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京都にての物語

清水寺~人と人~

作者: 不動 啓人

 来てしまった。

 私は、なにをしているのだろう。

 自分の行動がおかしくて仕方なかった。


「おじいちゃんから聞いたんけどな、ここでいろんな人が運命の出会いをしたんやって」

「うんめい?」

「そうや。運命ってわかる?」

「うんん、わからへん」

「定めよ、定め。そうなるべくして、なるってことなの」

「ふーん……」

「私、あんたのこと、好きやよ」

「え?」

「驚いてないで、あんたは?」

「す……好きやよ」

「そう、ならええ」

「僕、東京なんて行きたくない。ミーちゃんと離れたくない」

「そやかて、仕方ないやん。なぁ、それよりも、私達も試してみいへん?」

「試す?」

「そうや。私達が結婚できるかどうか」

「けっ、結婚?」

「私としたいやろ?」

「うん」

「そやから、本当に私とユウ君が結婚できる運命にあるかどうか試すんよ」

「どうやるん?」

「大人になった時、ここで会うんよ。もし、それで会えたら結婚しような」

「えっ、いつ?」

「いつって決めたら、運命にならへんやないか。なっ、決まりや。ええか、この場所やよ」

「……うん、わかった」

「運命の出会いをしような」


 正月明けの寒い一日。広がる曇天は灰色に重く立ち込め、天気予報通りであれば、これから雪が降るらしい。コートを着ていても寒さが肌に染みてくる。

 厳しい季節。

 そんな時期でも、清水坂は観光客で溢れていた。京都有数の観光地だけに、まさに年中無休の様相だ。多くの観光客は笑顔を浮かべ、坂の両側に並ぶ様々な店舗を覗いては、旅先での一時を存分に楽しんでいるように見える。

 けれど、私は違った。とても明るい気持ちでは坂を上れなかった。期待――に心躍らすよりも、失望に耐えるべく、努めて軽薄な気持ちを持ち続けていた。

 自分を笑い、人を笑う。この、今流れている時間の全てをひっくるめて見下した。

 この一歩をあざ笑う。次の一歩もあざ笑う。この先になにがあるのか?なにもありはしない。ただ、まったく無意味な疲労と浪費の結果があるだけだと。

 そう思わなければ、逆にとてもこの坂道を上れそうにもなかった。

 人通りの多い坂を、脇目も振らず清水寺を目指して進んでいく。

 やがて喧騒の先には、清水寺の仁王門が華麗に聳えていた。

 清水寺の開基は千二百年を遡ると聞いている。かの坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが仏殿を寄進し、寺名は音羽の山中より湧き出る清水にて、田村麻呂が喉を潤した為とも伝わる。寺名ともなっている音羽の清水は今も滾々と湧き出で、この清水寺において一つの観光の目玉となっている。

 だが、目玉といえばやはり本堂の舞台だろう。清水寺といえば、必ずこの舞台を思い浮かべるし、紹介される旅行雑誌等でも写真は必ず舞台の姿だ。ばかりか、清水寺という一寺院の枠に囚われず、京都を代表する、京都をイメージする建造物として、清水寺の舞台は宣伝のシンボルとして多く使われていた。

 姿が良くて絵になるし、舞台からの眺めも出来過ぎている。訪れる人々を満足させるには充分な存在感だ。私も好きだ。それに、色々な思い出もある。

 懐かしき場所へ――

 私は右手に西門、三重の塔を見やりながら、随求堂ずいぐどうの前を右に曲がり、経堂の横を擦り抜けて、開山堂を左手に見る。本堂へ入る為の参拝券を購入し、轟門とどろきもんを潜った。廻廊を通り抜けると正面に大きな鉄杖があり、その奥には大きな大黒様が訪問者を迎えるように笑みを浮かべている。そこを右に曲がって進めば、舞台へと出る。

 ここにきて、私の足は止まってしまった。特に意識した訳ではないのだけれど、誤魔化しきれない希望と不安との相克が体にブレーキをかけた。もう全てを笑い下す余裕もない。

 深呼吸をする。肺に入る冷気の刺激が、麻痺した自分の感覚を僅かなりとも取り戻させた。

 私は動き出した体に任せて、開き直るでもなく、逃げだす訳でもなく、中途半端な気持ちのままで舞台に立った――


 山口瑞穂やまぐちみずほは舞台の上に1時間立ち続けた。

 松枝悠基まつえだゆうきは舞台の上に2時間立ち続けた。

 やがて待ち惚けるお互いの存在に気付き、何度かの視線による探り合いの後、どちらからとのなく二人は歩み寄った。

「ミーちゃん?」

「ユウ君……やな」

 お互いの存在を確認し終えて初めて、疑う気持ちから解放された湧き出る笑みを二人は湛えた。

「あははっ、大人になったねぇ」

「同じ歳なんだからあたりまえだろうよ」

「だってさぁ、全然イメージと違うんやもん」

「それはお互い様。申し訳ないけど、全然わからなかった」

「お互い、歳を取ったねぇ」

「20年振りだもんな」

 運命を語りあったのが6歳の頃。二人は26歳になっていた。

「でも……本当に会えるなんて……。よく、今日やってわかったね。運命――かな?」

「よく言うよ。手紙にわかりやすいように書いてあったじゃん」

「そうやった?」

「そうだよ。連絡していたら運命にならないからって、俺には絶対に手紙を出すなって言ってたのに、自分だけ送ってくるんだから。しかも、絶対に返事は書くなって」

「はははっ、凄い我儘やね。でも確か、ユウ君が東京に行って会えなくなってから、寂しくて、本当に大人になってから会えるのか不安になって……でも、自分から言い出した事やから、はっきりとは何時って書けなくて――」

 瑞穂から悠基へ送られた手紙の右隅には、何気なさを装いながらも、意識された虹色の文字で『20』と書かれていた。

「でも実は、あれって二十歳はたちになったら会おうって書いたんよ」

 瑞穂は悪戯っぽく笑う。

「……知ってるよ」

 悠基は、はにかんだ。

「なら、二十歳の時もここに来たの?」

「いいや、来なかった。あの頃は付き合っていた彼女もいたし、約束を思い出す必要もなかったんだ。そういうミーちゃんは?」

「私も来なかった。そんな小さい頃の約束なんて一々覚えてないでしょ」

 互の顔に、陰を含んだ笑みが浮ぶ。

「ふふっ、お互い、色々とあったみたいやね。じゃなきゃ、約束を思い出すことなんてなかったやろうし、ましてや20歳を20年後と解釈し直してまでここにくる必要性は一切なかった筈なのに。これもちょっとした運命っていえるかな?」

「そうかもね」

 頬に冷たいものが触れた。見上げれば、空より雪が舞い落ちてきた。深々と降りしきる雪の風景に、二人は喧騒の中にも静寂の心持を宿した。

「おじいちゃんが言ってた。ここでは、様々な人々が出会ったって」

「俺らの出会いも、その一つになるかな?」

「約束通り、結婚しちゃう?」

「ちょっと待ってよ。20年振りともなると、ほとんど初対面とも変わらないんだからさ。まずは時間を埋めないと」

「私は今でも好きやよ」

「よく言うよ。さっきは忘れてたって言ったくせに」

「そうやった?」

「そうです。だからさ、まずは俺とお茶でもしませんか、お嬢さん?」

「うん、ええよ」

 二人は冷え切った体を震わせながら、並んで舞台を後にした。

 舞台には、多くの人々が引っ切り無しに行き交い続ける。その出会いに気付かずに。


 縁起に云う。延鎮えんちん行叡ぎょうえい。延鎮と坂上田村麻呂の出会いが清水寺の起源だと。

 物語に云う。小男と姫。太郎と女房。男と姫。賢覚けんかくと長者の娘。その出会いは清水寺であったと。

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