未完のデザイア
チサナの長い昔話を聞いている間に、見事に午後にさしかかった。
というのは、話しの始まりが神話の時代まで遡ったからだ。オルトエイシスと呼ばれる神話は、神と人間の歴史書であるらしく、実際の出来事をまとめているらしい。
神が人を創りだすところから始まる物語。
人間は技術の進歩と文明の躍進の影で、海や森を殺し始める。それを見た神は地上に使徒を送り、人間の魂を冥土へ送ることを決意した。
しかし、人間はそれに対抗するため戦う一団を作り、神に逆らう。
チサナ曰く、神の使徒とは今の『魔女』であり、魂を護るための人間側の一団が、『エスターヴァ』であるらしい。
神の使徒もとい、『魔女』たちが人間の魂を全て冥土へ送る。この作業が魔女達の中では『世界再生』と呼ばれているらしい。
世界再生を行うには、邪魔になるエスターヴァを倒さなければいけない。
こうして神話の時代から、神と人間の代理戦争のような形で、魔女とエスターヴァは戦い続けているらしい。
今の話と全く関係ないけど、俺、歴史は苦手。
そして時は流れ、神と人間……魔女とエスターヴァの戦争は、今も各国で続いている。当然、このミハヤの街でも、それは変わらない。
チサナがデザイアとして作り出されたのは、俺の住むこのミハヤの街から少し離れた別の国で、ランゲージという港町だったらしい。
海がいつでも見れたそうな。羨ましい。ミハヤは内陸国なので、川はあるけど海はないのです。
チサナは、魔女が操る冥土の悪魔ディティアスと、その港町に住む少年を使用して作られた高位の使い魔。まだ未完成であるらしいが、さらなる改良の余地ありとして、作り主の魔女にはたいへん重宝されていたらしい。
つまり、可愛がられていたようです。
しかしエスターヴァとの戦いの中で魔女は亡くなり、肉体だけが残った。そしてチサナは魔女の魂を求め、聖堂のあるこの街へ来たというくだりらしい。
「それでこの街にいる…エスターヴァに、襲われたのか?」
俺の質問に、コクリとチサナが頷く。
今は昼放課で、場所は人気のない屋上。教室では話しにくい内容だから、というのもあるが、普段全くつるんでいない俺とチサナが一緒にいると、周りが珍しそうな顔で見てくるので、逃げてきた。
「あの魔女の人運ぶ時、どうしてたんだよ?」
「キャリーバッグにつ…」
「それ以上言うな! 恐ろしいわ!」
死体、魔女。復活、戦争。非現実的な話を相手にしているのに、合間、合間に授業も入り込んでくる。頭がおかしくなりそうだ。
「だいたい、お前の事情はわかったけどさ。」
紙パックの牛乳を、ストローでちうちう吸う。
「生き返らせるなんて、ホントにできんの?」
「情報は集めてるんだ。その為に、他の街の魔女にも会ってきたんだし。」
チサナ曰く、同じ魔女でもあまり協力的ではないらしい。組織として、キッチリとタテヨコのつながりのあるエスターヴァと違い、魔女は自由。正しい血統や魔力の高さで権力にも差があり、魔女同士の潰し合いすら珍しくないと言う。
「そういうの、ウザくないか?」
俺がストレートに聞くと、
「正直、ちょっとね。」
とチサナもストレートに返してきた。二人で笑い合う。
転落防止のフェンスに寄りかかり、チサナが続けた。
「魔女の復活に必要な知識も、道具も揃った。あとは魂を呼び戻すだけ。死んだ魔女の魂は、聖堂に集まるって言うからな。」
「魔女の魂は聖堂に、か。…でも、ずっとそこにあるとは、限らないんだろ?」
「魂は循環する。つまり、別の魔女として生まれ変わるんだ。その時にはもう、彼女の記憶も人格も残らない。だから、そう、彼女の魂が別の誰かに変わってしまう前に、なんとかしないといけないな。」
屋上の爽やかな青空の下を、風が通リ抜けた。チサナのサラサラした髪が揺れる。
学校の屋上からでは少し遠いけど、ディティアス大聖堂が見える。
チサナの目は、真っ直ぐにその尖塔の先を見つめていた。
「…帰りに、近くを通ってみるか?」
「いいのか?」
勢いよく、チサナが振り返った。
「17番街の先だぞ。ちょっと遠い。」
「いいよ、ちょっとくらい。遅くなってもバレねぇし。」
土曜日まで家に誰もいないことは、説明済みだ。
「寄り道もしていいか?」
「ドコへ?」
「5番街。開発区にあるんだ。前に隠れてたトコ。」
エスターヴァに見つかったとかいう、隠れ家だ。
開発区は隣り合う4番街(表には出ていないが、闇市が多い)と並んで、あまり人の近寄らない区画だ。女子供が単独ではまず入らない。
「お前、あんなトコにいたの?」
空になったパックを潰しながら、聞き返す。
「エスターヴァの追手から逃げる途中で、魔女の再生に必要な道具とか、全部隠してきたんだ。俺は彼女を抱えて逃げるので精一杯だったから。エスターヴァに見つかる前に、なんとかして取りに行かないと。」
隠れ家に置いてきたのは、道具を入れた鞄だけ。そこに誰が住んでいたとか、わからないようにしていたと言うから、確かにチサナは隠れて暮らすことに慣れていたようだ。
凄いなぁ、と呑気に感心してから、そんな生活をしなくていいようにしてやりたいと思う。
ちなみに、学校で使う教科書や体操服は、コイツ全部置き勉です。俺もやってるからいいけど、ロッカーはいっぱいだし、机重たくなるんだよなアレ。
今日は血まみれのシャツで登校というわけにいかないのでシャツを貸してやると、学校に行けば体育のジャージあるとか言うし。上から着てるし。似合うし。
「それ、どこに隠したかちゃんと覚えてるんだろうな?」
「たぶん、大丈夫、と思う。」
自信のないチサナの返事と共に予鈴が鳴る。
「あ、やばい。午後の授業はなんだっけ。」
「HRだろ?」
「じゃあ、主に寝るな……」
チサナの人間らしい発言に思わず吹き出す。
寝るんですか、チサナさん。デザイアなのに。
教室に戻ると、あっという間にクラスの仲間たちに囲まれた。その勢いが凄まじかったので、チサナと俺は抱き合ってキュキュッと縮み上がる。
「二人とも、いつそんなに仲良くなったの?」
開口一番がそれだ。
そう来ますよね、やはり。
「チサナって喋るんだ? 何話してたの? 今日はチサナ、なんでジャージ?」
「二人で一緒にお弁当食べたの? チサナくんのお弁当、どんな感じ?」
皆、言いたいことを一斉に言ってくれるので、さっぱり要領を得ない。十数人に囲まれるだけで、十分怖いよ。
「えっと、…」
返答に迷う俺に代わり、チサナが口を開く。
「昨日の夜から、仲良くなったんだ。」
「昨日!?」
集まった仲間の視線が、一気にチサナの元へ集まる。チサナが喋るだけで、十分視線が集まるというか。
「昨日はエスターヴァに半殺しされたところを、アルファが保護してくれたんで、そのまま家に泊めてもらった。」
とチサナがまたしても爆撃を投下するので、俺は慌てて横から手を出し、チサナの口を塞ぐ。
コイツ、人間のフリをすると言いながら、隠す気があるのか、ないのか。
「一体、何があったの…?」
当然の疑問を、誰かが口にした。
皆不審なものを見る目だ。その質問に対する答えは用意していなかった、という顔でチサナが、口を塞がれたままこちらを見つめてくる。
「えぇと…」
俺も考え込んだところで、
「くだらない! 皆、席について!」
ピンと糸を張ったような鋭い声が、人集りを貫いた。全員がほぼ一斉に振り返る。
そこには学校指定の女子制服をキッチリと着こなしたクラス委員長、エンカ・リリーが立っていた。胸元の大きなリボンが揺れる。
攻撃的なポニーテールと、口元のホクロがトレードマークだ。
チサナが小声で「ダレ?」と聞いてくるので、今の説明をしてやる。
鶴の一声というのか、彼女の言葉には従わざるをえない空気があるので、皆おとなしく席へと戻っていく。
おかげで人の壁も崩れ、都合よく始業のチャイムも鳴った。
「ありがとう、リリーさん。助かった。」
礼を言ったつもりだったが、何故か彼女は俺の方をキッと睨むと、自分の席に戻ってしまった。機嫌が悪いのか、なんなのか。
「いつもあんな感じ?」
チサナに聞かれて、俺もよくわからないので首をひねる。
「美味しそうな人だけど、俺はアルファみたいに優しい人が好きだな。」
「いつもは、あんなにツンツンしてないんだけどなぁ。」
チャイムから数分遅れて、我がクラス担当のメグ先生こと、マーガレット・ラルカスが入室してくる。
メガネでふわふわクセ毛のメグ先生は、まるで計ったように何もないところで転ぶのがお約束。
「みなさん、お待たせしました…はう!?」
教室に入るなり、何もない床でトゥルンと滑り、転倒する。
天然だ。
短いタイトスカートが、見えそうで見えない絶妙なチラリズムを生み出す。とか言ってると、クラスの女子に叩かれそうだ。色んな意味で。
そしてその先生がぶち撒いた資料やファィルを、律儀に回収するリリーさん。この二人のバランスで、クラスは成り立っている。
「いつもこんな感じ?」
チサナの質問に、俺は大きく頷く。
毎度こんな感じです。
「みんな、もうすぐテスト期間に入りますが、勉強は進んでいますか?」
復活したらしいメグ先生に聞かれて、「はーい」と良い子のお返事をする男子たちと、その男子をシラケた目で見る女子たち。
チサナも机に肘をついたまま、冷めた目で俺を見ている。
「…なんだよ。」
「昨日の夜はテレビゲームするとか言ってたけど。…勉強してる?」
「うるせぇな! してるよ!」
ゲームしながら寝落ちたことは黙っておく。
時期はテスト期間にさしかかっている。それでもこのくらいユルイ状態なのは、俺達がまだ2年生だからだ。受験も就職もまだ少し先のお話になる。
俺達の通う学校は四年制。年はバラバラで、だいたい10歳から14歳までの子供が、二年生のクラスに振り分けられている。
「勿論、勉強は大切ですが、テストが終われば長期休暇になりますね。」
メグ先生のこの一言で、教室の中はサワサワとし始める。
「その為にしっかりと準備をしなければいけません。」
毎年、『ココルの実の季節』には、しばらく学校が休暇に入る。旅行する奴も、帰郷する奴も、家でゴロゴロと無駄に過ごす奴も、みんなそれぞれだ。
「学校、お休みになるのか。」
チサナが少し驚いた風で言う。
「ミハヤじゃ毎年そうなんだよ。チサナにはその方が、都合がいいんじゃないか?」
「あぁ、助かる。」
毎年、ダラダラと過ごして時間を浪費している俺も、今年はチサナと一緒にいつもと違った休暇を過ごせそうだ。
期待大。
「テストの後は忙しく、まとまったHRはとれないので、今のうちに休暇の手引を配りますね。」
とメグ先生の説明に、チサナの「ナニソレ?」という顔。
休暇中、生徒がしてはいけないことや、行ってはいけない場所のことが書かれている紙で、「毎日、家の手伝いをちゃんとしましょう」とか、「ハメを外して火遊びするのをやめましょう。」とかいう教師からの警告。
と説明してやると、
「じゃあ、あとは任せた。」
と眠りの国へ旅立とうとする。
「待てコラ。」
前髪を引っ張って無理矢理起こす。
「寝るくらいなら、話の続き! 今日の帰り、行くんだろ?」
ミハヤの街は広場を中心にして放射状に道が広がっていく。広場を囲むヴォーグ通リから全ての番地へと繋がっていき、さらに道は別れていく。
目当ての大聖堂は、17番街の先だ。
「遅くなっていいとはいっても、さすがに徒歩じゃ無理だ。時間がかかりすぎる。バスに乗るか?」
「羽が出せれば飛んで行けるけど。」
俺は沈黙する。
だ、大丈夫。皆、メグ先生に見惚れているか、話を聞かずに寝ているかだ。今のチサナのバカみたいな発言は聞かれていない。
「羽はダメだろ…?」
どこから生えて来るんですか、羽って。
背中?
生えて来ちゃうのか、お前の背中から?
「目立つでしょ…?」
「じゃあ、バスにする。」
「そうだな。5番街に寄るから東周りに乗るとして、メイン通リのセブンティンスセンスで乗り換えだな。それで聖堂に行くとして、具体的に何をしにいくんだ?」
「わからない。ゆううつな魔女が言うには、魂を取り戻すには一定の手順をふまないといけないらしいけど。その具体的な内容は……ゆううつな魔女も聖堂へ行ったことはないから、わからないって。」
また知らない単語が出てくる。
「ゆううつな魔女って?」
「ミハヤにいる魔女だよ。この街に入った時に、比較的協力的に、あれやこれやと手助けしてくれたんだ。たぶん、結構な古株じゃないかと…」
なるほど。ミハヤには昔から魔女が住んでいたわけか。全然知らなかったぞ。
「ところで、その…、ゆううつな魔女ってのは、何? 名前じゃなくて…何? 肩書? 通リ名? 何?」
「それが名前だよ。本当の名前は捨てたんじゃないかな。名前ってのは、良くも悪くも個人に繋がるものだから。名前があれば、悪魔との契約ができる。逆に名前を知られると、自分を良く思っていない敵に呪われることもある。」
魔女同士の呪い合いなんて、恐ろしいこともあるらしい。
嫌な世の中だ。同じクラス内でもイジメがある、みたいなものか。仲良くしなさいよ、脳味噌3歳児じゃないんだから。
「どーでもいーけど、チサナはそのゆううつな魔女と一緒にはいないのか? 俺といるよりは安全そうだけど。」
「自分の主以外の魔女とは、あまり一緒にいない方がいいんだ。」
そうなのか。
よくわからんが。付き合ってる女子以外の女の子とは、あまり一緒にいない方がいいっていう、人間世界の常識と同じようなものか。
そういえば、気にはなっていたんだけど。
「チサナはチサナを作ってくれた魔女の人が好きなのか?」
ガターン!
と、派手な音をたててチサナがひっくり返ったので驚いた。
さすがに大きい音がしたので、教室中の生徒が振り返る。俺の方へ椅子ごと倒れこんだチサナを見て、メグ先生がさらに目を丸くした。
「どうしたの?」
「なんでもないです。」
ヨロヨロと立ち上がって机に手をつくチサナ。顔が赤い。
(あれー!? コイツ、ガチか!)
と、ツッコミたくなる程、マジなようです。チサナよ、どういうビックリ方したらそうなるんだ?
やばいやばい、ニヤける。
「チサナ、顔赤いな。」
クラスの男子、誰かがそう言った。
「メグ先生に今更ホレたか?」
「コラ、からかわないの!」
自分の名前がでたので、いたたまれないのか、メグ先生が珍しく怒った。
「大丈夫? 体調が悪いならちゃんと言ってね。」
後半はチサナに言っていた。
イスをたて直しながら、チサナは小さく頷く。席に戻りながら、こちらをキッと睨んできた。
そんな睨まれても。
「お、お前そんなガチな反応すると思わないだろ。」
まさか、まさかです。
そう小声で前の席へ言ってみるが、機嫌をそこねたらしくチサナには無視されてしまった。
おい! 無視するなよ! という叫びもスルーされる。そこまでですか。
わかりました。スミマセンでした。
仕方なく休暇の手引に視線を落とす。と、不意にリリーさんと目が合った。特に意図したわけではなく、なんの気なしの視線の衝突だった。
にも関わらず、
「バッカみたい!」
という口の動きとともに、引き剥がすように離される視線。リボンも勢いよくパタッとはためく。
一体、なんなのです。
「使い魔は普通、感情とか持たないんだ。これが『スキ』って気持ちなら、それはステキだなと思うんだけど。…でも、人間の感情が残っているうちは、デザイアとして未完成ってことだよな。」
俺に言っているのか、自分に言い聞かせているのか。よくわからない発言をして、チサナは黙る。
そして俺は勝手に考える。
未完成のデザイア。
人間の感情が残っている。だからチサナは自分の生みの親である魔女を、好きになったのかもしれない。
だが、昨夜のチサナはこうも言っていた。魂を冥土へ送り返す魔女と、人の魂を護ろうとするエスターヴァ。その戦いが終わり、人間の魂を全て冥土へ返すことができた時、魔女たちは自由になれる。
それが、チサナの願いだと。
そして戦いに勝つために、デザイアは強力な武器になる。
だから不完全な自分から作り直してもらうのだと。
完成されたデザイア。俺も口の説明を聞いただけなので、どういうものだかわからないが。
しかし、聞いた話では羽とかでちゃうらしいから、人間離れしたものなんだろうね。やはり。不完全でも血とか飲んじゃう奴だからな?
その完全体になった時、チサナに人間らしい感情が残っているのか考える。誰が大切だとか、そういう感情が失くなってしまうとしたら。
俺のことも、普通に話せるくらいには仲良くなったってことも、忘れてしまうとしたら。
(デザイアとして、よくわからない生き物として完全になるってことは、『スキ』って気持ちは消えてしまうのでは……)
ということを、一人悶々と考える。
うむぅ。チサナよ、それでいいのか? 本末転倒?
(とにかく、冷静になって考えてみれば、チサナの話は納得のいくことばかりじゃないな。)
今、俺の一つ前の席に、人間じゃない何かがいる。
俺はそれが「デザイア」というものだということも、目的も、行動も、だいたい知っているから、冷静に授業を受けたりしているけど。
今なら手が届く。まだ、俺の手が届く。
だけどいつか、この手が届かなくなる日がくる。そんな気がした。




