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キルクルスの反攻  作者: 藤原 蒼
1/1

初戦の直前

 扇状の街が四つ並び、円形になった都市が五重丸を描いた帝国キルクルス。中心から身分で住める区域が決まっており、下流市民は一番外側のブロッサムウォール街、上流貴族は城のあるローズウォール街から二番目のデイジーウォール街という風になっている。

 東西南北それぞれにある国々と戦う軍人が住むのはもっぱら外側から二番目のサンフラワーウォール街。その硬い石畳を軍靴ブーツの鋲を鳴らしながら歩く少年・・がいた。

 彼はニグ。さらりと首の中ほどまで伸びた艶のある黒髪、目深に被った軍帽の影に少年らしからぬ精悍な顔には、何の表情も浮かんでいない。色白だが細くはなく服の下には筋肉がついているように見える、濃い灰色の軍服と外套に身を包んだ少年。

 サンフラワーウォール街の第四ゲートに差し掛かるとニグはふところからタッチパネル式の携帯端末を取り出し、個人識別コードを表示する。ゲートの横にいる門番に画面を見せると、若い門番兵はパッと明るい表情かおをした。

「ニゲル・ユスティーツィア少尉ですね、お噂はかねがね」

びしり、と門番兵が敬礼をする。ニグは気にする様子もなくご苦労様、と短く返しただけでゲートをくぐっていった。


 ―――――


 第四ゲートを潜るとサンフラワーウォール街の帝国軍本部がある地区に出る。司令官に呼ばれたニグは軍帽と外套を従軍当日に与えられた二階の自室に置き、司令官室の前に立っていた。

「お呼びでしょうか、司令官」

扉をノックし、抑揚のない声で呼び掛ける。数瞬の後に入れ、と返事が帰ってきた。

「失礼します」

ニグも短く答え、軋む扉を引いて入る。数メートル入ると、自分とよく似た顔の司令官を見つめる。

「ニゲル・ユスティーツィア少尉…いや、ニグ。あぁ…その、元気だったか」

様子を伺うような表情で司令官が問う。黒い瞳がニグの感情のない顔を映す。

「アーテル・ユスティーツィア司令官…父さん。元気でしたよ、ほどほどに」

フッ、と微笑んで執務机に近づく。司令官ちちの意図はわかっていた。ニグも今日で十五歳、立派に戦争で活躍できる年だ。

「わかっているだろうが、お前には明日から戦争に出てもらう」

アーテルがうつむく。見れば頬を一筋の涙が伝っていた。父が涙脆なみだもろいのは幼い頃から知っている。ニグの表情は変わらないが、背後で気配を消してたたずんでいた秘書がオロオロと慌てている。

「父さんも良い年だろ」

父が手袋をめた手で涙を拭う。良い年なのだから止めて欲しい、とニグは思った。

「ニゲル様、暖かい目で見守りください」

秘書はニグが幼い頃から父に使えているので、顔見知りだ。ニグは冷ややかな目線をアーテルに送る。

「――生暖かい目で見守るよ」

言い残し、司令官室から出た。


 ―――――


 今はコンクリートが主流の時代、旧式のレンガ造りで建てられた帝国軍本部は少しレトロな雰囲気をかもし出す。二階の自室にて本を読んでいたニグはノックの音に顔を上げる。

「――ルフス・セーリウス、入れ」

愛想のない自分の部屋の扉をノックする者は直属の部下、ルフスしか居ない。扉を開けずに声量を上げて言う。自分より年も階級も下の子供に気を使う趣味はない。再び目線を本に戻す。

「ユスティーツィア少尉、第一戦線配属されたのですね…おめでとうございます」

「無理して気を使うことはない。自分の言葉で話せ」

言葉を詰まらせ俯いたルフスに溜め息を吐き、ニグは本を閉じる。くるりと椅子を回転させルフスの方を向く。

「本当は…ニゲルさんに言って欲しくないです。第一戦線は戻ってくるのが難しいと聞きますから」

戦死者数千人の数字を叩き出す対トリアングルム共和国第一戦線。先程アーテルの秘書から聞いたのだがニグはそこに配属されるらしい。涙のわけがわかったのは良いが、ニグにとっては第一戦線も緩いのだろう。

 軍士官学校は常に首席。勉学だけでなく実習も凄まじい成績を修めたという。特にライフルの扱いではニグの右に出るものは居なかった。

「――もし戻ってきたら、歓迎してくれ」

立ち上がり、自分より三十センチ程は小さいかもしれないルフスの頭にポンと手を乗せる。

「――ッ……はい!このルフス・セーリウス、少尉のご帰還をお待ちしております!」

びしり、とルフスはニグに敬礼を送る。今までの感謝と激励を込めた敬礼だった。


     ◆ ◇ ◆


 第一戦線に配属されて三ヶ月、スナイパーとして作戦の補助をする中で仲間との絆も芽生えてきた。

「ユスティーツィア、最高司令官から連絡が来てるぞ」

食堂でコーヒーを飲んでいたニグに隊で唯一の中佐が話し掛けてくる。年はニグの二つ上、つまり十七歳だ。

「わかりました」

短く答え、ニグは第一戦線拠点の中央部にある通信室に足を運ぶ。通信室の係員に最高司令官からの連絡が来ていると言われたことを伝え、通信機を使う。

『ニグ、久しぶりだな。そっちはどうだ、戦争の状況は』

機械を通して少し荒れた声が聞こえてくる。懐かしい、とは思わないが何故か顔がほころぶ。

「久しぶりって、つい一週間前に話しただろ?」

ニグの言葉に通信機の向こうでクスクスと笑う声が聞こえた。ニグは不思議そうにどうした、と聞く。

『話し方が穏やかになった。三ヶ月前はもう少しツンツンした感じだったから』

そういえば、変わったかもしれない。あの頃は父が軍の最高司令官ということで周りの人から尊敬されたり、うとまれたりで疲れていて、自分から周囲の人間にきつく当たっていた。でも、ここに来てから親がどんな人か、ではなく自分自身を見てくれる仲間たちに出会えて、変わったと自覚する。

『ニグが幸せなら父さんは嬉しいよ。それで、戦況は?』

アーテルの声が急に父親から司令官に変わる。通信機を握る手に緊張で汗が浮き上がる。

「戦況は大きな変化がない。やっぱりトリアングルムの…洗脳兵士が厄介だ」

洗脳兵士、とはトリアングルム共和国で作られている《・・・・・・》兵士のことだ。健康な青少年を機械で洗脳し、死への恐怖を無くし、家族に関する記憶を一切奪われた目の前の敵を殲滅するという使命を与えられた生きる機械。数年前、先に第一戦線へ配属された兄も敵国に捕らえられ、奴隷か洗脳兵士にされていると父は言う。

『兄さんはまだいるのか?』

アーテルが父親の声と司令官の声が混ざった声でニグに問う。スッ、と目を閉じて、聴覚に集中する。ゆっくりと目を開け、通信機に話し掛ける。

「まだ、いる。戦域の大分トリアングルム寄りだけど。洗脳、されてるみたいだ」

ユスティーツィア家には代々受け継がれる能力がある。それは、兄弟間のみ互いの存在や現状がわかるというものだ。それを駆使してニグは兄アートルムを探しているというわけだ。

『生きてはいるんだね、良かったよ。ニグも気をつけて』

「はい、わかりました」

ニグは通信機を通して話しているため見えないだろうが、父に敬礼を送った。布擦れの音が聞こえたのか、クスクスと笑う声がした。

「ユスティーツィア少尉、通信終了です」

通信を終えると、通信室の係員が声を掛けてくる。戦場にいる兵士は国にいる家族と連絡を取ることが出来る。アーテルもニグに一週間から三週間ごと程度の頻度で繋いでくる。

「いつもありがとう。またな」

第一戦線拠点内の女子に人気のある自覚など微塵もないためか、長い水色の髪と藍色の瞳を持つ係員の女性に微笑み掛ける。白い頬が紅く染まっていくのを気付かず通信室を出ていった。


 ―――――


 アーテルから通信があった翌日の正午、トリアングルム共和国の襲撃が来ることをレーダーが知らせた。ニグは三ヶ月前と同じ灰色の軍服と外套、軍帽を被り背にはライフルを負った。右腿にはホルスターに入った拳銃、腰には兄の形見である短剣をつけていた。

「ユスティーツィア、出撃準備は出来たか」

昨日ニグにアーテルからの通信を知らせた赤髪に紅蓮の色をした瞳を持つ上官が声を掛けてきた。ニグは集中して目を瞑ってからゆっくりと首を縦に振った。

「ええ、スプラー中佐。行きましょう」

「お前も大変だな、兄貴探してんだろ?」

ルベル・スプラー中佐はニグが従軍した理由を知っている唯一の仲間だ。帝国軍本部にいた時から直属の部下として一緒にいるためルベルはニグの事情を知っている。

「――見つけられたら良いのですが。精一杯補助させていただきます」

カッ、と踵を鳴らし拠点から少し離れた戦場へ。馬も車も使えないため移動は徒歩。ジャリジャリと砂を踏み締めながら一歩ずつ進んでいく。兄の気配がだんだんと近づいて、ニグを呼ぶ悲しそうな声が大きくなってくる。

「うぅ…」

「大丈夫か、ニグ。兄との協調か?」

呻き声を上げたニグの顔をルベルが心配そうに覗き込む。ユスティーツィアの能力は苦しみや痛みも共有する。アートルムが抱く敵国の兵士として戦っていることの苦しみがニグにも伝わってきた。

「平気です。早く行きましょう」

ルベルの心配そうな顔を余所にニグが先に進み始めた。

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