「未来」
▩この作品は、家紋 武範様考案企画の「知略企画」参加作品です。
「譲どうだ?」
「いいや、まだだ」
「……。護は、どうだ?」
「うるさい! 話しかけないでくれ!」
「わかった。兄ちゃんが悪かった」
三男の護は、頭に捻りハチマキ姿で半紙を睨んでいる。
俺は素直に謝った。
隣に座る、四男の翔を見ると。オイ、船を漕いでるじゃあないか。
更に五男の悟を見やると、ああ、半紙に絵を書き始めてしまっていた。
まだ、早かったか。
「親父は……」
上座に座る親父はと言うと。
駄目だ。
あのロダンの考える人状態だ。
カチンコチンに考えが凝り固まった様だ。
「そういう渉兄ちゃんはどうなんだよう?」
次男の譲が俺に聞いてきた。
ちなみに譲と護は双子である。性格は大分違うが。
まあ、話を戻そう。
「兄ちゃんか? 兄ちゃんはばっちり考えてあるぞ」
「ふーん」
譲が半信半疑な目を向けてくる。
どうせろくな考えじゃあないだろうって目だ。
俺は憤慨する。
み、見てろ! 絶対ぎゃふん! と言わせてみせる妙案を出してやる!
かくして、各々が五時間粘って考えに考えた事発表する時間がやってきた。
「みんな、考えたか?」
親父が考える人状態から普通の状態に戻った声音で、俺達を見回して言った。
俺達はそれぞれが真剣にその目を見返す。
あ、悟は例外だ。
疲れて寝てしまってる。まだ小さいしな。
「長男、渉」
「はい」
「それでは発表せよ」
「兄ちゃんが考えたのは、『桃』!」
すると一斉に弟達がブーイングをあげる。
「古い!」
「兄ちゃんって案外古典的なんだな」
「ナウくない!」
「ナウくないとはなんだ!」
「……弟達が賛同しないならなあ」
と親父。
一生懸命、頭をこれでもかとフル回転させて考えた案がいとも簡単に却下された。
俺はうちひしがれる。
「次。次男双子の譲」
「よしきた!」
譲はかなり自信があるみたいだ。
半紙を立ち上がって見せた。
「オレが考えたのは、『亜香里』!」
すると本人以外がまたブーイングをあげた。
「お前、いくら好きなアイドルから取るなんて……」
「お、オレがいつ亜香里ちゃんを好きと言った!?」
「「「言ってんじゃん」」」
「ほー、譲。あの可愛いアイドル好きだったんか」
「親父まで!?」
こうして譲は俺同様、打ちのめされた。
気を取り直して。
「次。三男双子の真面目、護」
「……自信が無いが」
捻りハチマキが少々萎れ気味で、護が眼鏡をクイッと上げる。
「僕が真剣に、真剣に考えたのは、『花蓮』」
おお、とどよめきが走る。
これはかなり好評だ。
護が得意気に、また眼鏡のブリッジを触る。
「うんうん。成る程なぁ」
親父も頷いて、天秤が傾いた様子。
「待て待て待て!」
四男の翔が良い方向に向きつつある流れを立ち切るように、テーブルを叩く。
「あ? 翔はほぼ寝てたろうが」
「まあ、渉。翔の意見も聞こう」
親父が嗜める様に、俺を見やる。
「四男、翔」
「見てろよ、兄ちゃん等! ナウい名前はこれだ!」
バン! と翔が半紙を見せつけた。
「愛?」
「普通じゃあないか」
「これの何処がナウいんだ?」
俺、譲、護のツッコミに翔はちっちっ、と舌を鳴らす。
「愛と書いて『愛』さ」
「論外」
「却下」
「我ながら弟の将来が心配だ……」
「父さんも心配」
「みんな、ヒドい……」
憐れ翔。
だがそれは絶対駄目だ。
だって、このさっきからのやり取りは……。
「お、悟の半紙に、何か書いてある」
ぎゃーすかぎゃーすか、一向に決まらない家族会議に疲れ果てた時だった。
親父がまだ眠ったままの悟にブランケットを掛けた際に気付いた。
「なになに……?」
みんなが悟の半紙を覗き込む。
そして同時に苦笑した。
「悟に一票」
「俺も」
「オレも」
「負けたわ」
兄弟口々に言うと、親父も満面の笑みを浮かべて、真っ白な半紙に改めて向き合う。
さらさらと筆を走らす。
『命名 未来』
俺等待望の妹の名前が、ようやく決まった。
お読み下さり、本当にありがとうございました!