異世界転生、そして被虐の龍 ①
放課後。
僕はいつものように、ここ文芸部の部長席に腰を掛け、後輩の到着を待つ。
椅子をギコーギコーと揺らしても、彼女が来るまでの退屈しのぎにもならない。
「あ、そうだ。昨日投稿した新作のPV数、どうなったかな」
僕はそう呟き、制服のポケットからスマートフォンを取り出し、小説投稿サイト【作家になろう】通称、【なろう】を開いた。
「PV数、300……か」
やはり、鳴かず飛ばず。
まぁ、それはいつものことだけれど、今回はちょっとショックが大きい。
なぜかというと……
これまで、SFやコメディなど、自分の趣味ジャンルを多く投稿してきた僕だが、今回は多くの人に見てもらおうと人気ジャンル『異世界転生モノ』に挑んだのだ。
自分のこだわりやプライドを抑えてまで、いわゆる『読者さんに受けそうなモノ』を書いたつもりだったのに、結果はイマイチ……そりゃテンションも下がる。
「はぁ~~あ。しっかし、この『ヒキニート私、異世界転生した途端、最強w』って作品、いつもランキング独占だよなー。書籍化からのアニメ化大ヒットの流れだよねこれ」
僕は、画面隅に映るランキング欄のテッペンに堂々と輝く作品のタイトルを見つつ、呟く。
年間ランキング1位 ヒキニート私、異世界転ヒ生した途端、最強w 作者:カルチョーネ
月間ランキング1位 ヒキニート私、異世界転ヒ生した途端、最強w 作者:カルチョーネ
週間ランキング1位 ヒキニート私、異世界転ヒ生した途端、最強w 作者:カルチョーネ
日間ランキング1位 ヒキニート私、異世界転ヒ生した途端、最強w 作者:カルチョーネ
「僕の書いたのと、そんなに違うとも思えないんだよなぁ」
とは言ったもののたぶん、ストーリーや設定に大きな違いがなくとも、ちょっとした本筋の進め方が上手いとか、言い回しがオシャレとか、そういう微妙なものが積み重なって差が開くのだろう。
「にしてもボナペントゥーラ、遅いなぁ。またアイツ、授業中に騒いで反省文とか――」
「書かされてませんよ。失礼ですね。部長」
「!?!?」
唐突に、背後から声がした。
この部室には、僕がカギを開けて入ったのだ。他に誰かいるハズがない。
が、しかし……彼女ならありえるか。
「ボナペントゥーラ……いつも言ってるけど、急に現れるのはやめてよ。心臓に悪いしさ」
「それは失礼いたしましたです。次からはもっと唐突に現れるようにしますね。クフフフッ!」
「……」
やたらと独特な笑い方をするボナペントゥーラ。
彼女こそが、この文芸部で僕を除いての唯一の部員、一つ年下の後輩、ボナペントゥーラ 憂である。
ボナペントゥーラが上の名前で、憂は下の名前だ。本人曰く、ムー大陸と日本のハーフらしいが、僕がネットで調べた結果、ボナペントゥーラとはイタリアの名前らしいので、多分イタリアと日本のハーフだ。
「……部長。この世界のバランスが崩壊するレベルの美少女の後輩が部活に来たんですよ? もっと喜んだらどうですか?」
バランスブレイカーとまでは言わないが、確かにボナペントゥーラは美人だ。
黒髪に、ところどころ金髪が紛れてメッシュのようになっているミディアムヘア。
小さな顔には、リスのようにクリクリとした大きな目、すらりとした鼻筋、幼いその表情とは裏腹に、どこか扇情的なクチビル。
身長は高くはないが、長い足、少しふくよかなお尻、きゅっとしたクビレ……まぁ胸は残念だけど、まるでローマやアテネで作られた彫刻の美女のような美しいシルエットを持つ。
「いや。毎日来てくれることは凄く嬉しいよ。感謝してる」
僕は素直に思いを伝える。ボナペントゥーラはもっと大げさな僕の反応を期待したのか、少し不服そうな表情を浮かべた。
「その美少女後輩をスルーしてまで先輩はスマホに夢中ですかー。なんです? 今晩のオカズ(意味深)でも探してるんですか??」
「……い、いつも言ってるけれど、そう言う下ネタを女の子が言うのはどうかと思うよ」
「下ネタ? どこがですか? 私はオカズを探してるのか聞いただけですよ? クック○ッドで、このエビフライ美味しそう! とか思うのが下ネタなんですかね?」
「さ、さっき!(意味深)って付けたじゃないかっ!」
「はい。付けましたね。で? だからどうして下ネタなんですか? 私わかんないです」
「こ、こいつ……っ!」
ボナペントゥーラは僕に下ネタを振って来てからかうのが大好きらしい。
いつもはこの程度じゃない。もっと激しいというかディープなネタを振ってくる。
「はい! 今日も部長の赤面いただきましたーー!! ハァハァ……これだから部長へのセクハラは辞められませんねぇ……」
ボナペントゥーラはせっかくの美少女が台無しになるような残念な顔を浮かべて言った。
「セクハラって自分で認めてるじゃん……とにかく、僕はちょっと読書するから、ボナペントゥーラも何か書くなり読むなりしたら?」
「あれ? スマホで読むんですか?」
「ん? あぁ。【なろう】の作品を読もうと思って」
「部長も【なろう】やってるんですか? 奇遇ですね。私も最近やり始めたんですよ。ほら、結構アクセス数多いでしょ!」
そう言ってボナペントゥーラは自分のスマホをスカートのポケットから取り出し、見せてくる。
「……見てもいいの?」
「えぇ、もちろんです!」
僕はスマホを受け取り、ボナペントゥーラのユーザーページを見る。
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『ヒキニート私、異世界転生した途端、最強w』
第1話 ヒキニート、異世界へ
第2話 ヒキニート、エルフを助ける
第3話 ヒキニート、魔王を片手間に倒す
第4話 ヒキニート、日本が恋しい
第5話 ヒキニート、異世界の経済を再生する
第6話 ヒキニート、日本料理で料理大会で無双する
第7話 ヒキニート、ドラゴン調教師になる
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「え……えぇぇぇぇぇっぇぇえっぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
僕は驚愕で落としてしまいそうになったボナペントゥーラのスマホを必死で掴み取り、再び画面を確認する。
やはり何度見ても、間違いない。ボナペントゥーラこそが……
「ボ、ボナペントゥーラがこのランキング1位常連の『ヒキニート私、異世界転生した途端、最強w』の作者……なの?」
「ええ。そうなるですね。でね! ここからが面白いんですよ!」
ボナペントゥーラは今から『すべらない話』でも始めるかのような口調で言う。
「ちょ、ちょっと待って! ちょっと情報整理させて……」
僕は必死に言う。
「ええ。いいですよ。でも整理するって言っても、『この作品の作者は私』これで整理も終わりですよ? いまのとこ」
「……言われてみればその通りだね。なんか混乱しなきゃいけない流れがあったから流されちゃったよ。ごめん。ここから面白くなるんだろ? 続きどうぞ」
「では続けますね。で、この作品なんですけど、実はノンフィクション……つまり、私の実体験を元に書かれているんですよ」
……ん? この作品はファンタジー作品だ。エルフやドラゴン、魔王に魔法使いが存在する世界の作品だ。
それがどうしてノンフィクション、それも、実体験が元になるのだろうか。
もはや……
「それって、まるでボナペントゥーラ自身が異世界に転生して、そこでの体験を真実のままに徒然と書き綴った……そういうふうに言っているように聞こえるよ」
「ええ。だからその通りなんです」
「ちょっと、ちょっと待って。ちょっと情報整理させて」
「いえ。わざわざ部長に整理させるのも恐縮なので、私が代わりに整理しますよ。『私が実体験を書いた』。ハイ。整理終わりです」
まぁ。それで終わってしまう話なのではあるのだが……
「にわかには信じられないでしょう? だから、これから私と一緒にちょこっと転生して確かめに行ってみませんか」
「いや、そんな『一緒にケンタッキー行く?』みたいなノリで言わないでよ。仮にも転生でしょ?」
「意外と簡単なんですよ? 私の転生方法」
ボナペントゥーラはケロリとした表情で言った。
僕は、かなり怪しいとは思いながらも、ボナペントゥーラの話の続きを聞くことにした。
「まず、転生方法は数多存在していまして、方法によって個人による向き不向き、それに好みがあります。まぁ、ラブラ○ブ派かア○マス派かとか、ソ○ー派か任○堂派かとかいう話ですね」
「転生方法にも派閥があるんだね」
「ええ。ちなみに、私は古き良きクラシカルでオシャンティな『トラックにはねられて転生派』です」
ボナペントゥーラはドヤ顔でそう言ったあと、僕が『でもそれ痛くないの?』とか『ファンタジーから日本に帰るときはやっぱりユニコーンの馬車なの?』という疑問を口にする暇を与えず、呼吸もおかずに続ける。
「新参のニワカ野郎どもは『自殺したら異世界派』とか『池に落ちたら転生派』とかがいますが、正直センスないと思うです。あいつらはいつも私たち『トラック派』を“老害”だとか、“トラ豚”だとか言ってきますが、実際、私たち『トラック派』がいなきゃお前たちも生まれなかったんだぞと小一時間問い詰めて説教を――」
ボナペントゥーラは長々と転生に関する熱い思いを僕にぶつける。こういう語り出すと長くて、ちょびっとウザ……じゃなくて面倒くさい人のことを“老害”と言うのかもしれないななどと考えていると……
「ちょっと部長! 聞いてますか!?」
「え!? 聞いてるよ! “トラ豚”って、虎なのか豚なのか、はたまた複合生物なのかって話だったよね?」
「……ちーがーいーまーすーっ!!! いかに新参がチンパンの低能かって話をしていたんですぅ!! もう怒りましたよ!! 部長はこれから強制的に私とプチ転生ですっ!!」
ボナペントゥーラはぷくぅとほっぺたを膨らませて言う。
あ、この顔けっこう可愛いな……。
などと思っていると、ボナペントゥーラは背負っている通学リュックから、何かを取り出した。
……5cmくらいの箱型のそれ。どこかで見たことのあるシルエット。
「って! それトラックのオモチャ(ミニカー)じゃないか!」
僕がツッコミを入れたとき、ボナペントゥーラの瞳がギラリと輝く。
「部長が悪いんです……部長が私の話を聞かないから!! ふんすっっ!!!」
まるで、悪い男に騙されていた愛人の女が、男をナイフで刺すようなしぐさで、ボナペントゥーラは僕にトラックを押し付けた。
「うっ……って、別に痛くはな……あれ? 僕の身体、消えかかってない!?」
「フフフフフフフ……すぐに後を追いますからね……私の、私だけの部長……」
そう言ってボナペントゥーラは自分の喉元にトラックを押し当てる。
なるほど。さきほどから随分と簡単に転生ができると言っていたのは、こんなオモチャのトラックで転生できるからだったのか。
っていうか、ボナペントゥーラのヤンデレ演技、さっきからクオリティ微妙すぎ……。
しょうがない。少しだけノってみるか。
「う、うぅ……本当は、愛していたんだ……だが仕方がなかったんだ……すべてお前のためだったんだ……」
「あ、部長ノってきた……え、ええっとぉ……あ、あなたが悪いのよっ!!」
『あ、部長ノってきた』って、それ口に出したらダメだろう……と思った次の瞬間に僕に視界は真っ暗になり、次に目を開けた瞬間には……。