永遠の時間
ヘレグは幻の『王の花』を元に、『エルフの秘薬』を大きく改良させることに成功したらしい。
のちにアデルファは本人からそのことを聞かされることになった。
「テストも終わって、効果も実証済み」
「えっ」
「私が使ったわけじゃないよ。被験者を募って協力してもらった」
ほっと胸を撫で下ろすアデルファを、ヘレグが愛おしそうに見つめてくる。
「副作用はほぼないよ。もともとの『エルフの秘薬』には、エルフの身体的恒常性を一時的に弱める成分が大量に含まれてたんだけど、これがあらゆる面に悪影響を与えやすかったんだ。『王の花』は――」
ヘレグが解説してくれたけれど、アデルファにはまったく分からなかったので、ただうっとりと賢いヘレグの穏やかな声を聞いて満足した。
「とにかく、これでもう、問題はほぼクリアかな。あとはいつ式を挙げさせてもらえるかだけど、おそらく兄上たちの後になると思う」
「ヘレグ様のお兄様ももうまもなく結婚でしたっけ……」
「そうなんだ。まあ、長く見積もってもあと一年ってところかな」
大したことないと言わんばかりのヘレグに、アデルファはうつむいた。
その一年が、アデルファにはとても長く感じるのだ。
ヘレグはくすりと笑って、隣に座っているアデルファの肩をそっと抱き寄せた。
「ねえ、アデル。いつだったか、私に見せてくれた本のことを覚えてる? アデルが私に結婚をかわいくおねだりしてくれたときの」
「う……はい」
――式を挙げるのももどかしい。二人で誓いを立てたなら、それが結婚の証となりましょう。
アデルファが大好きなシーンに載せて、早く挙式がしたいとワガママを炸裂させたときの話だ。
あれから色々あったせいで、アデルファは思い出すとちょっと恥ずかしくなるのだった。
「ヘレグ様のご事情も考えずに、ひとりよがりなことを申し上げてしまって……」
「何を言っているの? 私は鈍いから、あれぐらいはっきり言ってくれないと分からないって何度も説明したでしょ?」
ヘレグはアデルファの肩を抱く手をずらし、頭をなでてくれた。
「でもさあ、アデルはずるいよね。とんでもないことをしでかすくせに、私は結局逆らえないんだ。だってすごくかわいいから」
親愛を示すようにこめかみへと唇で触れて、ヘレグは笑った。
「かわいいかわいいアデルのために、私もちょっと調べてみたんだ。エルフの慣習法でも、結婚は披露宴をしたかどうかに関係なく、二人で誓いあったらそれで結婚したことにしてもいいんだってさ」
「かんしゅう。……?」
「えーと、つまり、パーティしなくても、二人で『結婚しましょう』『そうしましょう』って約束したら、エルフの世界ではもう結婚したことになるみたいなんだ」
ヘレグは難しそうなことを簡単に説明してくれつつ、手持ちの荷物袋から小さな箱を取り出した。
紫に染めたベルベット張りの、頑丈そうな小箱。
いかにも大切なものが入っていそうなつくりだったので、アデルファはぴょこん! と身を乗り出した。
「ヘレグ様……それは?」
「開けてみて」
アデルファが固い蝶番を押し上げてパカッと開くと、中には金の指輪が二つ、並べてセットされていた。
「エルフは結婚のときに金の指輪を交換するんだよ。とりあえず、アデルと私と、おそろいで」
「ヘレグ様……! ありがとうございます……!」
ヘレグは台座から小さな方を一つ取って、アデルファの薬指につけてくれた。
「……君はもう覚えていないかもしれないけど」
ヘレグが昔を懐かしむようにそう切り出した。
「初めて会ったとき、アデルはまだ小さな女の子で……私も、よく女の子に間違われるほど子どもで……あのころ、私は……」
ヘレグがアデルファの手をぎゅっと握る。
「変な言い方かもしれないけど、君に出会って、世界が変わったような気がしたんだ」
アデルファもまた思い出していた。
あの日、アデルファはヘレグに目を奪われて、時間が止まったような気がしたのだ。
こんなに、夢のように美しい男の子がいるのか、と。
「私は末っ子で、周囲にも早熟なエルフの兄や姉か、大人しかいなかったから、アデルが初めて出会った人間の女の子だったんだ。……びっくりしたよ。なんだろう、小動物みたいな子だなって……猫とかウサギみたいな……小さくってよく動き回って仕草が可愛くて……そう、とにかく可愛い! って」
ヘレグが思い出を大切な宝物のように話してくれるので、アデルファはうっすらと頬が熱くなるのを感じた。
「私は人を『好き』って感情を、アデルに教えてもらったんだ。それだけじゃないよ、楽しい、嬉しい、美しい、愛おしい……キラキラした人間らしい感情は、全部アデルと一緒に過ごしているうちに覚えたものなんだ」
やわらかく目を細めて、ヘレグがアデルファを見つめている。
ヘレグはめったに笑わない。それに笑っていても、どこか冷たい印象はぬぐえない人だった。
こんなに甘ったるい表情をするようになったのはいつからだろうと、アデルファはふと思った。
「アデルに出会ってから、世界が変わった。今もずっと変わり続けてる。もう、君がいない未来なんて考えられない」
ヘレグはアデルファの顔を覗き込んで、真摯な態度で続けてくれる。
「君を愛している。私と夫婦になってくれませんか」
アデルファは感動でのどが詰まってしまって、しばらく返事ができなかった。
「……はい、ヘレグ様」
アデルファもまたヘレグの手をしっかりと握り返す。お互いの指先が、とても熱くなっているような気がした。
「わたくしも、ヘレグ様に初めてお会いしたとき、時が止まったように感じました。ヘレグ様はお笑いになるかもしれませんけど、ひと目惚れしてしまったので」
アデルファがおどけて言うと、ヘレグはふふっと、声にならないほどかすかに笑ってくれた。
「わたくしも、ヘレグ様のおそばにいられる、この瞬間が永遠に続いてほしいと思っております」
固く手を握り合い、見つめ合っての誓い。
最後に、ヘレグが首を伸ばしてキスをしてくれる。
いちゃいちゃと唇を合わせては離れてのキスは、いつまでも長く続いた。
これにて完結です。沢山の方のご閲覧、ブックマーク、ご感想ありがとうございました。
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