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拾い山 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ねえねえつぶらやくん、聞いた? 前に遠足に行った山でさ、クマが出たんだって。

 実際に人の被害は出ていないようだけど、こうなると来年以降は、あそこが遠足の候補に挙がることはなくなっちゃうんだろうか?

 先生から聞いたんだけど、ここ十数年の間は、あそこでの遠足が定番になっていたらしい。変更、となれば先生たちも悩むかもね。君はどこか、行ってみたい場所とかあるかい? 万が一採用されても、実際に行くのは、僕たちの次の学年の子たちになるだろうけど。

 こういうのを「隔世の感」というんだっけ? 自分たちの世代と別の世代じゃ、話題や考え方に差が生まれてしまう奴。今はこうして遠足に行く場所の違い程度で済みそうだけど、生きていくうちにどれだけの違いが、身に沁みることになるんだろう。

 僕たちの常識も日進月歩で変わっていく。僕たちが親になるころ、僕たちがそれまで培ってきた常識は、通用する世の中であってくれるだろうか。


 僕はそう考えると、少し怖いなあ。何十年も抱いていたことが、「実は偽物でした」なんていわれてひっくり返されるなんて……「ウソにすがっていた、僕の数十年を返して!」と言いたくなる気分だ。

 願わくは、僕が生きている間、その常識がひっくり返されるうような事態が起こらないことを。「自分は正しい考えを持っていた。持ち続けていた」という安らかな幻想を抱いて、死んでいきたいもんだ。

 ――弱い者の考えだ、と思うかい?

 取材として、真実を知りたいと思う君としては、腹が立つかもね。

 でも、真実とか常識が変わっていなかったら、どこかで血筋が途絶え、僕たちは産まれていない恐れだってあるんだよ?

 その不可思議な真実についての一話。僕からも贈ろうか。

 

 とある商家の大旦那。彼は自分が隠居する際に、現役の時期で稼ぎ、使い残した金の内、後継のために必要なものを確保。残りを全て自分が持ったかと思うと、人里離れた山間に新しく屋敷を設けた。

 孤児院。孤児や捨て子などを養育するための施設だったという。彼は隠居する数年前に目の当たりとした飢饉の際、蔵を切り崩して貧しい人々に分け与えたが、いずれも助かったのは店の近辺に住む人々であり、町から外れた場所に住む人々には、餓死者が相次いだとのこと。

 そこで大旦那は、富があったところで、それを行き届けられる手足がなくては、救える者を救えないことを痛感したようだ。

 もっとも人情ばかりでなく、子に死者が出るということは、未来の客を損なうことも同じ。生きさせることも、また投資、という考えもあったらしいけど。

 そして、こちらから現地に赴かねば、十分に助けることはできない、と考え、さっさと息子に店を譲り、事業というしがらみから抜け出て、あくまで一個人からなる、地域密着の保護・収容の施設として成り立たせたとか。

 施設の維持費及び、医師や乳母などの給与は隠居が出したが、中には手弁当で参加し続ける者もいたという。


 開設からおよそ一年が経った頃、収容する人数は100人を超えようとしていた。

 いずれも乳飲み子であり、そのほとんどが山野に捨てられた子供だったらしい。近辺の村々が口減らしのために行ったのだろう。

 直接、この施設に連れてくる親は、ほとんどいなかった。自分たちの顔が知られ、非難の種となることを恐れたか。あるいは、本当に存在を知らなかったか。

 隠居自身、施設とその周辺の見回りに関しては、仕事の合間を縫って行っている。そして施設の101人目の収容者となる赤子を発見した。そこは施設にほど近い、とある山の中でのこと。


 実は、施設に入っている者の半数近くは、その山中で見つかった。

 言っては悪いが、周囲には他の山々も存在し、捨てる場所にはこと欠かないはず。それがひとつの山に集中していたのだから、何かしらの意図が存在すると思われた。

 それとなく手の者に探らせたが、周辺住民の口は固く、因果関係が見えてこない。事実、子を捨てているとしても、それを裏付ける習わしの存在など、誰だって表向きにしたくないだろうから無理もなかった。

 その間も、じわじわと施設内に集まってくる、かの山に捨て置かれた乳飲み子たち。自然、隠居はその山のことを「拾い山」と呼び出すようになった。

 

 しかし、更に一年が経過する間。施設に勤める者たちは違和感を覚え始める。すでに施設へ収容されて二年近くが経つのに、「拾い山」で見つけた赤ん坊たちは、歩くことができないんだ。

 加えて、泣くこと以外に言葉を話せる者が、なかなか現れない。年間を通して、慣れた乳母により欠かさずふれあいの時間が持たれているにも関わらず、意味のある片言すら口にできない有様だったらしい。


 ――あの山で保護された50名近い赤子が、揃いも揃って「遅れ」などと、あり得るだろうか? 


 隠居は更に水面下での調査に力を入れると共に、かの山へ今まで以上に、足しげく通うようにしたらしい。


 昼夜を問わず、拾い山を巡ったことにより、ほぼ地理を把握した隠居。その夜も、護衛の供を二人つけ、それぞれが施設の者であることを示す提灯を持ちながら、冷え冷えとする山の空気を吸っていた。

 捨て子はふもとばかりでなく、中腹から山頂にかけても多い。さほど高くない山で時間もかからないから、足元と獣の気配には十分気をつけつつ、三人は山を廻っていた。


 やがて、施設で聞き慣れた赤子の泣き声が聞こえてくる。三人は足を止めると、どの方角から来るかを聞き定める。

 寒い夜の空気の中だ。赤子の身体を考えれば長く放っておくわけにもいかず、かといって急ぎ過ぎて自分たちがケガをしてもいけない。三人は声の元と思しき場所へと歩を進めた。

 ところが、最も大きい声がするところにやってきても、捨てられている子供の姿は見当たらなかった。右も左も、上っても下っても、声は遠ざかっていく一方。地面には穴を掘った様子もなく、付近の木に登ってみても、枝の股に赤ん坊が挟まっているなどという、落ちもなかった。

 得体の知れない泣き声は止まず、さすがの隠居たちも気味が悪くなってきて、その日の見回りは中止。日を改めて調査が成されることになった。


 それから数日の間。施設にいる者が交代で「拾い山」を巡ったが、新しい赤子の姿を見つけることはできなかった。その代わり、陽が沈むと赤ん坊の泣き声がこだまし始めるんだ。

 ついには救えなかった赤子たちによる、怨霊だという声も上がり、外回りを望む者はめっきりその数を減らしてしまったらしい。

 けれど、隠居はひるまなかった。


 ――救われずして世を恨む輩なら、そばにいながら手を伸ばしきれなかった我らこそ、とうに取り殺されておるわ。それが夜な夜な山で泣くなど、助けを求めておる証左。無下にするというなら、お前ら、今すぐ暇を出すぞ。


 そう言いつけて、自分は毎晩、山へと繰り出す始末。身一つで施設の責任者を送り出すわけにもいかず、最初に件の現象に出くわした二人は、ほとんど隠居に従って山を回ったという。


 一ヶ月ほどが経った。変わらず、山のあちらこちらで泣き声がするが、その元らしき場所に赤子の姿はなかったらしい。おかげで施設内における、その山に捨てられていた赤子の数は頭打ちになっている。

 その間、隠居は明かりで照らす以外に、様々な策を取ってみた。そのほとんどが功を奏することはなかったが、ひとつだけ変化の見受けられたものがある。

 施設にいる赤子。相変わらず歩くことも話すこともできない赤子を背中に負ぶい、山中へと入ったところ、かの赤子が泣き出したんだ。

 すると山中に響いていた泣き声の方が、はるかに大きいものであったにも関わらず、どんどんその声は小さくなってしまったという。

 この現象は、連れていく赤子を変えたとしても、同じように起こったとのこと。ただし、「拾い山」で取り上げられた赤子のみで、その他の者では効果がなかったそうなんだ。


 ――もしや、この赤子たちが「拾い山」に捨てられた理由が、ここにあるのでは。


 隠居の仮説は、後日、証明されることになる。


 その夜。隠居は連夜、寒い山の中を歩いていたせいか、熱を出して寝込んでいたらしい。いつもついて回っていた供に山まわりを依頼し、施設の別棟にある自室の布団で、うつらうつらしていた隠居。

 しかし、夜半を過ぎた頃。「どーん!」と大きな地揺れがあった。

 何事かと飛び出したいところだったが、足はふらつき、節々は痛み、掛け布団からまろび出るのがせいぜい。代わりに待機している医師たちが、バタバタと歩き出す音がした。

 ほどなく、施設と別棟に灯がともり、隠居に報告が入る。

「拾い山」が姿を消し、砂地だけとなってしまったこと。

 その拾い山があったところに、山まわりを依頼した二人が倒れていたこと。

 そして、「拾い山」より収容した50名ほどの赤子が、すべて姿を消してしまっていたこと。


 倒れていた二人は、腰の治療を受けている。どうにか杖をつきつつ、事情を聞こうとした隠居だが、あまり詳しいことは分からなかった。

 ただ、いつものように山をまわろうとしたところ、山の泣き声がいつもにも増して大きくなったかと思うと、自分たちの身体が勝手にのけぞり出したのだという。

 それが、山自体が前のめり始めたせいであることに気が付いた時は、すでに地面へ投げ出されて、したたかに腰を打ちつけていたとのこと。

 山そのものは「ギャアギャア」と泣き声をあげながらも、空そのものに抱かれるように浮き上がり、闇の中へ消えてしまったとか。


 のちに隠居は語る。

 捨てられた赤子たちと同じく、「拾い山」自身も赤子だったのではないか、と。

 あの山に捨てられた、いや捨てられたように見えた赤子らしきものは、「拾い山」をあやすための道具。それを我らが「保護」と称して奪っていくものだから、山が夜泣きを始めた。

 そこに至って、見過ごせぬと感じた「拾い山」の母が、子供とそのあやし道具たちを回収したのだろうな、と。


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