始まりは俺作弁当で
営業の外回り中に昼飯をゆっくりと食べるなんて、不可能に近い。
アポ無し飛び込み、アポ有り、会社から呼び出し、お得意様からの至急連絡請う、柔軟に対応できないとクレームの嵐。
昼飯くらいゆっくりしっかり食いたい。弁当を作る事は出来るんだ、後は食う場所と時間だ。
俺は、小西優大。スーパー鈴木フレッシュマート三丁目店の青果担当営業だ。
産地直送を目玉商品にしたい生産者に直接営業をかけたり、青果センターや市場に出向いて美味しくて安全な生産品を定期的に消費者へお届けする為に、安定価格供給が出来るように、頭と体を使って奔走している。
昼飯の話を営業先でしたら、フレッシュ青果センター事務所の所長と事務のおば、いや、お姉さんが、事務所の中で食べて行けばいい、と……場所を提供してくださった。
後は俺がその時間に事務所に来られればいいだけ。
一定の時間に間に合わなかった場合は、パスという事で話がついている。
ツイてるな、俺!寒い日は温かい緑茶、暑い日は冷たいコーヒーとか、緑茶を頂ける。悪いな、有難いな、と思うから……たまには差し入れをさせて頂く様にしている。
今日も今日とて飯が美味い!
俺作だけど、自画自賛だ!
仕事がアガル様に自分の好みのおかずしか詰めてないしな!
時々、母さんに注意されて中身を変えられてしまうけど、まあ……仕方ない。
「小西さん、お茶が入りました。どうぞ」
本日も有難くお茶を頂ける。コンビニに寄ったり自販機を利用したりしなくて済むから助かる。
「あ、どうも有難うございます」
「ここでいいですか?」
「はい、どうも」
「…………」
また、だ。お茶係がおば、いや、お姉さんから今年の新人さんに代わったのだが、このお姉さんは、どうも俺の弁当をよーく、じーっと、舐めるように見つめているのだ。
……俺、食いづらいんですけど?
何か彼女の好物でも入っているのだろうか……?
今日は箸を付たばかりだ。聞いてみるか。
「……食べる……?」
いやあ、こんな台詞は胡散臭いか?気味悪いか?と思ったが、こう毎回じっと弁当を見つめられてしまうと……食いたいのかなあ……なんて疑問が湧いてくるんだよなあ。
野郎の弁当覗き込む趣味でもあるのか?
「え!いいんですか!」
彼女の思いもよらなかった返事に、俺はたじろいだ。
……食う気満々じゃないか……?
「ど……どうぞ。お口に合いますかどうか分かりませんが」
「うわあ、美味しそう……どれにしようかな。ええと……じゃあ、これ頂きますね!」
と言って、彼女は海苔の入った卵焼きをひとつ、つまんだ。
「ど、どうぞ」
「ん~っ!やっぱり美味しい!ちょっと甘くて塩気があって~!小西さんのお母様はお料理上手なんですか?」
……いや、これフツーだろ。それより。
「違います。今日は俺作の弁当」
彼女の目が丸くなった。え?急にマズく感じましたかね?
「小西さん!ご自分でお弁当作れるんですか!うっそ、凄いですね!あ、じゃあ昨日の肉団子も?」
……良く見てるし覚えてるな……この子……まさかアレも食べたかったのか?
「いや、昨日のは母親作でしたね」
「ああ、なるほど。だから色鮮やかだったんですね!」
……良く見ていやがる……この子。そうだよ、俺作のは彩りなんて考えてねーよ、食えりゃいい。
俺が気を悪くしたと思ったらしい。彼女はハッ、と我に返った顔をした。
「ごめんさない……あの、拝見していて、いつもとっても美味しそうだなあ、って思っていたんです。まさか小西さんが作ってらっしゃるとは思わなかったです!いいなあ。凄いですね……」
「凄くなんてないですよ。手の込んだものは作れないし。好みのものを作るくらいだから」
「いいえ、美味しそうだと思えるお弁当が作れるだけで尊敬します!」
「いや、そんな尊敬なんてされるモノじゃあないし……」
なんだかどこかにこんな子が居るなあ……?俺んちにひとりいるぞ?弟だけど。
その時、事務所へ青果センターの運送部門の社員が入って来た。
「あっ、ごめんさない。小西さんのお食事のお邪魔しちゃって。ごちそう様でした。ごゆっくり!」
ぺこりとお辞儀をして、社員の方へ小走りに去って行った。
変わった子が入ったな……。
湯呑みを返しに行くと、その子は真剣にパソコンと格闘していた。
そばにいたおば……お姉さんが、苦笑いしている。
新人さんだもんな。
ガチガチな背中に向けてこっそりエールを送っておいた。
(そのうち慣れるから、頑張らずに適当にやっとけよ?)
……まあ、最初はがむしゃらに頑張ってしまうものなんだけどな。