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第二話

「う……ん」


 私はうめき声をあげながら目を開けた。ぱちぱちと瞬きをする。

 体を起こすと、どうやら茣蓙の上で寝ていたらしい。周りを見渡すと、他にも茣蓙の上で寝ている人や、今まさに茣蓙の上に現れた人もいた。


「おや、お気づきになられましたか?」


 黒い神父のような服を着た人が近づいてきた。


「ここは……?」


 私は立ち上がろうとしたが、体がふらついてしまった。


「ああ、無理をなさらずに。あなたはここへ来たばかりなのですから。体が慣れていないのです。異界のものよ」

「異界?」


 四つん這いになりながら神父のような人の話を聞く。その間にも必死に立ち上がろうとしているが、どうもうまくいかない。


「ええ、この教会では異界のものが天から降りてくるというお告げがありましてな。それでこの大部屋に茣蓙を引いて、降りてくる異界のものに簡単な説明をしているのですよ」


 そう言われてもう一度周りを見ると、シスターさんが他の人と話をしている光景が見られた。さらに、私の枕元に片手剣とリュックが置いてあった。

「ふふ。ふしぎでしょう?初めての異界のものが現れたときは私どもも異界の方もたいそう驚きましてな。少し……いえ、結構な齟齬が見られたのですが、最近はそういったものはありませんね」

「そうなんですか」

「あ、申し遅れました、わたくしはこの教会で神父をしております。これからもなにかと会う機会があるかもしれませんが良しなに」


 私はやっと立ち上がれたので、剣をベルトで腰に佩いて、リュックの中身を見る。そこには水筒と小さな鍋、そしてライターのようなものと保存食、歯ブラシ、タオル、金貨が一枚入った皮袋、何に使うのかわからない麻袋、同じ服が一着入っていた。


「確認はすみましたかな?」

「あ、すみません!話の途中でしたのに」

「いいのですよ。自分の荷物はしっかりと確認しておかないと、盗難にでもあったら大変ですからね。このあたりでは見かけませんが、王都へ行く途中では盗賊の類も出ると聞きます」

「盗賊、ですか?」

「はい。嘆かわしいことですが、そういった輩には十分注意してくださいね。お美しいエルフの方ですから、たちまち売られかねません」

「(う、美しい……)お気づかいありがとうございます」

「さて、そろそろ大丈夫のようですね。ここを出たら、冒険者ギルドへ行かれるとよいでしょう。異界のものは様々なことをなしてくれますが、一番は戦闘行為ですので。どれ、入り口まで案内いたしましょう」

「ありがとうございます」


 私はリュックを背負うと、神父様に連れられて教会の入り口に出た。


「あそこに見えます一番大きな建物が冒険者ギルドですよ。宿はその右手にあります。金銭が足りなければうちで泊まっていかれてもかまいませんよ。場所はここの茣蓙になりますがね」


 はははと神父様は笑って言うが、このゲームの通貨はどうなっているんだろう。金貨一枚にどんな価値があるのかわからない。


「あの、少しお聞きしたいのですが、ここの通貨のことを教えて頂けませんか?」

「いいですとも。銀貨千枚で金貨一枚となり、リンゴ一つに銀貨一枚かかります。単位はラピスです」

「千枚!あの、どうやって管理すればよいのでしょうか?」

「ああ、それはですね、基本的にこの街の中で生活する分にはギルドに預けておけばいいですよ。ギルドカードとは別にペンダントがもらえます。そこにはギルドの銀行と直接つながっているので、この街の施設でしたらどんなところでもそれを四角い水晶にかざしていただくことで金銭を支払ったことになります」

「なるほど……」

「いろいろと知りたければ、図書館に行ってみればいかがでしょう。小さいのでわかり辛いと思いますが、住宅街の端のほうにありますから、行ってみればすぐにわかりますよ」

「ありがとうございます。とりあえず冒険者ギルドに行ってみたいと思います」

「それがいいでしょう。ではわたくしは職務に戻りますので」

「はい。お世話になりました」


 私は神父様に頭を下げて、礼を述べると、ここからでも目立つ冒険者ギルドへと向かった。

 私はワクワクしていた。頬も紅潮しているだろう。なにせファンタジー世界を「エルフ」になって歩いているのだ。興奮しないわけがない。ひと目がなかったら飛び上がったりゴロゴロしたり、くんかくんかしたりしていただろう。いや、しないけれども。とにかくそれくらい興奮していた。ポットはデマでもベッド代わりにすればいいと思っていたので、期待を隠せない。狂人はホンモノだったのだ。

 冒険者ギルドは白い石でできた大きな建物だ。継ぎ目がほとんどないところを見るに、土魔法で立てたのだろう。

 私は冒険者ギルドの木製の扉(ここだけが木製なのだ)を開けると、息をのんだ。

 毎日掃除をしているのか、あまり汚れていない床にたくさんの受け付けがある。

 新規登録が二つ、受け付け(とだけ書いてある)が三つ、買い取りが五つだ。

 私は新規登録の受付へと向かった。受け付けは買い取りの窓口以外はすべて女性だ。若い人と年配の人がいたので、私は経験を積んでるであろうおばさんのほうの受け付けに並んだ。若い人のほうが混んでいたというのもある。

 三人しか並んでいなかったが、ずいぶんと待たされたように思う。私は待つのが苦手だったろうか。

 私の番が来た。


「新規登録をお願いします」

「おや、意外と礼儀をわきまえてるね。それじゃあ、この板に血を垂らしてくれるかい」


 そうやって渡されたのは、茶色い色をした名刺サイズの板だった。ただし、材料は何でできているかわからないが、質感はプラスチックに似ている。

 同時に渡された針を持つと、受け付けにカードを置いて左手の人差し指を針で突く。するとじわっと血が出て来たのでそれをカードに塗りたくった。


「これで登録は完了だよ。さて次はこのペンダントにも血を垂らしてくれ」

「わかりました」


 私はまだしみだしている血を、ドッグタグのようなものになすりつけた。


「これで銀行の登録は終わりだよ。あんた、異界のものだろう?スリに合わないうちにお金を振りこんどきな」

「わかりました」


 スリなんているんだ……。細かいなー。と思いながらリュックを下して皮袋から金貨一枚を取り出す。


「お願いします」

「はいよ。じゃあちょっと待っとくれ」


 そういうとおばさんはドッグタグと金貨を持って受け付けの後方真ん中にある大きな水晶にかざした。ドッグタグと水晶がピカリと光ると、金貨は霧散するようにして消えて行った。

 そしておばさんがドッグタグを持ってくる。


「今のはいったいなんですか?」

「ああ、あの水晶はすべてのギルドに繋がっていてね、そこにあんたのペンダントを登録して金貨の魔素を入れたのさ。これは返すよ。落としても誰にも使われないけど、再発行には六百ラピスかかるからね。気をつけな」

「魔素、ですか」

「そうさ、あんたたち異界のものにはめずらしいみたいだけど、この世界には金貨と銀貨しかない。なぜかというと、そのすべてがダンジョン産なのさ。だから魔素でできた貨幣は魔素に還すことができるってことさ」

「お金を自分たちで作らないんですか?」

「そうすると武器や装飾に使う金属がなくなるし、管理が大変だからやらないのさ」

「なるほど、確かに管理が大変ですね」

「だろう。今度はカードの説明をするよ。このカードは魔素を吸って色が変わっていく。魔素はどの魔物も持っていて、強い魔物ほど大量の魔素を持っている。それを倒すことで魔素がカードに溜まってランクが上がるんだよ。ああ、生産者ギルドはよりいい作品を作るかが大事だから、こんなシステムはないけどね」

「いろいろあるんですねぇ。あ、ランクについて教えてくれませんか?」

「もとよりそのつもりさ。ランクは下から茶色・黄土色・黄色・緑色・青色・赤色・黒色・銀色・金色になっててね。まあ、赤まで行けば一流だよ。この辺りは強い魔素を持つ者が多いからね、すぐにランクが上がるさ。っと、もう染み込んだみたいだね。これで正式に冒険者ギルドでの登録は終わりだよ。買い取りはあっちの窓口でやっておくれ。目利きのきいた者がしっかりと清算してくれるからね」


 カードとドッグタグを受け取ってみると、血なんてなかったかのようになっていた。染み込んだというのは、おそらく私の魔素なんだろうな。


「針、お返ししますね」

「ああ、ありがとうね。この年になると物忘れがひどくてかなわんね。その点エルフは長生きだしその分記憶力もいい。便利な種族さ」

「そうなんですか。あ、登録ありがとうございました」

「いいや、これがあたしの仕事だからね」

「では失礼します」


 そういって私は首からドッグタグをかけてカードをリュックの中にいれて受付を離れようとする。


「あ!ちょっと待っておくれ。パーティ機能について言ってなかったよ」


 おばさんは受付から私の腕をつかんで説明しだした。


「パーティ機能っていうのは、他人と組む場合、魔素を平等に分散させることを言うのさ。パーティ機能を使うには、カードを重ねて『組織』と言って、抜けたいときは『脱退』、解散するときは『解散』というのさ。こうすれば、ヒーラーにも魔素が溜まるからね」

「たしかに必要な機能ですね。教えて下さりありがとうございました。それでは」

「ああ、悪かったね。引き留めちまってさ」

「いえ」


 そう言って私はギルドを後にした。

 次に私が向かったのは宿屋だ。隣にある木造で赤い屋根の建物に入る。


「すみません。宿に泊まりたいのですが」


 わたしが声をかけると、たれ耳の獣人の女の人がにっこりと笑って出迎えてくれた。


「何拍御泊りですか?一泊六十五ラピスで朝夜食事付、お湯は一回五ラピスになります」

「とりあえずお湯付きで十日お願いします」

「はい。七百ラピスになります。こちらの水晶にペンダントをかざしてください」


 カウンターの横には手のひらサイズの水晶が置かれていた。おそらくギルドの巨大水晶と繋がっているのだろう。

 私は水晶にドッグタグ……ペンダントを当てた。


「はい、結構ですよ。そろそろ昼食ですけど、食べますか?」


 昼食と聞いて、私のお腹は途端に空腹を訴えてきた。本当にリアルだ。


「お願いします」


「昼食は別料金がかかりますので、外の屋台で食べてくださっても構いませんよ。朝夜はこの鍵を食堂でみせてください。それで食事がとれます」


 そう言って渡されたのはちゃちな鍵で、いくらでもピッキングが可能なものだった。そこに紐で木がぶら下げられており、見ると403と書いてあった。


「なお、外に出るときは鍵を返してくださいね、無くされると困りますので」

「わかりました」


 私は宿に併設されている食堂へ行って、昼食を頼むと、すぐさまプレートに乗った食事が出て来た。


「今日の昼はそれだ。パンはおかわり自由だが、それ以外は有料になる。パンはそこのバスケットに入ってるから勝手に持って行きな。食べ終わったらカウンターに置いておくだけで良いからよ。料金は食べたあとで支払ってくれ」


 プレートの上には赤いスープとドレッシングのかかったサラダが乗せられていた。そしてスプーンとフォークも付属されている。


「わかりました」


 私は食堂のカウンターの端にある大きなバスケットから、黒パンを二個取り出してプレートの上に置くと、空いている席へ座った。


「いいにおい……味も確かめてみよっと」


 スプーンでスープをすくい食べると、少し辛めのトマトスープの味がした。


「リアルだ……。ここまで再現できるなんて、すごい」


 サラダもしゃきしゃきとして美味しく、野菜が苦手な私でも食べられる美味しいドレッシングだった。


「このパン、硬い……」


 黒パンをかじってみたが、いつも食べている食パンなどとは違い、とても硬かった。

 周りを見ると、みんなスープに着けて食べている。私もそうしてみると、ふやけて柔らかくなったパンは普通に食べることができた。


「現実でやったらマナー悪いけど、こっちのほうがおいしいよね」


 そうして食べ終わると、お腹がいっぱいになったので、プレートごと食堂のカウンターへ置いた。料金は五ラピスだった。

 次に私がしたのは図書館へ行くことである。狩り?それにはまず情報を得てからでないと、上手くいくはずもない。なにせソロプレイヤー……フィールド組だから、剥ぎ取りの仕方や買取部位などを覚えなければならない。

 私は宿のカウンターで鍵を渡すと、そのまま住宅街へと向かった。

 住宅街は冒険者ギルドや鍛冶場などからは離れており、逆に市場に近いところにあった。といっても、この街を覆っている石の城壁の東側に沿って建てられているのだが。

 図書館は確かにわかりやすかった。木造の住宅街の中で一つだけ石造りなのである。だが、それは城壁に沿って……というか、どう見ても城壁と一体化しているので、目的を持って探さないと見逃してしまうだろう。

 私は図書館の中に入った。すると、すぐそばのカウンターにいるおばあさんが、話しかけてきた。


「なんじゃ、珍しいこともあるものじゃ。こんなところに若い人がおる」

「こんにちは。図書館を利用したいのですが、何か注意などはありますか?」

「入館料三ラピスじゃ。あと、本のページは破らないこと。持ち出しも不可。複写はできるから、したいときは申し込んでくれの」


 驚いていた口ぶりだったが、大して驚いていないのか、すらすらと話だすおばあさんにこちらが驚いた。

 そばにあった水晶にペンダントをかざして中に入る。

 中に入ると、余計にこの図書館が小さいと思った。なぜなら羊皮紙の大きな本が少し並んでいるだけだったからだ。これでは訪れる人がいないのも納得だ。

 私は少し苦笑しながら、魔物辞典と書かれた一抱えほどもある本を選び、一つだけある机に運んで読みだした。

 すると、まるで頭にインストールされているかのように、一度読んだだけではっきりと思い出すことができた。


 ここらへんはゲームなのかな?それともギルドのおばさんが言ってたようにエルフは記憶力がいい設定でもあるのかも……。


 とにもかくにも、私は大きな魔物辞典……といっても分厚いだけで中身は薄い文庫本程度を読み終えると、次は植物辞典を呼んだ。冒険者ギルドといえば薬草採取はつきものだよねという考えからだった。

 重要な二つを読み終えると、私は残りの本を見て、『エルフについて』というのに惹かれ、それを呼んだ。内容は共通語とエルフ語との対比と、エルフの隠れ里の大体の場所、そしてユグドラシルという、瀕死の傷も、不治の病も治してしまえる木をそれぞれ守っているということだった。というか、それだけだった。あとは寿命が長い、記憶力がいい、美男美女など、定番のことが書かれているだけだった。

 次に私が選んだのは案の定分厚く折りたたまれているが、内容の薄い地図だった。それはこの街と王都までの宿場町や村、森やダンジョンの位置などが書かれていた。

 それによると、ここはミラル辺境伯の地にある大森林とフィールドそれにダンジョンが近くにある、通称冒険者の街アポニアと呼ばれているようだ。隣町は馬車で五日かかり、ネソという大きな宿場町となっている、それから何箇所の宿場町や村を乗り越えて、1月で王都ヴェザンチアへたどり着くと書いてあった。何箇所というのは、盗賊や魔物に滅ぼされたり、新たに造られたりと、せわしないようで、正確な町はネソだけであった。おそらくこの場所近くなので、魔物の脅威が減っているのだろう。

 それにしても辺境伯とは……私はため息をついて、貴族について書かれた本を読んだ。

 上から順に、公爵>侯爵=辺境伯>伯爵>子爵>男爵>准男爵>騎士爵となっている。辺境伯とは、領土が増えたためにできた制度だそうで、侯爵と同じ地位だそうだ。また、伯爵以上は領土を持っており、自軍も持っているとか。中でも興味を引いたのは、冒険者ギルドのランクが黒のものは伯爵と同等の権力を持つことだった。


「これは面白いなあ。是非とも黒にしなくっちゃ!」


 それと同時にどんな権力があるのかと法律もぱらぱらとみてみたが、貴族は伯爵から上が上流貴族で、下流貴族以下を殺しても罪には問われず、また下流貴族は平民以下を殺しても罪には問われないというものだった。


「なにそれ怖い。これは一刻も早く黒にしないと……変な言いがかりで殺されたらたまらないよー」


 基本的に上流階級の中での殺人は犯罪となっており、せいぜいが圧力をかけるにとどまるそうだ。もちろん王族は別だが。


「図書館に来てよかった……」


 もう興味を引くのが無いこともあり、私は図書館から出た。すると、空は夕闇になっており、急いで宿に向かった。

 宿で食事を食べた後はお湯を貰い服を脱いで体を拭く。それから残り湯を捨てる時に頭も同時に洗うのが普通らしい。


「石鹸が無いと汚れが落ちないでしょ。髪の毛とかどろっどろになるよきっと……」


 と、遠い目をしていたが、ふと思い出したのだ。ギルドにいた人も、図書館にいた人も、この宿の受け付けのお姉さんも、髪も肌もきれいだったことに。


「もしかして、このお湯、なにかあるのかなー?」


 明日の朝聞いてみようと思いながら就寝した。

 朝、宿のお姉さんに聞くと、なんでも水魔法の洗浄という水で洗うと、汚れが綺麗に落ちるらしい。それを聞いた私はぎりぎりと歯噛みした。



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