ティアラとアヤテ
犯した罪に対して、何の見返りもないなんて、そんなのは現実じゃない。
世の中は因果応報に出来ているものだ。
そういうような事を考えるようになったのは本当に最近で、それも少し気を抜くと考えこんでいるという具合である。
今、俺は暗い生前を過ごしたミハヤの街の3番街を歩いていた。かつての友人の営む料理店に行く為に。
気分は重い。
そして足取りも遅かった。
「遅いぞ、まだ慣れないのか?」
先を行く、猫と少女が立ち止まって振り返る。
後ろを歩く魔女がスカートを踏んで転ぶのを見て、一人と一匹で同時にため息をついた。
「霊体をそのままにしておけないのはわかるけど、その辺の魔女を捕まえたのはマズかったな。」
こくん、と少女ティアラが頷く。
喋っていたのは、ティアラが肩にのせている黒猫、アヤテ。
立ち上がった魔女こと俺は、クソ長いスカートをまくり上げて、腰の少し下で結んだ。
成程、歩みが遅いのは、気分の問題だけではなかったらしい。
とにかく動かし辛いこの体は、少し前に強制的に与えられたもので、まだ自分の思うようには動かなかった。
死んでいたらしいのである。
俺が。
そして罪を持った魂は転生も成仏もできないそうで、俺は自分の罪を償う為に、この少女と労働にはげまなければならないらしいのである。
それはもちろん、実体なしにとはゆかないそうで、偶然街を歩いていた仮装の魔女をティアラが無理矢理に使ってくれた。
「いいの、そんなことして。」
という俺の質問に、ティアラではなくアヤテが代わって答える。
「契約として体を借りるからには、通常は物か動物でないとダメだ。けど今回は仕方ないだろ。どれがカボチャで、どれがコウモリで、どれが何なのか、よくわからなかったんだから。…ティアラだって、たまに間違えるんだよ!」
とにかくこの黒猫は、ティアラ少女にご執心なのである。
ほんのわずかな時間を共に過ごして、わかったことがもう一つ。このティアラ少女はとにかく、静かで無口だということ。
ニコリと笑って返したり、頷いてみたりと、決して反応がないわけではないのだが、コミュニケーションに物足りない。
もとは盗人で、今は魔女の仮装の俺が、人の交わりをどうこう言う資格もないが。
ところで魔女と言ったが、ミハヤの街ではいつでもハロウィン続きなのかといえば、そうじゃない。
俺が死んだのは十月の最終日、つまり俗にいうハロウィンだったらしい。そこに縛られているのは俺の魂。
だからこの街はオレンジに輝き、黒い生き物が往来を行き交っている。
ティアラとアヤテにこうして保護され、従属させられている今も、このミハヤの街は俺の視点で見ればハロウィンの町並みだ。
カボチャにミイラにコウモリにガイコツ。それでも、人間たちは普通に時の流れている街に見えるらしい。
俺の更生を担うティアラやアヤテやその仲間だけが、俺と同じようにハロウィンの街に見えているらしいが。だから俺も魔女に放り込まれてしまったわけになる。
「…なんでこんなことに。」
「つぶやいていないでキビキビ歩け!」
センパイにお叱りを受ける。
「任務完了するために、今日中に集会所につかないといけないんだからな。」
少女ティアラと黒猫アヤテ。
この二人は、何も趣味で霊の更生を促進しているわけではない。
『ティアドロップ』という組織の一員の一組であるらしい。罪を持った魂を保護し、共に仕事をすることで更生、罪の償いをさせて、成仏を促す。
そういうことが、組織的に行われている。
この住み慣れたミハヤの街で。
俺もあまり育ちはよくない。食うために闇の世界へ足を踏み入れることもしばしばあったが、その頃は思いもしなかった。
こういう、本当の意味で『闇の世界の住人』というものに出会う日が来るとは。
「しかも、その謎の組織の集会所が、まさかのダチの店。」
昔、武器や仕事を流してもらっていた、気のいい仲間だった。それが表向きには料理や酒を出す店をやっている。
俺みたいな奴でもシャレた店だとわかる外観は、煉瓦造りの二階建てに、クラシックなデザインのランプが飾られている。
三角屋根には細い煙突。アヤテ曰く、ランプが点灯している間は飲食店経営中。そしてランプが消えると『ティアドロップ』の集会所へ姿を変える仕組みらしい。
店名は『オレンジ・ドロップ』。
3番街の片隅に、シグナの川を背に建っている。俺達は今、その川にかかる橋をボチボチわたっているところだった。
夜道の中を、カボチャをかたどった街灯が照らしている。薄暗い中、仮装の親子連れが忙しなく、二人と一匹を追い越していった。
「ダチの店はいつぶりだ?」
ティアラの肩の上で、黒猫が振り返った。
「いつぶりやら。正直、時間がまわっている感覚がない。」
肩をすくめてみせると、猫は器用にハナで笑った。
「だろうな。」
「祭りだよ。…もう、このところ、ずっとこんな感じさ。この街は。」
「アンタの目にはな、魔女さん。」
「魔女ゆうな。」
やけに視界が悪いと思っていたら、ブロンドの髪が顔の前にかかっていた。橋を乗り出して水面を鏡代わりに、女の真似をして髪を耳にかけてみる。
落ちてこない。
「髪が安定する。」
「女の勉強か? 死んでからすることじゃないだろ。」
「なぁ、……」
手をひろげて呼びかけると、少女が振り返り、少し首を傾げた。
「あぁ、悪い、お前じゃない。猫の方。」
と呼び直す。
「なぁ、黒猫。なんで突っかかってくるんだ?」
「べつに突っかかってる訳ではないさ。ただ、おとなしいなと思っているんだ。更生させると言っても、もとは犯罪者。普通はもっと抵抗するからな。」
「どういうふうに?」
俺の質問に、猫は答えない。
バカにした風で睨み返してくるだけなので、重ねて質問する。
「アンタはどんな風だったんだ。…猫の姿をしているってことは、アンタも元は何かやらかした犯罪者で、その猫に突っ込まれたんだろ? それでティアラに面倒見て貰ってるんじゃないのか。」
つまるところ、俺のセンパイということになる。
まぁ、犯罪者にセンパイもコウハイもないが。
「上等だ。わかっているようだから教えてやるが、俺はお前よりヤバイ件をいくつもふんでる。」
「それで、魂を回収された…?」
ティアラに。もっというと、『ティアドロップ』に。
「どのくらい、一緒に働いてるんだ。」
「ずっと。」
「ずっとって、どれくらいだ? 俺はどれだけ働けばいいんだ。」
「ポイントが貯まるまでだ。」
ポイント制らしい。
まるで市役所の向かいに建っているドーナツ屋みたいだ。あそこもポイントを貯めれば割引がきいた。
甘いものが実は嫌いじゃなかったので、ちみちみと通ったものだ。
「主な仕事は犯罪者の魂の回収だ。魂にはディイリアスが集るから、それとも戦わなくちゃならない。主だって動くのはティアラだが、俺達はその補助だ。」
黒猫が、喋らないティアラの代行で説明してくれる。
「ディイリアスが他の穢れなき魂をとり込もうとしている時は、討伐にも出向く。ディイリアスにとり込まれた魂は『ディエリア』と呼ばれるが、これを討伐するには別の専門部隊がいる。ただ、バッタリ出くわすと足止めくらいはしなくちゃならない。たまにある。注意。」
フムフム。
勉強になります。
「しかし、戦ってばかりだな。」
「命数を管理するってことは、大変なんだ。」
肩で話すアヤテの横で、ティアラもウンウン頷いている。二人しかわからない苦労があるようだ。
疎外されてる俺。
「俺にもできることなんてあるのか。」
その質問には答えはかえってこなかった。
歩き続け、やがて橋の終わりが見えてくる。
大通りから離れると人通りは絶えてきた。道の角の先は、もう目当ての店だ。
あたたかい光が見える。
「はぁ。着いた。」
と、その時。
ビュッと音をたてて、黒く巨大な影が、橋の上をよこぎった。
後方から、前方へ。
「鳥?」
にしてはデカイ。
橋の横幅を埋めるほどの大きさだ。
「違う、ディイリアス!」
アヤテが叫んだ。
ティアラが空を見上げるので、つられて俺も同じようにする。
黒くて大きな鳥は、どうやら通り過ぎた一匹だけではなかった。無数の群れで上空をバタバタしている。飛び方がどことなくコウモリに似ているが、サイズはケタ違いだ。
「ティアラ、戦闘準備。」
こくん、とティアラが頷く。
こっちも安全に生きてきたわけではないので、「戦闘」という言葉くらいは耳に慣れていたはずだった。
それでも橋の上にピリッと緊張がはしると、心臓が締め付けられる気分だ。
さらに、
「イリアス」
ティアラが口をきいたという事実に驚く間もなく、
「遊撃手✕元カノの部屋の鍵=ゴールデンキース」
今度は彼女の目から古びた鍵がでてきたことに息を飲む。
初対面では凝ったメイクだと思った眼球の穴は、ホントに穴で、彼女の身長の1.5倍の長さはある鍵が収まっていた。
それを思うだけでも、
「うぇ…」
「『うぇ…』だと!? ティアラに失礼だろ!」
いつの間にか俺の肩に、いや魔女の肩に移動していたアヤテに前足で叩かれる。
長すぎる鍵は真ん中より少し下を持っても地面につく。それをあの細くて白い腕で持ち上げて、頭の上で三度振り回した。
肩慣らしだろう。
そしてティアラが左上段から下段へ振り下ろすと、金の星形の斬撃が飛んだ。
「ギッ」
帯状になって仲良くバタバタしているコウモリのうちの数匹が、斬撃の餌食になって落ちてくる。
言葉もでない。
「な、なにが…」
石橋の上を後退りすると、さらにアヤテにデコをはたかれる。
「逃げるな、ティアラの後援!」
「と、いいますと?」
褒められたことではないが、銃を持ったこともあれば、人を撃ったこともある。こういった状況でビビリこそすれ、腰を抜かすことはない。
腰を抜かした方が楽だったのに。
アヤテに急かされて橋の中央までにじり出る。
ティアラが続けて繰り出す斬撃で、上空からはボタボタと死体が降っていた。
鼻につく血の臭いと、石畳に叩きつけられる肉の音。コウモリらしきものが、死に際にあげる声。
よくない光景だ。十代半ばの少女に見せていい光景ではないだろう。
ティアラは慣れた風で大鍵を振り回し、敵を撃ち落としているが。多勢に無勢で、表情は苦しそうに見える。
あぁ、成程。
ああいう苦しそうな表情を見せられると、後援が必要かとは思うが。
「何をしろと」
「とにかく、ディイリアスを一箇所に集める。それさえできれば、ティアラが別のイリアスで片付けてくれるさ。」
イリアスとかディイリアスとか。
「よくわからないんだが。」
「つまり囮になれってことだ。それでどこでもいいから少し切って、実体から霊体を少し出す。」
言われた通り石橋の真ん中で、指先を少し噛み切ってみる。
綺麗な指だ。爪まで色がつけてあった。
「イテ」
「ガマン。」
とアヤテに短く叱られながら、血の滲む指先を高く突き上げた。
囮も経験だ。これは慣れている。
「実体を傷つけるってことは、目には見えなくても霊体が外に漏れてるってことだ。そもそもディイリアスが集ってくるのは、お前の『罪』にだからな。一箇所濃く出ていれば、そこに集中してかたまるはず。」
「…で?」
「お前は喰われる。」
「ですよね、やっぱり…」
沈黙しかけた俺を見かねてか、アヤテが背中を肉球のついた手のひらで押した。
「まぁ、ひるむな。ティアラがなんとかしてくれる。」
いつにも増して自信たっぷりという風で言う。
当のティアラは、キリがないと判断したのか、鍵を振り回すのをやめた。そうしている間にディイリアスと名のつくコウモリの集団たちは、俺の頭の上にかたまり始める。
橋の上を帯状にぐるぐる取り囲んでいた先程までとは違い、単発にそれぞれが急降下と爪で俺達を狙ってくることもない。
とにかく今こそ全員一丸となって、俺を食い殺そうという主旨が見てとれる。
暗雲のように、頭上にたかる闇の生き物たち。
「ギィギィ」と鳴く声は、地上のどの生き物よりも凶悪に思えた。
その中に混じって、ティアラのあの淡々とした声。
「武器職人✕暗殺兵器=シルバリエ」
手に持つ大きな鍵が砂のように空中に消えるのと同時、またティアラの目の穴から、別の武器が現れる。
耐えられんことに、毎度あそこから武器がでてくるそうだ。ティアラよ…。
そして今度の武器は鍵などという武器らしくない武器ではなく、火炎放射器という、それらしいそれだった。
銀に光る筒状のそれは、細長い銃身の後方に、小さなシリンダー二本が取り付けられている。
少し切った血の滲む指先を空につきたて、「イエーイ」の体勢で固まっている俺。その目の前で、火炎放射器というよりはバズーカ砲に近い形のそれを、ティアラが空に向ける。
バクバクバク
と今では鳴き声よりも口の開閉音の方がやかましくなったコウモリたち。俺のすぐ目の前に迫っているからである。
そして口をパクパクしている。
横並びの牙たちが、覗いて隠れて覗いてを繰り返す。
ティアラ。
早く。
どーにかしてくれ。
思ったけれど口には出さなかった。人に頼るような言葉が、そう簡単にでてきてくれない口なのである。
近くで見るとディイリアスたちは、やたらに凶悪面だった。おまけに羽音も酷い。
黄色く光る小さな目に、バランスの悪い巨大な口。
その口が、牙が、今まさに指先を食いちぎろうとした時。
カチン。
という小さな音と共に、ティアラが引き金を引いた。
「伏せ!」
アヤテの号令が飛び、すかさずしゃがみ込む。
その瞬間、爆音と共に炎が吹き出した。ティアラの構えた火炎放射器のその銃口から。
橋の上は真昼のように明るくなり、橋を造っている石の割れ目も、アヤテのボサボサの毛もよく見えた。
その火の勢いと眩しさに、衝動的に目を閉じる。
「ギィッ」
と、どこか近くでディイリアスたちの断末魔が聞こえる。そして唐突に肉の焼ける臭いがたちこめた。
吹き出した炎が空中でディイリアスたちを包み込み、火の玉になったようだ。
炎の奇襲は大成功だった。
「燃えてる…?」
薄く目を開く。
視界いっぱいいっぱいまで、黄色とオレンジの光でよく見えない。かろうじて見上げた上空から、ディイリアスの死体が大量に降りそそいでいた。
雨というには質量がありすぎる死体の群れ。橋の外側に落ちたやつらが、絶え間なく水音をたてていた。
上空を舞った炎は、ディイリアスを焼きつくした直後に、信じられないほどあっけなく消えた。
炎とそれから、爆風も消え失せる。
臭いがとにかくキツいのと、視界が残酷絵図だ。
地面に落ちた死体の中で比較的、形が残っていたものと目が合う。顔の半分が失くなって、目は白濁していた。
完全に焼けているのだろう。
(煙たい……。)
そして喉の奥が痛い。鼻も痛い。目がシバシバする。
俺は死んだんじゃなかったのか?
死んだのに痛みを感じるなんて、納得がいかない。
「片付いたのか?」
ケホッとむせた。
熱い空気を吸い込んでしまったらしく、喉の調子がとにかく悪い。視界は白い煙に包まれ、横風にゆっくり煙が流れていた。
「眉がこげてるぜ。」
いつの間にか、アヤテは足下にいた。
ガシャッと音をたてて、ティアラが武器を下ろす。銃口はまだ白煙を吐いていた。
自分の体格に合わない重そうな武器を振り回して疲れたのか、ティアラはふぅ、と息をつく。
あたりが静かになったことで、風が吹き抜ける音がやけに大きく聞こえるようになった。広大な夜空がやっと見通せるようになり、空に星と月が見える。
「ごくろうさん、ティアラ。」
鍵と同じようにまた武器が消えて、ティアラも駆け寄ってきた。
アヤテの声掛けにはコクっと頷き、それから少し心配そうな顔をして、こちらに視線を投げてくる。
なんだか、「大丈夫?」とかいう感じで。
「あぁ、…大丈夫だよ。」
ホントのところは、あまり大丈夫ではない。
再三言うが、喉も痛いし煙たいし。
それに目の前の光景も、あまり気分のいいものじゃない。
それでも無難に答えたおかげで、ティアラはニコッと笑ってくれた。
よくわからないが、死なずに済んだようだ。
なんなんだ、まったく。
「それにしても気になるな。あの数で襲い掛かってくるっていうのは…」
アヤテも全身黒い猫なので、灰を被ったのか無事なのか、よくわからない。
「数は多かったけど。…もともと襲いかかってくるものなんだろ? 敵なんだから。」
俺がごく当然の返答で返した。
説明では、そういうように聞いているのだ。
「まあ、そうだけどな…」
アヤテがなおも何か言い淀んでいた時、
「お前ら、いつまでそこでたむろってるんだ?」
ふいに声をかけられた。
「う。」
という一声と共に、アヤテがちまちまと俺の足下で身を隠した。
呼びかけてきた声は女の声で、それもまだ若いような気がする。ティアラが少し顔を伏せ、俺の…この魔女ちゃんの着ているローブを、ギュッと掴む。
なんだ、なんだ、次々に。
ティアラはもとより、アヤテも喋らないので、自然と俺が口を開く。
「……誰だ?」
呼びかけてきたのは、予想通り年の若い女。橋の先の曲がり角から、姿を見せた。
短いボブショートの髪に、ミニスカート。頭の上には、白いオバケか何かの面をのせている。ストライプのシャツに、赤いリボン。
俺から言わせれば、ハロウィンに浮かれた小娘だ。
「ギルドの外で騒ぐな。怪しまれるだろう。」
と言って、たてた親指でクイクイとその先の建物を示す。
「早く中に入れ。」
「って、その言い方…。アンタも『ティアドロップ』か。」
「あん? アンタ、アタシの顔も知らないってのかい?」
頭にオバケの面を乗せているとは思えない可愛げのなさで、小娘が言った。
「アタシは『ティアドロップ』のリーダー、ミストだ。ナメた口をきいてると、首と胴体を切り離すぞ。」
めっちゃ怖い。




