第三話 覇王の部屋
次の日。ここはどこだと焦った。昨日のことを必死に思い出した。ここは先生の家なんだ。
とりあえず、奥の部屋に行って、別の服に着替えた。髪型も整えて、部屋を出た。
昨日、先生がここは私の部屋って言ってたけど、こんなすごいところが自室って夢みたい。小さな女の子が目を輝かせるような家に住ませてもらってるなんて、幻を見ているようだ。
先生は私が本好きなのを知っていたのか、大きな本棚にたくさんの本が入っていた。一冊の本を手に取った。その本はとても分厚い恋愛小説だった。
しばらく本を読んでいると、部屋の扉が開かれた。先生が昨日と似たようなコーディネートで現れた。
「おはよう、愛恋」
「おはようございます……えっ?」
私は先生に抱き締められた。先生は私を強く強く抱き締めていて、離れられない。
「まだ、俺のこと怖い?」
「……怖い、ですよ」
「俺はもう君に傷なんて付けない。殺そうなんてしない。だから、安心して過ごしてほしい」
先生は体を離し、私の髪に触れた。そんな先生の顔はとても真剣で、元々の強面が相まって怖く感じた。
「俺の部屋に案内してやるよ。グロいのは許してくれよ」
「あっ、はい……」
グロいのは許してくれって何だよ。やっぱり、先生はサイコパスなのだろう。
私は先生に手を繋がれ、連れて行かれた。
連れて来られた部屋を見て、私は吐き気がした。
使い古され、腐敗臭が漂う人体。棚に並べられたたくさんのカラフルな薬品。危なそうな工具に、暴れる人体を入れるためであろう鉄格子の手狭な檻。とても残酷な物ばかりだ。
「ごめん、愛恋。やっぱ無理だよなぁ」
私は人それぞれの趣味には介入することはないが、先生の趣味に関してツッコミどころがたくさんある。まず、人殺しという趣味が最悪だ。それで人体実験とか……私は呆れて嘆息した。
「別に人の趣味に釘は刺したくないですけど、これは最悪です。先生って優しそうなのに悪趣味なんですね」
「あぁ……まぁな。人間は不思議な生き物だからさ」
「あまり理由になってない気がします」
私は冷静にツッコミを入れると、先生は苦笑いを浮かべ、照れ臭そうに頭を掻いていた。
「ってかさ、もうちょっと心開いてくれない?」
「無理です。今ので更にドン引きですよ」
私がそう言って睨み付けると、先生は悲しそうに俯いた。何でこの人は、私と一緒に住みたいなんて思うのだろうか。
『先生、辛いんです。もう限界なんですよ。これから生きていくのが怖いんです』
誰も居ない家庭科室。担任の先生は優しく相談に乗ってくれたため、ここで二人っきりなのだ。
彼は微笑んで私の頭を撫でた。
『誰もがたくさんの痛みと戦って生きている。でも、必ずしも一人ではないことを忘れるな。今まで一緒に乗り越えてきた過去の自分がお前を陰で支えている。死にたければ死ねばいい。それが出来ないなら、頑張って生きてみよう。夢みたいに幸せな日々が待ってるから』
彼の言葉は優しく、重たい。そんな言葉が私の胸を貫いた。
先生は涙を流している私を優しく抱き締めてくれた。その温もりがとても心地良かった。
『愛恋、自分に自信を持て。お前は誰かの生きる希望になっているんだから』
あの時のことを唐突に思い出してしまった。先生はそんな私に気付いていたのかのように優しく私の頭を撫でてくれた。
「愛恋、急に暗い顔すんな。グロ過ぎて見ていられなくなったか?」
私は俯いて、ゆっくりと首を縦に振った。
「今日の夕食はベジタブルにしようかなぁ。さすがに肉食う気ねぇだろ?」
「うん……」
「早くリビングで飯食おうぜ。なぁ、俺のお姫様」
「えっ……」
先生が笑顔で手を差し出してきて、私は戸惑ったが渋々と手を取り、先生の気持ち悪い部屋を出た。