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第四話


 次の日、朝食を食べ終わると、さっそくリュックを背負い森へ行く。道中のウサギは見て見ぬふりだ。余裕があったら帰りにでも狩ろう。

 実は全身筋肉痛だ。特に脚がひどい。だが、筋肉痛は動いたほうが治るというし、そのまま続行した。

 森は薄暗いが、木々の間から木漏れ日が注がれている。実に穏やかな風景だ。目の前のコボルトを除けば。コボルトは三匹で、それぞれが木の棍棒を持っていた。

 コボルトは犬を二足歩行にした形で、毛皮は白が多い。たまに別の色が現れるが、そっちは高値で買い取ってくれる。

 さて、わんわんと鳴きながらこちらへ向かってくるので、まずは戦闘だ。


「『風よ、我が剣に宿りて敵を切り裂け』」


 剣の切れ味を上げて、その時に殴られそうになった棍棒を避ける。すると、小賢しいことにその後ろから二匹同時に殴りに来ていたので、バックステップで距離を取る。

 ブオンと目の前と肩口をかすめて攻撃を避けた。


「っ……」


 怖い。だが体が固まっていればいい的だ。私は必死に勇気を振り絞り体を動かす。


「ハア!」


 前に出てきていた二匹の頭をめがけて剣を振るう。が、棍棒で受け止められる。

 さらにバックステップで距離を取り、体を低くして弾丸のように飛び出し腹を突く。

 ズグリと嫌な感触が腕を伝う。だがもたもたしている暇はない。私は剣に突き刺さったコボルトを盾にして棍棒を防ぐ。腕に酷い重みと激痛が走る。もちろん筋肉痛の、だが。

 剣に刺さったコボルトを足で体重を乗せて引き抜くと、目の前に来ていた棍棒を頭を低くして避け、腹を横なぎにする。ゾクリとした感覚がしたので、とっさに回転して剣を振るう。ガキンと棍棒に当たり互いにはじけ飛ばされた。

 いつの間にか後ろに回っていたらしい。私は周囲が見えていないことに歯噛みすると、弾かれた勢いのまま振り下ろしてくる棍棒を避け、悪意を乗せて頭をたたっ切った。

 頭蓋骨が割れて脳みそが飛び出し剣を汚す。そのあまりのリアルさに私は涙を浮かべて吐いた。げーげーと朝食から胃液までを吐きつづける。一通り吐き終わると、私は近くの木に背中を預け、ずるずると座り込む。気持ち悪かった。だが、悔しさの方が上回った。

 私はこんなに弱かったのだと、思い知らされたからだ。ウサギや、腹を切ったコボルトには嫌な感じや、ゲームだからという気持ちのほうが強かったが、頭蓋骨と脳みそはさすがにキツイ。

 私は魔法で剣についた脳みそを吹き飛ばし、私が殺したコボルトを見る。

 これから剥ぎ取らなければならない。狼のときは暗くなっていたのでよく見えなかったが、内臓やらをはみ出させたコボルトの腹を切って毛皮を剥ぐのだ。人間でいえば皮膚である。そこまで考えて私はまた吐いた。だが、いつまでもこうしてはいられない。やはり魔力察知を取っておくべきだった、いや、今までのぞくりとした感じは間違いなく第六感のものだなどと頭の中で繰り返しながら、剣を近くに置き、剥ぎ取りナイフで泣きながら剥いだ。それを乾燥の魔法で乾かして、重ねて革ひもでくくる。今日はもう帰ろう。剣をつかみあげると、ギャッギャという耳障りな音がした。まさかと思いながら後ろを振り返ると五匹のゴブリンがいた。

 ゴブリンは子供ほどの身長に、大きな頭、緑の皮膚が特徴だ。それぞれが腰みのをつけ、錆びた剣を持っている。

 私は恐怖に駆られながら、必死にこの状況を打開する方法を考えた。

 今の私では剣を持ったゴブリン五匹はきつすぎる。ならば魔法だ。魔法を作れ!

 私はゴブリンたちが焼き切れるのを想像しながら、詠唱した。


「『火よ大いなる火よ、風よ大いなる風よ、その身を溶け合い我が敵を囲いたまえ』」


 とっさに考えたのは炎の竜巻である。読み通り、ゴブリンたちを炎が包み込む。が、火力が足りなかったらしい。ギャー!ギャー!と言いながら剣を放り出し、体中に、特に腰みのに火をつけながらそこらを走り回ったり、頭のいいものは地面を転がっている。


「なに、これ……。こんな、甚振るようなこと、望んでない!」


 しゃっくりと共に胃液が口からこぼれる。泣きながら吐いていると、吐き過ぎたのか、何もでなくなってきた。

 はあはあと息をして心を落ち着かせると、ギ、ギ、という弱い声が聞こえた。

 それは地面を転がっていたゴブリンのものであり、肌は爛れ、目も焼けたらしい。嫌なにおいが鼻を突く。だが、私は拳を握り爪を掌に突き立てて立ち上がると、剣で心臓を突いてとどめを刺した。

 よろよろと立ちあがり、こんな時でも妙に冷静だったのか、汚れないところに放り投げたコボルトの皮の束を持ち上げると、周りを警戒しながら宿へ帰った。門番の人に声をかけられたがおぼろげで、ギルドカードを見せて通ったことしか覚えていない。

 宿へ着くとお姉さんがすぐに水の入ったコップとぬれタオルを持ってきてくれた。


「辛かったわね。裏口で口を漱いで部屋に戻ったら、目元にこれをあてなさい。せっかくの美人が台無しよ?」


 私は言われた通りに宿の裏手へ出て口を漱ぎ、井戸で何度も手をこすって赤くなるまでこすり血を落とす。部屋へ戻りリュックもコボルトの毛皮も放り出して、小さなテーブルの上にコップを置くとぬれタオルを目に当てた。


「ん……」


 気づいたら日が傾いていた。いつのまにか眠っていたらしい。

 窓ガラスに顔を映す。目の腫れは引いているようだ。顔はまだ暗い顔をしているが、お腹が空いたので食堂へ行くことにする。

 その前に、タオルとコップを持って宿のカウンターへ行く。


「これ、ありがとうございました」

「あら。もう腫れは引いたみたいね。元気出しなさい?ご飯でも食べたら楽になるわよ」

「……そうします」


 私はお姉さんにタオルとコップを返すと、苦笑しながらそういった。

 食堂に行き、ピーク時は終わっているのかまだらな人たちの中、空いているイスに腰掛けて、いつもよりゆっくりと食べる。

 食べ終わったら部屋に行ってベッドへ横になった。


「なんでみんな、続けられるんだろ……」


 考えるのは、事前情報でやめたという言葉が目に入らなかったことだ。

 もちろん、その言葉を見逃している可能性はある。しかし、無駄にリアルという触れ込みはたくさんあったが、やめたという言葉を見つけていないということは、少数派か、それとも関わるのも嫌なのかのどちらかだろう。

 でも、窓口のお兄さんは、異界のものは人型が苦手と言っていた。それは、たくさんの人が私と同じ経験をしているからではないのか?

 私は、リアルとゲームの区別をつけられるのか……?私は……ヒトを殺せるのか?

 ……いや、すでに殺している。ヒト型を殺すというのは、大きく捉えると人を殺したも同じことだ。それに、生物の命はウサギ狩りでたくさん奪っている。魔物じゃないかって?その通りだ。魔物だから、お兄さんはウサギを匹で数えていたのだ。それに、晩御飯は柔らかい肉入りスープだった。たぶんあれはウサギの肉だ。でも、私はそれを食べた。

 なぜ?生きているからだ。死にたくないから、痛いのは嫌だから殺した。怪我を直す光魔法を私は取っていない。ポーションは高すぎる。皮鎧は何の皮を使っている?きっと最低でもオーガの皮だろう。魔物辞典に載ってあった。この世界・・・・では当たり前のことなのだ。リアルでは皮を剥ぐなんて論外だと思う。そういった団体ができるのも当たり前だと思った。こんな残酷だなんて思わなかった。

 でも……私は、この世界で生きていく。ネムとして、魔法剣士として。立派に生きていく。『生きる』ことが、すべての生物の根底にある物だと思うから。

 私はこれをただのゲームとは思わない。VRなのだ。仮想現実という名にふさわしい世界だ。

 私は魔法剣士として異界からこの世界にやってきた。図書館で学び、ランクを黒以上にしようと思った。そんな、『エルフ』だ。私はすべての魔物と襲い掛かる脅威を排除する。それがこの世界にとって良いことだからだ。……死ぬのは嫌だからだ。たとえゲームでも、痛覚があるのだから、ほいほいと怪我もしたくない。私は、一流の冒険者を目指す!こんなところでへこたれてたまるか!

 決意はできた。さて、ギルドへコボルトの毛皮を売りに行こう。


 剣を佩いて外に出る。真っ暗だ。現実に比べればの話だが。

 月がとてもきれいだ。たくさんの星々も見える。地球とは大違いな世界。

 私はうーんと手を上に挙げて背伸びをして、歩き出した。

 ギルドへついてお兄さんの窓口へ行く。私の顔をみて、あからさまにほっとした顔になっている。


「少しですけど、清算お願いします」

「わかりました。心配しましたよ。森で亡くなったかと思いました」

「そう簡単には死にませんよ。図太く生き抜きました」

「……そうですか。それでは、鑑定に入らせてもらいます」


 お兄さんは、たった三枚だが、毛皮の状態をしっかりと見てくれている。いい人だ。少ないことに言及せず、私のことを気遣ってくれる。……明日はもっと頑張ろう。


「一枚は大きく穴が開いています。これはあまりよくありません。もう一枚は血で汚れている部分が多いです。最後は、毛皮についた血も少ないですが、これは全体で言えることですが、脂肪や余計な肉がついていますね。減点対象となります。すべてで百十五ラピスです」

「わかりました」


 私はペンダントを水晶にかざした。


「毛皮の場合は汚れに気を付けてください。オーガなどの、毛に価値が無い魔物の皮はいくら汚れていてもかまいません。ですが、これは共通なのですけど、穴や破れは大きな減点対象となります。注意してください。また、森の奥深くに行くと強い魔物がいますが、その場合の買い取り箇所一覧を渡しておきましょうか?」

「それはこの街の図書館にある魔物図鑑の内容と異なるのでしょうか……」

「いえ。それを簡略化したものですので違いはありません。……あなたは勉強熱心ですね。感心します」

「それほどでもありませんよ。最初に神父様から図書館の存在を聞いていなければ、行くことはなかったでしょうし」

「そうですか。それではこれからもお気をつけて」

「ありがとうございます」


 そうして私は宿に戻りしっかりと眠った。



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