16 エドタウン事変②
――新暦195年 7月 16日(土)
カダリア南西部『ニポーン・エドタウン』・旅館『旭』の角部屋
00:40
夜の闇に包まれたエドタウン。静まり返った町の随所にて輝くのは魔鉱石を燃料として優しく周囲を照らす提燈の明かり。離れたところにあるトーキョーでは耐えることのない明かりが輝いていた。
旅館『旭』の角部屋では、ウィンとリリィが眠っていた。とある一件でふてくされていたリリィだったが、畳上に布団を敷いた時には大興奮。その後は枕投げという遊びで盛り上がったためか、疲れた2人はすんなりと眠りにつくことができた。
発生器を破壊した後、機能を停止したそれを調査員が回収していった。しかし、これによってまた襲撃される可能性があるとして、それ以降の外出ができなくなってしまったのだ。街へと繰り出せないことを知ったリリィの絶望する顔はとても印象的だった。
隣の部屋にはウィルソンとケネスが寝ており、双方の入り口に一人ずつ、ユウキとランが警備についている。何かあれば即座に動くことができるように臨戦態勢で警戒していた。
静かで平和な夜。カーテンの隙間から柔らかな月光が真っ暗な部屋をわずかに照らしていた中で、リリィは違和感を感じて目を覚ました。
(――!?)
足元の掛布団がめくられている。それだけでなく、優しく感触を楽しむかのように足を何かが触っている。リリィは枕に顔を突っ伏した。
まさか、ウィンがこんな大胆なことをしてくるとは考えていなかった。ディアンにいても夜這いなんてしなかったのに、2人きりになった途端に行為に及ぶとは。やっぱりウィンも男の子なんだとリリィは考えて赤面した。
確かにここ最近で色々なことがあった。そのストレスが溜まって、はけ口としてこちらにきたのだろうか。そうだとしたらそれを許すのができる女性の行動なのか。
そんなことを考えているとくすぐったいというよりも、感じている自分に気づいて恥ずかしさに耐えきれず、枕を抱きかかえて横を向いた。それに驚いたのか一瞬触っていた何かは離れたが、すぐにまた再開する。
リリィは凍り付いていた。横を向いた先に静かに寝息を立てるウィンがいたからだ。では、今足を触っているのは一体誰なのか。
心臓の鼓動が早くなっていく。凄まじい恐怖に怯えながらも、リリィは勇気をふり絞って足元の方をみた。
「ああ~、いいわ~この感触……。最高だわ~」
半透明の男か女かよくわからない人が、人に近い何かが、リリィの足に頬を擦り付けて満面の笑みを浮かべていた。
圧倒的な恐怖。全く面識のないその存在に、リリィは悲鳴を上げた。
「――っいぃやああああぁぁあぁぁ!」
「何!? 何何何!?」
轟く悲鳴を聞いてウィンは飛び起きた。部屋の外からも、警備にあたっていた2人がすごい勢いで入ってくる。
「変態お化けええぇぇぇぇ!!」
「なっ、失礼ね! 変態だけどお化けじゃないわよ!」
「お化けがしゃべったぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「だからお化けじゃないって言ってるでしょう! あたしは変態よ!」
言い争うところがズレているような気がする。ウィンの腕の中で、恐怖で泣き叫ぶリリィにその言葉は届いていなかった。
短いウェーブヘア。整った顔に真っ白なローブの上からでも分かる鍛えられたバランスのいい体。パッと見ではイケメンだといえるのだが、顔の厚化粧がそれを台無しにしていた。というか、霊的な存在が化粧することができるのか。
いわゆるオカマと称するべきであろう存在に向け、ウィンは恐る恐る問いかけた。
「あの……、どなたですか?」
それに対し、オカマは待ってましたと言わんばかりに意気揚々と答える。
「いい質問よ青年。嫌いじゃないわあなたの顔。偉大で超絶美しい精霊であるあたしとその子と比べれば劣るけどね」
そういって自称偉大な精霊はリリィに対して投げキッスをする。それを見てリリィの顔はさらに青ざめていく。
精霊はかっこよく決めたいのか、右手の人差し指を天井へと向け、口元の歯を輝かせた。痛々しいその光景にウィンが渋い顔をしていると、精霊は語りだす。
「あたしの名は『ツバキ』! この世界の――」
「何調子乗ってんの『毒岩鉄』。早くリリィちゃんに謝りなよ」
「んなっ!? ちょっとラン! あたしのこと本名で呼ぶのは止めなさいって言ったでしょう!?」
鋭いランの突っ込みに精霊『ツバキ』、本名『毒岩鉄』は怒声を浴びせる。本気で嫌がっているのがウィンでも分かった。
それを発端とし、ランとツバキの口喧嘩がウィンの目の前で開始された。知り合いなのかと問いたいウィンだったが、こちらを一切気にしない2人に話しかけることができず、見ていることしかできなかった。
「そのなりで超絶美しいとかまだ言ってんの?」
「あんたには分かんないだけよ! 分かるやつにはドストライクなんだっつの!」
「『怪人白化粧』とかに改名しなよ。それがちょうどいいから」
「じゃああんたは『季節音痴マフラー』とかにしなさいよ!」
「このマフラーは良いんですー。特別なんですー」
「なぁにが特別よ。それならあたしの化粧も許されるんじゃない?」
「それはない。天地がひっくり返ってもあり得ない」
「むぎいいぃぃぃっ! ほっんとにいつまでたっても可愛くないわねあんたはぁ!!」
止まる気配のない口論が続く中、遅れてやってきたウィルソンとケネス。はだけた旅館の浴衣を着ている2人は部屋の惨状に目を疑う。
「何ですかこれは……」
「あっはは。よくわかんないけど面白そうだね。旅館から苦情きそう」
恐怖に怯えるリリィとそれをなだめるウィン。言い争うランと精霊に、それを面倒くさそうに見守っているユウキ。
どこから声をかけていいか分からずにいると、勝手に状況は進み始めた。
「分かったわよ謝ればいいんでしょう! 悪かったわね~リリィちゃんだっけか? 欲望が抑えきれずに~」
「ひっ!」
近づくツバキに拒否反応を示すリリィ。眠っている最中迫られた恐怖はそんな謝罪で消えることはなかった。
それを見て再びランが追求しようとしたその時、精霊と助っ人2人の動きが止まった。うるさかった部屋の中が一気に静まり返る。
「!?」
ウィンは何が起きたのか分からなかった。窓ガラスを割って飛び込んできた2つの人影。侵入と同時に電気が消えてしまったために、その姿ははっきりと見えなかった。
しかし、ユウキとランは違った。飛び込んできたそれに対し、ランは拳で部屋の外へと飛び込んできたものを弾き飛ばし、ユウキは格納方陣から取り出した刀による瞬息の抜刀術で切り捨てた。
迷うことなくランは手のひらから周囲を照らす光球を作り出す。明るく照らされた部屋は、ユウキとランが排除した存在の黒い血で染まっていた。
血生臭さとは違う、化学薬品が放つ刺激臭が室内に充満している。臭気の原因は室内を染めている黒い血であり、それをまき散らした襲撃者の姿を確認したウィンは眉をひそめた。
「何だ、この化け物……」
襲撃者の正体は、全身が黒い甲殻のようなもので覆われた人型の怪物だった。肉食動物化のような鋭い牙は剥き出しになっており、伸びた鋭利な爪が獰猛さを際立たせている。
少なくとも人間ではないことは分かったが、このような生物は見たことも聞いたこともない。まるでSF映画に出てきそうな奇怪な存在にウィンが気を取られていると、その体に違和感が走った。
「っ――!」
「ウィンっ!?」
胴体部に何かが巻き付いたと気づいた瞬間、凄まじい力によって外へとウィンは引っ張り出されてしまった。声を上げる間もなかったウィンにリリィが手を伸ばすが、間に合わない。
宙を舞った体には何かが巻き付いたままのため身動きができない。危機的状況にどう対応すべきかと混乱気味の脳内で打開策を練るウィンの体は、瞬息の剣技によって解放されるのだった。
「助かっ――」
「まだだ。今は受け身を」
「りょ、うかいっ!」
巻き付いていたものを断ち切り、拘束から解放してくれたユウキは納刀と同時に忠告を告げる。それを受けたウィンは体勢を立て直して着地し、横に降り立ったユウキは即座に動き出した。
「――――」
「ギッ――」
「ガゲっ――」
着地の隙を狙って迫りつつあった黒い怪物数匹がユウキの抜刀剣技により瞬く間に切り伏せられた。飛び散った黒い血の異臭を鼻で感じ取ったウィンも、迎撃のために大型拳銃を取り出す。
夜の町の暗がりから次々と現れる怪物の急所と思われる頭部と胸部をウィンは正確に撃ちぬき、目前まで到達したものは赤熱する剣で焼き切る。自分でも恐ろしく思える程滑らかに動く体に、改めて戦闘慣れしていることを痛感した。
「よく動く。記憶喪失とは思えないな」
「!」
迎撃の最中で上空から聞こえてきた男の声。迫ってきていた一匹を切り崩した後でウィンが顔を上げると、宙に立つ男の姿がった。
宙に浮いているように見えた男の足元には、月明かりを微かに反射する糸のようなものが見えた。周囲に張り巡らせた糸の上に立つ男は、視線があったウィンに向けて告げた。
「良い戦力を雇ったようだな。並みの傭兵の動きではない」
「何だお前……っ!?」
「余所見は危険だぞ、レイン・クウォーツゲル。いや、ウィン・ステイシー」
「っ! まだ来るのか!」
襲撃の犯人と思われる男を問いただしたかったウィンに、新たに現れた怪物が迫る。男を上空から引きずり下ろすため、早急に怪物を処理していく。
着実に数を減らし、このまま行けるかと次に殺気を放って迫る存在に大型拳銃の一撃を叩き込んだウィン。しかしながら、直後に彼の耳へと届いたのは魔力の弾を弾き飛ばした甲高い音だった。
「んなっ!?」
黒い怪物に紛れ込む形で現れたのは黒鉄色で鈍い光沢を放つ等身大の人形。デッサン人形のような見た目の人形の四肢先端には鋭利な刃が取り付けられていた。
迫る人形に対して続けざまに銃撃を叩き込むが、どれもが弾かれてしまう。そのまま接近を許してしまい、巧みな操作によって操られる人形からの縦横無尽な攻撃がウィンを襲った。
「くっ、そ!! 読みづらいっ!?」
右腕の振り下ろしからの左足の刺突。その刺突の後に左腕を振り上げ、それが防がれれば右足による垂直回転切り。人間では絶対に在り得ない人形だからこそできる猛攻の数々をウィンは苦言を呈しながらも寸で防いでいた。
視界の端に捉えたユウキはウィンと同じ人形を同時に3体相手取っている。変則的な攻撃の連続に防御行動を余儀なくされており、ウィンの援護に向かえずにいた。
時には赤熱する剣。無理であれば大型拳銃で人形の攻撃を防ぎ、受け流す。息つく間もない猛攻にウィンが苛立ちを募らせる中、不可思議な光景が目に飛び込んできた。
「イガっ――」
「ギっ――」
「仲間割れ……っ!?」




