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ショートストーリー  作者: 眠沢歌劇団
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3

僕の人生を物語に例えるならば、まだ起承転結の「起」の段階である。いや、「起」ですらないのかもしれない。とにかく、まだ何も始まっていないのだ。

もうすぐ、19歳。そして1年後には、20歳。

成人しているのに物語が始まっていないなんて苦しい言い訳は、絶対にしたくない。いい加減僕は、ペンを走らせるべきだ。


きっかけは、どこにだって転がっている。大学に受かったことも、勇人と一緒に食事をしたことも、柚と相合い傘をしたことも、全て可能性のひとつなのだ。誰にだって運命はあるけれど、それに甘んじてアクションをとらないのはあまりにナンセンスだ。





アルバイト初日の出来事を勇人に話すと、面白がって聞いてくれた。それから、トラブルにならない接客の仕方や、バイト先の同年代の人と上手く関わっていく方法を教えてもらった。

同い年で対等であるはずの勇人に色々と講釈を垂れられるのは耐え難いものだったが、バイトに関してのみいうならば、勇人が先輩で、僕の方が後輩。よって、大学に入ってから何もしてこなかった僕が悪い。




「それで、悠太はその子と仲良くなりたいんだ」



「まあね」




まあね、と、あまりに自然に口から出てきた言葉だった。自分でも意外なことだが、どうやら僕は一回しか会ってないにもかかわらず、既に柚のことが何となく気になる存在になっているみたいだ。




「まぁ、色々頑張れよ」




散々講釈を垂れた後、別れ際に勇人はそんなことを言っていた。勇人の言う「色々」の意味を完全に理解することは出来なかったが、曖昧に相槌を打って、1人になった。

家に帰ってからもその言葉の意味を考えて分かったのだが、思い当たる節は3つほどある。

大学の課題とバイトに、そして最後に、柚のことだ。

おそらく、勇人が「色々」と濁して言ったのは、最後の意味を含んでいたからだと、ひとりになって初めて気づいた。









雨がしたたり落ちる音で、目を覚まされた。時計を見ると、まだ午前の4時だ。深夜とはとてもいえないけれど、朝と呼ぶにはまだ暗い。 それでも僕はそんな状況で、いつも生きてきた。だから、午前4時というなんともいえない時間をやり過ごすのは、お手のもんだ。



バイトを始めてからというもの、こういったことが多くなってきた。昼夜逆転から健全な睡眠サイクルへの転換期といっていいだろう。

部屋のカーテンを開ける。道路はすっかりびしょびしょになっていた。どうやら、一晩中降っていたみたいだ。それでも、止まない雨はない。どんな土砂降りの雨でも、夜明けが来ればまばらになる。そしてやがて、止む。その時が来たら、散歩にでも出掛けよう。



この日の夕方、バイトに出掛けるまでに完全に雨は上がり、雲は流れた。眩しすぎるほどの夕陽に照らされた僕は、意気揚々とスーパーに向かっていた。

しかし僕は、重大なミスをやらかした。雨が止んだことを嬉しく思うあまり、その後の天気予報をチェックするのを忘れたのだ。

今は梅雨。案の定、バイトを終える頃には、外はざんざん降りになっていた。



いつもこうだ。難しい試練を乗り越え、ほっとしている間にまた次の困難が押し寄せてくる。天気が僕の人生をなぞらえているようで、どんよりと憂鬱な気分になる。

どうしたものかと、スーパーの出口付近で茫然としていると、背後から僕の名前を呼ぶ声がした。





「悠太くん、もしかして忘れたの?傘」



振り返ると、柚がたっていた。柚と会うのは初日以来だから、3日ぶりだ。今度はちゃんと、立派なピンク色の傘を持っている。

咄嗟に言葉が出ない僕をからかうように笑い、持っている傘を差してこちらに突き出した。




「じゃ、今日も一緒に帰ろうか!帰る方向同じだもんねっ!」




えっ、と、一瞬心臓が止まりそうになった。というのも、"帰る方向同じ"と言っている時に、やたらとにやけていたからだ。

そしてこの後、僕のその心配は的中していたのだということが分かった。





「あ、ありがとう!じゃあいこう」






「まった!」






動揺しながらも僕がこの前と同じ方向に進もうとすると、柚がそれを止める。驚いて顔を見ると、柚はいたずらっぽく笑っていた。






「私帰る方向こっちなんだよねー」





そう言って指差したのは、この前とは正反対の方角、つまり、僕の帰る方向だった。






「えっ、何言ってるの?だってこの間……」






「いいからいいから!」






そういうと彼女は無理やりにでも僕をそっちの方向に引っ張っていった。一体全体どういうつもりなんだろうか。意味が分からない。

歩いている間も、柚はぺらぺらと喋っていたが、頭が混乱していた僕にはそれをしっかり聞く余裕などなかった。

結局、柚は僕と一緒に歩き続けて僕の家の前まで来てしまった。





「えーと、じゃあ僕んちここだからまたね」






「おう!またねっ!密にならないように、天気予報には注意だね!」






柚はくるりと踵を返すと、濡れたアスファルトをぴしゃぴしゃと踏みつけながら来た道を引き返していった。

彼女がいなくなって、すぐに意味が分かった。柚はこの前僕がついた嘘を、見抜いていたのだ。





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