早熟
『だからお前はダメなんだ!気が利かない女だな!』
あぁまた始まった。母は父を怒らせる天才だ。そして馬鹿な女。
私は父が帰宅して機嫌が悪いのをすぐに察知した。
いつからだろう?怒りという感情に敏感に気づくようになったのは。
あのどろどろとした黒く、血の色のような背景。
会社で何か嫌なことがあったのだろうか?パチンコで負けたのか?
唯一の救いがあるとすれば、父は母に手を上げることはあっても子どもに手を上げることはなかったこと。
しかし、それが私が男という生き物に恨みを抱き、絶対に負けないという強い意志に雁字搦めになり、自分を苦しめることになるのだと知るのはもっと先のこと。
幼少期のことはあまり覚えていない。どこかに連れていってもらった記憶はあまりない。休みの日は家でダラダラと過ごすそういう家族だったのだろう。
私は人の目を気にする子だった。異常なほどに人に見られることに拒否反応を示していた。人の感情に心と体がナイフで切られていく感覚。
そして大人びた子でもあった。初潮がクラスの誰よりも早く始まった頃から私はおかしくなる。
精神のバランスが保てなくなるのだ。今思えばホルモンの乱れだったのだろう。
しかし、誰もそれに気がつきケアしてくれる人はいなかった。
どんどん成熟していく体…
『あぁ…はぁ』
隣の部屋で両親がセックスをしている声とギシギシとベッドが軋む音。
たまに聞こえる『やめて!痛い痛い!』という母の悲鳴。
今なら分かる、あの挿入時のメリッメリッという皮膚が切れていく痛み。きっと性欲の発散と怒りの解放の為に父は母を乱暴に扱った。
耳を塞いでも聞こえてくる情事の音。
いつからか私はオナニーを覚えた。保健の授業で習ったのか?ただ、触ったら気持ち良く落ち着いたからなのか?キッカケは覚えていない。
天気の良い日、川辺の公園。そよそよと心地良い風が吹く。
飼い犬の散歩はたまにしか行かない。人に見られるのが嫌だから。何より糞の始末をするのが恥ずかしかった。
『こんにちは。同じ犬種だよね?パグ可愛いよね。』
初めて話しかけてきた優しそうな20代のお兄さんは近所に住んでいた。土手に並んで座り何気ない会話を交わす。
『何歳?学校楽しい?』『俺は大学生で、サークルは…』
退屈でつまらない散歩もお兄さんに会えると思うと心が躍った。
何ヵ月か経った頃『あれ?最近はお兄さんいないな』
楽しみがなくなった私はあまり散歩に行かなくなった。
『続いてのニュースです。下校途中の小学生の男子の体を触るといった…』何気なく見ていた夕方のニュース番組。映像には近所の公園とあのお兄さんがうつむき、顔を隠すようにして映っていた。
『え?』
私の初恋は犯罪者だった。
次回に続く




