第五話 嵐を運ぶ者
「お兄ちゃん。……お兄ちゃん……」
「寝てるのかな? それなら……」
ピピッと時計のアラームが鳴る。
「う~ん。もう朝か。何か今日はやけに寝苦しかったな」
「うん? まさか……」
俺は例によって、盛り上がっている布団をはぎ取った。
その下から出て来たのは、もちろん妹の莉夏だ。
「はぁ~。またお前か。何度言ったらわかるんだよ?」
「へへへ~。だってお兄ちゃんの寝顔を見てると、ついね」
莉夏は嬉しそうに、布団の中でもぞもぞと抱き付いてくる。
暑苦しくてしょうがない。
「暑いよ莉夏。いいかげん離れてくれ」
「やだよ~。お兄ちゃんは、私だけのお兄ちゃんなんだから!」
「何言ってるんだよ。そんなの当たり前だろ」
「お兄ちゃんはわかってないよ! 最近は静乃先輩のアプローチも、過激になってきてるし」
「あれはただの嫌がらせだろ?」
「えっ? お兄ちゃん本気でそう思ってるの?」
「そうだよ。静乃先輩みたいな綺麗な人が、俺の事を本気でからかうわけないだろ」
「そ、そうだね! お兄ちゃんの言う通り!」
莉夏の態度が変だったが、俺は気にも留めずに制服へと着替えた。
2人して家を出ると、いつも通り一緒に登校する。
「おはよう拓海」
「おはよう健吾」
「おはようございます。健吾さん」
「莉夏ちゃんは、今日も可愛いね~」
「健吾さん。それセクハラですよ?」
「莉夏ちゃんは、今日も辛口だね」
「健吾さんにだけですよ」
「俺の扱いひどくない?」
いつもの日常に、いつものやり取り。
俺達は変わらぬ日常を謳歌していた。
そう、この時までは……。
放課後、俺と莉夏は生徒会室へと向かう。
しかし、この日は何やら騒がしかった。
「なぁ莉夏。何かうるさくないか?」
「そうだねお兄ちゃん。静乃先輩以外の声が聞こえる気がする」
俺達の会話を遮る様に、生徒会室の扉が突然開かれた。
勢いよく飛び出してきた何者かが、俺の胸に飛び込んできた。
「拓海~。会いたかったよ~!」
ぐりぐりと、俺の胸元に顔を擦りつける、小さな何か。
俺は突然の事に、何の反応もできなかった。
「ちょ、ちょっと! あんた何よ!」
動揺した莉夏が、俺の胸元にいる何かを引っぺがしにかかる。
「や~め~て~。私と拓海の邪魔をしないで~!」
「なっ!? 何でお兄ちゃんの事、呼び捨てにしてるの!?」
「私と拓海は、将来を誓い合った仲なの!!」
突然のカミングアウト。
その何かは、俺達の間に嵐を運んできた。
ついに、顔を上げた何者かの正体は……。
「え? もしかして、美夏?」
「そうだよ拓海! 美夏だよ!」
彼女の正体は、何と幼馴染の春風 美夏だった。
遠い昔、引っ越してしまった幼馴染。
その彼女が、どうしてこの高校に?
聞きたい事は山ほどあったが、俺はこの場の空気に呑まれていた。
なぜなら、美夏を見る静乃先輩と莉夏の視線が、ヒットマンのそれだったからである。