ハロウィンの死霊
年に一度の祭りだった気がする。
仮装の連中が街を練り歩いて、訳のわからない言葉を喋って、菓子やジュースをせびる祭り。
俗に言うハロウィンというのは、俺の記憶の中では年に一度の催しだった気がする。とにかく秋も深まり、いよいよ冬かという時期だった。
だが、この街はおかしい。もうここ数日、延々とこの馬鹿騒ぎである。
街はオレンジと黒のツートンで、カボチャとコウモリが溢れかえっている。白い布を頭から被ったオカルトな集団が横断して行き、面やマスクで得体の知れない大人が菓子をバラまいている。
ミハヤの街のヴォーグ通りを16番街まで歩いて来たが、歩けど歩けど同じ光景である。
働く気がないのかね、この街の連中は。
「こんばんは」
声をかけられて振り返ると、黒いコートに短い白髪の少女が佇んでいる。煉瓦の地面を、汚れた革のブーツが踏みしめていた。
じっとこちらを見上げてくる瞳は、左側だけ眼球が入っていない。くっぽりと空いた空虚な黒い穴。
手のこんだメイクだ。
「悪いけど、菓子はないんだ。」
子供に声をかけられるだけでも珍しい。
このところ、ちっとも人と話す機会がない。道路に寝そべっていたって、公園のブランコを独り占めしていたって、どきなさいと言われたためしがない。
少女は肩に黒猫を乗せていた。そして、なおもジッと見上げてくるので、再度手を振る。
「悪いな、ホントに何も持ってないんだ。」
嘘は言っていなかった。
本当にグミベアーのひとかけらも持っていなかったのだ。
少女はニコッと笑みを浮かべると、人混みの中へと消えていった。それを見送って、また煉瓦の通りを歩き出す。
なにせ、人が多い。
平日の通勤ラッシュ並だ。いったい、どこからこんなに人が湧いてくるのだろう。いや、人だけではなく、近所の森からでてきた野犬までもが、地面に落ちたクッキーやパイのかけらを漁っている。
通りに面してオープンテラスのあるあのカフェは、もう少し時間が遅くなるとバーに変わる。昔は仲間とよく集まって飲んだのだが、今は全く声がかからない。
皆、忙しいんだろうか。
特に俺や他の仲間のように、家庭や決まった職を持たない連中は、祭りの騒ぎに乗じて…ということがある。
つまりは、空き巣というやつだが。
16番街も通り過ぎると、ここからはセブンティンスセンスと呼ばれる、17番街、光の道である。
都市の中では最大の大きな通りは、商業の中心地で、ここを真っ直ぐ行けばディティアス大聖堂へ続くことから、そう呼ばれている。
観光気分で歩いていると、やたら長い仮装の列に出くわした。見ると聖堂の方で賑やかに火がたかれている。
ハロウィンに乗じた仮装舞踏会だと気がつくのに、少し時間がかかった。着飾った美魔女たちが、横を通り過ぎていく。
皆一様に季節の祭事を楽しんでいるようで、結構。
そうか。
この異変に気がついているのは俺だけか。なんだってこの街は、一夜限りの祭りを遊び続けるのだろう。
ミハヤの街、セブンティンスセンス。
空には満点の星と赤い月。視界は良好。
どうしてこんなことに。
「気がついてないな。」
人混みを歩き進む。肩の上の猫が喋った。
「自分が死んだ事に。」
こくん、と頷いて返し、とにかく前へ進む。白い布のオバケに、ミニスカートのキュートな魔女。彼女の持つホウキに、ウォーキングデッド。
頭にネジの刺さったフランケンに、オオカミ男、エトセトラ。
あらゆるものが歩行の邪魔をする。
何かに引っかかって転びそうになりながらも、目は離さないでいた。目の前を歩いていく一人の男。
死霊から。
未だに自分の死んだ十月の最後をさまよい続ける魂。あるいは、異変くらいには思っているかもしれないが。
「ハロウィンの死霊ね。これで更生も終わりかぁ。」
感慨深い様子で、猫が言った。たった今スラムを抜けだしてきたような、みすぼらしい猫だ。
この黒猫、名前はアヤテという。
そして、その猫、アヤテを肩に乗せて歩く少女、ティアラ。
黒いコートに古めかしいブーツ。肩に乗せた猫の重みで、体が斜めに傾いている。
瞳は左側だけが黒い穴になり、眼球は無かった。
「生前の名前は悪くない。だが、職なし。家族なし。盗みで食っていた犯罪者。決まった家もない。ないないずくしだな。……おぉ、ティアラ、転ぶなよ。」
大きな銀行の前を通り過ぎる。
窓辺に飾ったプレートは、『now,it is HALLOWEEN today.』の文字。
角を左に折れて、大聖堂へ続く大通りを進む。
「まぁ、なんと言っても成功させようじゃないか。俺とお前の『ティアドロップ』としての最後の仕事だ。」
『ティアドロップ』。
ミハヤの街に暗躍する、魂と命数の管理者集団。
中でもティアラは、犯罪者の魂を担当している。
生前に償いきれていない罪のある魂を保護し、仕事を手伝わせることで更生を促し、転生させるのが仕事だ。
肩の上の黒猫アヤテも、生前の罪を残して旅だった、もとは一人の人間だった。
更生し、穢をなくした清浄な魂だけが、転生を許される。
「失敗は御免だ。この仕事でようやく点数が貯まるんだからな。早くあの無自覚男を回収しようぜ。」
途端、フと周囲が暗くなる。
何か、大きく黒い影が、月の前を横切った。
「ディイリアス!」
肩の上で。アヤテが叫んだ。
「ティアラ急げ、来たぞ!」
「……っ。」
弾かれたように、ティアラが駈け出した。
『ディイリアス』。
それは犯罪者の魂を効率よく地獄に落とす為、『ゆううつな魔女』が放っている小さな悪魔である。
それらは霊魂に取り付き、凶暴化させる。
「近頃の『ゆううつな魔女』は手が早くなったぜ。」
肩から落ちないようにバランスを取りながら、アヤテが悪態をつく。
ティアラはそのアヤテの転落を気にかけながら、全速力でオレンジの街を駆け抜けた。
大聖堂に向かって走っていく。小さな子供のオバケも、女学生のメデューサの集団も、ティアラのことは全く気にかからない風で、祭りを楽しんでいる。
前へ進むほど人は多くなり、人口密度も高くなってきた。
道の左右には知らないうちにキャンディバーの屋台が並び、楽しげなお喋りや人々の熱気に圧迫されていく。
アヤテはティアラの肩から頭に移動したが、ティアラの身長ではあまり意味は無かった。
「見失うぞ、ティアラ。」
アヤテが焦った声をあげた。
こくん、と無言でティアラは頷いて返す。
そして、ようやく口を開き、小さく囁いた。
「遊撃手×元カノの部屋の鍵=ゴールデンキース」
穴だけの左目から、長い鍵が突き出してくる。
長さは二メートルほどか。アンティークなデザインの鍵だ。
一番下の鍵山に足をかけ、強く地面を蹴る。するとほぼ垂直に、空気を斬って、鍵ごとティアラとアヤテは上空に舞い上がった。
「あぁ、上から探すのね。」
ヤレヤレといった感じで、小さい二つの目をこらすアヤテ。
夜空に金色が二つピカピカ光っていても、いくつもの星に混じって溶け込んでしまっている。
ハロウィンの夜の街は、上空から見ても明るい。
不思議な温かみをもつオレンジの光。
街灯は光の道に沿って真っ直ぐだ。光は放射状に広がっているが、その中でも最も太い一本、セブンティンスセンスがのびる先に、光の塊、大聖堂がある。
そしてその大聖堂の左の塔の下辺りに、黒い影が密集している場所がある。
黒いものとは、巨大な羽を持つ生き物の、無数の群れだ。二百はいるだろう。
「見つけた。」
アヤテが口を開くと同時に、鍵はゆっくりと、やはり垂直に降下する。
「ディイリアスがもう集っていやがる。蹴散らして、魂を回収するんだ。急ぐぞ、ティアラ。」
こくん、とまたティアラが頷いて返した。
地上が近づくにつれて聴こえてくる音。
「キィキィ」と耳障りなこの音は、幾匹ものディイリアスの鳴き声だ。
そして、その群れに囲われて、ハロウィンの死霊が立っていた。
こちらを見上げている。




