ミハヤ
目が覚めたら状況整理。
日頃からの習慣だ。
えーっと、昨日は一日で色々とありすぎた。
食べたり、寝たり、痛みを感じたり、やっていることは生きている時と変わらないのに、俺はどうやら死んで霊魂となっていたらしい。
ティアラやアヤテに出会って、自分が何をしなくちゃいけないのかは、わかってきた。
だけど実際に自分に何が出来るか、実戦に出てみないことには、わからない。
俺が目を覚ましたのは、見慣れた住処ではなく、ティアラの住む小さな部屋だった。
小部屋なのである。ここは二階で、一階には雑貨屋がある。木造の質素な造りで、家具は少ないが植物は多い。
「なんだっけな、このツルのある葉っぱ。ポトス?」
ベッドに座った俺の正面に立って、ティアラがこくりと首を縦に振る。
「好きなのか?」
もう一つ、こくん、がくる。
朝日の中で、ティアラの髪がキラキラと輝く。ティアラの好きな葉っぱも、ベッドの上や机の上や、窓辺や、棚の上だとかで、元気よく光合成している。
狭い部屋に住人は二人。俺が来る前はアヤテがいたけど、それでも二人と一匹。
植物とか置いていないと寂しいのかもしれない。
部屋の内装も、このポトスたちを抜いて考えると、殺風景なものだし。
「俺も好きだよ。」
と言ってみれば、ティアラがニコッと笑う。やっぱり喋らない。
理由はわかっている。ティアラの声には魔力があるから。
周囲に影響を出さないために、あえて声をひめているのだ。
(…納得いかねぇなぁ。俺だけか、こういう考え方するの。)
いや、アヤテもだろ。と一人ツッコミ。
ノックの音が二回して、部屋の外から声がかかる。
「ティアラちゃーん! そろそろお仕事の時間なんじゃない? 遅れるとお給料減っちゃうわよ。」
一階の雑貨屋のオーナーで、この部屋をティアラに貸している主だ。毎朝、こうしてモーニングノックしてくれるらしい。
猫を甘やかすような声で喋るところ、誰を相手にしても全く怖じない性格が出ている。
ティアラのジェスチャー曰く、ここらじゃこの人が最強らしい。
壁にかかった時計を見る。短い針と長い針が、仲悪そうにてんでの方向をさしている。
「時間みたいだな。……そろそろ行くか?」
ティアラがぴしっと手のひらを向ける。「ちょっと待って」だ。
そして左手は軽く上に向けて、俺に何か差し出す仕草。
「ちょっと待って。渡したいものがある。…だな。」
俺の通訳に、ティアラは100点を出してくれた。そして、少し錆び付いた小さい鍵を取り出してきて、俺が出した手のひらの上に落とす。
「家の鍵?」
俺の質問。返答はYES。
「合鍵?」
これもYES。
「持ってていいのか?」
これには、腰に手を当てて頷く。
『その方が便利』という意味だろうか。
そうか。それなら、そうしよう。
合鍵を貰って、それをポケットにつっこむ。この服はとにかくポケットが多い。
可愛らしくレースをあしらったポケットが、スカートに二つも三つもついているのだ。死んだばかりで着替えがない、そう言った俺に雑貨屋のオーナーが貸してくれたのは、かなり抵抗のあるドレスファッションだった。
ヒラヒラした装飾がムダに多く、色調は黒地に白のレースのモノクロトーン。
「ゴスロリ系よぉ。似合うじゃない?」
と言われたが、似合うのは俺じゃなくて、この体の魔女ちゃんだ。
今日はもう魔女の仮装ではないけれど。
家の外へ出ると、呆れるほどの快晴だった。
ミハヤの天気は気分屋さんで、延々雨が降り続いたかと思えば、何事もなかったかのような顔で、晴れ続いたりする。
青い空の下、家の前はカボチャが並んでいた。近所の子供たちも、仮装の準備を楽しんでいるようだ。
ハロウィンのお祭りは、昨日もしてたし、その前もしてたでしょ、とツッコミたくなるが、この街がずっとこんな調子の理由も知っているから、仕方がない。
10月31日。
俺の死んだ日。
その日から街の流れは、俺の中でずっと止まってしまっている。
ティアラの家もとい、雑貨屋「ファイン・レンシア」が建つのは商業区の外れ、一番街の中ほどだ。
3番街、『ティアドロップ』の集会所へ行くのに、広場の横を二人で歩く。
この晴れた天気の下、ゴスロリ服はかなりキツイ。
こんなものを着て自分が街を歩いていると思うと嫌だが、ティアラと雑貨屋オーナーに、「似合う!」と絶賛されたので、しぶしぶ押し切られた。
道沿いにパッションカラーのワンピースをディスプレイしたショーウィンドウ。その前に立つと、そこに俺の姿は映らず、ゴスロリ服の女が映る。
(確かに、似合うけど。)
金の髪、黒のドレス、白のレース。
俺としては、黒色にしか縁のないファッションで生きてきたので、落ち着かない。
その俺の横を、白くて新しいシャツと、丈の長い上着を着たティアラがテクテクと歩く。
「宮門に会ったら、絶対笑われると思う。」
ティアラに向けて言った。口元に手を当て、ティアラは柔らかく笑った。そうかもね、と。
それからギルドまでの道のりを、早朝散歩のような気分で二人で歩いた。会話がないのは言うまでもないが、不思議とその沈黙も心地いい。
死んだなんて、嘘みたいだな。
死というものの定義にもよるのか。
会話の代わりに街に目を向けたが、ミハヤの街は常に代わり映えしない。煉瓦の色も街の空気も。
騒がしいかと思えば、こんなにおとなしいミハヤの街。
今日も街のシンボルのディティアス大聖堂が、朝陽の中で黒光りしている。




