008「蒼炎の悪魔」
「じゃあなーーーチビ! フレア・バーニングっ!!」
チンピラの右手から直径三十センチ強にも膨れ上がった『火の塊』が俺に放たれ、モロに着弾した!
ゴォオォォォオッッーーーーーー!!!
チンピラの放った火属性魔法をまともに食らった俺は大きな赤い炎に一瞬にして包まれた。
「アハハハハハハ! 燃えろ、燃えろーーーー! 死ね、死ね、死ねーーーーークライブーーーーー!!!!!」
ザボンが炎に包まれている俺を見て狂喜乱舞する。
「あれ~? 魔物でもまともに食らったら断末魔を上げて苦しみながら死んでいくのに……もしかして、あんなに大きな炎を食らってショックで死んじゃった? つまんね~な~……」
チンピラは悲鳴を上げない俺につまんなそうな顔をする。
誰もが、クライブが絶命したと思っていた。
――しかし、
「ん? な、なんだ……?」
魔法を放ったチンピラが『異変』に気づく。
「お、おい……な、なんだ、あれ……?」
「あ、赤い炎が……青い炎に……少しずつ飲み込まれて……いってる?」
次に、手下のチンピラ二人がその『異変』に気づく。そして、
「な、何だぁぁ~~?! 赤い炎が完全に青い炎に飲まれたぞ?!」
ザボンがその『異変』に驚く。
そして、最後に、
「あ、あれ……? な、なんだ……? 全然……熱く……ないぞ? なんだ、これ?」
青い炎に包まれたクライブが火傷どころか、涼しい顔をしてそこに立っていた。
「な、ななななな……なんだぁぁぁ~~~~っ!! どどど、どういうことだよぉえおあぁぁあ~~~っ!!」
ザボンが目の前の状況に理解できず、狂ったように叫ぶ。
そして、その横にいるザボンの手下の二人はただその光景に茫然とし、同様にチンピラ二人もまたその光景に面食らっていた。
しかし、そんな中、ただ一人だけ…………その光景に心当たりのある者がボソボソと恐る恐る口を開く。
「あ……ああああああああ……悪魔……蒼炎の…………悪……魔」
ついさっきまで、つまらなそうにしていたチンピラのリーダー格であり、火属性の中級魔法『フレア・バーニング』を放った男が声だけでなく、体もガクガク震わせ恐怖に顔を引き攣らせていた。
「そ、蒼炎の悪魔……? な、なんだ? 何なんだ、それはぁぁぁぁ~~~っ?!」
ザボンがさっきまでの歓喜に満ちた顔が一気に焦りの顔に変わり、取り乱しながらそのチンピラに問いかける。チンピラはガクガク震えながら、ゆっくりと話し出した。
「い、『忌み子』…………つまり『魔力縛り』に罹った子供は通常、その膨大な魔力に喰われ命を失うと言うが、その『膨大な魔力』の正体というのが……一万年前、ヴィセビア神が倒した悪魔らしく、その悪魔は……『蒼炎の悪魔』と……呼ばれている……その正体は……」
「い、一万年前? ヴィセビア神が倒した悪魔? お、おい、それって、まさか……」
「……『魔王ゾルティゼア』」
「まっ!?…………魔王ゾルティゼアだとっ!?…………そ、そんな……」
ザボンが信じられないという表情で固まっている。
しかし、チンピラはそんなザボンをお構いなしに話を続ける。
「お、俺は仕事がらいろんな『始末事』をしてきた。そんな『始末事』の稼業をやる人間である俺たち『始末屋』にとって少しでも長く生きられるには『情報』が大事だ。特に、そんな『情報』の中で一番大事な情報が『触れてはならないもの』……つまり、『避けるべき相手の情報』だ。その中で『最も避けるべき相手』と言われているのが……この……『蒼炎の悪魔』だ」
「ぐ……っ?!」
ザボンが青ざめた表情で絶句する。
「こ、これまで『魔力縛り』に罹った『忌み子』として生まれた者は何千人といたが九割以上は『蒼炎の悪魔』に命を喰われて絶命したという。だが……」
「だ、だが、なんだ…………なんだというんだぁぁ……っ!!!」
「だが……約一割の者たちは『蒼炎の悪魔』に命を喰われることなく生き延びたらしい。そいつらを『蒼炎の悪魔持ち』という……」
「そ、蒼炎の悪魔……持ち……」
「その『蒼炎の悪魔持ち』らは魔王ゾルティゼアの力の一部を持っているらしく、その力は人間の力を遥かに凌ぐらしい。そして、その『蒼炎の悪魔持ち』たちはヴィセビア神を崇拝する人間たちを抹殺するべく世界を大混乱に陥れたという。だが、その時、当時の『ヴィセビア神』を信仰する国同士が結束し、その『蒼炎の悪魔持ち』たちを絶滅させた……」
「な、なーんだっ! 絶滅したんだろ? だったら……」
「……と表の歴史には記されている。しかし、実際はそうではない。『蒼炎の悪魔持ち』たちは絶滅寸前まで追い込まれたが数人は今も生き延び、この世界に存在している……」
「なっ?! バ、バカな……!! 歴史が『嘘』だとでも言うのかっ?!」
「ああ、そういうことだ。実際、稼業仲間で『蒼炎の悪魔持ち』に出会った奴らを数人知っている。そいつらから聞いた情報だ。まず、間違いない」
「そ、そ、そんな……」
「そして、そいつらが口を酸っぱくして言っていたのが…………」
「ちょ、ちょっと兄貴……ま、まさか……」
「や、ややや、やめ、やめろよ、リーダー……」
「や、やめろ!?……言うな……言うんじゃないっ!! 言うんじゃないぞぉ!! これは何かの間違いだ……だから、だから……これ以上、口にするのは…………やめろぉぉーーーーーーっ!!」
・
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・
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「……青の炎を見たら逃げろ」
「「「「「!!!!!!!!」」」」」
恐怖と驚愕に目を見張ったザボンやその他の者たちの視線が一斉に『青い炎に包まれているクライブ』へと向けられる。
「何だろう……うん。すごく心地良いというか、何というか…………その……うん……今なら誰でも…………簡単に殺せる気がするよ」
――瞬間、クライブの青の炎がゴォッとさらに高く吹き上がる。
「「「「「「ひぃぃぃぃっ……!?」」」」」」
俺に魔法を放ったチンピラは完全に戦意喪失しており、それどころか今の俺の軽い威圧をかけた言葉に完全に腰を抜かしたようで恐怖に顔を引きつらせながら地面にへたり込んでいる。そして、他の者もまた、今の俺の『威圧』でその男と同様、恐怖に震え腰を抜かしていた。
だが、そんな中、ザボンだけは恐怖に体を震わせへたり込んでいながらも俺に抗うべく、ギリギリと歯を食いしばりながら睨み続ける。
しかし、形勢逆転した状況の俺も実は冷静ではなかった。
というのも、さっき、自分が自然と口にした言葉……『今なら誰でも殺せる気がするよ』という言葉に驚いたが、次第に体の内からその衝動……『人を殺す』という衝動がジワジワと増しているのがわかる。しかも、その衝動に流されようとすればするほど、これまでの自分にはなかった『圧倒的な力』が体内を駆け巡り『何でもやれそうな気がする』ほどの『全能感』が体を包み込む。
「おそらく、『バーサーカー』ってやつの中身はこんな感じなのかもな~……」
などと呑気なセリフが出るくらいに、もはや、さっきまでの絶体絶命の『窮地』からは完全に離脱し……それどころか、この場を完全に掌握し余裕に満ち足りた状況に変わっていた。
「ク、クライブ………………クライブぅぅ~~~~~~っ!!!!!」
逆に……『こんなはずではなかった』という言葉が出てきそうなほど、怒りのオーラをぶつけてくるザボンであったが、しかし、その怒りに満ちた表情とは裏腹に体は正直なのか震えが止まらないようだった。
「ザボン。お前さ~、九歳のガキのくせに何…………人間一人、殺そうとしてんだよ」
ビクッ!
俺の更なる威圧に、いよいよ怒りの表情から絶望に満ちた真っ青な表情へと切り替わるザボン。
「あ、ああああ、あの、あの…………」
もはや、まともに喋ることさえもできないようだ。
「お前、俺を殺そうとしたよな? てことは…………自分も殺される覚悟はできてるってことだよな?」
お、俺は何を言ってるんだっ!?
俺は自分がザボンに吐いた言葉に恐怖を覚えた。
そんなこと言うつもりなどまったくなかったのだが、気づくと、口が勝手に動き、そんな物騒な言葉を言い放っていたからだ。
「も、もしかして……この『怒り』や『残虐性』はあの『長髪男』の……『蒼炎の悪魔』の……『魔王ゾルティゼア』の感情ってことなのかっ?! てことは、このまま、この『圧倒的な全能感』に身を委ねたら……俺の人格が…………消える?」
そう考えた俺は、一度深呼吸し、同時に『グッ!』と気を張った…………しかし、その『全能感』や『怒り』『残虐性』の増殖は止まらない。
そ、そんな……っ!?
俺は体内の『蒼炎の悪魔』の衝動を制御することができなくなっていた。それどころか、
「くっ?! い、意識が……」
今度は、いよいよ意識部分にもその『衝動』が広がってくる。そんな俺の意識が消えそうな頃、外の俺はザボンに、
「今度は俺がお前の命を奪ってやるとしよう。まあ、しょうがないよな。だってお前から仕掛けてきたんだしさ……うん、しょうがない、しょうがない♪」
まるで人の命を弄ぶかのように、弾けるような笑顔でへたり込んだザボンの髪を鷲掴みし、片手で持ち上げる。
「う……うあ……や、やめ……やめて……やめてくださいぃぃぃ~~!!!!」
「え~~っ?! 冗談キツイって!! さっきまで散々、俺をチンピラに無茶苦茶殴らせて楽しんでた奴がそれは無い無い……無いってぇ~~!!」
俺は陽気に笑いながら、空いている右手の平を空に掲げ『青の炎の塊』を作り出した。それはどんどん膨れ上がりあっという間にチンピラが放った火の弾の直径三十センチはゆうに超えていた。そして、それは止まるどころかさらに大きさを増していく。
「うん。まあ、こんなもんかな? それじゃあ、ザボン君には君の仲間が放ったのと同じ『フレア・バーニング』を撃ってあげよう。ま、さっきのチンピラが放った『フレア・バーニング』の数十倍の威力って違いはあるけどね♪」
「あ、ああああああ……やめて、やめて、やめて、やめて……」
「だーめ♪」
そして、まさに今、クライブがザボンに向けて直径三メートルにも膨らんだ『青の炎の塊』をぶつけようとした……その時、
「そこまでだっ! クライブ・W・フォートライトっ!!」
声のほうにクライブが視線を向ける。すると、そこには一人の四十代くらいのおっさんが立っていた。
ストックが底を突きました。