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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
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04 見知らぬはずの顔

「どういう経緯でこんな辺境の町までやってきたのかしら? ちょうど一か月前にあんたが首都の寄宿舎で襲撃されてから、気には食わないけどそれなりに優秀な部下たちが心配してたのよ!」


「は、はぁ」


「ていうか何で無事なのに連絡の1つも防衛兵団シールダーズ本部に寄越さなかったのよ! せめて陸路が無事なんだから手紙の1つでもだせばよかったってのに!」


「えっと、その件は――」


「おかげでただでさえ色々と面倒なことになってるのにあんたが請け負う仕事があたしたちの方にも回ってきたのよ!? 本当に何であんたは――」


「『クラン』様」


「何よ。あたしは今『レイン』に――」


「お気持ちはお察ししますが少々よろしいでしょうか」



 反論する暇を与えずに呆然と立ち尽くすウィンに対して凄まじい剣幕でしゃべり続ける女性、『クラン・エイカー』は近づいてきたウィルソンによってその追及の手を止めた。

 まだまだしゃべりたりないといった不満そうに唇を尖らせながらもクランはウィルソンに答える。



「何かしら調査員さん。用があるなら手短にして」


「では、お耳をお借りします」



 そうしてウィルソンはクランに近づくと耳打ちを始めた。面倒くさそうにしながらもちゃんと聞くところから、悪い人ではないといった印象がうかがえる。

 いまだに状況を掴めていないウィンのすぐ近くでは、ウンディーネと呼ばれていた美女が空中を浮遊していた。その女神の如き柔らかな微笑みをウィンへと向ける。



「ごめんなさいね~。最近仕事詰めで彼女気がたってるのよ~」


「そ、そうなんですか……」



 優しい微笑みを絶やすことのないウンディーネを見ていると少しだけ気が楽になってきた。見た目で人ではないと分かっても、圧倒的に美しい。

 一体彼女たちはどこから来たのだろうか。その疑問をぶつけてみようとしたその時、背後から勇ましい男性と渋みのある男性の声が聞こえてきた。



「やはりもう人間ではないな。『回路』が異様に変化している」


「体に魂を宿したまま手を加えられたようじゃの。さぞ苦しかったろうに。今も苦しそうだが」



 振り向くとそこには全身が真っ赤な炎に包まれている2メートル越えの大男と、空中に浮遊する岩に腰かける白髪の老人がいた。この2人はウンディーネと同じで人間ではないことがウィンでも理解できた。

 憐れむ目で水球の中でもがき続ける怪物を見ている2人に、ウンディーネは少し困ったような表情をして近づいていった。



「肺の中はとっくに水で満杯なのに、窒息して気絶しないのよこの子~。タフよね~」



 それを聞くと老人は綺麗に伸びた顎髭をいじり、目が合ったはずである場所にぽっかりと空いている穴を見つめる。



「活動のための動力源は、おそらくこやつ自身の魂。それが消えるか器となる体が限界を迎えるまで動き続けるようじゃ。先の戦いでは一瞬にして『イフリート』が消し炭にしたから観察できなかったからのー」


「あれは仕方がないだろう『ノーム』。一斉にクランに襲い掛かったんだ。主を守るのは当然だろう」


「それもそうね~。私もまだクランと皆とは一緒にいたいし~」


「まあこやつごときの攻撃でクラン嬢が窮地に立たせられるとは思えんがのー」



 目の前で黙々と小会議を続ける人外たち。その光景にウィンだけでなく診療所前にいる人々全員が唖然としている。

 この場にいるほぼ全員がどうしていいのかわからずにそわそわしていると、ウィルソンからの説明を聞き終えたクランが訝しげな表情でウィンのことを見つめてきた。



「記憶喪失……、信じがたいけど……」



 じっと見つめられてたじろぐウィン。クランは聞かされた内容がまだ信じられないようだった。どう対応すればいいかと悩んでいれば、その手の中にあるはずの武器類がいつの間にか消えていることに気が付く。

 ウィンが悩みと驚きであたふたしていると、クランの表情が歪んだものへと変化していく。鼻をつまんだクランは眉をひそめながらも指を鳴らした。すると、一瞬にしてウィンの体を足の先から頭までを水が包み込んだ。

 何が起きたか分からずに驚愕するウィンの全身は瞬く間にびしょ濡れになるが、間をおかずに巻き起こった風が素早く水を素早く乾燥させる。全てが終わったウィンの体に染みついていた悪臭と汚れはきれいさっぱりに洗い落とされ、傷も痕を残さずに消えていた。



「……えぇ?」



 軽くなった体に思わず喜びと驚きの混じった声を漏らしてしまうウィン。それを見て満足したクランは再びウィンの観察を開始する。

 頭から足の先まで眉間にしわを寄せながらくまなくウィンを見定めていく。そして最後に顔へと戻ってきた赤い瞳はウィンの濃紺の瞳を真っ直ぐ見つめる。

 つい先ほどの言葉攻めの最中や現状の表情でも綺麗だと思えるクランの顔が急接近したことで、ウィンは思わず鼓動を高鳴らせてしまった。それがばれまいかと心配していると、クランは小さく首を傾ける。



「……『緑』じゃない?」


「はい?」


「ああ、いや。こっちの話よ。気にしないで」



 思わず漏らした疑問を口にしてしまったクランは開いた扇子で口元を隠しながら一旦ウィンから距離をとる。その曇った表情からは一体どんなことを考えているか想像することはできなかった。

 その後しばらく沈黙の時が流れる。動き出しづらく何ともいえない状況の中、ランドの元から離れたリリィがふらふらとした足取りでウィンのところまでやってきた。



「ウィン、大丈夫?」


「そっちこそ大丈夫なのかリリィ。ふらふらしてるぞ」


「私はもう大丈夫。それよりもこの人って……、何なの?」


「いや、俺もよくわからん。前の俺の知り合いっぽいけど……」



 不明瞭な答えを返すことしかできないウィンだったが、取りあえずはリリィを安心させるために優しく頭をポンポンと叩く。それに返すようにリリィは小さな左手で一回り大きいウィンの右手を握ってきた。

 リリィの視線はウィンを見つめるクランに対して向けられている。するとリリィは勇気づけるように言った。



「大丈夫。私もついてるから」


「……ああ。ありがとう」


 

 その時に気づいたが、リリィはまだ小さく震えていた。言葉では強く出ているが、体は逆の反応を示している。そんな状態でも隣にまで来てくれた彼女にウィンは心から感謝していた。

 何をされても何とかする。そうウィンが考えていた目の前で、クランは2人のその様子を見て驚いていた。

 手に持っていた扇子を閉じ、その先端を額の真ん中に軽く押し当てる。その数秒後、ウィンを見つめながらクランは声を漏らした。



「狐耳……、可愛い……。じゃなくて、『半人』とそんな仲になれるってことは、どうやら本当っぽいわね」



 クランは扇子を額から放すと2人にさらに近づき、屈んだ。その顔はウィンではなくリリィに向けられている。突然のことで驚いたのか、リリィの握る手の力が少し強まっていく。

 美人と言えるレベルで整ったクランの顔。そして緊張で先ほどは気づかなかったが、精神が落ち着くような優しい良い香りがしてくる。香りの元は香水なのだろうが、今までに嗅いだことのないものだった。



「かわいいお嬢さん、名前は?」


「り、リリィ・ステイシーです」


「いい名前ね。ご両親に亜人系はいるの?」


「いえ、突発発生で私だけがこの耳をもって生まれました」


「そうなの。ところでこの血は……」


「これは……」



 クランの優しい問いかけに応えるリリィ。頭や顔等ににこびりつき、すでに乾き始めて黒く変色を始めていた怪物の血についての経緯を手短に説明した。

 それを聞いたクランは顔を上げてウィンを睨み付ける。本気の怒りは感じられなかったが、むっとしたそれを見てウィンは少し戸惑ってしまう。



「反射的に攻撃したんだろうけど、もう少し考えなさいよ。女の子をこんなにするなんて」


「す、すみません」


「違います! ウィンは悪くは……」


「わかってるわお嬢さん。いや、リリィ。少しからかっただけよ」



 そういってリリィにクランは微笑み、立ち上がった。そして扇子の先を小会議を続ける人外達にに向けて言った。



「ウンディーネ、イフリート。こんな可愛い子をこのままにしておくのは可愛そうだわ。短時間スペシャルコースでお願いね」


「は~い」


「心得た」



 するとリリィの左右にイフリートとウンディーネが陣取り、その手元を光らせた。

 一体何が始まるのかと困惑するリリィ。ウィンも目の前に移動してきた真っ赤に燃える巨漢の姿に言葉失くす。その様子を見てクランは悪戯っぽく笑った。



「ちょっと冷たかったり熱いかもしれないけど、一瞬で終わるから安心して。それじゃやっちゃいなさい2人とも」



 その掛け声の後、リリィを中心として温水の竜巻が瞬時に発生し、その全身が包み込まれた。



「ひゃあ~!?」



 外からでは中の様子がわからなかったが、今まで両親ですら聞いたことのない素っ頓狂な悲鳴があたりに響き渡った。

 とりあえずは無事なようだが、一体中で何が行われているのだろうか。繋がれていた手は気づいたら離れ、気になってしょうがないウィンを含む町の人々が固唾を呑んで見守っていた。

 やがて竜巻は収束していく。完全に消え去った後、そこには服も髪も肌も汚れという汚れがすべて落とされ、まぶしいほど綺麗になったリリィがいた。

 自分自身でも何が起きたのか理解できずに、リリィはポカーンと口を開けてその場に立ち尽くす。それを見てクランは満足そうな笑みを浮かべた。



「さすがね、完璧な仕事だわ」


「いえいえ~、それほでも~」


「シャワーを浴びる暇が惜しいというクランにほぼ毎日やっているのだ。こんなの朝飯ま――」


「はい。それ以上は言わなくてよろしい」



 余計なことを言いそうになったイフリートをクランは即座に止めた。笑っているのにも関わらず、怒って見える恐ろしい笑みがイフリートに対して向けられている。

 その彼らの前で心ここにあらずといった感じのリリィ。呆けているリリィにウィンは恐る恐る問いかけた。



「その……、どうだったんだ?」


「すごかった……。気持ちよくお風呂に入って最高にリラックスできた気分……」



 その高揚感はいまだに健在なようで、リリィのこの状態はしばらく続きそうに思えた。だが、次のクランの行動でリリィは正気に戻ることとなる。



「そういえばかなりの数の傷者ね。放っておけないからまとめてやっちゃいましょう。ウンディーネ、手を貸して」


「はいは~い、喜んで~」



 そういうとクランの周囲が一瞬だけ光り輝く。すると、どこからともなく光輝き続ける光球がクランの目の前に現れた。

 その瞬間を見逃さず、その場で一番の驚きの声を上げたのはリリィだった。



「『術名呼称』と『詠唱』を破棄しての最高クラスの治癒術!? しかもそれを……!」



 クランの近くにいたウンディーネがその輝きを受け取り、両手で頭上に掲げる。その後光球は弾け、周囲に眩い光の輪が広がっていった。柔らかな輝きは診療所だけでなく町全体へと建物を透過して広がり、一瞬にして傷者の傷を癒していく。

 驚きと喜びの声が各所で湧きあがる。ウィンとリリィはそれを実行した本人を目の前に、ただただ唖然とすることしかできなかった。

 2人のその様子と町の光景を見て、クランは再び悪戯っぽく笑う。



「さて、これでゆっくりお話ができそうね。レイン改め、ウィン」



 扇子の先がウィンに対して向けられる。自身に満ち溢れたクランは、ウィンたちからは心なしか輝いて見えた。

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