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オペラがはねて


「面白かった?」


 上演が終わり、幕が下りたあと、ヘレグに聞かれたアデルファは、しみじみとつぶやいた。


「はい、とても……何度見ても泣いてしまいます」

「うん、すごく泣いてたね」


 そう言うヘレグはびっくりするくらい冷静だった。


「ヘレグ様はいかがでした?」

「よかったよ。古典的な台本だったね」


 ――古典的……って、褒め言葉なのかしら?


 それは本当によかったと思っている人の感想なのだろうかと、つい気になってしまう。アデルファはこの話の勇者様が大好きなので、ヘレグにもこうなってほしいという願望をちょっと込めて連れてきたのだ。


「どういうところが古典的でしたか?」

「えーと……そうだね。まず貴種流漂譚だったでしょ。それで、勇者が騎士道精神にあふれてた。愛と貞節を固く守る騎士の『恋と冒険』というジャンルは、昔から定番なんだ。とても人間らしい台本だったと思うよ」

「人間らしい……」

「人間味があるって言いたかったんだ。ごめん、変な風に聞こえたかな?」

「あ、いえ! すごい……その、ヘレグ様は色んなことをお考えなんだなって思って。それより……」


 アデルファは話題を変えて話を流しつつ、ぼんやりと頭の中で違うことを考えていた。


 ――面白かったとはおっしゃってくださらないのね。


 本当は退屈だったのだろう。


 そもそもエルフは感情が薄いというから、重い愛などもきっと理解不能に違いない。


 理解できないものを無理やり理屈で理解しようとしたから、キシュがリューヒョーとか言い出したのかと、アデルファはとてもがっかりしていた。


 ヘレグは一緒の馬車に乗り合わせ、隣の席に座るアデルファの頬に、手を伸ばして触れた。


「……たくさん泣いたね」


 優しい手つきで触れて、ひそひそと囁いてくれるヘレグに、アデルファの心臓はどうしようもなく痛みを覚える。


 ヘレグはこんなに素敵なのに、アデルファには、彼の心を動かせるような美点が何もない。


「まだ劇を引きずってる? なんだか悲しい顔をしてる」

「そう、かもしれません……」

「ふふ。可愛いねえ。今日は君のかわいい顔がたくさん眺められて、楽しかったよ」


 かわいい、ではなく、みっともない、の間違いではないだろうかと、アデルファは自虐的に考える。


「アデルは表情が豊かだから、見ている私も楽しくなってくるよ。上演中も、笑ったり、泣いたり、驚いたりしていたね。とても面白かった」

「うう……恥ずかしいです」

「隠さないでよ。もっとよく見せて」


 顔を手で覆っていたら、その手を優しく退けられてしまい、アデルファは情けない顔をさらすことになった。


「私は君を眺めているときが何より楽しいよ。なんだろう、この愛らしい生き物はって、いつもびっくりする」


 ――そ、そんなこと、真顔で言われましても。


 すべての種の頂点を名乗る天下のエルフ様にそう言われてしまっては、何様かと怒る気にもなれない。


 ちょっと唇をとがらせて、拗ねた顔をしていたら、ヘレグが目ざとく気がついた。


「……やっぱり浮かない顔だね。ねえ、今日、君はどうだった? 私と一緒にいて楽しかった?」

「もちろん、とても楽しかったです」

「本当?」


 アデルファは無理やりにでも笑顔を作った。


 今、少し落ち込んでいて胸が痛いのは、ヘレグのせいではない。全部アデルファが勝手に期待し、裏切られた気分になっているだけだ。


「私はいつも君に楽しませてもらっているけれど、私は楽しいお喋りなんかがとにかく苦手で、申し訳なく思ってるんだ。もしも君に、ちゃんとした人間の恋人がいたら、もっと喜ばせてあげられるんじゃないかと思うと……」

「そ、そんなの! 必要ありません!!」

「でも、恋人は多い方がいいものじゃない? 私のいとこ嫁も、いとことは別にたくさん恋人を作って、それは楽しそうに――」

「いりません!!!」


 アデルファは拳を作って訴える。


 ――どうしてヘレグ様は、すきあらば愛人をすすめてくるの!?


「私はよその人と仲良くするくらいなら、一分一秒でも長くヘレグ様とお話をしていたいです! ヘレグ様以外のお方なんて必要ありません!」


 力説するアデルファに、ヘレグは優しい顔で少しだけはにかんだ。


「そっか……分かったよ。それじゃあ私も、人間らしくなれるようにがんばるね」


 ――そ、そのお顔……! 反則……!


 つくづく罪深いのはエルフの血だ。ただでさえ綺麗なのに、やさしい顔になどなられたら、好きになってしまうではないか。


「ねえ、アデル。こんな私でも必要としてくれてありがとう。あれ、何だろう……私、嬉しいのかも」


 そんなことを言いながら手に手を重ねてくるヘレグの甘いムードにのまれてしまって、アデルファは全身がとろけるような錯覚に陥った。


 ――何、この、幸せな感じ……


 いつまでもこの気持ちいい感じを味わっていたい。


 アデルファは、馬車が永遠に家につかなければいいのに、と思った。


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