第一話
私は小説が好きだ。特に好きなのは素人の人が思い思いに書いたもので、最近私がはまっているジャンルがある。それはVRMMORPGがテーマのものだ。
まず、MMORPGとは、多人数同時参加型RPGである。つまり、インターネット上で架空の世界の中、アバター(仮想の自分)を作り他の見ず知らずの人々と協力したり、あるいは対立したりするインターネットゲームだ。
私はこれにもはまっていた。だから、VR……仮想現実の中でアバターを作り、五感をフルに利用して楽しむと言ったネットゲームにあこがれていた。だが、そんなものは現実にあるわけがない。まだそこまでの科学技術が発達していないからだ。ようやく3Dが確立され始めたといった現代である。無理なものはしょうがない。
だから、私はVRMMORPGをテーマにした小説が好きだった。いつか私もその世界に入れたらいいなと思って……。
今日も高校から家に帰ってネットサーフィンをしていると、妙なスレッドを見かけた。某大型掲示板のもので、そこには驚きの内容が書いてあった。
『あの詐欺ポットのVRMMORPGマジだったwお前らも買ってみろよ!』
詐欺ポットとは、ある一人の男性が開発したとされるVRMMORPGで、楕円形の大きなベッドが中に入った薄水色をした巨大ポットのことだ。そこでは『神様がくれたVRMMORPGで遊んでみよう!』という触れこみで、それだけの大型機械にもかかわらず定価は四千八百円。およそ携帯型ゲーム機のソフトくらいの値段であった。
よって、それは瞬く間に詐欺扱いされ、警察も出頭したものだった。警察が言うには、『神様から知恵を貰ったんだ~資金もね~』という、ただのガリ痩せメガネのゲームオタク。ただ単にVRMMORPGがやりたいと思っていたら、夢に神様が現れて助言をしてくれたと言い続けている。いわば狂人だ。
しかし警察が製造販売を中止しろと叫んでいたにもかかわらず、ずっとネット上にあり続けていた商品であった。
まさかそんなものを買う人がいるとは思わなかった。しかもそれが本物だといううわさは次第に広がり、この値段なら、と買って行った人の全員が本物だ!と絶賛していた。ただ、同時に不満も出ていた。それは才能システムとスキル選択である。
通常のMMORPGでは、レベルという概念があり、それが上がるとステータスポイントやスキルポイントがもらえ、好きなところにステータスポイントを割り振ったり(もちろんできないのもある)、新しいスキルを習得したりといった幅の広さがウリなのだが、このVRMMORPGでは最初に種族を選び、そしてわずか十ポイントの初期ステータスを割り振ると、それで終わりで、レベルといった概念はなく、製作者はそれを才能と呼んでいた。また、スキル選択に関しては多くの不満が寄せられていた。それは、スキル枠は五つしかなく、スキルの数は膨大にあるのに、それも才能と同じように初めに選択したもののみしか扱えないといったところだ。しかし、これには別の意見も出ていた。世界初のVRMMORPGなのだから、これ以上の自由度は出せなかったんだろう……というものだ。
私もその意見に賛成だった。まずVR技術がないのに、いきなりVRMMORPGができたのだから、それで十分ではないか、と思った。
また、アバターにも不満が出ていた。それは現実世界の体型や顔そのままで、弄れるのは髪色、肌色、目の色のみであったことだ。さらに、目の色については、魔法を取ると得意属性の色がその眼の色になるので、自由度は低い。魔法にも不満は訪れていた。それは詠唱である。恥ずかしい詠唱を唱えなければ、二属性以上の魔法を取ることができないのである。なぜ二属性以上なのか?それは詠唱破棄というスキルをとると、強制的に一属性しか取れないようになるからだ。詠唱破棄という大きなメリットによる代償だった。
ただ、不満ばかりではない。それは、こちらの世界での一日が、ゲームの中では一ヶ月にあたるところである。当然、その間外に出ると、ものすごく長い間その世界にはいないことになるので、トイレ以外では、食事もとらずにログインし続けるという人々が続出した。おむつをつけて遊ぶ人も出てくるほどだった。
私はそれらを調べ終わると、早速ネット販売店でポットを買った。届いたのはなんと翌日という驚異のスピードだ。
私は学校から帰ると、早速ポットの中へ入って、ベッドの横にあるボタンを押してログインした。ちなみにログアウトはポットのログインボタンの横にある時計で指定できる。私は夜の八時にログアウトできるように設定した。
前情報によると、世界観はオーソドックスな剣と魔法の世界。そして、プレイヤーとノンプレイヤーの区別がつかないばかりか、あまりにもリアルすぎる作りとなっているようだ。それは、血が出る、痛みもある、フィールドで狩った得物は自分で剥ぎ取ってリュックの中にいれて買い取り屋に持って行くのである。十八禁制限などなく、またアイテムボックスはあるらしいが、目が飛び出るほど高いらしい。あと、フレンド登録と言った機能もない。まさにリアルな世界ということだった。なので、多くの人は剥ぎ取らなくてもいいダンジョンに行ってしまうのである。ダンジョンでは、敵を倒すとその敵が消えて、アイテムをドロップする。フィールドでは、気を付けて戦わないと商品価値が下がるか、最悪商品にはなりたたなくなる。これではダンジョン派が大多数を占めても仕方がない。物好きなプレイヤーとおそらくノンプレイヤーの冒険者たちだけが、フィールドで狩りを行っているのである。
そんな私は、あまりコミュニケーションが上手くないので、ソロプレイヤーでいくつもりだ。つまり、フィールド派になる。なぜソロプレイヤーでフィールド派になるのかというと、ダンジョンには鍵が仕掛けられていたり、罠があったり、迷宮のような作りになっているので、曲がり角で魔物とばったり遭遇した。といったことから、五つのスキルではまともに戦えないのである。まさにパーティ向きだ。
さて、そろそろ眠くなってきたのでログインできたのであろう。
目の前には何もなかった。そこに、無機質な声……おそらくボーカロイドだろう。そんな声で誘導が始まった。
『あなたの名前を入力してください』
目の前に青い縁取りの透明なキーボードが現れる。私はそれで『ネム』と打ち込みエンターキーを押した。
『ネム様。それでは種族と外見を設定してください』
キーボードが消えて、体全体が映る大きな鏡が現れた。そこには、胸が大きく、髪の毛は黒くて長い、控えめな顔のつくりの、よく言えば大和撫子な私がいた。
私はネーミングセンスがない。小学校のころ買っていたハムスターにハムちゃんとつけるほど、ネーミングセンスがない。だから今回の『ネム』も、胸が大きいから、その単語の反対で、この世界に合わせるようにカタカナで……といか、カタカナ以外の文字は選べないのだが、ネムとしたのだ。我ながらセンスの欠片もないと思う。
さて、種族と外見設定に移ろう。種族はエルフだ。これは決めていた。なんでも、エルフを選ぶと髪色は金髪に固定されるが、顔が少しだけ華やかになるそうだ。だから私は、鏡の隣に出ているアンティーク調の選択肢の中からエルフをタッチした。
すると、鏡に映った私は控えめな顔から、優しげな美人顔となり、長い髪の毛は真ん中から見事に金色化した。それに合わせるように、肌の色を一番白くして、アンティーク調の選択肢の一番下にある決定ボタンを押した。
『それでは、スキルを選んでください』
すると、鏡の横のアンティーク調の選択肢が変わり、ものすごく小さなスクロールバーが横についていた。それほど膨大な数のスキルなのである。そしてこれも、事前にいくつか決めていた。ソロでやるなら前衛職は必須だ。だからまずは無難な『剣』をとった。そして魔法だが、魔法や魔物には相性があり、火と水、風と土、光と闇というように対照的になっている。よって、ソロで行くなら魔法は一種類ではだめだ。だから、『火魔法』『風魔法』をとった。ところで音声が流れた。
『火魔法と風魔法、どちらをメインにしますか?』
これは、目の色の問題だろう。これはさっきの顔だちを見たときに決めた。優しげな眼には緑だろうと。
私は風魔法を指でタッチした。
『風魔法をメインにします』
すると鏡の中の私は金髪に透き通るような白い肌、そしてやわらかい緑の目に変わっていた。
「きれい……これで銀髪なら理想だったんだけどなあ」
そして私はなおもスキルを選ぶ。魔法を使うには『魔力』が必要だ。そして最後のスキルはエルフのみに選択肢が出る魔力察知という、気配察知の上位スキルを取るつもりだ。そのために、スクロールしていくと、あるスキルに目が留まった。
「第六感?……これって、育てれば危機察知とかに使えるんじゃないかな……」
私は悩んだ。無難に魔力察知でいくか、博打で第六感にするか……結局私はロマンという名の誘惑に負けて、『第六感』を取った。
『それでは、ステータスにポイントを振って下さい』
私は剣を使うので、ある程度の筋力が必要だから力に五ポイント、そして、できるだけ痛く無いように敏捷に五ポイントを振った。
魔法使いなんだから、知恵極振りだろって?甘い!このゲームは痛覚はあるし、私は剣も使うのだ。検証はされてないが、エルフといったら魔法に強いが、筋力がないというのが定番だ。なので、私は筋力と敏捷を五ポイントずつ振ったのだ。
初期ステータスが見えてるだろ?と思うかもしれないが、そんなものはない。だからもう、自分好みで行くしかないのだ。器用貧乏?どんと来い!
『これでよろしいでしょうか』
鏡の上に青い縁取りで囲まれた『はい』『いいえ』のボタンをタッチする。もちろん『はい』にだ。
『それでは初期装備と服を選んでください』
ここで、もしスキルに鎧を取っていたら、金属鎧と皮鎧が出てくるのだが、私は取っていないのでファッションの服と剣になる。
私は実は剣道が苦手だ。向いていないと言ってもいい。なので、両手で持つタイプではなく、片手で持つ両刃の片手剣を選んだ。服は、いかにも森のエルフが着ているような、淡い緑色の襟有りの右足が出ているノースリーブワンピースに、濃い緑の腰布、それを止める飾りベルト。襟の下に巻いて、ボタンの代わりをする黄色いストール。左腕には銀色の細い腕輪をいくつかと、靴は茶色い皮の膝丈ブーツがセットになった物を選んだ。それ以外はお腹が出ていたり、ショーツが見えそうな短いワンピースだったり、ビキニのようなものにあちこちに飾りがついているものなど、到底選択できるものではなかった。
『それでは、VRMMORPGをお楽しみください』
その声で、私の視界は白く染まった。