第三話
今日は晴天で、絶好の狩り日和だ。私は鍛冶屋に行って解体用のナイフと剣に使うとぎいしを買い、道具屋で得物の血抜きや、運搬のための革ひもをいくつか買うと、門番にギルドカードを見せてフィールドに出た。
門番はこの街に限って二十四時間体制で見張っている。それはダンジョンにこもって昼夜がわからなくなった冒険者を迎えるためだったり、夜の狩りに出かける者もいるからである。しかし、街の出入りには身分証が必要で、それにはギルドカードが役に立ってくれる。しかし、犯罪者を探すには向いていなく、顔を見ているとか、盗賊、冤罪(特に貴族関係)でないと捕まえるのは難しい。
外はウサギに目が三つの三つ目ウサギや、額から角が出ている角ウサギなどがいる。それぞれ毛皮の色で値段が変わるそうだが、この地のウサギは灰色で、下から二番目のランクだ。また、ウサギの肉は柔らかくて普通の家庭でも食べているらしく、三つ目ウサギの三つ目の目と角ウサギの角は薬剤に使われるらしい。まさに全身が素材である。
私は剣を抜き放つと、軽く素振りをした。『剣』スキルをとっているということは、最初は剣の心得や、基本的な型を知っているらしい。使っていく事で成長して、達人の域まで行けるとかなんとか。
ただ、魔法は違う。魔法は想像力が大事で、自身のマナと世界のマナをかけあわせて、さらに属性に願って魔法を使う。なので、できるだけ鮮明な、というか、恥ずかしい詠唱が必要なのである。その方が同じ想像力でも威力が高かったと検証されている。
また、エルフは杖なしでも魔法を放てるが、人間は体内の魔力を出すのが下手なので、『杖』スキルが無いと魔法を使えないらしい。これも検証済みである。というか、これは現地の冒険者に教えてもらったそうだ。
さて、狩りである。ウサギを狩るときは、風属性で切れ味を鋭くしてから首を一撃で刈り取るか、直接捕まえて首の骨を折るなどする。が、このあたりでは一番弱い魔物とはいえ魔物なので、下手に近づくとぐっさりとお腹などに刺さるらしい。角ウサギの場合だが。三つ目ウサギは逆で、物音に敏感で逃げ出すようだ。私にとってはどちらもやりやすい相手だ。物音は風魔法で消してしまえばいいし、角ウサギは最初の戦闘ではいい相手になるだろう。
それでは魔法を使うことにする。
「よし、『風よ、我が剣に宿りて敵を切り裂け!』」
緑の光が一瞬剣にまとわりついた。……成功かな?
「それじゃあ二つ目っ『風よ、我に加護を、しからば音を消したまえ』」
私の体の周りをそよ風がくるくると回って、終わった。これは違いを確かめられるので、草原を歩いてみる。
「っすごい!音がしない!」
まず狙うのは三つ目ウサギである。これが一番の検証になるからだ。見つけた三つ目ウサギはのんきに草を食べている。って、あの草薬草じゃない……。あとで採取しよう。
私は後ろからそうっと歩み寄って、剣を振りかぶりその首を落とした。……成功だ。
ウサギの耳と足を革ひもでつないで片手に持つ。そして薬草採取をしようと思ったが、そこには血に濡れた薬草が。
「あっちゃー。血濡れの薬草は価値が下がるんだよね。もうほっとこ」
薬草採集は必要なときにやればいい。それに、魔物相手にする方が値段も高く、魔素も溜まる。一石二鳥である。薬草は現地の人(NPC)に任せてしまおう。
その後私は三つ目ウサギを見つけると率先して狩りに行った。おかげでいまは七匹ある(『匹』なのは、どんな魔物でも共通の数え方らしい)。最初の成果としてはいいほうではないだろうか。と、ぞくりと背筋が凍った。私は無意識のうちに体を一回転させる。……そして私が見たものは、角ウサギの後ろ姿だった。
避けなければ後ろからお腹をぶすっとやられていただろう。だが、あのぞくりとした感じはなんだろう?もしかして、第六感?なら、かなりいいスキルを取ったことになる。だが喜ばず、まずはこちらに飛び掛かろうとしている角ウサギを処理しなくては。
避ける、避ける、避ける……避け続けていると、だいたいの体さばきや角ウサギの行動は見切れた。しかし、首を一撃で落とせるかといえば無理だと答える。なにせ早いのだ。だが、やらなければいつまでたっても成長しない。私は次に飛び掛かってきたところで首を落とすと決めた。
角ウサギが飛びかかってくる。それを体を半身で避けて、目が慣れた角ウサギの首に一撃を叩きこむ。
「えいっ」
……きれいに落とせはしたが、首ではなく背中よりだ。次はもう少し早く剣を振ろう。
そうやってウサギ狩りを続けると、角ウサギの首を一撃できれいに落とすことができたし、三つ目ウサギもたくさん狩れた。っとそろそろ太陽が真上に来ている。足元の影が短い。私はギルドの換金所へ行くことにした。
見られている。誰にって?ギルドにいる人間全員からだ。それも無理はないと思う。私は剣の血を風で飛ばして直した後、大量になったウサギを革ひも六つで縛り付けて両手で持ってギルドへ入ったからだ。
買い取りの窓口へ行って、どさりと持っていたものを落とす。なかなか重たかった。
「会計お願いします」
「わ、わかりました」
まだ若い職員だったらしく、慌てて隣の職員も呼び、状態や数を確かめている。
「ええと、三つ目ウサギ二十三匹、角ウサギ十四匹で、毛皮の状態が悪いものが結構あったので、その分を差し引いて二千五百六十五ラピスです。ペンダントをお貸しください」
……ずいぶん稼げたな。最初の軍資金が千ラピスだから、約三倍。まあ、狩りすぎたせいで毛皮に血が付かなければもっと行っていたと思う。
私は首に下げていたペンダントを職員に渡すと、手元の水晶にかざして返却してくれた。
「三つ目ウサギをよく狩れましたね。あれは供給が少なくて困っていたんですよ。つぎからもお願いします。それから、次はきちんと内臓を取って下さいね」
「わかりました。見つけ次第狩ることにします。内臓というのは皮をはぐ時ですよね?まだ一度も行ってないので価値は低くなると思いますが、内臓……というか、丸ごと持ってきたりはしませんから安心してください」
「いえいえ、いらない部分の内蔵はとって土に埋めてください。そうすれば大分軽くなりますし。持ち運びも楽ですよ。持ち運びといえば、アイテムボックスは買われないのですか?あれがあれば素材を新鮮なままで持ち運びできるので便利ですよ」
「おいくらですか?」
「ちょうど二千万ラピスです」
「……え?」
「二千万ラピスです」
「ははは。お高いですね……」
「ダンジョンにこもられる方などは、借金という形で買っていく方が多いですよ。どうしても荷物が多くなりますからね」
「なるほど」
「考えてみてください。では、よろしくお願いします」
「はい。がんばります」
そうして私はギルドを出て、宿に向かった。
食堂はピーク時だったようでどこも混んでいた。私はプレートを受け取ると、現地の冒険者っぽい集団に相席してもらって昼食を食べた。プレイヤーと相席するのはソロプレイヤーである私には、少し思うところがあったのだ。
部屋へ戻り休憩すると、剣を取り出して研ぎ石で研ぐ。それにしても、NPC高性能すぎるだろ……。それともこれが狂人の成果なのか?素で会話しちゃってるよ私。剣を研ぐのをよくわからないがこんなものだろうという勘にしたがってやめると、また外へ出た。魔法の効果は寝たら解除されるとの情報も得てきているので、とりあえず夜まで狩るつもりだ。
暗くなるまで狩っていると、ウサギの血の匂いにつられて森から狼が飛び出してきたので、それを躱すとウサギの束を落として真っ向から対面する。大きい……。さっきも思ったが、ウサギとは威圧感が全く違う。少しとびかかられたら私の喉は食いちぎられるだろう。案の定、狼は飛びかかってきた。それに合わせて剣を腕ごと喉へ突っ込む。犬に対するやり方だが、剣という長物があったのでずぶりと喉から背中側へ剣が出たようだ。それにしたがって剣を回す。と、半分ほど首が切れたところでずっしりとした重みが腕に伝わった。
「重い!ってこれ死んだみたいだけど、皮は血濡れだろうなあ、角度的に見て。とりあえず剥ぐか」
私は剣を収めると、剥ぎ取り用のナイフを持ち出して狼の腹から切り出して毛皮を剥ぐ。少し気分が悪く、また上手く剥げずにのろのろとしていると、第六感が危機を知らせたので、素早くウサギの束を持って街まで駆けだした。背中からはウオンウオンと吠える声がする。私は魔法を唱えて素早さを上げて逃げようと思った。
「っ『風よ、我が体に宿りて操りたまえ!』」
ぐんっと足が速くなった気がした。いや、頬を切る風も増していることから早くなっているのだろう。後ろから追ってきていた狼たちの足音も次第に遠ざかり、私は門の前まで全力疾走した。
「ぜぇっ……ぜぇっ、はあっっげほげほ」
肩で息をして喉が痛い。深呼吸するとせきこんでしまった。
「おい!大丈夫か!」
門番さんが心配したように駆けつけてくれる。が、私は片手で制して呼吸を整えながら言った。
「ちょっと、狼に追いかけられていただけですので、大丈夫です」
「何!?」
門番さんは槍を構えて鋭く辺りを見回した。
「撒いてきたと思うんで、たぶん大丈夫です。これ、カードです。通っていいですか?」
私は昼間にリュックから取り出す不便さに学んで、腰のポケットに入れていたギルドカードを取り出す。
「あの狼を撒けたのか?すごい脚だな。カードは本物のようだ、通ってよし」
私は一旦ウサギの束を下して、血をはらったナイフを鞘に戻し、ギルドカードをポケットに入れると、またウサギの束を持って歩き出した。
それにしても腕が痛い。狼には噛まれていないが、このウサギの束が問題だ。
なにせ、昼間とは違い、持ち手が短くなりすぎて指を引っ掛けて持っているものもある。雑貨屋で買った皮ひもは合計十本あったが、すべて使い切っている。私だってはぐれ狼が飛び出してこなかったらそのまま帰る予定だったのだ。だっていろいろとパンパンなものだったからだ。今一番パンパンなのは酷使した足だけど。肩もパンパンだ。この体、才能というだけあって、実は初期能力は低い。現実と同じように筋肉痛や肩こりなども発生する。だが、異界のものはその才能の成長限界まで達するのが早く、結果、このゲームの住人よりも早く強くなれるというわけだ。この話はお昼に同席した現地の方から聞いたものだ。
私がギルドに入ると、ざわっという音が聞こえるような感じであった。ひそひそと内緒話をしている冒険者もいる。……こうなると本当にプレイヤーと現地の人との区別がつかない。まあ別に私はソロだからどうでもいいのだけど。
昼間の買い取りのお兄さんがいたので、その人のところへ並ぶ。と、並んでいた人が別の窓口へ行ってくれた。これはありがたい。
どんっと窓口へあふれかえりそうになるほどのウサギの束を置いた。
「お兄さんに言われたので大量に狩って来ましたよ」
「は、はは。本当に大量だね。今から鑑定するけどその間、腕の血とか拭うといいよ。サービスで『洗浄』のおしぼりを持ってこさせるからさ」
「む、そんなに酷いですか?おっかしいなあ。ウサギを縛るだけなのになんでこんなに汚れてるんだろ」
お兄さんに言われて両腕を見ると、二の腕まで赤く染まっていた。昼間はせいぜい指くらいなので、宿の裏手にある井戸で洗ったのだが。
「ああ、腕も酷いけど顔にまで血が飛んでるからね。一体何をしたらこうなるんだい?」
「え、顔にまでですか?……ああ、狼をしとめたので皮を剥ごうとしてたんですよ。だからじゃないですか?」
「……不器用なんだね、キミ。皮を剥ぐ時は動脈を傷つけたらダメだよ。それか、血抜きしてから剥ぐといいよ。時間はかかっちゃうけどね」
「暗いからよく見えなかっただけですー。これからは精進しますよ」
たぶん、血をかぶったのは殺した時だ。首の動脈をバッサリいったからな。その時だろう。
「はいこれ、おしぼり」
「ありがとうございます」
私はお兄さんに礼を言うと、おしぼりを広げて顔をごしごしと拭いた。
……エルフの顔って化粧いらずだからこんなことができるんだよね。それともゲームだからかな?後者のほうが断然確率が高いのだけれど、前者のきがするのは気のせいか。
その後は二の腕から指の先まで拭いていき、アクセサリーの腕輪もしっかりと拭いたけど、服についた血は洗濯しなければならないだろう。もちろん、洗浄の水で。
「うん、綺麗になったね。宿に帰ったら着替えることをお勧めするよ。その格好で夕食はマナー違反だからね」
お兄さんにおしぼりを返して、こくりとうなずく。
私だってこのまま食堂に行く勇気などない。
「それで精算だけど、毛皮はダメだったから、それ以外で、三つ目ウサギ三十三匹、角ウサギ十九匹で五千一ラピスだよ。ペンダントをかざしてくれるかな」
昼間私が長い髪に手間取っていたのを覚えてくれていたのか、それとも二度目だからか、自分でかざすだけで良いようだ。有難いことだ。この長い髪、戦闘にも影響が出るかと思ったのだが、そこまででもなかった。ゴムのないこのゲームで髪を結ぶなんて、現代人の私にはかなり難しいだろうことが予想される。
ペンダントを水晶にかざして会計完了だ。
「ありがとうございました」
「いやいや。こっちこそ供給が増えて嬉しいことだよ。でも、狼と戦えるなら、森へ入ってコボルトやゴブリンとか倒したほうが、今のキミの戦闘訓練にはいいかもね。人型との戦い方も学ぶべきだよ」
「でも、コボルトは毛皮がありますが、ゴブリンは角だけですし、角は供給過多でしょう?それよりは実入りのあるウサギのほうがいいんですけど」
「それでもね、異界のものは人型との戦闘が極端に苦手なようだから」
ああなるほど。人を殺すような感覚か。確かに慣れておいた方がいい。特にゴブリンやらオークやらオーガ系は女性の敵だし。ま、実入りが無いのはゴブリンだけだから、我慢するかな。
「わかりました。宿は前払いしてあるので、挑戦してみます」
「うんうん。そこで皮を剥ぐ訓練もするといいよ。あと、周りの警戒もね」
「そうですね。そうします」
私はおとなしく頷いて、宿へ戻った。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさー……きゃあ!血まみれじゃない!すぐにお湯を用意するから綺麗にしてきなさい!」
そういってお姉さんは鍵を私に渡すと、大急ぎでお湯を持ってきてくれた。
「服もだけど、髪の毛も汚れてるから、綺麗にするのよ?」
「髪もですか?わかりました。ありがとうございます」
そういってお湯を受け取り部屋に戻る。部屋の中にある簡単な物干しには、昨日使ったタオルがかけられてあった。
「うーん。やっぱりなかなか乾かないよね。天日干しで服を盗まれるのは嫌だから、やっぱり乾くまでは同じ服を着なきゃ駄目かなあ。そうすると、戦闘方法も変えないと……。あ、そうだ、洗浄があるなら、乾燥もあっていいじゃない。いい呪文はないかな?」
全裸になると、服の上から染み込んで肌についた血などが目立った。
体を拭いて、残り湯で服を洗濯して絞った後、物干しざおへ干す。それから、着替えて髪の毛を洗うために血染めのお湯を持って宿の裏手へ行くと、男性陣が思い思いの格好で水浴びをしていた。
「キャアアアアアア!」
「うおっなんだ。ここは金のねぇやつのたまり場だぞ。ねぇちゃんが来るとこじゃない。あっち行ってろ」
シッシと親切なおじさんが犬でも追い払うように、手を動かす。その眼には早くしろと言っており、昼間の相席者だとわかると、私はすぐにぎらついた男たちの目から逃れるように、井戸の近くから去った。
髪の毛をどうしようかと思ったが、仕方がないので裏口の近くでお湯で髪を流す。
こんなことなら今度はもっと早くに帰るべきだろう。宿のお姉さんも一言言ってくれたらいいのに……。
桶を持ちながら、体を曲げ、頭を下にしたままで、魔法を使う。
「『風よ、火の温かさと御身の吹く息で水を吹き飛ばしたまえ』」
呪文を唱えると、暖かい風が髪の毛を揺らす。触ってみると、ほかほかとしており、水気はなかった。
「よかったー。上手くいって。って、初めての複合魔法だよね、これ」
複合魔法とは、二種類以上の魔法を混合して使う魔法のことである。イメージが大事だが、詠唱も大事なので、正直上手くいってほっとしている。下手したら髪の毛が燃えていたかもしれないからだ。
「さてと、桶を返して服を乾燥させますかね」
部屋で乾燥の魔法を使い服を乾かすと、丁寧に畳んで、リュックにいれた。そして剣を研ぎ、鞘に戻すと食堂へ行く。
プレートを貰いパンを取ると、例のおじさんを探して相席を尋ねた。
「俺はかまわねえが、ねぇちゃんはいいのかい?」
「はい。先ほどは有難うございました。できればこれからも時間が合えば相席してもいいですか?」
「おい、カロル、モテ期か?このこの~」
「おいやめろって。さっき井戸のとこへ来たから追い払っただけだよ」
「え、この時間に井戸に?だいじょうぶだったかねぇちゃん。カロルもいい仕事すんじゃねえか」
本当にリアルなゲームの住人を見て、私はくすりと笑った。
「お、かわいいねぇ。俺の嫁さんの次に美人だしな!」
「惚気んじゃねえよ!単身赴任のくせに」
「私兵なんだからしゃあねえだろ。それより早く食っちまいな。スープが冷めちまうぜ」
「そうだな、俺らでいいならいつでも相席していいからよ」
「ありがとうございます」
夕食を食べ終わり、ベッドでまどろんでいるとそのまま寝てしまった。