表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6番目の死霊  作者: 近衛モモ 
side.Dilious
9/10

VS.エスターヴァ

 

エスターヴァ。

 そう向かい合う相手を呼んで、チサナは俺の背に引っ込んだ。お前、人を盾にするとは何事だ。



「あいつが持ってるの、俺の鞄だし。」

 男の手の中の鞄を見て、チサナが頬をふくらます。そんな可愛く怒られても困る。

 目の前に立つのは、スーツの男。どうやら、敵のようだ。

「やっぱり、先に見つかってたのか…。じゃあ、あれがミヤト?」

 これには頬からプシューと空気を抜いて、チサナがフルフルと首を振った。否定の意味だ。

「なんだ違うのか。じゃあ誰なんだ?」

「リーファだよ。」

 俺の質問の答えは、別のところから帰ってきた。

 本人が名乗ってくれたようだ。

「『ティアドロップ』のリーファだ。」

 ミヤトとは違う、別のエスターヴァ。ミハヤの街の中だけでも、エスターヴァはたくさんいるのか。

 いや、感心している場合じゃなく。

「ミヤトはとり逃がしたって言ってたけど、補足調査に来て正解だったな。魔女の手先とその所有物が見つかるんだもん。」

 どことなく子供っぽい口調で、リーファと名乗ったエスターヴァは続けた。そしてゆっくりと近付いて来る。

「やっぱ、美味しいトコはおさえとかないとね。」

 

 見えなかったんだけど、この時、リーファの左手が動いていたのだそうですよ。


「アルファ、ごめん!」

 何が? 

 と問う間もなく、チサナにぬかるんだ泥の上に押し倒される。

 視界が斜め横にスライドする。頭のすぐ後ろで、爆発音が2回した。

「……っ何だよ。」

 体を起こす。

 振り返ると、頬から血を流したチサナと目が合った。

「なっ……!?」

 息がつまって、心臓が跳ねた。

「アルファ、下がって。相手は武器を持ってる。」

 さっきまで俺を盾にしてたのは誰ですか。はい、チサナくんです。とか、言ってる場合じゃない。

「お前、頬、血が出て……」

「うん。聖油だ。」

 チサナと目が合わない。真っ直ぐに敵を、リーファを見つめている。これはヤバイ状況なのか。嫌な汗が流れはじめる。

 俺って奴は、気がつくのが遅い。

 俺達は今、救いを呼べないような場所で、敵にエンカウントしているのだ。いや救いを呼ぶも何も、味方はチサナしかいないけど。

 いやいやいや、待て、味方がいないなんて、それじゃあエスターヴァより俺達が悪者みたいだろ。

 うえぇぇぇ、そんなはずは。なんだ、この状況。

「人間の子供は下がってて!」

 リーファに言われて一拍考える。

 人間の子供。あ、はい、俺だ。

「君が今一緒にいる友達は、悪魔だ。人間のフリをしているだけの、魔女の手先なんだよ。」

「う。はい、知ってる。」

「今から退治する。君は下がっていて。」

 エスターヴァのリーファが、カバンを持ってない方の手を大きく振る。チサナから離れろ、との意図だろう。

 頭の奥から熱が湧き起こる。何が退治だ。俺は人間だから助けて、チサナはデザイアだから殺すってか?

 人殺しの一味が、なんだ正義気取りか。

「殴っていいか?」

 拳を構えて前に出ると、チサナに肩を掴まれた。

「アルファ、落ち着いて。」

 と宥められる。

「相手はエスターヴァだ。聖油も持ってる。こっちの不利だ。…スキを見て逃げなきゃ。」

 俺にというよりは、また自分に言い聞かせるようにチサナが喋る。精神のキャパを越しちゃうと、こうなっちゃうのかな。チサナは。

 うん、実は冷静じゃないのか。それは困った。

「なんだよ、聖油って。」

「ヒマワリの油。聖水と同じ。俺、嫌いなの。」

 またそのパターンか。設定がウザ細いね。だから設定とかじゃないんだろうけど。

 チサナの苦手なもの。デザイアの受け付けないもの。そういうものを、武器に組み込んできている。今はかすめただけだけど、当たれば大怪我間違いナシ。

「でも鞄はどうするんだよ…。取り戻さないとだろ?」

 喋っているうちに、待ちきれなかったらしいリーファの追撃がくる。

 光の破片のようなものが、空を斬る音とともに津波のような勢いで飛んできた。

「チサナ、ごめん!」

 今度は俺が突き飛ばした。さっきのおかえし。

 かろうじて、光の破片の衝突を避けたチサナが、ぬかるみの地べたへ突っ込む。

「むぎゅんっ!」

 と憐れな声を残した。

「アルファ、今のはワザとだろ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。」

 などと言い争ううちに、リーファが大きく手を振った。

 意味はさっきと同じ『離れろ』だ。二度目の警告に、俺はチサナから一歩離れた。

 見捨てるわけにはいかないが、このままじゃ二人とも動きがとれそうにない。

 工事用の足場に囲まれた、高い建造物。それらに囲まれた通路のような場所に、俺達は立っている。

 向かい合うチサナとエスターヴァ。一歩離れて、横に立つ俺。

「友達は大切にしないとね。でも、それは人の皮を被っているだけだ。今に本性をあらわすよ。」

 エスターヴァ、リーファの声が低くなる。いよいよ、言うことをきかない俺にシビレを切らし、脅しモードのようだ。

 

 目の前にいるものが人間じゃないなんて、そんなことはわかっている。こういう時、俺はどういう選択をすればいいんだろう。

 頭を使えよ、アルファ。

 考えろ、考えろ、考えろ。


「アルファ、離れて」

 鋭く刺すような声で、チサナが言った。立ち上がって、体勢を整える。大きく息を吐いた。

 そして言う。

「巻き込まれて死ぬのは、嫌だろ!」

 言うというか、叫んだ。

 まるで、エスターヴァに刺激されたせいで、悪魔の本能が覚醒してしまったかのように。

 足下の泥の地面から、黒いモノが湧き上がってくる。シナナの果実のように、トゲが全方位から突き出している。ゴルフボールサイズのトゲトゲボールだ。

 その黒い塊はホコリのようにワサワサと地面から浮き上がり、チサナの体の周りに集まっていく。

「望み通リ、力の差を見せてやろう。」

 とチサナが言った。戦う気なのか。

 俺が殴るって言った時、逃げろって言ったのはどっちだよ。

 謎めいた闇のカタマリは、虫の羽音のような嫌な音をたてながら、次第に一箇所に集中し始めた。

 チサナの右腕のあたりだ。

「チサナ…何してる?」

 返事が返ってこない。代わりにチサナの右腕が、異様な変化をとげた。爪が太く長くのびて、腕ものびた。黒いカタマリを吸収して、肌の色も闇色になっている。

 怪物の手だ。

 人間じゃない部分が。

 チサナを突き破って、溢れてくるみたいに。

「死魂を取り込んだな。少年、離れろ!」

 リーファが叫んで、たぶん、俺も叫んだのだと思う。

 自分で自分が何を口にしたんだかわからないけれど、頭が真っ白になって、とにかく叫んだ。悲鳴をあげたに近い。

 まだ死魂がまとわりついている腕を、チサナが大きく、ちょっと重そうに振り回した。

 横っ面を思いきり殴られて、俺は体ごと真横に吹っ飛ぶ。

 痛い。

 でも、声が出ない。

 そしてめっちゃ痛い。泥の上を滑って、道の脇に建つ建物の外壁にぶつかって止まった。背中も痛い。息苦しい。

 道幅はそう広くなく、背の高い建物に囲まれた場所だ。前方にエスターヴァ。後方にチサナ。

 チサナの腕が、おかしくなっている。

 道の脇に吹き飛ばされた俺は、泥にとりつく体勢で倒れていた。チサナとエスターヴァを交互に見る。

 チサナの鞄はまだリーファの手の中だ。アレを取り戻さなければ、逃げようにも逃げれない状況。

「下がれアルファ。まとめて殺したくはない。」

「少年、早くこっちに。君のお友達の危険性、よくわかったろう。」

 両側から同時に話しかけないでほしい。

 というか、あれ、チサナの気持ちがわからない。

 なんで俺を殴ったし?

 逃げるんじゃなくて戦うことにしたのか?

 朝令暮改やめろ。しかも、その腕はどうした。俺には今、下がれっつったか。なんで命令形だ。

 痛い。

 落ち着け俺。

 殴られたところ痛いけど、俺がしっかりしないと。しっかりした性格って、どこで買えるの。

「死魂を取り込んだ以上、十分、殺処分に値する。斬られてから文句はないな?」

 リーファが構える光の断片。

 この距離から見てみれば、長方形のガラス板だ。タテ8センチくらいの小さな板。なんのプレパラート?

 チサナが言うには油が塗ってあるらしいけど。とにかく、背後の夕日の明かりを反射して、チカチカと自己主張するので目に痛い。

「悪魔に光の攻撃は効果的だろ?」

 リーファがそう言ったところまでは聴こえた。自分の心臓の音がうるさくて、周りの音どころではなくなってくる。

 チサナの声は聴こえない。

 一応、正気ではあるみたいだけど。でも腕が、大変なことになっちゃってるし。

 このまま寝っ転がって見ていたら、チサナがエスターヴァに殺されてしまう。

 もしくは、それも嫌だが、チサナがエスターヴァを殺してしまう。敵だけど、殺しちゃダメだし。

(う…、やばい。体が動かない。)

 でも何故か、体が立ち上がろうとしない。

 まるで重いもので押さえつけられたかのように、腕が上がろうとしない。地面から離れない。

 とりあえず、ちゃんと活動しているのは視覚だけだ。

 チサナの腕が黒く染まっている。考えられないくらい大振りの鬼のような手になっていく。

 まとわりつく死魂が吸収されていっているから、なのかな、わからないけど、たぶん。

 リーファの手から、ガラス板が放たれようとする。視界の中に見えているもの全ての動きがスローモーションになって、ボンヤリと見えた。

「やめて! 殺さないで!」

 エスターヴァに言ったのか。

 チサナに言ったのか。

 こんな時なのに夢の中にいるような感覚になって、俺の口は無意識の言葉を投げていた。

「悪魔を滅せよ!」

「死ね!エスターヴァ!」

 リーファとチサナが同時に叫び、ガラス板が飛んだ。キラッとまた強く光る。そして真っ直ぐに俺の目の前を通り過ぎ、大きく振ったチサナの手にあっけなくはたき落とされた。

 キーン、と高い音。

 光が反射を繰り返し、リーファの放った武器は点滅しながら地面に落ちた。やっぱりガラス板だ。

(あああ、後者かも……!)

 武器を叩き落としたチサナは、傷一つない。

 もう人間じゃない。

 チサナが、エスターヴァのリーファを、殺してしまう。普通に、ちょっと突っついて鞄を取り戻すだけでいいのに。

 鬼の手のように真っ黒な手を引きずって、チサナがリーファに向かって走りこんでいく。

 指の先には長い爪があり、先端は尖っている。黄ばんだ爪。アイスピックみたいだ。

 喉に刺されば、人を殺せそうな。

「チサナぁあああぁ!」



 それから、飛び散ったリーファの血が俺の顔にかかるまでは数秒だった。

 返り血を浴びたチサナが、大きく口を開けて笑う。

 


 これが俺達の始まり。

 神と人。そして魔女と人間の、長い長い戦いの終息へ向かう、その始まり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ