第一話 始まりの日常
ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。
今日も小鳥のさえずりが聞こえる。
どうやら朝が来たらしい。
「うーん。もう朝か。ん?」
布団の中に違和感を感じる。
人一人分余計に盛り上がっている布団。
「まさか……」
俺は自分の布団を勢いよく剥いだ。
「寒いよ~。まだ起きたくないよ~」
「何寝ぼけてんだよ。それより何でお前がここにいるのか説明してくれるか?」
「い、痛い痛い! 痛いよお兄ちゃん! どうして莉夏の頭を掴んでるの!?」
「どうしてじゃないだろ。聞きたいのはこっちだよ」
「ちゃんと説明するから。だからその手を離してよ~」
俺の布団に入っていたのは一つ年下の志熊莉夏。
黒い髪をサイドポニーテールにしている。
「いいかげん高校一年生にもなって、兄貴の布団に入るのはまずいんじゃないか?」
「別に私は気にしないよ。朝お兄ちゃんの股間がテント張ってても問題ないし。というかご褒美だし」
「ご褒美って何だよ! 逆に今の発言で俺は怖くなったよ。いや、同級生の女の子はそんな事しないだろ?」
「他所は他所。家は家ってやつだよ」
「全然理解できないよ」
「そんな事より、もうすぐ朝ごはんできるから降りて来いって。お母さん言ってたよ」
「もしかしてそれを言うために起こしに来たのか?」
「そうなんだよ! でもね、お兄ちゃんの寝顔を見てたら急に私も眠くなっちゃって。それでちょっとだけのつもりで布団に入ったらそのまま……」
「頬を赤らめて意味深に言うのはやめなさい。何よりお前のその行動原理が理解できん」
「え~。お兄ちゃんにはわからないかな~。妹が優しく兄を起こしてあげようっていうこの気持ちが」
「いや理解はできるよ? でも、そこからどうして同じ布団に入って寝るのかが理解できないって話だよ」
「それはほらあれだよ……運命?」
「なぜに疑問形。とりあえず下降りるか」
「うん!」
今日も今日とて妹の笑顔は満開だった。
「いってきます」
「いってきまーす」
二人揃って自宅を出る。
俺達が通う高校は何と一緒だった。
先に入学していた俺に、妹はこう言った。
「私も絶対お兄ちゃんと同じ高校に行くから! 絶対だからね!」
あの時の言葉がまさか実現しようとは夢にも思わなかった。
「それにしても本当に同じ高校に来るなんてな」
「あの時言ったでしょ? 絶対に同じ高校に行くって!」
「それにしたって普通は兄妹で同じ高校何て行かないだろ?」
「それは、だってお兄ちゃん一人にしておくと危険だから」
「どこら辺が危険なのか教えて欲しいんだけど」
「だってお兄ちゃん自覚ないでしょ?」
「何が?」
二人で会話をしていると、通りすがりの女子高生からのこんな声が聞こえてきた。
「ねえ今の人見た!? すごいかっこよくない!?」
「ね! あんなイケメン存在するんだねー。私声かけてみようかな」
「やめときなって! 隣に女の子いたじゃん。きっとあれ彼女だよ」
「そうかなー? 私には妹って感じに見えたけど」
なぜか隣を歩いている妹が女子高生を威嚇していた。
「なあ。イケメン何て歩いてたか?」
「はあ~。私の苦労も知らないで本当お兄ちゃんはいいよね」
「何の話だよ」
「お兄ちゃんの話です! これだからお兄ちゃんを一人にするのは危険何だよ」
「よくわからないけど、とりあえず学校着いたぞ」
目の前にそびえたつのは中世のヨーロッパをイメージしたような学校だった。
校門からして洒落ている。
自宅からほど近いこの高校は、全国でも有名な進学校だった。
お金持ちのお嬢様や御曹司なども入学してくるほどだ。
どうしてそんな高校に入学できているのかは、また後の話だ。
「おーい拓海! おはよう」
拓海と言うのは俺の事だ。
この高校に通う高校二年生。
自分では至って普通の男子生徒だと思っている。
「健吾か。おはよう」
「何だよそのどうでもいいような反応わ!」
「だって本当にどうでもいいから」
「無二の親友に向かってその態度はないんじゃないか!?」
この暑苦しく纏わり付いてくるのが、一応友人の風鳴健吾だ。
見た目は爽やかなイケメンなのだが、それを補って余りあるほどに残念な部分が多い。
所謂残念系イケメンなのだろう。
「それで何か用があるのか?」
「用がなきゃ話かけちゃいけないのかよ!?」
「それはそうだろう。俺の貴重な時間を奪ってるんだぞ?」
「何真顔で言ってるの? 莉夏ちゃんも何か言ってやってよ!」
「健吾さん今日も暑苦しいですね。死んでください」
「莉夏ちゃん? 今のは聞き間違いかな?」
「聞き間違いじゃありませんよ。健吾先輩、死んでください」
「先輩付けただけだよね!?」
「煩いぞ健吾。ほっといて行こうか莉夏」
「はーいお兄ちゃん」
「俺との態度が違いすぎませんかねえ」
肩を落としながら付いてくる健吾。
今日も今日とていい具合にイジられて羨ましい限りだ。
………。
……。
…。
校門を潜り妹と友人と別れた俺が朝一番に向かう教室。
それは生徒会室だった。
「失礼します」
「おはよう志熊君。今日も相変わらずかっこいいわね」
「何言ってるんですか静乃先輩。朝から冗談何てらしくないですよ」
「私は冗談を言う趣味はないのだけど。まあいいわ。座ってちょうだい」
今声を発したのが棚町静乃先輩。
高校三年生の先輩だ。
長くて艶やかな黒髪をしており、全校生徒憧れの生徒会長でもある。
スラッとした高身長に、そのクールな表情とは反比例するお胸の持ち主。
「ご馳走様です」
「何の話かしら?」
「いえ何でもありません。気にしないでください」
「それでは今日は登校する生徒達の身だしなみチェックをしましょう」
「抜き打ちですね。以前やった時は結構持ってきてはいけない物を持ってきている生徒が多かったですよね」
「そうね。これもまだまだ私達生徒会の力が足りない証拠よね。これからは厳しくしていかないと」
「そうですね。その意見には俺も全面的に同意です」
もうお分かりの通り、俺は生徒会に所属していた。
なぜか生徒会長の静乃先輩から推薦され生徒会の一員になってしまったのだ。
「それにしても何で俺何かを推薦したんですか? 他にいい人はいっぱいいるじゃないですか?」
「自分を過小評価するのはよくないわ。それに私の推薦では不満かしら?」
「いえ! 勿体なき幸せです!」
「ふふ。冗談よ。それでは行きましょうか」
「はい。どこまでもお供致します」
「ふふ。可愛いわね志熊君わ」
「ちょ、先輩!?」
静乃先輩の柔らかい手が俺のワイシャツへと伸ばされる。
円を描く様に触ってくるその手捌きは、とても一つしか歳が離れていないとは思えぬ程妖艶だった。
「ふふ。志熊君の困っている顔を見るのが今の私のマイブームなの」
「そ、それは迷惑なマイブームですね! どうか早く次のマイブームを見つけてくれませんか!?」
「それは無理な相談ね。だって、だってね。志熊君の困った顔を見ると、私興奮するのよ」
「ちょっと先輩近いです! 鼻息が!」
ドタン。
勢いよく開かれる生徒会室の扉。
そこに仁王立ちで立っていたのは我が妹だった。
「……」
「り、莉夏さん? どうしてそんな怖い顔をしていらっしゃるのでしょうか?」
「何言ってるのお兄ちゃん? 私怖い顔何てしてないよ?」
「いやいや。仁王像もびっくりなぐらい怖い顔してるよ?」
「やだなーお兄ちゃん。こんな可愛い妹の顔を仁王像何て……殺っちゃうよ?」
「語尾が! 語尾が怖いよ莉夏さん!」
「志熊君。怖い妹さんは無視して私とイイ事しましょう?」
「静乃先輩火に油! それは火に油ですから! あと耳に息吹きかけるのも止めてください!」
「ふーん。お兄ちゃんはそこのデカ乳女が好きなのね?」
「デカ乳とは失礼ですね。無い乳がそんなに悔しいのかしら?」
「くっ。乳だけが全てじゃないもん! お兄ちゃんは無い乳が好きだって言ってたもん!」
「嘘よ。だってこんなに嬉しそうな顔をしているのよ?」
そう言うと静乃先輩は見せつける様にして胸を押し付けてくる。
そのあまりの柔らかさに、一瞬意識を失いそうだった。
ポヨンポヨンと俺の腕に当たっては離れて行く。
まるで寄せては返す波の様。
「お・に・い・ちゃん?」
「ひいっ。静乃先輩。今すぐ俺から離れてください! じゃないと妹が!」
「どうしたの? 妹さんが何かするの? 安心して。私が守ってあげるから」
そう言うとギュッとその豊満な胸元へと俺を誘う。
俺の頭はウォーターベッドにダイブした様な快感を覚えた。
「あー。この弾力に埋もれて死にたい……」
「お望みなら殺してあげようかお兄ちゃん?」
気付いた時には目の前に妹の修羅みたいな顔があった。
普段は大人しい妹だが、俺の女性関係が絡むとこうして豹変するのだ。
「ご、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました」
「わかればよろしい。お兄ちゃんは無い乳が好きなんだよね?」
「はい。私はその薄くても頑張っている無い乳が好きです」
「だよね! さすが私のお兄ちゃん!」
「完全に洗脳されてるわね」
俺が最後に聞いた言葉は静乃先輩の呆れた様な声だった。
妹に強引に引っ張られた俺は、妹と一緒に生徒達の手荷物検査を行った。
何を隠そう俺の妹も生徒会の一員なのである。
それはもう、俺に安住の地はない事を意味していた。