5番街開発区へ行こう!
空は快晴だった。
有難いことに。ミハヤはここしばらく、こんな天気だ。
この街のお天気は本当に気分屋さんなところがあって、深刻なほど雨が降り続く時もあれば、馬鹿みたいに晴れ続きの時もある。
放課後、自転車置き場で、俺はチサナに二人乗りを教えていた。
まさか、二人乗りが教えないとできないものだったなんて。
「だーかーら、ここと、ここに、足をかけるの!」
「倒れる。」
「倒れないの! 俺がこぐから!」
「ほんと?」
疑わしそうな目のチサナを、無理矢理に自転車後部に立たせる。朝は自転車を押しながらチサナと歩いて、自転車置いてくれば良かったなんて思っていたけど。
これなら朝のうちに、二人乗りを覚えさせておけば良かった。
「ホラ、しっかりつかまってろ。落ちるなよ!」
「ん、落ちそうになったら、飛ぶね。」
「飛ぶな!アホか!」
ペダルに足をかけ、順調にこぎだす。初めのうちはフラつくかと思ったら、思いのほか自転車は真っ直ぐに進んだ。
スーッとペダルが回り、想定していた重さもない。
「ちょ、チサナ? 落ちたか?」
振り返ると、キチンとチサナと目が合った。
「落ちてない。まだ大丈夫だ。」
それにしては、重さを一切感じない。不安定な感覚もないなんて。
(やっぱ、人間じゃないんだな。チサナって。)
ヒョコヒョコこぎながら校内の中庭を通って門をくぐる。一本道を挟んで向こう側へ渡り、脇道入るとすぐ川が見えてくるのだ。川原には草が茂り、風が吹き抜けていた。
青い空に太陽、二人乗り日和だ。
気分がいい。ミハヤの街は早くも先の季節に向けてハロウィンにかこつけた商戦が始まりつつあり、街はオレンジに飾り立てられている。
レンガの屋根によく似合う色だ。
「気持ちイイな。」
後ろでチサナが呑気な声をだす。
「どこまで自転車で行くんだ?」
「ヴォーグ通リまでだよ。広場を突っ切ったって、すごい距離だからな。そこからはバスに乗るのさ。」
「自転車は?」
「置いてく。」
角を折れて左に。川を離れて線路の脇を通り抜ける。
「チサナ、体は大丈夫なのか?」
「だいじょぶ。朝、血を飲ませてもらったから。だいぶ治った。」
俺の血はお前の養分的な何かになってしまったのですね。チサナの傷が治るというなら本望だが、どんどん人間らしくないところが出てくるな、こいつ。
「それにしても、ミハヤのエスターヴァって奴らは容赦なしだな。これでチサナが普通の人間だったら事だぞ。」
「俺がアイツらのことをエスターヴァだとわかったように、向こうも俺が敵だとわかるんだ。長くここにいたら殺されかねない。ゆううつな魔女を尊敬する。」
うーん。チサナにこういう弱々しい発言をされるのって、あんまり気分よくねぇな。
いくら死体を抱えていたとはいえ、チサナがあんなにボロボロにされていたところ、確かに敵は強いのだろう。
そんな暗殺プロ集団的なものが街にいて、どうして気がつかなかったのだろう。
「エスターヴァ、魂を護るもの……か。」
よくよく考えると、俺の味方はどちらかといえばエスターヴァなのか。人間の魂を護っているのだとか、聞こえのいいことを言っている以上は。
いや、よくよく考えるのは止めとこう。何にせよ、奴らはチサナの大切な人を、一度は殺したのだから。
「チサナ!」
ゆっくりと坂を下りながら、後方へ呼びかけた。
「お前の大切なものなら、俺にとっても、きっと大切だ。」
得体の知れない組織が、ずっとこの街にいた。
怖くなんかない。許せない。エスターヴァが。正義を盾に誰かの大切な人を殺すなんて。絶対にあり得ない。
許してはいけない。
決して人事ではない。俺だって倒したい。エスターヴァを。
(とりあえず、チサナに怪我をさせた奴だけでも、俺が半殺しにする。うん。よし。)
小さく、決意を固めた。
ブレーキをゆるめ、自転車を加速させていく。
ヴォーグ通リへ出ると、人の行き交う流れが多くなる。
それでも平日の夕方、まだ帰宅ラッシュよりは早い時間だから、ごったがえしていることはない。人にぶつかると危ないので、とりあえず自転車を下り、おして歩く。
バス停はすぐ見つけた。運のいいことに、丁度東回りのバスが来たところだ。
「乗るぞ。」
チサナの手を引いて、小走りにバスへ近づく。
ミハヤのバスは可愛いですよ。車体は赤い色に塗られ、丸型のライトが2つくっついている。2階建てになっていて、晴れた日は屋根が開いて視界もいいのが特長だ。
ちょっと不格好なこの形が、不思議と女性観光客にはウケがいいという。
床は木製。運賃を払って乗り込む。まばらな乗客の間をすり抜け、せっかくなので2階の席をとる。
レンガの建物。流れる人波。三色カラーの信号機。ショーウィンドウに魔女をイメージしたコスチュームドレスと、カボチャのランタンが飾られている。
忙しなくハロウィンムードのこのミハヤの街も、二階からでは少し違って見える。
いつもと違った角度から、通い慣れた店を眺める。
「チサナ、ほら聖堂だ。」
まだ遠いが、空に向かってのびる一本の塔が見える。ディティアス大聖堂だ。ミハヤの街のシンボルとして見慣れたあの建物に、亡くなった魔女の魂が眠っている。
しばらくキョロキョロしていたチサナが落ち着いたようなので、再び声をかけた。
「お前、乗り物酔う方? 大丈夫?」
ちなみに俺は何に乗っても大丈夫な方です。過激なアトラクションも、ビビり腰の両親の隣りで、チュロス食べながら乗っていたくらいですから。
チサナはそもそも乗り物自体あまり乗ったことがないという風で、
「たぶん、大丈夫。」
と言った。
二人して、空いた席に鞄を置かせてもらう。自転車はバス停横の駐輪場に置いてきた。
「こうしてみると、聖堂もだいぶ大きいよな。」
視線で示すと、チサナもそちらを見上げた。聖堂の尖塔が、太陽に突き刺さりそうな勢いだ。
「日頃から見慣れている俺としては、あんなところに魔女の魂が眠っているなんて、ホントかよって感じだけど。」
「そうかもな。でも聖堂が建てられた意味を考えれば、ミハヤの街にあるのもわかる。ここは少し小高くなっているから、昔の人は天に近いと考えたのかも。他の国や街の聖堂も、高いところに建ててあるのって多いから。」
10番街の先の大きな門を通って外に出ると、確かに街の外は下り坂が多く、ミハヤの街の建っているここは、少し高い位置にある。
ミハヤは中心都市と比べれば大きくはない。それでも大聖堂がこの街に建ったのは、そういうことか。
天地という言葉なら俺も聞いたことがあるけれど、どうして天とは上なのか、未だにわからない。
感覚の問題なのかな、と思う。
「思いついたことがあって、一つ聞いていいか?」
「どうぞ。なに?」
「ディティアス大聖堂に限らず、聖堂ってのは魔女の魂が集まる場所だろ? エスターヴァにとっては敵側の建物だろうに。エスターヴァは聖堂を破壊しようとか、そういう考えはないのか。」
俺の大嫌いな歴史の授業で習ったが、ディティアス大聖堂はもうだいぶ昔から、このミハヤの街にあるらしい。
テロ爆破されただとか、再建築されたなんていう話は一度もなく、ごく稀に補修工事を見かけるくらいのものだ。
「うん。ない。……というか、少し考えが違うかな。」
冷静で、どこか優しさを含んだチサナの声で、訂正される。
「聖堂は、エスターヴァにとっても大切なんだ。自分たちが倒した魔女の魂を、封じるための塔だから。」
「封じる?」
なんだか、ニュアンスが違う。
「だって、あの塔にある魂は、循環する……再生するって話しだったじゃないか。再生っていうか、転生? 生まれ変わるって話しだろ?」
魂を封じるなんて、それじゃあ聞いていた話しと違う。
「実際、魔女の魂はあの塔をのぼり、神の元へ帰る。そして新しい使徒として作り変えられ、また生を受ける。……ただ、エスターヴァもそのことを知っているかは別の話しだ。」
「知らないのか?」
「どうかな。」
俺もエスターヴァじゃないんで、とチサナが小さくつぶやく。そりゃそうだ。
「向こう側の内部事情を俺達が知らないように、エスターヴァも魔女についての情報を、よく知らない。ディティアス大聖堂に限らず、世界中にある聖堂は、二つの意味を同時に持っているんだ。エスターヴァにとっては封印の塔、そして俺達にとっては再生の塔。」
封印の塔。
再生の塔。
二つの意味を持つ要の塔。
実際、ディティアス大聖堂は、どんな意味を持つのだろう。いや、再生の塔であるはずだ。チサナが言うのだから間違いない。
「何にしても、行ってみないことには、なんともな。」
「そうだな。」
聖堂へ行く前に、バスは駅を二つ飛ばして5番街へ向かう。
「チサナ、降りますボタン押して。」
「降りますボタン?」
「それ正式名称なんて言うんだろうな? 降りますボタン…」
メーカーによって名称が違うようだが、『降車表示押しボタン』が一般的みたいです。
今ググりました。
「これが降りますボタン?」
チサナはちゃんと『降車表示押しボタン』を押すことができました。めでたし、めでたし。
開発区へ降りたのは俺達だけらしく、バスは扉を閉めて走り去っていく。
「俺、このへんちゃんと来るの初めてだなぁ。」
開発区は工事中の建物の吹き溜まりのような場所で、何故かいつも薄暗い。おそらく、空から明かりがあまり入って来ないからだ。
ハロウィンの準備におわれる街の喧騒もどこか遠い。
開発区の建物はほとんどが高層建築。それがひしめきあって建っているから、見上げても空は切り取られた一部でしかない。
チサナは慣れた足取りで、建物が密集する奥へと入っていく。錆び付いた鉄のニオイ。足下は舗装されていない。
土が泥濘んで、足が滑る。
「ここ何になる予定で工事してるんだ?」
「さぁ? 商業区を拡大するとか、工場が建つとか、色々言われてるよ。俺がまだ子供の頃から、ここはずっと工事中なんだけどな。」
開発区である5番街も、住宅区の延長のような形で住人がいた。
今はそのそのほとんどが立ち退きを命じられ、6番街へ越してきている。
それでもまばらに人は残っているのか、見上げるマンションのような高い建物から 人の顔らしきものが覗き込んでいる。
「うっ……」
目があって思わず足を止めた。その様子を見て、チサナも足を止める。
「すげー見られてる。」
「あぁ、アルファ美味しいから。」
どういう納得の仕方なのです。
そしてさりげなく食べ物として表現するのやめてくれ。お前が言うとシャレにならん。
見下ろしてくる顔は、チサナがチラリと冷めた視線を返すと、継ぎ接ぎのカーテンをひいて中にひっこんだ。
ほとんど陽の光の入らないこの場所から、命じられても立ち退かないほどの人々は、一体何を考えて、どんな生活をしているのやら。
俺には想像もつかない。ここは外界から切り離された、赤錆だらけの古鉄の要塞だ。
「……それで、お前の忘れ物の鞄はどこに置いたんだ?」
チサナの大切な魔女さんを助ける手がかりとなるもの。エスターヴァに追われる最中、どこかに隠しておいたらしいが。
「んーん、どこだろう?」
道の片隅で腕を組み、チサナが首をひねる。
「道の脇に、工事の道具とかガラクタばっかり置いてあるところがあって、そのへんに置いた気がする。」
「ほう。」
実に参考にならない意見だ。工事中のため、建物のほとんどが鉄柵と足場に囲まれている。当然、工事で使う道具や材料も、道の傍らに置きっぱなしだ。
三角コーンや鉄パイプやら。工具箱も重機もある。
「なんか、それらしい場所がたくさんあるんだが。」
「あの時はあの時で必死だったから、細かいところまでは、ちょっと。」
「おい。」
チサナの横っ腹に手刀を突き刺す。それじゃあ見つかるものも見つからないだろ!
「探すしかないのか……。チサナ、とりあえずエスターヴァに追われて走った道を思い出せ。その間のどこかにあることは間違いないだろ。」
「うん。」
聞くとチサナの隠れ家だったという場所は、5番街の入口付近にあるようだ。そこに工事の道具をしまっている倉庫のようなものがあるらしく、そこに住み着いていたらしい。
学生のフリをしているというチサナは日中は学校に行っていたので、バレなかったそうだ。
暗くなると危険なので、工事は夕方に終わる。倉庫を開ける人間がいなくなったあと、明け方に少しだけチサナが羽を休めるというわけだ。
デザイアはもともと夜行性なので、休むのは明け方に、ほんの少しだけらしい。
「エスターヴァには見つかったんだろ?」
手分けして道端の瓦礫の山をあさりながら、チサナに聞いた。
「どんな奴?」
「強い奴。」
と簡潔な返事が帰ってくる。
「名前は確か、ミヤトって呼ばれてたかな。警察騎手が一人いて、その二人組。」
「は!? 警察騎手?」
街内巡回パトロールや犯罪者の逮捕をする一般の警察組織だ。
「エスターヴァと警察って仲間なのか。」
街のお巡りさんが敵だなんて、そいつは厳しいぞ。
「いや、厳密には違うと思う。エスターヴァのことも、魔女のことも、一般の警察組織の知識にはないはずだ。ミヤトっていう銃を使うエスターヴァの個人的な知り合いだろう。」
銃を使うエスターヴァ、ミヤト。
ナルホド、俺がフルボッコにする相手はそいつか。うむ。しかと覚えておくぜ。
「けど、お前の受けた傷、切り傷ばっかりだったけど。」
「銃弾か切り裂くんだ。聖水を仕込んである。」
設定細かいなぁ。
いや、設定じゃなくて現実の話か。そうですか、銃弾に聖水がね…。細かいなぁ、設定。
チサナも厨二だけど、エスターヴァも負けてないな。
「警察騎手と一緒だったってことは、なんだろ? パトロールでもしてたのか? 開発区の?」
「隣の4番街の調査だったかもな。」
ありそうな話だ。
調査の帰りにフラリと立ち寄った開発区で、闇市よりマズイものを見つけてしまった、なんて。
「くそ、見つからないぞ、鞄。」
二人で話しながら探していたが、目当ての鞄が見当たらない。
「黒い、大きな鞄なんだけど…」
「エスターヴァに先に見つかったんじゃないだろうな?」
「冗談じゃないぞ。」
仮にエスターヴァに先に見つかっていたとすれば、処分されてしまう可能性が高い。
そうなれば、チサナの大切な魔女さんを救いだす計画は、すべて泡となって消える。
「チサナ、……」
もっと別の場所を当たった方がいいかも。そう言いかけて、止まった。
「見つけた。」
声がかかった。後ろから。俺とチサナが何事ぞと振り返る。
「探しものはコレでしょ?」
逆光を受けて、顔は見えない。
だが、若い男が立っていることはだけはわかった。短く揃えた髪にビジネススーツ。一見、ごく普通の会社帰りの人だ。
見た目は。
「エスターヴァだ!」
チサナが、いち早く反応した。
そして、何故か真っ先に俺の背に隠れた。




