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思い出の味は5mmの赤LARK

作者: たみすけ

大学生時代、僕は実家の近くのコンビニでアルバイトをしていた。

全国各地でよく見られる、緑の看板のコンビニエンスストアだ。


当時生まれて初めてのアルバイトだったので、僕はそこで「働く」ことについて一から学んだ。


接客、レジ操作、品出し、掃除、調理(といっても、おでんやフライヤーの簡単な操作のみ)など。

やることは本当にたくさんあったが、すべてが今の人生に活きていると思う。


当時の時給は720円。シフトは夕勤と夜勤。店長は30代の女性だった。

面接の時、緊張で震えながら手渡した履歴書をちらりと見て彼女は言った。

「バイト、初めて?大丈夫、私がしごいたるから。採用!」


そこから新米コンビニ店員の日々が始まったのを覚えている。


最初は緊張と失敗の連続であったが、慣れてくると少しずつ仕事をこなせるようになった。

同じシフトの仲間とも仲良くなったが、人見知りなので、後輩が入ってきても敬語はずっと取れなかった。


ある日の勤務終わり、レジカウンター裏の事務所で着替えていると、奥のパソコンで発注作業をしている店長を見かけた。傍らには店長が愛してやまない煙草の箱が見える。


僕が働いていた店舗は、自動ドア横に灰皿があり、喫煙者の客からとても愛されていた。それは店員も同じで、働く同僚の喫煙率も非常に高かった。


その日、発注作業中の店長と他愛もない話をしていると、煙草の話になった。

煙草を吸ったことがない、と話をすると「なんで?」と聞かれた。


「なんでって、20歳になったばかりですし」と答えると、「みんな通る道やろ?」と正される。意味がわからない。


「それやったら、吸ってみる?」と店長は箱から一本煙草を取り出し、僕に渡してきた。

僕はしぶしぶ受け取る。

煙草には怖いイメージがあったものの、少しだけ興味があった。20歳を迎えて、大人になった証として経験しておくのは悪くない、と思えたのだ。


店長からライターを借りて、慣れない手つきで火をつける。

すう、と吸い込んだ瞬間、甘いフレーバーの香りと、肺に明らかに異物が入ったのを感じた。


数秒後、僕は今までにないくらいむせ返っていた。咳が止まらず涙目になる。

隣では腹を抱えて笑う店長の姿が見えた。


「最初はみんなそうなるねん。でも途中でだんだん美味くなっていくねんなー、これが」


僕が吸っている姿を見てわたしも、と煙草に火をつけた店長の横顔は、妖しく、そして、美しかった。


そんな彼女が愛していたのが、5mmの赤LARK。


あれから10年が経ち、結婚を機に独立した僕は、先日久々に実家に帰ってきた。

実家に帰る途中、慣れ親しんだ道を通っていると、交差点の角に「テナント募集中」の文字が見える。


そこにかつてあったのは、僕がバイトしていたコンビニだった。


少し立ち尽くして、また、歩き出す。

脳裏にはあの時の店長の横顔が見えた。


僕の口には、あの時の甘いフレーバーの香りが今も残っている。

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