ある村長の悩み
思い付き一発ネタです。
そう広くない家の中に30人ほどの人間が集まっている。
村の世帯主である男衆はこれでほぼ全員だ。
「村長、もう限界ですよ」
男の一人が泣き出しそうな声で嘆願する。
「先週は2人。今週は3人。みんな魔物にやられた。祈祷士の話じゃ来週には雪が降り始める。なのに薪は半分しか集まっていない。このままじゃ冬を越せない」
「分かっている…」
村長は苦虫を噛み潰したような顔でそれだけ言うと黙り込んでしまう。
薪だ。とにかく薪が足りない。
王都から遠く離れた寒村である。
丸太で築かれた壁の中には数十件の家と畑があり、弓の腕に覚えがあるものが鹿や兎といった森の恵みを持ち帰ることで、慎ましくも飢えの無い生活を送っていた。
平穏が崩れたのは半年前。
突如として森に恐ろしい魔物が出るようになったのだ。
数百年前勇者に倒された魔王復活の予兆であるとか、魔王を上回る邪神が目覚めつつあるなどと噂されたが真相は不明のまま。
恵みの森は人間を餌としか見ていない異形の怪物たちの狩猟場と化し、貴重な労働力である男衆を容赦なく奪っていく。
ついには冬を前に薪を得る事さえ難しくなり、村は存亡の危機を迎えていた。
近くの町の領主へ訴えたが、全ての町や村で同様の問題が起こっており、騎士団は手一杯。
冒険者は降って沸いた高額な討伐以来に喜んだが、半年続けば美味しい依頼を選り好みするようになる。
王都から遠く離れた寒村にわざわざやってくる理由が無い。
村長が深いため息を吐くと、粗末な扉が開いた。今年15歳になる村長の息子は息を切らせている。
「父さん、薪売りだ! 薪売りが来たよ!」
途端に場がざわつく。
薪を売ってくれるなら助かるのではないか?
いや、魔物がはびこる森で薪を集めるなど普通ではない。
魔物が化けているのではないか?
村に入れるべきではない。
そもそも小さな村とはいえ、一冬に使う薪の半分といえば馬車で運べる量ではない。
あったとしても途轍もない高値を吹っかけられる事は目に見えている。
ではどうする。
苦労して築いた壁や家を壊して燃やすというのか。
「皆静かに! 私が薪売りと話す!」
村長が外へ出ると皆ぞろぞろと後を追った。
固く閉ざされた丸太製の門の上から下を覗くと、山のように薪を積んだ荷車を曳く男がいた。
年はかなり若く見える。
「私が村長だ。薪を売りに来たのか?」
「はい、はい。しがない薪売りで御座います。お困りでしたら格安でお望みの量お売りします」
「その荷車にあるだけでは全然足りない。どうするのか」
「こういたします」
男はそう言うと右手を前に突き出した。
「ええい!」
やけに芝居じみた声を張り上げると、男の手に小さな光と共に長さ1メートルほどの木の枝が現れた。
「私は爺さんの爺さんのそのまた爺さんの代から薪売りをしておりまして。そのせいか魔物が現れた頃にこのような力を得ました。とはいえしがない薪売りでございます。私に出来るのはこの木切れを薪として売ることだけです」
男は話す側から次々と木切れを出し、足元が見えなくなるほどだ。
いわゆる異能を持つ者はこの世界で珍しくない。
戦の神の祝福をその身に宿して生まれる者や、魔法使いと呼ばれる者達だ。
魔法使いの中には異界の物を呼び寄せる業を持つ者がいると聞く。
木切れを出す異能というのは聞いた事が無いが、神々は気まぐれである。
おそらく数ある異能の一つなのだろう。
不安がる村人を説得して門を開け、薪を集めてある小屋に案内する。
中は半分しか埋まっていない。
「小屋が一杯になる量欲しい。いくらだ?」
「金貨1枚で結構です」
「え?」
それだけか? と言おうとして慌てて口を塞ぐ。
「あ、高いですか? なら半分の大銀貨5枚で結構です」
言葉を失うとはこのことか。
町ではどうか知らないが、森が近い村では薪は基本的に自給自足である。
普段薪を買っている訳では無いので相場は分からないが、魔物が蔓延る森の安全を確保するため冒険者に討伐依頼を出すなら最低でも金貨5枚は要る。
薪代として大銀貨5枚は格安と言えた。
「分かった。金を用意するから薪を小屋へ納めてくれ」
「毎度ありがとうございます!」
男はそう言うと荷車の薪を降ろし、足りない分は次々木切れを出し、ものの10分ほどで小屋は一杯になった。
なんということだ。存亡の危機にあった村はたった一人の薪売りにあっさり救われてしまった。
「た、助かった。さあ、大銀貨5枚だ」
「ありがとうございます。では私はこれで…」
引き止める間も無く男は去っていった。
男衆はほっとした顔で家に帰っていく。薪不足という危機は去っても冬越しの準備は必要だ。
…その夜、村長は最後に薪売りが言い残した言葉を思い出す。
私がお売りした薪を燃やした灰には魔除けの力があります。
村を囲う壁の外側に撒けば魔物は近寄れません。
森の中に間隔を置いて撒けば森は安全です。
また灰から芽生えた木にも同じ力が宿ります。ご活用下さい。
来年の今頃、まだ魔物が出るようでしたら伺います。
翌日、言われた通りにするとすぐ魔物の気配が無くなった。
彼は一体何者だったのだろうか。
何処へ向かったのだろうか。
「では私はこれで…」
村長から大銀貨5枚を受け取り、空の荷車を曳いて俺は歩き出す。
後ろで丸太を組んで出来た門が閉められた。
しばらく歩くとシャツの中から光が飛び出し、ふよふよと俺の周囲を飛び回る。
『あー、窮屈だった。これで何箇所目だっけ?』
「20から先は数えてない。次の村はこっちで良いんだよな?」
『歩いて3日ってとこだね』
「じゃあ走れば半日だな」
荷車をアイテムボックスへ仕舞うと風の魔法を身に纏い走り出す。
景色が凄まじい速さで後ろへ流れていく。
頭の中でメニューと唱えると目の前に半透明な板が現れた。
アイテムボックスの中には食料と水。キャンプ道具。そして木の枝が1000本ほど。
「補充しとくか」
走りながらスキルを発動した。
手の中に現れた枝を次々アイテムボックスへ放り込んでいく。
木の枝が1万本ほどになった所で止めておいた。
「これだけあればしばらく持つだろう」
俺はふと鑑定スキルを発動させ、木の枝をじっと見つめる。
<名称>
世界樹の枝
<分類>
木材/錬金術素材/魔術触媒/武器素材/防具素材
<レアリティランク>
SS+
<概要>
世界そのものを支えていると言われる世界樹。その末端の小さな枝。木材の頂点であり用途は多岐に渡る。そのままでも最高レベルの魔術杖として、またあらゆる魔を払う木刀として使える。燃やすと普通の薪より長く燃えた後、聖なる灰を生み出す。聖なる灰には魔を払う力があり、一掴みでグレーターデーモンを浄化する。並みの魔物であれば灰一粒で即死する毒となり、撒いた場所の土は聖属性を帯びる。
とんでもないチートアイテムだが、俺はスキルによってこれをほぼ無限に生み出す事が出来る。
久しぶりに俺自身を鑑定してみるか。
<名前>
ダイチ・オオキ
<HP>
125000/125000
<MP>
117822/125000
<職業>
勇者
<スキル>
鑑定Lv10/アイテムボックスLv10/全属性魔法Lv10/全強化魔法Lv10/MP回復速度増加Lv10/全武器術Lv10/気配遮断Lv10/etc…
<ユニークスキル>
母なる大樹(MPを全て消費することで世界樹の苗木を生み出す。またMPを1消費することで世界樹の枝を1本召還する)
もっとも普段はステータスを誤魔化す指輪を付けている。
隠蔽後はスキルは特に無し。HPとMPは村人並み。職業は薪売りになっているはずだ。
『次の村が見えてきたよ。頑張って世界を救わないとね。勇者様』
「お前が俺をもっと早く呼び出してれば、新しい世界樹の苗木を植えてそのまま魔王と邪神を叩けたろ。この駄女神が!」
『ちょっと寝坊しちゃっただけじゃん…』
「半年はちょっととは言わねーよ! おかげで世界樹が育たない程瘴気が濃くなって、その浄化からやるハメになってんだぞ? コラァ!」
『ちょっとやめて! ごめん、ごめんて! あやまってるじゃん!』
「反省が足りない!」
俺は飛び回る光…俺を召還したこの世界の女神であるフィルネリアをつっつく。
全てはコイツのせいである。
俺を日本からこの世界へ召還するのが半年早ければそのまま世界樹の苗木を植える事が出来たし、1ヶ月早ければ国の協力を得て俺が出した世界樹の枝を人海戦術で国中にバラ撒く事が出来た。
今となっては国王の周囲を固める近衛騎士全員が魔王の配下に入れ替わってしまい不可能だ。
仕方なく俺が自分の足で国中の村を回って枝をバラ撒き、森や洞窟にある危険な魔力溜まりを潰している。
そろそろ準備しよう。
俺は荷車をアイテムボックスから取り出すと世界樹の枝をどっさり載せて歩き出す。
門の上にいる男性がこちらを指差し、誰かを呼んでいるようだ。
がらがらと荷車を曳き、やがて門の前に到着する。
「どうもこんにちは。しがない薪売りでございます。薪は要りませんか?」
俺は今日も薪を売る。
世界を救うために。
読んで頂きありがとうございました。
完結済みの「精霊騎士の相対性異世界ハーレム理論」もよろしければどうぞ。
戦闘機やパワードスーツが出てくる異世界転生ハーレムモノ。約11万文字です。