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6番目の死霊  作者: 近衛モモ 
side.Dilious
6/10

 翌朝、何事もなかったかのように朝が来た。

(ま、そりゃ普通に朝がくるよな。)

 昨日の夜は、俺にとっては少し特別な出来事があった。あったけれど、それだけだ。

 世間的にはいつもの日々となんら変わりない。

 ミハヤの街はいつも通り、4時すぎには外が明るくなり始めていた。

 ディティアス大聖堂の一番下の尖塔から、朝日が昇ってくる。俺はいつもの朝の通り、陽が昇るのと同時に目が覚めた。

 学校へ行くまで、十分な時間がある。寝ていればいいんだけど、いつも不思議とこの時間に目がさめてしまう。 

 こうして一夜あけてみれば、頭がスッキリする。

(昨日のアレは、…夢だったとか。)

 塾の帰り道。

 学校で気になっていたクラスメイトが、帰路の途中で血まみれで座り込んでいるのを発見。

 その後、緊急保護。

 ソファに寝かせて傷の手当。

 事情を尋ねると謎の単語を連発。

 魔女。デザイア。ディイリアス。神。人間。エスターヴァ。戦争。

 なんのこっちゃ。

 着替えて、顔を洗う。俺が寝ていたのは、いつもの自分の部屋のベッドの上……ではなく一階のリビング。

 テレビがあって、ゲームがつないである。

 俺はそのすぐ横で、ゲームのコントローラーを握って寝ていた。ゲームをギリギリまでやって寝るのは、親が家にいない日はたまにやる。

 まさか本当に夢オチ? そう思って、廊下に出た。

 二階へ続く階段。窓から陽の光が射している。明るい。早朝の為、物音も一切ない。

 静かな空気の中、階段を上がる。 トン、トン、と音が響く。

(自分の部屋へ行くのに、なんでこんな、なってんだ。)

 緊張している。

 怖いのとは違うし、わくわくしているのとも違う。

 もし本当に夢だったらどうしよう、と思っている。部屋は階段を上がってから、並ぶ扉の手前から3つ目。

 扉はキッチリ閉まっている。

(もし、チサナが中にいたら、……寝てるかもしれない。寝てたら、起こさないで下に戻る。)

 ドアノブを掴み、手前に引く。ほんの少しだけ。数センチだけ。

 キイ、と小さく音が出る。

 部屋の中の空気は重くて、廊下より少しぬるい。カーテンの向こうが明るくなって、光の中に埃がキラキラ舞っていた。

 扉をもう少し引いて開け、今度は一歩中に踏み込む。空気こもってんな、と思いつつソファを探す。

「……チサナ」

 彼はそこにいた。

 そして俺の予想した通り、ソファの上でまだ寝ていた。

「夢じゃなかった。」

 ということは、ベッドの方にはあの死体のような女性も眠っているということだ。

 結論、夢オチじゃなかった。

 良かった、と言っていいのかわからない。だけど俺は今、少し安心した。夢じゃなくて、良かったと。

 巻き込まれたかったという言い方では、俺がおかしな奴に思えるかもしれないが、実際そうだ。

 この際、ハッキリ認めよう。巻き込まれたかったし、チサナの助けになりたかった。俺も平凡すぎる日常を離れて、チサナと同じ場所に立ちたかった。

 階段を下りてリビングへ戻り、テレビゲームを片付けて、床に大の字で寝そべる。

 少し遅れて、今朝の朝刊がポストに入る音がした。

 非日常と大きく書かれた赤い手紙が、俺の胸ポケットにも放り込まれた。




 それから、朝っぱらから洗濯したり、新聞をとりに行ったり、珍しくちゃんと朝食の準備をしたりしているうちに、チサナが起きてきた。

 ドアを開く音にも、階段を下りてくる音にも全く気が付かなかった俺は、

「アルファ。おはよう。」

 後ろから呼びかけられて、驚いて飛び上がった。

「わ!」

 と言うと同時に、フライパンの中のケーキも飛び上がる。

「チサナ、びっくりさせんな。」

 振り返ってそう言うと、髪を寝癖でピャンピャンハネさせたチサナが、小さく「ごめん」と謝った。

 昨日の血のついた学生服のままで、まだ少し眠そうに目をこすっている。

「お前、もう起きたの? 怪我してんだから寝てろよ。」

 と言って俺はフライパンへ向き直る。

「上の部屋のソファ使ってていいから。俺は学校に行ってくるからな。ホットケーキ焼いておいておくから、気が向いたら食えよ。」

 普段なら早朝、目が覚めてから家の仕事を片付けると、漫画やゲームに興じていることが多い。朝食は面倒で、パンと牛乳で平気で昼まで保たせてしまう。

 今日はチサナがいるから、ちゃんと準備したけど。

「それからお前は、今日は学校を休んで……」

 言いかけて止まる。

 背中に何かぶつかる、軽い衝撃とぬくもりを感じたから。

 チサナが寄りかかってきたことに気が付き手を止める。

「どうした? 具合、悪い?」

「気持ち悪い。」

 おい。俺の肩で吐くなよ。

「腹減りすぎて、逆に気持ち悪いの。」

 確かに空腹を放っておくと気分の悪くなる体質の人もいますが。逆にって何?

 全然逆の話しじゃないし、むしろ順当だよ。

「そういうことは早く言えよ。もうちょっとで焼けるから待ってろ。」

「俺、そういうのは食べたことない。」

「え?」

 一瞬、フライ返しを取り落としかけた。

「お前はどこの貧民だよ。ホットケーキだぞ普通の。」

「人間の食べ物は口にしたことがない。」

 また怖い発言が来よった。チサナはごく当然という顔で、俺を後ろからホールドしたまま、ポツリとつぶやくように言う。

「水は?」

「飲むよ。」

「それ以外は?」

「人の血とか。」

 俺は心の中だけでキャアアアと叫んだ。人の血ですか。液状物ばかりだな。

 固形物は食べないんですか。

「人の食べるものも食べられるけど、エネルギーにはならないんだ。 」

 思考が危うく停止しかけた。

「チサナ…? えっと、冗談だよな? さすがにグロいぞ。」

 半分は本心から、そう言った。

 そして心のもう半分は、信じかけた。

「チサナが普通じゃないのは知ってたけど、あんな状態を保護したあとだし。何と戦っているのかまでは、そりゃ知らないけど……でも、チサナは人間だろ?」

「半分は人間。そのくだり、昨夜も説明しなかった? それでアルファ、俺、今すごいお腹が空いてるんだけど。モノは相談というか…」

「却下!」

 間髪入れず答えた。チサナが悲しげに「速答…」とつぶやく。

「当たり前だろ。人間じゃない奴に血を吸われるなんて、想定外です。俺はお前が何かと戦っているみたいだから、力になりたくて…。でも、人間じゃないなら、なんだって…」

 だんだん、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。

「人間じゃないなら、なんなんだ」

「だからデサイアだってば。ところで一口でいいんだけど。」

 とまだ諦めていないチサナの台詞が続く。

「俺はデサイアだから、人の血をがあればしばらくはもつ。でも足りなくなるとダメなんだ。理性がとぶ。人を襲う。そうなったら、もう、誰かがなんとかしてくれないと。」

「なんて他力本願な……」

 それは俺が逃げたところで、別の人間が襲われるということだろう。

 それなら、俺が選択することは無意味だ。

「アルファ、はやく。」

 言いながらもチサナの口は、すでに俺の肩についている。舌が首筋を這う。今、味見されているのだなぁと思うと、気が変になりそうだ。

「やだやだやだやだ。」

「ほんとにすぐ終わるのに。」

「じゃ、じゃあ、せめて、1.2.3でいかないか?」

「うんうん。」

 チサナは軽い返事をした。子供が駄々をこねて、それをあやす母親のような感じの口調だ。

 チサナとしては久しぶりの食事なので、あまりややこしく言われたくないのかもしれない。

 しかし俺は言う。コンロの火を止め、少し離れる。

「ホントに、ゆっくり、まずは、1…」


 2で噛み付かれました。


 普通に痛い!よ!

 頭が混乱していて、自分がしている行為に良いとも悪いとも判断がつかない。

 一週間前にこの街にやって来たクラスメイト。近寄り難いと周りの皆が口を揃える。不思議な空気をかもした少年。

 日に日に増える傷。

 俺はその不思議な空気が好きで、普通じゃないのが興味深くて、いつか彼に深く関わりたいと思ったし、力になりたいと思った。

 でも、実際関わってみると、想像していた彼の姿とはだいぶ違った。正義のヒーローみたく何かと戦っているわけじゃなかった。

 というか、人間じゃなかった。しかも、よくわからない連中に殺されかけている。さらに俺は血を要求されていて、むしろ俺が半ば殺されかけている。

(俺が断ったら、チサナが死んでしまうか…別の誰かが襲われてしまうわけだな。それは、どっちも嫌だけど……)

 唇なのか、舌なのか、何か触っている感触がした。

「ひっ」

 と声が出てしまって、

「大丈夫、最初が痛いだけで、あとは痛くないよ。」

 とすぐにチサナが取り繕う。

「嘘はつくなよ!」

 シャツをはだけて肩を噛まれたようだ。そのあたりがジワッと熱を持っている。それから、また少し舌の触る感触があって、それ以降は何も感じなかった。

 なるほどチサナの言うとおり、痛いのは最初だけだ。

 一度、やりにくいからと場所を変えた。リビングにある低いテーブルに座らされる。

 ああああああ。

 やだやだやだやだ。やだやだやだやだ。

 俺の血は栄養剤的な何かに利用されているのですね。

 チサナのばかー!

 もう嫌いだー!

 ウワーン! なんか思ってたのと違うのよ。

「このまま血を吸い尽くされて、骨と皮だけにされるんだ…」

 ガクブル。

「しないっへびゃ。」

 言いながらもチサナが食事を進めていく。ジュジュジュと謎の音。

 なんか頭がグラグラしてきた。傷口がまだずっと熱い。 出血が悪くなると、チサナは忙しなく舌を動かす。

 一秒が、一分にも二十分にも感じた。

 長い長い一秒に、心音が倍速で響く。

「んー、もう血がでないな。」

 ごくん、と飲み下す音。続いてチサナがつまらない声を出した。

 顔を離したチサナと、ふいに目が合う。口元の赤い液体を拭った手。

「ふぅ。次は腕のあたりから…」

 意識ぶっ飛びそうな俺に、本格的に意識ぶっ飛ばしそうな発言をするので、

「い、や、で、す!」

 全力否定した。

 視界が安定しないせいで、テーブルからコロンと落っこちた。低くて助かったよ。下は絨毯。

 柔らかいな。助かった。上はどっちだ?

「もう嫌だよ。」

 と素直に口にした。

「もう嫌だ。もう無理。」

 噛まれた傷口の熱は、知らない間に体中を広がっていた。吐き出す息も熱く、視界は揺れている。

 急に今の醜態に恥ずかしさがこみ上げてきて、顔を手で覆う。と、顔も熱い。耳まで熱い。

「ちょっと、……いま、かお、みないでくれ。」

「うん? うん。わかった。」

 カクカク頷き、チサナは少し離れたところに立つ。少し気を使ってくれたようだ。

 今更ながら気がついたが、息を止めていたらしい。

 大きく吸って、大きく吐く。

「はあぁっ……。」

 放心。

 オワタ。

 冷静になってくると、ようやく熱が冷めてきた。それと同時に、周囲の音も耳に入ってくる。

 鳥が鳴いている。時計が鳴っている。今は何時だ? 鐘の音がどこか遠い。すごく遠い。

「アルファ、大丈夫か。」

 ふいに現実に引き戻される。いつものチサナの声が、呼びかけてきた。

 二拍遅れて、俺は「大丈夫くない。」と返す。

「悪かった。」

「チサナは少しは腹の足しになったのか?」

「助かった。ごちそうさま。」

 なんだこれ。

 なんだ、これ?

「アルファには助けられてばっかりだ。これで二度目だな。」

「ヨカッタデスネ。」

「怒ってる?」

「オコッテル ト オモウ。」

 人の血を平気でグビグビぷはーってするなんて、厨二のなりきりでは不可能だろう。

 本当に、人じゃない何かなんだ。チサナは。

 人間じゃないクラスメイトの、秘密を知ってしまった。望んでいたことじゃなかったのか? 

 なんで及び腰だよ。しっかりしろよ、俺。

「ホントにありがとう、アルファ。人間にしておくのがもったいないよ。」

「怖いこと言うなよ。」

「今まで俺にとって人間は、殺すもので、エスターヴァも同じで、魔女は護るもので、そういう感覚しかなかったから。」

「もーホントにやめて。」

 しかもまた例の単語の羅列だ。でも、チサナが本当に人の血を飲んだりしている以上、それらの生き物…魔女だとかエスターヴァだとかも、本当に存在することになる。

 ふいに、二階の自室で眠っている、女性のことを思いだした。

「ちょっと聞くけど、チサナが連れてた…、あるいは護っていたあの女の人ってさ、魔女? …とか、昨日言ってた?」

「うん。そう。」

 とあっけらかんと返事が返ってくる。

「そして後者。俺は彼女を護る。何があっても絶対に。」

「デザイアだから?」

「あぁ。それに、彼女にはこの戦争を終結させる力があるんだ。資質があると言ってもいい。まだ若いし、魔法も未熟だけど、悪魔を生み出して操る能力は歴代でズバ抜けてる。だから、他の魔女より大切だ。価値がある。」

 そのへんでわからなくなったので、俺は黙る。

「俺は彼女を…彼女の『肉体』を護りきって、必ず魂をとり戻さないといけない。そのために、聖堂のあるこの街へ来たんだ。」

「聖堂? ディティアス大聖堂?」

「そう。聖堂の建てられた意味は知ってるか?」

 昔っからある、ということ以外は知らない。なので俺は短く首を振った。

 チサナは何か言いかけて、それから口を閉じる。

「どうした?」

 問いかける俺に、おもむろに返す。

「そろそろ家を出ないと、学校に遅刻する。…このくらいの歳の人間の子供は、学校に行ってないと怪しまれるんだろ? 前の街でそうだった。デザイアは人間のフリをしているのが一番楽だから。」

「そんな理由で学校に行くなよ。」

 どうやって入学したんだと聞きたい。そして、もう一つ聞きたい。

「学校行ってから説明してくれればいいけど、聖堂に何かあるんだろ? そしてお前の護っている魔女は『肉体』だけ…、それってまさか。」

 嫌な読みだ。我ながら。

 外れて欲しいと願った。

「そう。彼女は今は『肉体』たけだ。魔女の死体は焼いても焼けない。だから土葬が習慣なんだけど。そして『肉体』さえ残っていれば。聖堂に眠る魂を取り戻してきて、生き返らせることができる。」

 俺はようやく 彼女の肌が異様に白かった理由を理解した。血が通っていなかったからだ。

「それじゃあ、彼女は…」

「彼女は、…俺の大切な魔女は、死んでいる。」

 長く息を吐きながら、チサナが言い切った。


 そう。この時すでに、引き返せないところまで踏み込んでいたのだ。

 唖然とする俺の頭上にある部屋のベッドで、魔女の死体が眠っている。




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