第七話
美夏と話した翌日。
美夏は本当に転校してきた。
それも、俺と同じクラスに。
「この春から転校してきました。春風美夏です! よろしく、お願いします」
元気いっぱいに挨拶すると、クラスの視線を一人占めする。
美夏は客観的に見ても可愛いとは思う。
それにあの胸だ。
思春期真っ最中の男子高校生に、あの暴力的なまでの胸は、目に毒でしかない。
「ちなみに、志熊拓海君とは許婚です!!」
最後に、いらない爆弾を放りやがった。
美夏のせいでクラスは阿鼻叫喚。
地獄絵図。
「拓海! どういう事だよ!」
健吾が煩くわめいている。
こういう時、一番煩いのは健吾と相場が決まっている。
俺は無視しようと、窓の外なんぞをニヒルに眺める。
「拓海~! やっと二人になれたね~!」
俺は無視すると決めていたのに、美夏の方からこっちへ来てしまった。
しかも飛んで抱き付いてくるというオマケ付き。
「な、何であいつばっかり!!」
「あいつの何が、そこまで美少女を惹きつけるんだ!」
男子から聞こえる怨嗟の声。
彼等の恨みは根が深い。
「美夏。頼むから静かにしててくれ」
「それは無理だよ~。だって拓海とは久しぶりに会ったんだよ?」
「昨日も話しただろ。今日も生徒会室に来れば、話ぐらいはするから」
「本当に!? 約束だからねっ!」
美夏は満足気な様子で、自分の席へ戻って行く。
残された俺は、針のむしろだった。
美夏が来てから、何とかその日の授業を乗り越え放課後。
現在生徒会室には、俺と莉夏。
静乃先輩に美夏の四人が集まっている。
「拓海君? どうして関係ない人がいるのかしら?」
「それはですね。どうしても生徒会室に行きたいと、美夏が言ったものですから」
思わずいつもより畏まってしまった。
静乃先輩は、今日もご機嫌斜めらしい。
「そう。それじゃあ、今日は解散しましょうか」
「えっ?」
普段と違って、冷たく言い放つと先輩は一人退室してしまう。
「あ~あ。お兄ちゃん追いかけた方がいいんじゃない?」
「でも……」
「でもじゃないでしょ! ここで追いかけなかったら、静乃先輩と仲直りできないよ。それでもいいの?」
「ごめん。俺ちょっと行ってくる!」
出て行った先輩を、俺は全速力で追う。
「いいの?」
「何が?」
「だって、静乃先輩と拓海を離れさせるチャンスだったじゃん」
「お兄ちゃんは、そんな簡単に人を見捨てたりしないもん」
「優しいんだね。でもそれじゃ、拓海を一人占めする事はできないよ」
「わかってるわよ……。それでも私は、お兄ちゃんには幸せになって欲しいから……」
莉夏が辛そうな顔をしていたとは、この時の俺が知る由もなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ。先輩!」
俺は静乃先輩を背後から呼び止める。
しかし、先輩はそのまま歩みを止めない。
「静乃先輩! 待ってください!」
俺は静乃先輩の肩に手を置くと、その身体を自分の方へ向けた。
先輩の目は少し赤くなっており、泣いていた事がわかる。
「何よ。私の事は放っておいて」
冷たく突き放す先輩。
ここで止めなかったら、もう終わりだ。
そんな予感めいたものを感じた。
だから俺は、精一杯本音をぶつける。
「俺は先輩と離れたくありません! せっかく仲良くなれたのに、この関係が終わる何て嫌です!」
「それは、告白と受け取ってもいいの?」
「えっ、それは、ちょっと違うというか」
「何よ。煮え切らないわね。わかってるわよ。拓海君にそんな甲斐性はないわよね」
はーっと嘆息すると、心なしか先輩の顔はすっきりしている様に見えた。
「だったら、一度でいいからキスしてちょうだい」
「はい?」
「だから、キスよ」
「え、な、何でですか?」
「いいから。するの? しないの?」
「それはちょっと――んむっ!?」
突然押し付けられる柔らかい唇。
気付いた時には、先輩の口と俺の口が重なりあっていた。
「ちゅっ、んっ、ちゅ、はぁ……」
先輩の吐息が、俺の鼻孔をくすぐる。
甘い声を発しながら目を閉じている先輩は、とても綺麗だった。
「んんっ!?」
「はぁ……ちゅ、ん……あっ、んんっ、れろ」
「ちょ、ちょっとしぇんぱい! んん! ぷはぁ!」
二人の唇が離れると、その間をツーっと糸が繋いだ。
「ふふ。ごちそうさまでした」
舌をぺろっと出すと、悪戯が成功して喜んでいる、子供の様な顔をする先輩。
「あ、あの、舌が! 舌が入ってきたんですけど!」
「何を狼狽えてるのかしら? 普通キスって言ったら、ディープキスでしょ?」
「違いますよ! それは普通じゃありません!」
「早く生徒会室に戻るわよ。仕事は山程あるんだから」
静乃先輩はくるっと踵を返すと、軽やかな足取りで歩き始める。
その後を追うのに、数分の時間を要した事は、俺だけの秘密だ。