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ソファで彼と


「ごっ、ごめんなさい!」


 どうぞどうぞ! とすすめたソファに、ヘレグがよろよろしながら腰かける。


 彼は潤んだ瞳を少し気恥ずかしそうにそらしつつ、こう言った。


「暑い……少し脱いでもいい?」

「もちろんです!」


 勢いよくうなずいたアデルファがまじまじと見つめる中で、ヘレグは羽織っていたジャケットを脱いで、シャツだけになった。


 ほっそりしたヘレグの上半身に目を奪われ、さらに首元のタイを外す手つきにドキリとした。


 アデルファは、興味津々で見つめていたくせに、恥ずかしくなって両手で顔を覆った。


 ――い、いやらしいわ! 何がいやらしいって、そんな目で見てしまうわたくしの薄汚れた心が一番いやらしいわ!


 ヘレグは何も悪くない。ただアデルファがよこしまなだけだ。


「おっ、お茶を淹れてまいりますわ!」


 アデルファは逃げ出した。


 ――二人きりのときにダンスはよくないわ。だってなんだか、いやらしすぎるもの。


 いくらヘレグがエルフ族ゆえにドライで、二人きりでいても何も起きないとしても、アデルファの心は人間並みなのだ。


 一度距離が近いことを意識してしまったら、どうしてもドキドキしてしまう。


 シャツ一枚の服というのもいけない。なんとなく体のラインが透けて見えるようではないか。


 人間の女性よりも美人だと言われるヘレグにあんな格好をさせるべきではなかった。なぜかは知らないが美しい男性を脱がせると背徳の香りがするのだと、どこへも披露できない豆知識まで得てしまった。


 アデルファは大いに反省し、この後は大人しく過ごそうと決めた。


 アデルファはお茶のポットのお代わりをもらうついでに自室からメモ用紙を持ち出して、応接間に戻ってきた。


「ヘレグ様、先ほどおっしゃっていたきのこのスープ、どうやってお作りになるかお教えくださいませんか?」

「えっ……うーん……いいけど、おいしくはないかもしれないよ」

「いいんです!」


 ヘレグがそれを好きだというのなら、アデルファだって好きになってみせようではないか。それに、ダイエットにもよさそうだ。


 ヘレグは微笑んで、アデルファに一枚メモをくれるように頼んできた。


「じゃあ、私も。アデルの好きな食べ物のレシピを教えて。お互いに書き合って、交換しよう」

「えっ……でも」


 アデルファの好きなもの。


 お肉に、お菓子に、甘いお砂糖入りのミルクティ。


 とてもヘレグの好みに合うとは思えない。


「わたくしの好きなモノはくどすぎて、お好みではないかも……」

「いいんだよ。アデルの好きなものなら、私も好きになれそうな気がするから」


 アデルファは撃沈した。


 椅子の上で小さく丸まり、両手で頭を抑える。


 ――だめ、こんなに崩れすぎの顔、お美しいヘレグ様には絶対に見せられない!


「アデル? 大丈夫?」

「はい! 大丈夫です! 大丈夫ですから! これは恋の病と申しますか! ちょっと胸が苦しくて!」

「恋で……胸が……?」

「人間にはよくあることですからお気になさらず!!」


 アデルファの必死な弁明に、ヘレグはとうとう吹き出した。


 ヘレグが声を上げて笑う姿など、めったにあることではないので、さすがのアデルファもぽかんとして彼を見た。


「……ごめんね、笑ったりして。可愛くて」


 にこにこしているヘレグを真正面から見てしまい、アデルファはまた深海に沈みゆく船さながらに膝の上に突っ伏した。


 ――わ、笑った顔がわたくしより可愛いのは!?


 ヘレグと一緒にいると一日に千回は『なんて美人さんなの』と思い、幸せな気持ちになるが、笑顔になられてしまうとときめきすぎて死にかける。


 身もだえするアデルファの横に、突然ヘレグがやってきた。


 隣り合って座ったヘレグがアデルファの肩に手をかける。


「ヘ、ヘレグ様……?」

「こっちを向いて。隠さないでよ。もっとよくアデルの可愛い顔を見せてほしいな」

「むっ、無理ですわ! 絶対変な顔してますもの!」

「なんで? アデルはいつもかわいいよ。見てるとほんわかする」

「そっそんなの、絶対嘘……!」


 足先だけをじたばたしていたアデルファの両膝の裏に、ヘレグは「失礼」と言って、腕を差し込んだ。


「へっ? えっ? えええ~!?」


 視界がぐるんと回転し、あっという間にソファに仰向けに寝かされる。


 ヘレグはにこにこしながらアデルファの顔の真横に手をつき、覗き込んできた。


「これでよく見えるようになった」


 ややもすると押し倒されていると誤解されそうな姿勢を取らされて、アデルファは声にならない悲鳴をあげた。


 はからずもアデルファが見上げる形となったヘレグは、エルフ特有の薄笑いを浮かべている。感情の薄い彼らは、笑っていてもどこか冷酷で、サディスティックに見えてしまうのだ。


 なにかとてもいけないものを見た気持ちで、アデルファは心臓が爆発しそうになった。


 ――こ、これダメ! これダメ! 絶対ダメ!


 アデルファには夢があって、いつも冷静沈着なヘレグには、ちょっと意地悪な感じで可愛がられてみたいなぁ、みたいなことを、ときどき想像してみたりしていたのだ。


 無邪気なヘレグに、アデルファのどうしようもない妄想を善意で煮詰めてお出しされてしまったような状況だった。


「ご、ごめんなさい、離してください……」

「ダメ。だってアデル、嫌がってないもの」

「な、何でそうお思いですの!?」

「表情。目元も口元もゆるんでる」


 素直すぎる自分の顔面を、アデルファは軽くぶっ叩いて隠した。


「こら。アデルは自分の言ったことを覚えてないの? 恋人みたいに接してほしいって言ったのはアデルだよ?」

「さ、さようではございますが……!」

「いい子だから、隠さないで」


 アデルファがおそるおそる目だけ出して見つめると、くすくす笑うヘレグと目が合った。


 ――距離が近すぎ……!


 こんなの、下手に抱きしめられるよりも恥ずかしい。


「すごーく焦ってる。アデルは可愛いね」


 ヘレグの声が楽しんでいる風だったので、アデルファはどうしようもなくなった。


 ――だって好きなんだもの。


 ほんのり冷酷さを感じる微笑み顔で、弄ぶように指先で頬を撫でられ、アデルファは羞恥を通り越して、なんだかうっとりしてきた。


 ――す、好きにしてください、もう……


 投げやり気味に思考を放棄し、アデルファはヘレグが離してくれるまで、たっぷりと見つめあわされることになった。


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