表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

ジャグリングしてた旅芸人、カラまれてる所を助けてくれた王族が魔主候補生にしてくれたんだけど、もっとカラまれるようになっちゃったんでテッペン目指します

よろしくお願いします!

「魔主と魔従は魔街を統べる」

~ジャグリングしてた旅芸人、カラまれてる所を助けてくれた王族が魔主候補生にしてくれたんだけど、もっとカラまれるようになっちゃったんでテッペン目指します~


OrihaCAt




どこまでも続くかの如く空高らかに泰然と、いつまでも続くかの如く伸びやかに、ただただ悠然と僕の視界を支配しているのはサカキヒラ魔国なんて名前で呼ばれる街。

街?

いや、それが本当に街と呼んでいいような代物なのかどうか僕にはいまいち判断がついていない。見た目はどうやったって、どう繕ったって街なんかぁじゃあない。したら何なのかと問われれば僕は間違いなくこう答える。

――これは塔だから、と。

土地の占有面積自体は本物の街並みにだだっ広いから、酷くメタボリックに肥大した塔ってところだろうか。そんな外観を見て、ここの住人でもない僕が『はい街ですね』と頷けるはずもない。だいたいからして、ここの住人はほんの数人だけしか見かけていない。これでは街どころか村とすら呼べないのではないかとすら思えてくる。

このサカキヒラ魔国という塔……まぁ、百歩も千歩もゆずることにして街と呼ぶことにはしておくとして。とにかくここは十一階建てだ。十一階建ての街だ。街なのです! 僕がいる一階は――なんて言ったらいいのか表現しにくいのだけど、天井も壁もある室内なのに、公園や広場なんて屋外にあるような公共の場所が点在していたりして、端的に言って、酷く違和感を覚える場所だ。

そんなところで僕が何をしているのかというと、観光に来ているなんてことは当然ないわけで、すなわち僕の目的は――

「へぇ、なかなかのもんじゃないか」

 それは、僕から数メートル離れた位置に腰を下ろしている魔主候補生の少年だ。

 そう。ここは魔主になるための候補生が集う魔主のための街。

『魔主育成街・サカキヒラ魔国』なのである。

 だから、もちろん僕も魔主を目指してここにいる――なんてのは嘘だ。魔主には、なろうと思ってなれるものではない。こればっかりは個人の意志や能力だけではどうにもならないものだ。魔主になるには、どうしても不可欠であって、どうにも不確定な条件が一つだけ必要なのだけど、僕はその条件を満たしていないから、魔主でもその候補生でもないのだ。

 じゃあ、どうしてこのサカキヒラ魔国にいるのかって?

 それは簡単。

 仕事、だ。

「おい、もう一本増やしてみろよ」

 さっきの魔主候補生が僕にそう要求してきた。

もちろん僕はその要求に笑顔で答える。

「はい。では――」

 そう言いながら素早く横にあるテーブルの上からナイフを一本掴み、僕はそれをそのまま中空に投じる。

「これで七本ですね」

 笑顔で続ける。

 僕が何をしているのかはこれで十分に理解出来たと思う。つまりは、ナイフを使ってジャグリングをしているわけだ。

これが僕の仕事。

そして、ここにいる理由。

僕は旅芸人の一座に所属していて、そこの団長の指示でこの街での興行をしている。僕以外の団員も僕のようにこの近隣の街に散って興行をしている。僕の所属する旅団はそういうところだった。

「……おい、もう一本増やしてみろよ」

「はい」

 今度は返事をするだけで要求に答える。

 このナイフのジャグリングは一歩間違えばケガをしかねないような芸当だけれど、僕には呼吸するのと変わらないことだった。いや、そうなるようになっていたというのが的確か。何か一つ。何か一つでもそういった芸を出来なくては旅団にいられなかったからだ。そして、もし旅団にいられなかったら、僕は今生きてはいない。孤児で、親もなく、身寄りもない僕には生きるための術としてそれが必要だった。だからそれを身につけた。それだけのことだ。

「じゃあ、もう二本増やせよ!」

「はい」

 片手で二本のナイフを掴み、ムキになって要求してくる魔主候補生に笑顔で答える。

 簡単なことだった。

 死の恐怖に怯えるよりも、生の苦しみに抗うことの方が断然楽だった。だから、僕は十本でも二十本でもジャグリングでナイフを扱うことが出来る。

「……ちっ」

 でも、その余裕が気に障ったのか、魔主候補生の少年は僕のジャグリングを見ていてもちっとも楽しそうにしてくれない。他の街では大人も子供も老若男女を問わず、楽しそうに見物してくれるのに、この少年は――いや、この街の人間は誰一人として笑顔にはなってくれなかった。

「チップだ」

 不愉快そうに少年は銀貨を懐から取り出した。

 僕は油断したんだと思う。

お金を貰えるのが嬉しかった。だけど、それ以上に『チップ』を貰えることが嬉しかった。チップという言葉は褒美と言い換えていいようなものだから、それがとっても嬉しく思えて、営業用とは違う心からの笑顔に僕はなっていた。

 だけど、世の中っていうのはそんなに優しいばかりのものではなくて――

「ほら、よっ!」

 そう言って投じられたチップは中空にあるナイフの一本を弾き、その軌道を変える。

「あっ」

 と思った瞬間にはその一本が僕の眼前に迫っていて、僕はその刃の餌食になる――なんてことにはならなかった。商売道具のナイフでケガをするなんてことは、僕にはありえない。左手に戻ってきたナイフを瞬時に右手に持ちかえ、反射的にその一本を弾き返し、残りのナイフも次々に弾き返していく。

「……あ」

 そこまでが完全に反射だった。

 だから、目に飛び込んできた光景が視神経を伝わり、脳髄にまで至り、その状況が理解、把握、整理されるまでに数秒かかってしまった。

「き、貴様っ!」

「……」

 頭の中が真っ白になった。

 僕の弾いたナイフは銀貨を投じた魔主候補生の足元の地面に綺麗に横一列に突き刺さっていた。ケガはさせなかったものの、謝って済むような様子ではない。

「いや、あの……」

 思わず口ごもる。

 僕は争い事が嫌いだ。血を見るのが怖い。だから、必死で言い訳を探し、頭をフル回転させた。だけど、出口が見つけられない。何しろこうなった原因は目の前の少年だ。それを指摘すれはさらなる怒りを買うことになるだろうし。かといって、僕に非があるという主張も、顔をピクつかせるほどに怒気をはらんだ視線で僕を睨みつける彼の心を静めるにはいささか心もとない。

 そんな混乱状態で何も言えずにいた僕に罵声が浴びせられる。

「下民が! 魔主候補生様に向かってナイフを投げつけるとは良い度胸だな」

「いや、投げつけては……」

「弾き返したと言いたいのか? ふざけるな! どちらでも同じだ!」

「あの、そうじゃなくて、その、わざとじゃないんです……」

「黙れ、下衆が! わざとだろうが、そうでなかろうが、結果が全てだ。お前は俺を危険にさらした。ルーシーが何もしなかったら掠り傷くらいはしていたぞ」

 魔主候補生の少年の後ろから金髪の少女が遠慮がちに顔を覗かせている。おそらく、彼女がルーシーであるのだろう。

「つまり、貴様の未来はこう決まったわけだ」

 少年の顔が引きつりながらも楽しそうに歪む。

 僕は口の中の僅かな唾液を、喉を鳴らして嚥下した。

「処刑だ」

 その言葉に僕は愕然とした。

 僕は争いを望んでいない。だけど、目の前の人物はそれを望んでいる。全くの真逆の意思であるから、噛み合うことはないはずだが、その対立する意思を解決するのはやはり争いでしかなくて、結局のところ相手の意思が通ったことになってしまう。そんな矛盾した結果しか訪れないことに僕は肩を落とした。

 もう、諦める以外にないのかもしれない。

「まずは――」

 その言葉に反応した、地面を見つめていた僕は顔をあげた。

「お返しだ!」

 瞬間、訪れたのは迫りくる一本のナイフだった。

 とっさに僕はそれを手の平で受け止めようとして、目を疑った。

「なにっ!?」

「え、これって、え?」

 魔主候補生の少年の方も不可解そうな顔をしていたけど、僕の方はそんなどころではない。これは世界の物理法則とか、時間の概念とかそんなのを完全に無視していた。

 ナイフは僕の手の平の直前の中空で停止していたのだ。停止していたのだ。思わず二度言ってしまうほどにあり得ない状況だ。

「ここから先はわたしが預かります」

 それが、彼女との出会いだった。

「なんだと?」

「あなたのような人間をわたしは嫌いです。放っておけません。だから、これ以上はわたしが許しません」

 綺麗――というよりは、とても可愛らしい少女だった。花で例えるなら、バラとかそういった大人びたものではなくて、パンジーとかスイートピーとかそういった類のものだ。

「何様のつもりだい、お嬢さん?」

 丁寧な口調であるのに、威圧感と傲慢さを内包した語調。

「何様でもありません。わたしはイルゼ。イルゼマリ・カガミフラ。『魔従』です」

「なに?」

 魔主候補生の少年――ああ、そういえばまだ名前も知らないな――はさっきまでの高慢な態度とは打って変わって真摯でキリリとした表情で、イルゼなる少女を見つめている。

「……さっきのが貴女の仕業であるのなら、間違いなく貴女は『魔従』なんだろうな。だが、その貴女がこの場にしゃしゃり出てきてどうしようと言う? まさか、その愚昧な旅芸人をかばおうとでも言うんじゃないだろうな?」

「その通りです」

 イルゼは背中に垂れ、地面にまで届きそうなくらいに長く伸ばされた柔らかそうな銀髪を右手で軽くかきあげながら言った。

「わたしは、この少年をわたしの主にします」

 何を言っているのだろうか、このイルゼさんとやらは?

僕には全く事態の推移が理解出来ていないし、今の言葉の意味も分からない。

「あなた、名前は? 教えてくれない?」

「え? あ、僕はスミス。スミススム・ハヅキトラだけど……」

「そう。スミス……。いい響きの名前ね。気に入ったわ」

「あ、うん。ありがと。って、そうじゃなくて、意味が分かんないよ! 魔従って何? 僕が君の主ってどういうこと?」

「え? ……ああ、そうね」

 なんだか一気に流されてそのまま進んでいってしまいそうな展開を、僕は必死で自分の目の前まで引き戻した。

「旅芸人さんは、一つ所に留まらない旅暮らしですものね。知らなくても仕方ないのかもしれませんね。詳しくはまたお話します。ですから、今は簡潔に」

 そう言ってイルゼはとっても素敵に微笑んでくれた。なんだか別に説明なんかどうでも良くなりそうだったけど、さすがにそれはしなかった。

「魔従とはあなたたちに分かりやすく言えば魔術師のこと。そして、魔術師の主というのが魔主のことよ」

 本当に簡潔であったけど、それで僕の中でグチャングチャンのバランバランに散らばっていたピースがある程度の形を成し始めた。

 つまりは、イルゼは僕を魔主に指名しようと言っている。

 なぜ、そういう解釈になるのかと言うと、魔術師の存在がその理由になる。

魔術師、てのは読んで字の如く魔術を使う人間を指すわけだけど、サカキヒラ魔国における魔術は、物語の中のように火とか水とかを操ったりとか、変な薬を調合したりとかするものじゃない。魔術はもっと単純で純粋な精神的な力だ。先天的に備わった圧倒的なプレッシャー、魔力と呼ばれるそれを用いて他者に衝撃を与えることが出来る。さっきの僕を襲ったナイフの空中停止現象もおそらくイルゼのそれによるものだろうし、僕が弾き返してしまったナイフが綺麗に地面に並んで突き刺さっていたのも、偶然なんかではなく、主を護ったルーシーってコの魔術の結果だったんだろう。

でも、それだけじゃあ、魔主との関係性については何の説明にもなっていない。だから、ここからが重要になってくる。

魔術師に出来る二つ目の魔術だ。それが、大いに魔主と関連してくる。

魔術師は、契約した魔主と己の魔力をリンクさせ、その者を魔術的にも物理的にも守護することが出来るのだ。

すなわち、魔主に従う者、魔従なのである。

 つまり、魔術師――魔従が指名した人間には魔主になる権利、いや義務が与えられる、というわけだ。

「え、と。どうして、僕を魔主に?」

 思わず聞いてしまう。

 どう考えても理由が分からない。

「……それも、後ほど」

 それだけ言って、イルゼは僕の前に立ち、毅然とした態度で僕を見上げている。

「では、さっさと始めますね」

「え? 始めるってなに、うぷっ!?」

 言い終わる前に、僕の唇は柔らかい感触に支配されていた。

 そう。

 イルゼは僕の頬を両手で優しく包んで、僕の唇を彼女の唇でふさいでいた。

「んぅんんんんーーっ!」

 余りの出来事に僕はパニックに陥り、イルゼを両手で突き飛ばしてしまった。

「……何をするのです?」

「何って、それはこっちのセリフだよ!」

「感じませんか?」

「か、感じって、何を……」

僕は言い終わるよりも早く胸の奥から湧き上がる、紅蓮の業火の如き躍動を感じていた。それは、とても力強く、誇り高く、でもどこか儚げな、そんな疼きだった。

「これは?」

「それが、魔従と、魔主との繋がりです」

 イルゼが丁寧に僕に言う。

 僕は熱っぽく目の前の少女を見つめていた。聞いておいてなんだけど、そんなことは僕には分かっていた。どうして分かったのかは口ではどうにも説明しにくいのだけど、イルゼの心が僕の中に流れ込んできた。そんな感じだ。

「本当に契約しやがった……」

 その声で僕は我に返って、声の主を見た。

「しちまったもんは仕方ないな」

 お?

 僕は思わぬ展開に顔をパッと明るくさせる。つまりは、処刑とやらはなくなって、このゴタゴタは解決してくれるのだ。ホッと胸を撫で下ろし、安堵の吐息を洩らす。

「ならば、こうするのがセオリーだな」

「え?」

 その言葉の意味を理解するより早く、僕は自分の胸にパサリと当たった何かの感触に驚き、視線をやると、布切れが重力に逆らうことなく地面に落ちていくところだった。なんだか、その不思議な光景が妙に心を落ち着けてくれて、今起きたことの意味を問うだけの冷静さを僕に与えてくれた。

「あの、これは一体どういう?」

「……」

 ちらりと隣に立つイルゼの顔を盗み見ると僅かに眉をしかめていた。

「分からないか?」

「え? あ、はい」

「ならば、教えてやる。それは俺の手袋だ」

 そう言って素手になった左手で僕の足元を指さす。

「は、はぁ。そうですか」

 だからどうしたと言わんばかりに僕は引きつった笑いを浮かべてしまう。

「貴様! 馬鹿にしているのか? その顔は俺をバカにしているのか?」

「あ、いえ! けしてそんなことは!」

 必死で僕は弁解したが、わなわなと震える目の前の少年には通じなさそうだ。

 ああ、どうしよう……。

 なんて思っていると、

「ラルフ、彼は九民。説明してあげたら?」

「ルーシー……」

思わぬところから助け船が出た。

魔主候補生の少年の後ろに控えめに立っていた少女、ルーシーが口を開いたのだ。

「ふん。お前に言われんでも分かっている」

少年は一つ溜め息を漏らして、僕に向き直った。その瞳にはさっきまでと違った恐ろしいほどの気迫がこもっている。

「魔主が――」

 いつの間にか僕の目の前にしゃがみ込んでいたイルゼが白い高級そうな手袋をつまみ上げる。

「魔主が魔主に向けて己の手袋を投げつけるという行為は、ね」

「は、はい」

 無表情に僕を見上げるイルゼを見て、僕は緊張した。

「決闘の申し込みを意味しているんだよ」

「……え?」

 一瞬、というか完全にその言葉の意味を僕は飲み込むことが出来なかった。

「そういうことだ」

 魔主候補生の少年は、大きく息を吸い込み、

「魔主候補生、ラルフミオ・キシイラは貴様に決闘を申し込むっ!」

 と、叫んだ。

 ……頭痛がしてきそうだ。

すでに目眩はしてきている。


☆登場人物☆


(サ)九民  旅芸人   怠魔族(アケディア)    〇 スミススム・ハヅキトラ♂

(サ)二王  魔従    傲魔族(スペルビア)    〇 イルゼマリ・カガミフラ♀

(サ)二王  魔従    欲魔族(アヴァリティア)  〇 ルーシーミナ・ソガフラ♀

(サ)五爵  魔主候補生 欲魔族(アヴァリティア)  〇 ラルフミオ・キシイラ♂




ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ