリビングには満ちていた。

 どうしたものかと苦笑いしつつ、ウィンは食後のコーヒーを口にする。クランは顎をリリィの頭の上に乗せ、幸せそうな表情を浮かべていた。



「別に乗ったままじゃなくていいけどねー。仕事疲れの女性を癒すためだと思って我慢してくれると嬉しいなー」


「リリィさん、嫌ならば断わるのも選択肢の一つですよ」



 以外にもリリィに助言をしたのはウィルソンだった。コーヒーを静かに且つ味わいながら口にするウィルソンをクランは横から静かに睨み付けた。

 最初に会った時は本当に不気味だと思っていたが、焦って口が滑ったりクランに丁寧な説明をしたりと、意外と人間味のある人なんだとウィンがそう考えていると、



「なんでしょうか?」


「あ、いや、なんでもないっす」



 向けられたその青い瞳はこちらの考えを見透かしているように見つめてくる。鋭いその反応にウィンは反射的に謝ってしまった。

 その後ウィルソンは再びカップを傾け、最後の一口を飲み干す。不思議と表情に変化はないが、とても満足しているように感じられた。

 


「リリィさん。素朴な疑問なのですが、このコーヒーは何か特殊な手法で淹れたのですか?」


「いえ。とくには何も。お母さんがこういうのに凝ってて、それを真似てるだけです」


「そうですか。それにしても久しぶりに美味しかったです。重ね重ねで申し訳ありませんが、本当に何も変わったことはしてないんですね?」


「えーっと、そうですね……。一応絶対に外しちゃダメって言われてるのは、最後のあたりの……」



 余程今回飲んだコーヒーが気に入ったのか、ウィルソンはその説明を聞くためにリリィの方を向き、軽く前のめりになっている。その無表情を一切崩さずに。

 その様子に苦笑いしながらもリリィはクランの膝の上で説明を続けた。



「お湯注ぐときに、こう。美味しくなーれー、美味しくなーれーって。小さくてもいいから呼びかけるのが一番大切なんです。大切……、何です……」



 母から教わった動作を実演したリリィだったが、後になってやってきた恥じらいで顔を真っ赤に染め上げてしまう。それを見ていた周囲の3人が固まっていることに気が付き、助けを求めるように口を開く。



「何か言ってくださいよぉ……? ウィンも……、どうしたの?」



 状況が理解できずに1人であたふたするリリィ。自分ではいつもやっているごく当たり前のことをしただけだったが、人に見せることなど想定していなかったのだ。

 続く沈黙の中で、ようやく口を動かしたのはクランだった。



「リリィ、それあたしのコーヒーにもやってくれた?」


「もちろんやりましたよ。それがどうしひゃあ!?」


「……卑怯すぎる! 何なのよあんたは! ドストライクすぎる! さてはあたしを悶え殺そうとしてるわね!」



 クランによる猛烈な耳モフモフ攻撃がリリィを襲った。素っ頓狂な悲鳴を上げながらリリィは体を震わせる。



「可愛いは正義! 可愛いは癒し!」


「や、止めてください~。く、くすぐったくてあ、だ、だめですからもうやめ――」



 終わることのないモフモフ攻撃。そのじゃれあいを見ていると、リリィには申し訳ないがウィンの心は温かくなっていった。

 しかし、ウィンの和みはその横で展開される異様な光景で打ち消された。



「……美味しくなーれー。……美味しくなーれー」


(!?)



 ウィルソンが空になったカップを見続け、先ほど教えてもらったことを頭の中で再現しているかのようにぼそぼそと小さくつぶやいていたのだ。

 例のごとく完全な無表情で行っているその様子を見て、ウィンは必死に笑いを堪えた。

 しばらくしてモフモフ攻撃は終了し、リリィはクランのそれなりにある胸を枕にする形で力尽きた。気のせいか先ほどよりもクランは肌艶がよくなったように見える。

 


「さてと、ウィルソンから一通りの事情とあんたに関することを話しちゃいけないのは聞いたから、あたしの方から話させてもらうね」



 そういうとクランは咳ばらいをし、少し改まったような感じでウィンに語り始めた。



防衛兵団シールダーズ南西支部支部長兼第20遊撃特務実行部隊隊長、そしてカダリア政府直属機関『魔術研究所ディヴァイス』の副長であるクラン・エイカーよ。名乗るの遅くなってごめんね」



 恐ろしく長い所属説明を聞いてウィンは驚いてしまう。外にいる4人を使役していることから考えても、相当な実力者だとは思っていたがまさかこれほどとは想定していなかった。

 目の前で驚くウィンに対し、クランは渋い顔をしながら小さなため息をついた。



「長ったらしくて噛みそうになるのよ。よかった全部言えて。ちなみにあんただって第――」


「クラン様」


「おおっと、ごめんごめん」



 クランの発言をウィルソンが素早く一言で遮る。その内容が自分に関することなのだろうとウィンは察することができた。気になるが聞いても答えてはくれそうにない。

 ふとウィンは聞いたその名前に覚えがあるのに気が付いた。それによって脳内にできた疑問をを口にしてみる。



「クランさんってまさか……、『四強』のあのクランさんですか?」


「あら、それは知ってるのね。そうよ。その四強のクランで合ってるわ。ちなみに誰かに教えてもらった感じ?」



 その問いかけにウィンは、クランの膝の上で力尽きるリリィを指さした。クランはなるほどといった表情で優しくリリィの頭を撫でる。

 『四強』。それはディアンが存在するこのカダリアにおいて最強と称えられるほどの戦闘能力を有する4人に与えられた称号。数多存在する実力者とはまた一つ次元が違う力を持つその4人は人々の憧れでもあり、畏怖の対象になっている。

 これほどの人が何故こんな所まできたのだろうか。その疑問に答えるようにクランがしゃべりだした。



「あの怪物を3匹、いや、3人ここまで取り逃がしたのは私の責任よ。この件に関しては本当に申し訳ないと思ってる」



 謝罪の言葉の後、クランはポケットから取り出した扇子をテーブルの上に向けて横一文字に振った。

 すると、テーブルの上に光り輝く青い粒子が形成されていき、それが形を変えて大きな街に姿を変えていく。

 神秘的な光景に思わずウィンは息をのんでしまう。クランとウィルソンは見慣れているためか素の表情のままだが、ウィンにとっては初めてのことだった。 



「これが南西支部のある商業都市『アナリス』。ここの郊外の廃倉庫で『レギオンズ』が関与している取引があるって情報が出回ったの。レギオンズに関しては知ってる?」


「はい。前にリリィに聞きました。新暦120年頃に結成され、カダリアだけでなくこの世界全土を活動の場としている国際指定テロ組織。ですよね」


「それで合ってるわ。その危険な連中が今回の騒動の中心にいるの」



 昨今でも多くの事件に関与しているらしく、神出鬼没の凶悪組織として知られている『レギオンズ』。時には激しく、また時には静かに活動する彼らには防衛兵団シールダーズも最大限の注意を払っている。

 新聞などでしか知り得ない驚異的な存在が間接的にかかわっていたことを知って思わずウィンは身震いしてしまう。もし構成員が直接乗り込んでこようものなら、さらなる損害が町に出ていたことだろう。

 そうした中でクランがくるくると扇子の先端を回すと街を構成していた粒子は霧散し、別の形を形成していく。



「それほど大きな取引じゃないことから、支部内における議論の末に摘発は支部のメンバーを8人選出して行ってもらった。でもその結果、今日の予定帰投時刻になっても全員帰ってこなかった」



 気づけばクランの表情は真剣になっており、張り詰めた緊張感がリビングを満たしていた。テーブルの上には、郊外にあるとされる廃倉庫が形成されている。



「嫌な予感がしてあたしが現場に行くとそこはもぬけの殻。代わりにそこにいたのは変わり果てたメンバー8人。その内5人が一斉にあたしに襲い掛かってきたわ」



 重い感情を込めた大きなため息をつき、口元を扇子を開いて隠す。半分見える顔の半分には悔しさと怒りが滲み出ていた。



「その5人はイフリートが焼却。でもあと3人が見当たらず、『残滓』をたどっていったらここまで来てたってわけ。道中では情報調査集積機関サーチャーの小型移動用車両が被害にあってた。幸いにもそれ以外には森とか人のあまりいなところを通過したみたいで被害はなかったわ」



 扇子を閉じ、後悔の念たっぷりの表情でクランは続ける。



「今回の被害者の合計は10人。民間人がいなかったとはいえ、重すぎる被害が出たわ。後後のことを考えると頭が痛くなる……」



 ぼろぼろではあるが、防衛兵団シールダーズの軍服を着ていた謎がこれで解けた。あの怪物は南西支部所属の団員だったのだ。

 開いた扇子でテーブルの上を仰ぐと、粒子は散り散りになり空気中へ溶け込んでいった。いくつもの輝きが消えていく光景にはまるでクランの思いが込められているように見える。

 上に立つ者として、下の者の命を背負う覚悟が戦う者であれば必要になる。ウィンの目の前にいるクランはそれを明確に理解しているからこそ、今回の自分の爪の甘さを悔やんでいた。



(少しでも被害を抑えられたことが、化け物になった団員の人たちのため……って、割り切るしかないよな……)



 クランの話を聞き、自らが手にかけた存在が元は人間だと自覚するウィン。誰かを守るため、人々や国のために尽力していた彼らを止めたのは彼らのためだと割り切ろうとはするが、苦々しい想いを抱かずにはいられなかった。

 そんな重々しい空気が漂う部屋において、ウィンは静かに思ったことを投げかける。


 

「ちなみに原因ってなんだったんですか?」


「対象者を異常強化&凶暴化させる現状では解呪不能な未知の『呪術』。っていうのが四大の結論。もしかしたら今回の取引自体がフェイクで、あたしたちを利用した人体実験だった可能性があるわ」


「実験……、ですか」


「恐らく、ね。これだけ複雑な呪いが何の変哲もない場所で自然発生するとは到底考えられないわ」


「レギオンズ……」



 四大というのはクランが使役している精霊たちのこと。地のノーム、水のウンディーネ、火のイフリート、風のシルフ。地水火風の属性代表ともいえる精霊たち。

 しかし、クランが使役しているのは『クランの四大』であり、ほかの人でも四大を召喚することは可能。もし、他人が四大を召喚した場合、今クランが使役している彼らとは全く印象が違う四大が現れるだろう。召喚された精霊の姿は、召喚士の想像でその姿が決まるのだ。

 そんな彼らの分析だといのならば信用性は高い。それと同時にこんなにも恐ろしいことをしでかしたかもしれないレギオンズへの恐怖がウィンの心で膨れ上がりつつあった。

 一通りの説明を終えたクランは小さくため息をついた後、静かに扇子をポケットへとしまった。



「あとは首都の研究機関に引き渡して色々と検証してもらうわ。それであたしはアナリスに戻る感じね」



 沈み切った気分を一新するためにクランは座ったままで背伸びをした。その影響で膝の上のリリィが揺さぶられる。

 やってきた怪物の話は終わった。だが、まだ詳細が不明なままの怪物がいる。



「クランさん。ちなみにここらへんで最近ミミズの怪物が出たって話はありましたか?」


「ミミズの化け物? 聞いたこともないわ。それがどうかしたの?」


「今朝、変わり果てた団員たちが来る前に採掘場でそいつが現れたんです。多くの負傷者も出た大事になってます。何か心当たりはありませんか?」


「んー……。ミミズ……? ……あ。いや、でも、どうだろう。人を襲うことはないとか言ってたけど……」


「もしかして何か知ってるんですか?」


「いえ、確証は出来ないけど、似たようなものを研究してた奴を知ってるの。ウィン、この件あたしに任せてもらっていいかしら」


「クランさんが直々に?」


「というかあたしじゃないと対応できない案件ね。調査員さんもこのこと上に伝えておきなさい」


「承知しました。ただでさえ仕事が多いのでこちらとしても助かります」


「ありがとうございます、クランさん」


「礼なんていいわ。『守る』ことがあたしたちの仕事なんだから」 



 そういって明るい笑みを浮かべるクラン。その笑顔は美しく、頼もしいものだった。

 これほど心強い協力があるのは嬉しいとウィンが感動していた矢先、クランはリリィの耳をモフモフし始める。



「疲れたよリリィー、癒して―」


「ふわぁあ!? ま、またですか!?」



 突如再開されたモフモフに慌てふためくリリィ。少しモフモフしたところで、クランは何か思い出したようにしゃべり始めた。



「リリィで思い出したけど、きっとびっくりするだろうな『アリーシャ』。なんだかんだ言って一番心配――」


「クラン様」


「あーはいはい、わかってるわかってるごめーん」


「……アリー、シャ?」



 クランの口から出てきた女性の名前。何故か夏かしく思えるその名がウィンは気になった。一番心配していたとなると、親友のような存在なのだろうか。

 思い悩むウィンの目の前で、癒しを求めてクランがモフモフし続ける。



「可愛いは正義……! 可愛いは癒し……!」


「ひやぁ! も、もう許してくらさい――」



 小刻みに体を反応させながら、リリィはひたすらのモフモフを必死に耐える。それをまた苦笑いで見守るウィン。そして静かに様子を観察し続けるウィルソン。

 重々しくはないものの、再び何とも言い難い空気がリビングに形成されていた。

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