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19/20

キャンプ地で彼と


 ヘレグとの交際は順調に続いてはいたものの、次第に会えない日も多くなっていった。


 ヘレグは薬の材料が色々と揃わないらしく、山に行くだとか、森に行くだとか、様々な理由で約束をふいにしてしまうのだ。


 アデルファはその日もうちでふてくされていた。


 ――わたくしも連れていってくださったらよろしいのに。


 泊まりがけの遠征になるからダメだと言われてしまったが、婚約中なのだから、何の問題があるのかと思う。


 ――迷惑かけません、いい子にしていますってあれだけ申し上げましたのに……


 早く結婚したいとアデルファがどんなに願っていても、王家の側に色々と段取りがあると言われてしまっては逆らえない。


 アデルファの両親だって、ヘレグが相手ならきっとダメとは言わないだろう。エルフの彼が間違いなど決して起こさないことだって知っているはずなのだから。


 ――いっそのこと、内緒でついていってしまうのはどうかしら?


 アデルファは伏せていた机からがばっと身を起こした。


 ――そうよ、それだわ。ヘレグ様の付き人の男の子に紛れてしまえば、きっとバレないはず。


 両親には『ヘレグと旅行に行くことにした』と告げればきっと問題ない。


 アデルファはさっそく街の古着屋で王宮近衛兵の制服を手に入れ、ヘレグが話していた山のふもとに急ぐことにした。


***


 ヘレグたちは事前に話していた通り、ふもとの宿屋で入山のための準備をしていた。おかげでアデルファはすぐに見つけることができた。


 ――山の中に入ってしまえば、あとはバレてもこっちのものよね。


 アデルファは顔見知りの付き人の少年を捕まえ、事情を話しているところを、速攻でヘレグに発見されてしまった。


 なぜここにいるのかと問い詰められ、アデルファは計画を洗いざらい吐くことになった。


「……君がここにいる理由は分かったよ」


 困惑したそぶりを見せながらも、ヘレグはあくまで優しくそう言ってくれた。


 ――まさか紛れ込んで十秒で見分けられるとは思っていなかったけれど、お怒りではなさそうだし、結果オーライかしら。


 アデルファがにこにこしていると、ヘレグはひたすら困った様子で、こう切り出した。


「……とりあえず、家まで送らせるよ。大丈夫? ちゃんと帰れそう?」

「ええっ!?」

「ダメなら、私が家まで付き添うけど」

「どうしてですの!? わたくしも山に連れていってくださったらよろしいではございませんか!」

「……あのね、山には、アデルが期待するような、楽しい遊びとかはないんだよ。山の動物はオペラみたいに仲良く輪になって踊ったりはしないし……」


 ――ヘレグ様って、わたくしのこと、小さい子どもとお考えの節があるわよね。


「足手まといになるようなことはいたしませんわ! 何でもお手伝いいたします!」

「ううーん……でもね、アデルは女の子だから、慣れない山歩きはちょっと辛いかも……そうだよね?」


 ヘレグが助け舟を求めるようにして付き人の少年に話を振ると、少年は激しくうなずいた。


「僕たちもヘレグ様についていくのは厳しいです」

「私はこれでも半分エルフだから、疲れにくいんだ」

「めちゃくちゃ歩かされますし、荷物も半端ないですし、草の扱い間違えるとすごく怒られます」

「ね? だからやめよう、アデル」

「わたくしもがんばって歩きますし、荷物だって持ちますし、ヘレグ様がお探しのハーブも大事に扱います!」


 アデルファはヘレグをじっと見つめる。


 子犬のような上目遣いを心掛けていたら、ヘレグは小さくうめいた。


「……やめて、そんな目で私を見ないで」

「ヘレグ様が最近全然構ってくださらないから、わたくしは寂しくて死んでしまいそうなのです」

「そうは言っても」

「決してお邪魔はいたしませんから」

「でも……」

「ヘレグ様のおそばにいたいのです……」


 泣きそうな顔を作ったら、それがとどめになった。


 ヘレグは苦悶の表情で言葉を絞り出す。


「……分かったよ……」


 大喜びでヘレグに抱きつきながら、アデルファは心の中で舌を出していた。


 山用の装備と虫よけの薬を渡され、全身を隙間なく整えてから、アデルファだけは意気揚々と出発した。


 ヘレグは非常に渋い顔をしている。長い耳も心なしか下がっていた。


 何時間か歩いて、休憩に入った時も、アデルファはまだ浮かれていた。


「アデル大丈夫? 疲れていない?」

「全然平気でしたわ! 思ったより楽なんですのね!」

「もう少しペース上げても大丈夫そう?」

「もちろんです!」


 安請け合いしたアデルファだったが、すぐに後悔することになった。


 ――追いつくのがやっと……


 ときどきアデルファを振り返って様子を確認してくれるから、これでもまだペースを落としている方なのだろう。


「アデル、もう少しがんばれる? 日が暮れる前にもう少し高いところに出ないと」

「はい!」


 アデルファは無理して明るい返事をし、さらに急速度で山登りを続けることになった。


 そして夕飯が終わるころには、アデルファは一歩も歩けなくなっていた。


「あ、あ、あしが……」


 痛みでうずくまるアデルファの靴を、ヘレグがかいがいしく脱がせてくれ、疲労に効くという薬をすりこんでくれた。


「……すごいですわ! 全然痛くなくなってまいりました」

「よかった。それじゃ明日も早いからね。あったかくしてお休み……」

「ヘレグ様! ダンスいたしましょう!!」

「……ちょっと効きすぎちゃったかな?」

「やはりキャンプファイヤーといえばダンスですわよね!」

「希釈の加減を間違えたかもしれない。あのね、それは薬で痛みを一時的に消しているだけだから、今日は安静にしてね。もう動いちゃダメだよ」

「ではカードゲームを!」


 アデルファは張り付けたような笑みのヘレグから「ゲームのおともに」と手渡されたはちみつ入りのホットミルクで眠くなってしまい、カードゲームもそこそこに眠りにつくことになった。


 ヘレグがそばで見守ってくれながら、ときどき頭を撫でてくれていたような気がするのだが、朝起きたときのアデルファはほとんど何も覚えていなかった。


 日の出とともに出発し、さらに山を登る。


 お昼前には草が群生する湿地帯に出た。


「とても鮮やかな金色の草らしいんだ」


 と、ヘレグが求めている薬草について詳しく教えてくれる。


「『水鳥の冠』とも言われていてね。頭が綺麗な金色をした小さな水鳥が好んで食べているらしいんだよ。とにかく、光る草があったら教えてほしい」


 元気よく返事したものの、アデルファはちょっと不思議に思った。


 ――すごく目立ちそうな草なのに、手分けして探さないと見つからないものなのかしら。


 アデルファたちは手分けして探したが、まったく出てこなかった。


「やっぱり見つからないか……もう絶滅したのかもしれないね。地元の人に聞いてもそんな草は知らないって言うんだ」


 ヘレグがしょんぼりしている。


 ――見つかりにくいところに生えているのかも? 水鳥……高いところから見下ろすと、金色に光る、とか……


 アデルファはいてもたってもいられなくなって、大きな沼のほとりに生えている大きな木に飛びついた。


「ア……アデル!? 危ないよ!?」


 慌てたヘレグの声が聞こえるが、アデルファはこう見えて木登りなどは得意なのだ。


 アデルファはするすると枝に手足をかけて登っていった。


「降りておいで、アデル!」


 ヘレグがはるか下の方で必死に叫んでいるが、アデルファはだんだん楽しくなってきたところだったので、無視して大沼を見下ろした。


 大沼は青空を反映して、美しい青い色になっていた。

 葦や蓮のようなものが生えており、ところどころ緑の飛び地ができている。


 アデルファは水面付近を飛び回る鳥に、きらきらと頭が光る個体がいるのを発見した。


 ――頭が金色の水鳥って、あれね。


 その鳥が、大きな八重咲きの花の上に止まった。花弁が重なり合った中央に、どんどん潜り込んでいってしまう。


 せわしなく頭を動かしているため、真上から見るとキラキラと金色に光って見える。


 ――もしかして、あの花のことなのではないかしら?


 水鳥が花の蜜を吸いにせっせと花の中に飛び込むため、花自体が金色に光っていると誤解されたのかもしれない。


「アデル、本当に危ないよ、沼地の木は根の張りが浅いから倒木しやすいんだ!」

「えっ……」


 アデルファがドキリとした瞬間、急に木がぐらりとよろめいた。


 斜めに傾いでいく巨木に、アデルファは盛大な悲鳴をあげる。


 この高さから落ちたらいくらすばしっこいアデルファでも無事では済まない。


 手足を振り回して大暴れするアデルファのあがきもむなしく、あっという間に地面が迫ってきて――


 がしっと誰かに横抱きにされ、衝撃は免れたものの、アデルファは全身がビリビリした。


 ヘレグが間一髪のところでアデルファを抱き留めてくれたのだ。


「……危ないなあもう!」


 珍しくちょっと怒った様子でヘレグが言うが、アデルファは聞いちゃいなかった。


「王子様みたい~~~~!」

「アデルは知らないと思うけど、実は私、王子だったんだよ……」


 ヘレグが皮肉を言っているが、アデルファはお姫様抱っこでの救出劇に感激して有頂天になっていたので、全然気にならなかった。


 ヘレグの首根っこにかじりつき、ほっぺにちゅーを繰り返していたら、お怒り気味のヘレグもだんだん解けてきた様子で眉を下げた。


「アデル……あのね。言いたいことはいっぱいあるんだけど、とりあえずこれだけは言わせて。もう二度とアデルは山に連れてこないから」

「そんなあ! わたくし、ヘレグ様のお役に立とうと……!」

「どのへんが役に立ってた? 昨日のことから順番に思い出してごらん」


 ヘレグがいつになく辛辣だ。これは相当怒っているのかもしれない。


 しかしアデルファは手柄を立てたのだ。


「先ほど頭が金色の水鳥を発見いたしましたわ! お花の中心で蜜を吸っていたのですけれど、遠目には金色の花が咲いているように見えました! もしかして、『水鳥の冠』とは、あの大沼に浮かぶお花のことなのではございませんか?」


 アデルファが一息に説明すると、ヘレグは怒っていたのも忘れたように、真剣な顔で黙り込んでしまった。


「……採取してみよう。調べてみれば分かることだから」


 アデルファはそれ見たことかと思いながら、にっこりした。


「ヘレグ様、わたくしお役に立ちました?」


 ヘレグはまだ少し何か言いたそうだったが、やがて観念したように笑い出した。


「……うん、ありがとう。まったく、君には全然敵わないよ」


 ――アデルファが見つけて持ち帰った水棲植物は、のちに、『王の花』と名高い、幻の薬草であったことが判明した。


次回最終回です

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