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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
3/17

02 風の強い日②

――新暦195年 7月 13日(水)

  辺境の町『ディアン』・借り家

  6:00




「――きて! ウィン! 起きて!!」


「ん……、おお?」



 昨夜から少々強まった風が窓を揺らし、カーテンの隙間から入り込む朝日がぼんやりと部屋の中を照らす中、ウィンの安らかな眠りをけたましく何度も叩かれ続ける扉とリリィの荒い声が妨げた。

 枕近くに置いてある時計を確認したが、朝食の時間にはまだ余裕がある。というかこんなにも焦ったリリィの声をこれまでの間で聞いたことがない。

 危機迫るものが感じられるリリィの声に応え、まだ完全に覚醒しきっていない頭のまま立ち上がってフラフラとした足取りで玄関の扉へと向かう。転びそうになりながら玄関の扉を開けると、息を切らしているリリィの姿があった。

 

 


「おはようリリィ。今日はまたどうして――」


「採掘場で事故があったの! 手が足りないから早く来て! 私先行ってるから!」


「事故!? また唐突な……ってリリィ!?」


「診療所! 診療所に来て!」



 こちらの問いかけにまともに答えることなく、リリィは走り去ってしまった。慌てているその様子を見てただ事ではないことを自覚したウィンの頭は冴えわたっていった。

 心身の感覚が正常稼働に達したことで、町全体がざわついていることに気づく。普段では考えられない光景を見て、確か聞いた話ではこの町とあの採掘場が作られてから60年の間大きな事故はなかったことを思い出した。

 事態が重大であることを再認識したウィンは手早く身支度を整えて診療所へと向かう。多くの人が行き交う中をかき分けて到着したそこには、予想よりも酷い光景が広がっていた。



「おいおい、マジか……!」



 静かに驚きの声を上げてしまうウィン。診療所前にはいくつものテントが張られていた。中に入りきらないのだろう、今でも次々と鉱山の方から傷ついた人が運ばれてきている。

 見渡す限りに怪我人がいる。いつもの平穏な町とはかけ離れた痛ましい光景にウィンは戸惑いつつもリリィを見つけようと人がごった返している中へと入っていった。

 少し離れたところでクリムとリリィが治癒術を組み込んだ応急処置を繰り返している。切迫する雰囲気の中それに近づこうとしたウィンだったが、こちらに気づいたミアが固形栄養食と水筒を持ってやってきてくれた。



「ごめんねウィン。緊急時だからこんなものしか用意できないけど」


「ありがとうございます、ミアさん。ところでこの状況は……?」


「そうね、あまりに突然だったからまだ完全に事態は把握できていないのだけれど……。増産要望に応えるために予定よりも採早く採掘場で作業が進められていたけど、突然異常が発生したそうよ。一番最初の負傷者が出たのは5時半辺りだって」


「発生から約1時間程度しか経ってないんですか」


「ええ。異常は坑道の最深部からの悲鳴と非常時に鳴るアラームが団員駐在所と町の各部に鳴り響いたからすぐ分かったわ。一部の作業員が戻ってきていない最深部へ確認のために責任者が数名を引き連れて奥に向かったけど、戻ってきたのはオムドゥール家のアランさんだけ。肩を大きく負傷していたアランさんは、ただひたすら『ミミズの怪物』とうわごとのようにつぶやき続けている状態よ」


「ミミズの……、怪物?」


「これまでミミズが魔物化した話なんて聞いたことがないし、そもそも採掘場で魔物が現れることなんてなかった。分からないことだらけだけど、今はやれることを――」


「ミア! すまないが手伝ってくれ!!」


「分かった! ごめんねウィン。行かなくちゃ」


「分かりました。俺も俺でやれることを探します」


 

 クリムに呼ばれたミアを止めることなくウィンは見送った。残念ながら治癒術を使うことのできないために力になれそうにないと判断したからだ。

 手伝えないことを歯がゆく思いながらもウィンは周囲を見渡し、自らがやれることを探す。未だに運び込まれ続ける怪我人を運ぶのを手伝おうかと考えたその時、この町の駐在団員の2人が診療所にやってきた。



「ウィン君! ちょうどよかった、君の力を貸してくれないか?」


「え、俺ですか?」



 防衛兵団シールダーズの黒い軍服を身にまとった2人。中年だが鍛え抜かれた体格が逞しい『ランド』と『リンドウ』だ。いつもの柔和な感じとは打って変わって真剣な雰囲気を漂わせている。



「緊急時に内部にて展開される『防護壁』突破された結果、今ではその被害は入り口付近にまで達している。多くの人がまだ中に取り残されているが迂闊に侵入できない。しかしながら事態は急を要する。内部の負傷者の救助のために、君の力を貸してもらえないだろうか?」


「前にも言いましたが、俺はこういうときに戦力としては考えない方がいいですよ? クマの時に使ったはずの銃も何処から取り出して、何処にしまったのかも未だに分からないし……」


「それは承知の上だ。今は手数がほしい。頼む」


「……分かりました。やれる限り力になります」


「そうか。助かるよ」



 ウィンは初めてリリィに会った際、拳銃を利用して熊を倒した。だが、ウィンはその拳銃を使った記憶はないし、どこにしまったかさえ覚えていない。

 身体検査を行ったが、何の変哲もない一般的な青年だと判断された。その時には、防衛兵団シールダーズ関係者だとはばれることはなかった。その後は町の見回りに遭遇するくらいで特に怪しまれることはなく、逆にウィンの持つ技術に一目置かれることもあった。

 力になれるのであればとその頼みを承諾したウィンは、それを診療所の皆に伝える。すると一番心配してきたのはリリィだった。



「――というわけで、一緒に採掘場に行ってくる」


「なら私も行く! ウィンが行くなら――」


「だめだリリィ。ここに運ばれてきた人達を頼む。傷を治すことができるのはリリィやクリムさんしかいない」


「……分かった。なら、これ持ってって」



 状況を考えてすぐに理解してくれたリリィは、心配そうな表情のままポケットから小さく球状に加工された魔鉱石を1つ取り付けたネックレスを差し出した。



「お守りだと思って持って行って。私の代わりに……」


「分かった。ありがとう」



 手渡されたそれを首にかける。温かな力を感じられる球状の魔鉱石を手のひらに乗せて確認するウィン。持っているだけで優しく見守られているような気がした。

 心地よい感覚に浸っていると、よく見れば色違いのネックレスをリリィが身に着けているのに気付いた。お揃いのそれをリリィはウィンと同じように手のひらに乗せる。

 対となるお守りは、身に着けた者を見えない何かで繋いでいる。これがあれば大丈夫。不思議と心の底から勇気が湧いてくるような感じがした。



「大切にする。それじゃ、行ってくるよ」


「うん。気を付けて……」



 その後、ネックレスを首にかけ、ウィンは団員の2人とともに事故現場の鉱山の採掘場へと向かう。その後ろ姿が見えなくなるまで、リリィはお守りを握りしめながら見守っていた。






     ◆◆◆






――事故現場・鉱山『モーレン・採掘場』

  6:30



 内部へ向かう人員が揃い、各々が持ち込む装備の最終確認も終わって動き始めた。

 団員2人に付き添う形でウィンが後に続き、その後ろから志願、頼みを快諾してくれた数人が付いてきている。道中に息のある者がいれば即座に運んで脱出していく手筈となっていた。



「作業員が身に着けていた一層式の『障壁しょうへき』が破られたことから考えてそれ以上のものを用意したかったが、現在手元にあるのは三層式だけだ。防ぎきれる保証がないが、すまない」


「大丈夫ですよ。いざとなった時の逃げ足なら自信ありますんで」


「いい心構えだ。危険だと思ったら私たちを置いて行ってもかまわんからな」


「了解です。お2人も気を付けて」



 お互いの身を案じながらウィンとランドは言葉を交わす。頼もしく思える2人の会話に付いてくる者たちが若干勇気づけられたところで、ゆっくりと内部へと進み始めた。

 順調に最深部へと向けて進んでいく一行。しかしながら、順調とは言えるものの道中での凄惨な光景はすさまじかった。

 無造作に体の各部を食いちぎられ、苦痛のうめき声をか細く上げながら横たえる多くの作業員たちの姿。耐えがたい強烈な痛みによって表情は苦しそうに歪んでいた。

 負傷した彼らは応急処置を施されてウィンたちに付いてきた町人たちによって運ばれていく。外へと向かう最中で、無残な見て耐えきれなくなった何人かが途中で朝食を吐き出していた。

 だが、団員の2人は大丈夫だとしても、ウィンがそれらの惨状を目の当たりにして全く動じていないことに付いてきた皆が驚いていた。というよりもなぜ平気なのかウィン自身も理解ができていなかった。

 血なまぐさい中を進み続け、ようやく一行は最深部手前の最後の広間へとたどり着いた。まだ消えずにいた照明が薄暗く照らすそこにおいて、ここまで来た面子は道中でのことを話し合う。



「『ミミズの怪物』……。やはり魔物化したミミズが原因なのでしょうか」


「そうだなリンドウ。襲ったのはそいつらで間違いないだろう。道中にあったいくつかの穴。あそこから飛び出して標的に食らいつき、そのまま食い破って貫通。再び地中に戻る。だが、ミミズが魔物化したなんて聞いたことがないぞ」


「ランドさん。今回の魔物化したかもしれないミミズ、人為的に魔物化を促されたって考えることはできませんか?」


「その可能性は高いな、ウィン君。だが、何故このようなところで魔物化などさせる? 魔鉱石の採掘場であればここよりも生産量が多いところは他にもあるぞ」


「そうですよね……」


「この町に恨みを持つ者がいるかといえばそれは考えにくい。ここは穏やかそのものだからな。とすれば無差別に行われる残虐な犯行か……。それとも……、ううむ」



 お互いの意見を出し合い、ランドとリンドウは首をかしげていた。今回のことは、団員でも分からないことが多すぎるようだ。

 『魔物化』とは突発的に発生することもあれば、人為的にも発生させることもできる。自然に魔物化したとすれば急激に変化することはないことが確認されており、今回のように異常と言えるレベルで凶暴化しているとなると誰かが手を加えた可能性が考えられた。

 現状についての議論は良い結論が生まれそうにない。これ以上は時間が惜しいと判断して動き出そうとしたその時、付いてきていた町人が停止していた坑内移動機を稼働させるのだった。



「よし、動いた。これで楽に外に行けますよ」


「そうか。ありが……っ!?」



 町人に対して礼を告げようとしたランドだったが、その声は最後まで発せられることはなかった。足元に異様な振動を感じ取ったからだ。

 坑内移動機の稼働による振動ではない、”足元”から感じる振動。それは、地中奥底から足元間近まで迫ってきているかのよう感じられる。



「――いかん! 来るぞ!」



 異変を察知したランド叫ぶと同時に、突如『奴』は地鳴りとともに現れた。

 地響きとともに地が割れ、飛び出してきた巨大な何かが再稼働して間もない坑内移動機を丸のみにしてしまった。

 丸のみにした坑内移動機を凄まじい破砕音を響かせながら体内で破壊していく。もしそれが自分たちであった場合のことを思い浮かべてウィンたちが顔をひきつらせていると、巨大な存在の周囲からぼこぼこと小さい奴が地面から顔を出した。

 大小ともに顔と表せることのできる部分は硬質な外皮に覆われ、それ以外は柔らかそうな乳白色の外皮。凄まじく大きいその口には、無数の鋭い牙が並んでいる。

 醜悪であり異様といえる存在を前に腰を抜かしてしまう町人。脅威を目の前に思わず息をのんだウィン、ランド、リンドウは、ほぼ同時に叫んだ。



「キモイっ!!」


「気色悪いっ!」


「ミミズの化け物っ!?」



 3人の叫びを皮切りに、デカい奴の周辺にいた小さな奴がこちらに向けて一斉にとびかかってきた。

 それに即座に反応したのはランドとリンドウ。彼らは右手の甲の『格納方陣かくのうほうじん』を展開。両手の手元が一瞬光り輝き、煌めきが治まった手の中には『対魔獣用 18式散弾銃』を握られていた。

 躊躇うことなく銃口から放たれた魔力で構成された散弾は、2人にとびかかってきた化け物を全て撃ち落とした。だが、ウィンに向かっていった化け物を殺しきれず、撃ち漏らしてしまう。



「うわったぁ!」



 ウィンは素っ頓狂な声を上げながらも右方向に飛び退いたことで寸で回避する。しかし、化け物がかすっただけで展開していた三層式障壁は限界を向かえて過熱状態オーバーヒートしてしまった。

 即座に体勢を立て直してウィンは周囲を見渡すが、もう飛びかかってきた化け物の姿はない。周りには化け物が潜ったのであろう穴が開いているだけだった。

 どうすればいいと混乱するウィン。全身から冷や汗が溢れ出し始めたところで、ランドが叫ぶ。



「逃げろ! ウィン!」


「わっかりました!」



 その叫びに反応し、ウィンは一番近くの坑道に向けて全力で走り始めた。

 とにかく生き延びるために逃げる。そのことしか考えられなかったウィンの耳に「そっちじゃない!」というランドの悲痛な叫びが届いてはいなかった。



「ヤバいヤバい、マジでやばいってこれ!」



 背後からギィギィといった鳴き声なのか口元がすれて出ているのかわからない奇怪な音が絶え間なく聞こえてくる。何度も地中から飛び出ては再び戻ることを繰り返しながら、化け物はウィンを執拗に追いかけてきていた。

 数は恐らく3。しかし、武器をもってないどころか防具さえもない今、このまま襲われれば確実に食い殺される未来しか見えなかった。

 ただただ必死に走り、再び後ろを確認。もう目と鼻の先まで来ている。逃げ切れないと確信したその時、



「っ――!?」



 右足が踏み込んだ先にあるはずの地面がなく、気づいた時には落下が始まっていた。

 悲鳴すらあげる暇もなく落下し、受け身もとれぬまま斜面に叩き付けられ、そのまま平らなところまでウィンは転がり落ちていった。



「いってて……」



 体の節々が痛みを訴えている。幸い骨折はしていないようだったが、一瞬にして体中が土にまみれて擦り傷だらけになってしまった。

 ふと、ウィンは自分が坑内に設置されているライトとは違う優しい青い光に照らされていることに気づいた。目の前には青く発光する巨大な魔鉱石がある。これがウィンを照らしていたのだ。

 その光を見てこの危機的な状況なのにも関わらず、何故かとても安心できた。この光を以前から見続けていて、何かしらの作業に没頭することが自分の生きがいの1つだとも思える自分がいた。

 しかしながら、その光がとある機材によって無理矢理引き出されているものだとウィンが気が付いた時、微細な揺れと気配が右方向の壁に動いていくのを感じた。



 ――右からくる。それも一気に3匹が同時に。



 気づけばどこからともなく回転式の大型拳銃をウィンは右手に握り、飛び出すであろう方向に構えていた。

 完全な無意識だった。ただ、体はこれが当然だと言っているような気もした。

 もう逃げられない。だとしたら必死に足掻くことを決意したウィンは引き金に指をかけた。そして、飛び出してきた化け物3匹に向け、撃ち放つ。



「くらえ化け物をぉぉおおううわったー!?」



 銃口から放たれた一撃は、現れた3匹を跡形もなく消し飛ばす。しかし、その反動もすさまじく、拳銃を握っていた右手が後方へと持っていかれ、ウィンもそれに引かれる形で後方へと大きく吹き飛んでいった。

 またも受け身が取れず、まともに頭から落下したウィンは悶絶した。頭も痛いが、右肩にもかなり違和感と激痛が走る。どうやら右肩が脱臼してしまったようだった。

 激しく痛むがとりあえずは一安心。そう思うとほんの少しだけ気が楽になる。でもやはり痛いものが痛いことに変わりはない。



「まあ……、デカいのはあの2人が何とかしてくれるだろうし、後は救助を――」



 そう考えた矢先、ウィンは感じ取ってしまった。先ほどの揺れとは違うかなりの大きさのそれがこちらに近づいていることを。

 嘘だとも思いたがったが間違いはない。『前』の自分はこういった状況に陥ることがあったのだろうかと、自分で自分を心配しつつも敏感なその神経に感謝と苛立ちを覚えた。

 さあどこからくるのか。痛みの中立ち上がり、周囲を警戒した。揺れはどんどん大きくなっていき、さらに接近してくる。



「――っ!」



 次の瞬間、ウィンは前方へと飛び退いた。間髪入れずについ先ほどまで立っていた地面を割き大きく口を開いて、巨大なミミズの化け物が姿を現した。

 獲物が仕留められずに悔しかったのか、化け物は誤って口に流し込んだ岩を吐き出しつつ、鼓膜が破れそうなほどの咆哮を最深部に轟かせた。

 声が出せるかと驚く時間も与えられずに今度は右に飛び退く。空を噛んだ大きな口はそのまま勢いを落とすことなく壁面に直進し、硬い岩盤を突き破って地中を掘り進んでいった。

 逃げ切ることは間違いなく不可能。助けを待つ時間も余裕もない。ならば、やるしかない。決心だけは早いのが自分のとりえだとたった今ウィンは実感した。

 大きな揺れと気配は壁面側から直上へと移動している。化け物が今度は真上からくることを確信したウィンは、天井に向けて先ほどの大型拳銃を左手で構える。

 ミスの許されない一発勝負。しかし、ウィンの心は弾んでいた。こんなにも自分自身が高揚しているのは初めてだった。

 そして、化け物は天井を突き破り姿を現した。捕食するための開かれた大きな口が真っ逆さまに落ちてくる。これであれば外す心配もなさそうだ。その照準は真っ直ぐに大きな口に向けられている。



「しばらくバイバイ左肩ァ!」



 再び放たれた強烈な一撃は化け物の口めがけて一直線に進んでいく。

 口を突き破って尾の先まで貫通し、その衝撃に耐えきれなかった化け物の体が吹き飛んで周囲にオレンジ色の体液と肉片を撒き散らす。落下してくるそれらを防ぐ手段などもちろんないため、凄まじい悪臭を放つ生暖かいシャワーをウィンは浴びることとなってしまった。

 今までに感じたことのない激痛と悪臭の中、ウィンは特大のため息を漏らしながらその場に崩れ落ちる。



 「キモイ……、痛い……、臭い……」



 やりきった達成感以上に、最悪な体の状態と劣悪な環境がウィンを絶望に近い感情に陥れていた。

 はやく楽になりたい。そんなことを考えていると、嬉しさからか悲しさからかどちらともいえない涙がいつのまにか頬を伝って固い地面を湿らせていた。

 数滴の涙が地を濡らした後、遠くの方からランドとリンドウの声が聞こえてきた。どうやら向こうも安全を確保できたようだ。

 ようやくやってきた安堵によって限界を迎えたウィンの意識は、ゆっくりと薄れていくのだった。






     ◆◆◆




「……おんやぁ? おやおやぁ? 予想よりも随分早いですねー」



 とある真っ暗な研究室のモニターの目の前で異臭を放つ中年男性が首を傾げる。撃破されるとは考えていたが、まさかその日のうちにやられるとは予想していなかった。

 これはとても興味深い。そう思い至った男性はブザーを鳴らして助手を呼ぶ。やってきた助手は何故か部屋に入ることなく気だるそうに扉の向こうから話しかけてきた。



「なんすか教授ー。手短にお願いしやすー」


「昨日の辺境の町にちょっと偵察お願いしたいんだけどいいー?」


「了解っすー」



 手短だが面倒な要求。だがそれに応える優秀な助手。これほどうれしいことがあるだろうか。

 そう喜んでいた男性に、扉の向こうの助手は冷ややかに言った。



「マジで風呂入るかシャワー浴びたがいいっすよー。さすがに一ヶ月経つとすさまじいことになってんすけど」


「なにを言いますか最愛の助手よ。逆に考えたまえよ、この香りこそが天才であるこの私が発するこの世で最も高貴なものであることを……!」


「あーはいはい分かりやしたよー。いってきやーす」



 熱く語る男性を適当にあしらい、助手の少年は研究室から去っていく。離れていくその足音からも、心底気だるそうな感情が伝わってきた。

 満足した男性はモニターに向き直り、今回使った物の確認を始める。それと同時にディアンに駐在している団員など、戦力になりそうな存在を楽しそうに調べ始めるのだった。



「一体どんな人がいたんでしょうね~」

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