表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6番目の死霊  作者: 近衛モモ 
side.Dilious
5/10

塾帰りにデザイアを拾う。

 塾帰り、帰宅路の途中で血まみれのクラスメイトを見かけた時、俺は心臓が縮むのを感じた。

 比喩ではなく。

 自転車がキュキューッとブレーキをかけるのと同時に、ギュギューッと圧迫された心臓は、それから一瞬にして早鐘へと変化した。

 首の方から熱が上がってくるのを感じながら、俺は自転車を横に倒した。

 それから、路上に座り込む彼の元へと駆け寄る。

「チサナ!」

 チサナ・オールレンジは、先週転入してきたばかりのクラスメイトだ。

 周りになかなか打ち解けないので、きっと名前をきちんと覚えているのも、俺くらいだろう。別に暗い奴ではないのに、クラスの奴らはチサナのことを、「近寄るなオーラが出てる」ってよく言う。

「チサナ、大丈夫か?」

 住宅街に続く一本道だ。

 座り込んでいる彼に呼びかけると、怯えたように振り返った。

 俺ではなく人に。誰であれ、人の目についたことに、一瞬怯えたのだろう。

 わかっているから、早口に付け足す。

「大丈夫だって。俺、お前のクラスメイト! 学校で会うだろ、わかる?」

「学校…。」

「お前の一個後ろの席だよ。アルファ・プリアスタ。その怪我はどうしたんだ? とにかく、人目につくのがマズイなら、俺の家に…」

 行こう、と誘いかけ口を閉じた。

 チサナが抱えているものが目についたからだ。青白い肌に、長い銀髪。白いドレスを着ているみたいだけど、ところどころが泥の黒や血の赤で汚れている。

 女だ。

 それも、ちょっと年上で、いい女。女の方は傷ひとつないようだが、今その目は固く閉じていて意識はない。

「アルファ……」

 ようやく、チサナが口を開いた。

 口の端が切れて、血が流れている。腕にも足にも、痛々しいくらい傷が目立つ。

「助けてくれ、頼む。」

 と彼は言った。

 叫ぶような声にも聴こえた。

「お、おう。」

 チサナの連れていた女がちょっと…いや、かなり気になったが、考えている場合じゃない。

「頼まれた。」

 もともと帰宅途中で、家はもうすぐそこだった。

 街灯がこのあたりは少ないので、日暮れの時間はあたりが薄暗く、ほとんど人目にもつかない。

 どこかの家から、夕飯のいい匂いが漂ってくる。そういえば腹へったな、なんて思いながら、自転車を起こす。

「チサナは怪我してるだろう。その人、俺が背負ってくから。チサナ、チャリ持ってくれよ。」

 チサナの負担を少しでも減らすため、自転車のカゴに入れていたカバンも、引っ張り出して自分で担ぐ。

 チサナは女の人と離れがたそうにしていたけど、体力の限界も事実だったらしく、黙って言うとおりにした。

 立ち上がると、フラついた。あわてて抱き止めると、白いシャツが、血でグッショリ濡れている。

 腹も切っているみたいだ。

「帰ったら止血してやるから。」

 もう声を出すことも辛いのか、チサナが小さく頷くのが伝わってきた。

(うん。もういいから、お前何も喋るなよ。)

 



 いつか、こんなことになるんじゃないかと思ってた。

 というのは、決して俺が予言者だからとかいうんではなく。

 学校で、いつも一人でいるチサナを見ていて、変わった奴だと思っていた。話しかけてみると、暗いわけでも、よそよそしいわけでもないのに、ふいに会話が続かなくなる時があった。

 一人でいる事を全く気にかけていないチサナは、まるで空気にとけているみたいだった。

 チサナの持っている独特の、不思議な空気が俺は嫌いじゃない。いや、もっと言うと、少し惹かれていたかもしれないくらいだ。

 だからいつも彼を見ていたし、日に日に増えていく怪我にも気がついていた。

 何をしているのかわからない。だけどいつか、チサナが一人で抱えている『何か』に俺が関わるようなことがあれば、力になりたい。

 そう思っていた。




(だからといって、あんなところに血まみれで座り込んでいられてもね。)

 今日は水曜日。学校の後に塾がある日。もえるごみの日。夕飯はチョコフレークと牛乳だけ。

 テキトーに食べて、サッサと片付けて、残った時間はテレビゲーム。

 宿題と塾の課題は、明日、学校の友達と一緒にやっつけてしまう予定。

 スケジュールは自分でたてていた。というのは、土曜日までは仕事の都合で、両親が街を出ているからだ。

 兄弟もいないし、小さい頃から何かと一人でやってきたので、数日一人で家にいたって何の不便もない。

 そんなようなことを説明すると、

「そーゆーもんなの?」

 と珍しく感心した顔を見せた。傷の手当てを受けたチサナが、ソファで横になっている。

 ベッドの方にはドレスの女が。相変わらず、ピクリとも動かない。

 一滴残らず血を抜いたような真っ白な肌は、生気を感じさせないので、不安になる。

 場所は俺の部屋。明かりはつけず学習机のスタンドライトだけをつけている。チサナは暗いところが落ち着くみたいだ。

 俺も賛成した。明るくしていると、チサナがいつまでも寝ない気がしたから。

 全身、包帯とガーゼだらけになったチサナは、ソファの上で目を閉じていた。俺は一階のリビングへ薬箱を片付けに行って、それからダイニングに寄って水とグラスをとってくる。

「チサナ、生きてるか?」

 定期的に声をかけないと、こっちが不安になるからな。開いたシャツから、白い包帯に血が滲んでいる。腹の傷はちょっと深かったらしい。

 というか、学生が腹や肩を切りつけられるって、どういう状況だ。

「生きてるよ…、アルファ。助けてくれてアリガトウ。」

「お前ちゃんと病院行って、それから…警察も行った方がいいよ。なんなのか、わかんないけどさぁ、……」

 それから俺は、立て続けにいくつか質問した。

「その女の人は誰? お前の姉ちゃん?」

「違う。彼女は魔女。デザイアである俺を作った人。」

「でざいあ、って何?」

「高位の使い魔。」

「…それで、お前はなんでそんなに怪我だらけなの?」

「隠れ家がエスターヴァに見つかったんだ。ミハヤの街のエスターヴァは優秀だな。まだ一週間だってのに。」

「………。はぁ。」

 チサナって、もしかして厨二病?

 俺はまた一階のリビングまでとってかえして、『家庭の医学』をひきずりながら、また戻ってきた。はたして『家庭の医学』に厨二病の項目があったかどうか。

「アルファ、何してる?」

「チサナって不思議な奴だと思ってさ。」

「そんなんで調べたって載ってないと思う…」

 やっとチサナは、少し笑った。頬の大きなガーゼが目に痛い。口の端に血が固まって、黒光りしている。

「アルファも、変な奴だよ。」

「そうかな?」

 ソファの横に座って、本は床に置く。俺はチサナの顔を覗きこんだ。

「どこがだよ?」

「普通の人間なら、こんな危ないやつ、助けずに放っておくだろ。」

 普通の人間なら、間違いなく通報すると思うが。

「チサナだって、人間のはずだろ。」

「半分はな。ディリアスと人間と、その二つを複合して創られるのが、デザイアだから。俺はまだ欠陥品だけど…彼女が完成させてくれる。」

 彼女、という時にチサナはチラリとベッドの方を見た。今、部屋の中はスタンドライトの明かりのみ。反対側のベッドは、暗闇の中で殆ど見えない。

「デザイアは並のディリアスと違って攻撃力がケタ違いだし、人型をとれば武器を持てる。エスターヴァを倒す手がかりになるのは間違いない。そのためなら俺は、体をいくらいじられたって構わないんだ…。」

 荒い息を含み、チサナの口調は苦しそうになっていく。

「ディリアスとデザイアが両腕になった魔女なら、必ずエスターヴァを倒せる。そして、人間の魂を全て冥土へ還した時、神と人間の戦争は終わる。役目を終えた魔女たちはやっと自由になれるんだ。それが、俺の願いなんだよ、アルファ…。」

 チサナの声はどんどん小さくなっていって、やがて途切れた。

(眠ったか…)

 冷たくて細いチサナの体に毛布をかけてやる。

 何があったのかわからないし、何を言っているのかもわからないけど、やっぱりチサナが普通じゃないのはよくわかった。

 そして俺はそのわけのわからないことに、ちょっと巻き込まれた感じになって、でも結果的にチサナの助けにはなれた。

(アリガトウ、って言ってもらえたし。)

 うん、嬉しい。

 やっぱりチサナはカッコイイな。なんか、普通じゃない感じが。

 もっと彼のことを知りたいとは思うけど、今日はもう遅いから明日にしよう。

 そう思って、机のスタンドライトを消した。闇があっという間にあたりを包む。俺はなるべく物音をたてないように部屋を出て、それから階下へ下りた。



 この夜の出来事が、全ての始まり。

 魔女とエスターヴァの長い戦いの歴史、ひいては神と人間の戦争の終結に向かう、物語の始まり。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ